Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

差別化のモデルと手法

2009-08-29 17:54:51 | Weblog
昨日まで,日経の「やさしい経済学」欄に清水大昌氏による「『ゲーム理論』で読む立地政策」が連載されていた。最終日には,経済学あるいはゲーム理論の「立地モデル」が製品差別化を分析するツールとして今後も有望であることが語られていた。確かにこの理論が重要な出発点になるとは思うが,いろいろ不満もある。ともかく,この連載はこの分野の研究がどのように進んでいるかがコンパクトにまとめられていて,参考になった。

最初に紹介されるのは,いうまでもなくホテリングの立地モデルだ。一次元空間上で競争する複数の店舗がどこに出店するのがゲームの解になるか。これを政党間の競争に応用したのがダウンズのモデル。いずれのモデルでも,自己利益を追求する競争の結果,お互いが同じ位置に立地する。政党でいえば,お互いの主張が全く同じになってしまうわけだ。今回の総選挙で各党が出した政策を比較すると,そうした傾向を見出せなくはない。

企業や政党の差別化競争の結果,互いの差異がなくなっていくという結論がつねに成り立つわけではない。ダウンズのモデルの設定を少し修正し,同じ政策を訴えた場合カリスマ性のある政党が勝ってしまう,ただし惜敗率が高いとある程度の議席を確保できる,という設定にすると,カリスマ性に欠ける政党は,少し違う政策を打ち出すことが最適になるという。こういう新しい知見が紹介され始めるにつれ,この連載が面白くなってくる。

さらに,企業は一次元空間上の立地を決め,それに基づき価格を決めるという2段階の意思決定(それを合わせて利益最大化する)とすると,相手との差異を最大にする(つまり空間の端っこに)立地することになるという。一方,立地を決めたあとで数量を決める(価格は市場全体の需給を均衡させるように決まる)という設定も考えられている。この場合,競争する企業が製品ラインを構成して対峙する状況を分析できるという。

つまり,空間的競争モデルは,均衡では製品の差異がなくなるという結論がすべてではない。そうでない現実が存在する以上,それを説明するようモデルが拡張されてきた。では,こうしたモデルが差別化競争の実態を十分にで捉えているといえるだろうか。ぼくにとってしっくりこないのが,空間が所与であり,固定しているという設定だ。企業や政党は,この空間をどう自分に有利に変えるかをめぐって競争しているのではないか。

そういう観点での研究がすでにあるかどうか。

マーケターにとっては,消費者が選択を行なう「空間」の計測が課題となる。だが,調査データに因子分析等々を行なえば,それができる・・・というのは,素朴すぎる考え方だと思う。それはある時点の空間でしかない。しかもそれは,企業や政党が差別化しようとする軸や,消費者がそれに依拠して最終的な選択を行なう軸を正しく反映していないかもしれない。それを捉えるには,汎用的な統計ツールだけでは不足だと思う。