Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

日本人による最初の重厚なマーケティング教科書

2009-08-10 22:52:36 | Weblog
日本人によるマーケティングの教科書は多数存在するが,コトラーに匹敵する包括的な教科書はなかった。そのことは,いわれて初めて気がつく「市場の空白」だったが,ついにそれを埋める本が登場した。小川孔輔『マーケティング入門』は,数々の良書を生んできた日本経済新聞社のマネジメント・テキストシリーズの1冊として,今後代表的なマーケティングの教科書になるだろう。

マネジメント・テキスト マーケティング入門
小川 孔輔
日本経済新聞出版社

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もちろん,この本の意義は分厚いことや,日本人によって書かれたことにあるだけではない。すばらしいのは,日本企業のマーケティング行動に関していわゆる「事例」にとどまらず,一歩踏み込んだ実証研究の結果を数多く盛り込んでいることだ。著者やその研究室の研究に加え,辻中俊樹氏や梅澤伸嘉氏のような,コンサルタントの著作からの引用が含まれている。

本書の冒頭で著者は「日本企業のマーケティング実践を、理論的な枠組みの中で整理して語り継ぐという伝統を、日本の研究者集団が醸成できなかった」と指摘する。この本はその課題に応え,日本の実証的マーケティング研究の集大成にもなっている。残念なのは,そこで(狭義の?)マーケティングサイエンスの存在感が薄く感じられることで,研究者はその現実を直視すべきだろう。

日本の事例を使うことは日本の学生にとってだけでなく,日本の研究者にとっても有用だ。日本企業のマーケティングに他にはない優れた側面があるのなら,それらを研究することには学問的な価値がある。これは,米国企業ほど米国流のマーケティング理論に忠実に実践し,高い成果を収めているという見方と対立する。そのどちらの立場につくかで,研究の方向性は変わってくる。

これから日本における標準的なマーケティングの教科書として,コトラーではなく,オガワを学生たちに薦めていきたい。しかし,まずこの本を読むべきは,日本企業のマーケティングの実状に必ずしも通じていない,マーケティングの教員ではないかと思う。その意味では,コトラーの教科書と同様,マーケティングに新しい現実が生じるごとに,この本が改訂・拡充されていくとうれしい。

それにしても,このように理論と実例,研究と実務のバランスのとれた教科書を執筆できる著者の力量には感服する。以前,著者から,ぼくらはそんなに年齢は変わらないと指摘されたことを思い出す。確かに「半周」ほどの差でしかない。ぼくはあと何年経ってもここまでの本を書けないが,自分の講義を本にまとめたいという気持ちもある。もちろん講義の中身を確立することが先決だが。