Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

インテグラルな選好

2009-05-22 14:09:10 | Weblog
日経ビジネス5/18号の

 激安デジタルの脅威 液晶テレビは誰でも作れる

という特集が面白い。ダイナコネクティブという会社の作ったDVD内蔵32インチ液晶テレビは,何と価格が 49,800円で,同種の日本製品の半額である。この会社はイオングループの委託で,汎用部品をなるべく多く用いて,中韓の EMSメーカに組み立てさせ,この価格を実現した。裏のパネルを外してエンジニアに見せたところ,作りは粗い部分もあることがわかったが,基本的な機能要件は実現している。製品開発論でいうオープン・モジュラー・アーキテクチャの典型といえるだろう。

この記事を読んで,先日聴いた藤本先生の発表で出てきた中国車のことを思い出した。通常,乗用車はクローズド・インテグラル・アーキテクチャとして設計され,日本企業はそこで強みを発揮してきた。ところが最近,見た目は「さほど」変わらない製品が,オープン・モジュラー・アーキテクチャのもとで作られ,顧客に受け入れられるという現象が生じている。要は,顧客が「さほど」の差異を気にしないか,それ以上に低価格であることを望むとしたら,そうなってしまうということだ。

したがって,モジュラー vs. インテグラルというアーキテクチャ論をマーケティング側で受けとめるとしたら,インテグラル型の製品やサービスをモジュラー型よりも選好する消費者行動をどう理解するかという問題になる。なぜなら,モジュール型製品の選択は,誰にとっても見える機能要件の充足を線形選好関数で表し,価格とのトレードオフをそこに加味すれば十分説明できるからだ。このようなモデリングは,マーケティング・サイエンスや選択モデルが得意とするところだ。

ところが,インテグラル型の製品を選好する消費者行動となると,話は違ってくる。それを説明するためには,従来用いられてきた選好関数とは違う,インテグラルな性質を持った非線形の選好関数を考えるべきかもしれない。あるいは,従来の選好関数を前提にしながらも,そこに新たな属性として,何らかの形で測定された「インテグリティ」尺度を追加すればいいのかもしれない。ただその場合も,そうした属性を消費者が何らかの方法で知覚できることが前提となる。

後者のほうが取り組みやすいように思えるが,それでも実際には難しい点が多い。インテグリティとは対象物の客観的な属性に根ざすのだろうか?そうだとして,それを知覚できる消費者はどれぐらいいるのだろうか?それはブランド力に体現されている,と説明することもできるが,それはトートロジーではないのか?専門家だけがインテグリティを知覚でき,その評価が評判として伝播する,という考え方もあり得るが,そのことをどう検証できるのか?研究課題は山のようにある。

だが,ここを突破できないと,マーケティング・サイエンスの役割はますます縮小していくだろう。