Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

匂いが生むアディクション

2007-10-08 10:59:25 | Weblog
映画「パヒューム」は,人間の知覚と選好(嗜好)について,いろいろ考えさせる。傑出した嗅覚を持つジャン=バティスト・グルヌイユは,悪臭に満ちたパリの魚市場で産み落とされる。悪臭が彼の能力を生んだわけではない。魚と蛆虫がうごめく場所から高貴な香水が漂う場所までの匂いのスペクトラム・・・彼はそのすべてを吸収し,最後に元の場所に戻る。

少年時代のグルヌイユは,ありとあらゆる事物の匂いを吸収する。遠く離れた場所にある岩石や水のなかの蛙の卵まで,その匂いを知覚し,記憶し,学習する(ただし,ことばと対応づけることなく)。悪臭も含めて,すべてが愛でられるように・・・悪臭は本来生理的に回避反応を起こさせるが,人間はそれすら好むことができる。したがって,そこには強い,排他的な選好はないように思える。

グルヌイユが初めて強いポジティブな選好を形成するのは,なめし革職人の親方に連れられて,パリを訪れたときである。最初は果実の香りに引かれて,それを売り歩く少女のあとをつける。その匂いは彼女自身の匂いと混合している。グルヌイユは彼女の匂いに関心を持ち,不幸な出来事を起こし,その後の「探求」の契機になる。

グルヌイユは香水の調合師として雇われることに成功し,雇い主に富をもたらす。グルヌイユ自身の動機は,匂いを永遠に保存する方法を獲得すること。そして女性,とりわけ美しい女性の匂いを保存し,究極の香水を調合することだ。そのために多くの女性が殺される。彼の探求は,貴族の美少女ローラの匂いを収集することで終結する。

ローラとの出会いもまた匂いから始まる。だが,無粋なことをいえば,美しい女性の識別につながる特別の匂いがあるとは思えない。性別や若さは匂いに現れ,香水は身分や富裕さの識別を可能にするが,それだけで美しさは特定できない。美しい女性を選択的に襲うことは,視覚的な信号なしにはあり得ない。

最初にグルヌイユが女性を殺したとき,きっかけは果実の香りが好意を引き起こしたと思われる。そのあとその女性の体臭に関心を持ち,彼女を誤って殺したあと,その身体をくまなく嗅ぐことで,視覚に基づく選好が精細なレベルの嗅覚と連合された。その後,それは匂い自体への選好へ転移していったと考えられる。彼は嗅覚に帰結させることでしか,選好形成を完結できないのだろう。

他のモダリティから発した選好であっても,嗅覚と結びつくことによって,感情の深部に根ざすようになる。そこから強いアディクションが生まれる。意識やことばが関与しないほど,嗜好として強く持続すると考えられる。その意味で,味覚や触覚もまた同じ効果を持つだろう。そうでないとしても,マルチモーダルな知覚が連合することの効果は大きい。

最近,アディクションこそ,マーケティングにおいて関心を持たれるべき選好形成のメカニズムを理解するうえで,重要な鍵になると考えている。アディクションには,元々心理学や精神医学の研究がある。その対極として,アディクションを合理的な選択とみなす Gary Becker の立場があり,中間に行動経済学の研究があると思われる。

ぼくも何かにアディクトする。視覚,聴覚だけでなく,味覚,嗅覚,触覚など全感覚を総動員して対象を愛で,学習する。そのためには,ふだんからつねに「鼻」をうごめかせ,あらゆる信号を見逃さぬように首を振り振り歩いていく必要がある。