Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

多項ロジットって何?

2006-10-02 21:00:26 | Weblog
書店に平積みになった『購買心理を読み解く統計学』に「売れてます」というPOPが置かれていた。オーソドックスな手法から最新の手法までカバーされている。わかりやすい事例と利用可能なソフトの紹介・・・確かに「売れる」わけだ。この本では,ぼくにとってなじみ深い「多項ロジットモデル」にも章が割かれている。そこで紹介されているのは,消費者の特性の違いによって,選択する製品がどう変わるかの分析だ。これは「多項ロジスティック回帰」という名称で,多くの統計パッケージでサポートされている手法でもある。

実はそれは,マーケティングサイエンスで多項ロジットモデル(Multinomial Logit Model: MNL)と呼ばれているものとは異なる。マーケティングでのそれは,選択肢(製品)の属性の違いによって,選択する製品がどう変わるかを分析する手法である。したがって,「多項ロジット型選択モデル」と呼ぶのが正確だという人もいる。では,上述の本が間違っているのかというと,そうとはいえない。Franses and Paap のような離散的選択モデルの教科書では,多項ロジスティック回帰を「多項ロジット」と呼び,多項ロジット型選択モデルを「条件付ロジット」(Conditional Logit Model)と呼んでいる。

このへんを下手に説明すると,ますます混乱が生じかねない。上述の本でも「多項ロジットモデル」によって製品の属性を変えたとき何が選ばれるかのシミュレーションができると書かれており,混乱をますます助長しかねない。多項ロジスティック回帰と多項ロジット型選択モデルは,一般化すれば同じモデルなのだが,統計パッケージのデータ形式はそれに対応していない。したがって実務的には,違う手法だといったほうがよい。

多項ロジット型選択モデルは,STATA のような計量経済学系のパッケージを除き,身近な統計パッケージではカバーされてこなかった(最近では SPSS Advanced Models で分析できるようになったらしい)。しかし適切にデータを変換すると,二項ロジットモデル(ロジスティック回帰)で解析可能である。あるいは,最尤法を Excel の Solver を使って解くことだって考えられる。

ところで,ソフト環境は少しずつ改善しているのに,選択モデルが日本でなかなか普及しないのはなぜだろう? 米国のマーケティングリサーチ業界向けセミナーでは,選択モデルはきちんとプログラムに組み込まれている。どうしてそのような差が生まれるのか? 10年以上実務家向けセミナーで教え,ここ数年は学生や院生相手に教えてきたが,無力感を感じる。

マーケティングサイエンス学会という足もとでさえ,選択モデルのユーザは減りつつあるように感じる。そこでも,日米の大きな差異がある。結局のところ,研究者の層の厚さの違い,それと関連する大学院教育の差異,というしかない。