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愛しきものたち

石仏、民家街並み、勧請縄、棚田景観、寺社、旧跡などが中心です。

京都 嵯峨野の茅葺き民家-1

2014年04月09日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

去年秋の始め、京都嵯峨野の観光コースを少し離れた一画に新築中の茅葺き民家を見つけた。

稲穂の垂れ下がり始めた田んぼを前、緑濃いなだらかな山斜面を背景に2軒の茅葺き屋根が見える。

瀟洒な茅葺き門とその奥に真新しく吹き上がった茅葺き屋根が眩いばかりに目に飛び込む。

少し横に廻って覗いてみるとまだ内部の造作中、工事の人たちが見え隠れする。

<この写真のみ2014.3.17撮影>

しかし、この世の中、嵯峨野の奥まったこの地にこの建物の新築・・・・一体どんな人が住まうのだろうか、はたまた有名人の別宅なのだろうか??

今年の春先に訪ねたらまだ工事は続いてた。

少し間をあけた隣家もこんな茅葺き民家・・・・この家もただの民家だとは思えないような佇まいでした。

撮影2013.9.9:2014.3.17


京都府和束町 石寺の覆い懸け屋

2014年02月12日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

もう早や、30数年も前、郷土史の恩師と共に訪れた茅葺き屋根・・・・・。

急に思い立って訪れてみたら後の祭り、悲しくも惨たらしい姿を晒していました。

此処は和束町石寺地区、茶畑がなだらかな山肌を埋め尽くし、民家は茶畑を縫うように走る道路脇にポツポツと建つ。

30数年前、郷土史の小冊子に載せた写真・・・もうその頃にはお年寄りの二人所帯、聴いた話によると一人残ったお婆ちゃんも何年か前に亡くなったらしい・・・。

この覆い懸けが被せられたのはいつの頃だろうか??それほど古くも見えないがそれほど新しくもなく、まだ二人共に元気だった頃なのだろう???

冬支度の割木をいっぱい残し、すっかり見捨てられてしまった小さな赤い屋根

当時から農家の吹き降ろし屋根としては珍しいものでしたが・・・・、今はもう取り壊しを待つばかりです。

一方振り返れば・・・・まだまだ温もりの感じられるこんな民家も。

40年ほど前には、南山城標準の一般農家の佇まいでした・・・・。

撮影2013.2.17


京都府旧加茂町 西小の茅葺き民家(あ志び乃店)

2014年01月30日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

我が「南山城」南端、旧加茂町当尾(とうのお)「浄瑠璃寺」、馬酔木の参道脇に建つ茅葺き屋根。

あ志び乃店」と名付けられた山里料理とお土産の店。

茅葺き屋根は生い茂った庭木が邪魔に成り、全容を撮影することは難しい。

元々この地にあった農家を補修利用、観光客用茶店としている。

南山城標準農家の入母屋造り・・・・・、もうこんな鄙びた山里でも茅葺き民家は全滅、たった一軒、観光用の茶店として残っていた。

撮影2013.5.25


京都府精華町 乾谷の覆い懸け民家

2013年12月05日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

昨日に引き続き国道163号線沿い、こちらは京都府側のなだらかな丘陵斜面に建ち並ぶ集落。

こちら、斜面と言う程の高低差はなく、すぐ背後には中枢部が広がっている。

しかし集落の入口辺りから望む景観は、そんなことを全く感じさせない純農村集落の佇まい。

この集落の民家も、前回同様、良く手入れが行き届き裕福で有る事を窺わせる。

大きな大和棟はカラフルなトタン屋根に変身。

旧い在所道をちょっと詰めれば、こんな懷かしい佇まい・・・・

高い石垣の上に屋敷を構える上級農家・・・・・大きい大和棟覆い懸け民家だが・・・ここは相当傷んで居ました。

こんなトタン屋根民家も・・・

こんな民家も・・・この集落でも茅葺き民家は全滅・・・それでも懐かしさを醸し出す覆い懸け民家は、まだまだ沢山見られます。

撮影2013.2.26


京都府宇治市 笠取の茅葺き民家-2

2013年10月28日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

前回紹介の宇治市山間集落「笠取」でたまたま見つけた茅葺き民家。

目的地からの帰り道、集落を突き抜ける道路から山を見てると、こんな景色が飛びこんで来た。

山肌の緑の中に飲み込まれる様に見え隠れする一軒家・・・・。

入母屋造りの吹き降ろし屋根、正面屋根には明かり窓を設えたこの辺りでは見かけない茅葺き屋根。

多分何処からか移築したものだろうが??それも今やもぬけの殻・・・

建物自身それほど酷い傷みもなく、まだまだ住めそうな程。

しかし、もうこの姿ままで山林に飲み込まれるのを待つばかりなのだろう・・・。

撮影2013.10.13


京都府宇治市 笠取の茅葺き民家

2013年10月27日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

3年ほど前、宇治市山間部の笠取で見掛けた茅葺き民家。

ワンポイントだけからの撮影だったので気に成って今年に成って再度出かけてみた。

笠取は宇治市と言えど大津市との境界近く、幹線道路からは遠く離れた鄙びた山里・・・・、宇治市街からは何処を走っても20分以上は懸かってしまう。

去年8月14日この地区は未曾有野大水害に見舞われ、この茅葺き民家が気に成っていたのですが、元、茅葺き屋根の在ったところはすっかり更地・・・・・・建物は跡形も無く消えて居ました。

ちょうど写真の左白っぽく見えるトタン懸け屋根の前方、今は空き地に建って居ました。

もう三年前から相当傷んで居たので去年の大水害に耐えられなかったのでしょう・・・・、今となっては、もうどうしょうも無いけど、あの時、も少し入念に撮影しとけば良かった。

撮影2010.8.7:2013.10.13


京都府嵯峨鳥居本 伝統的建造物群保存地区(上地区)

2013年10月03日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

あの台風18号による、嵐山の大水害より一週間前、サイクリングロードをひたすら走り、渡月橋を越えここまで辿り着いた。

片道40kmは、やっぱりキツイ。

しかしその景観は素晴らしく長丁場の疲れを癒して呉れるには充分。

嵐山渡月橋から北西へ約2.5km、「あだし野念仏寺」をかすめて通る愛宕街道「鳥居本地区」は、国の伝統的建造物群保存地区に指定されて居る。

「あだし野念仏寺」を境に上下地区に分けられ、愛宕神社の一の鳥居に近い上地区に茅葺き屋根民家が集中して残っている。

この曲り家風茅葺き屋根民家はちょうど観光客の押し寄せる念仏寺前・・・・・、屋根も葺き替えなったばかりで凛として居る。

ここから先、嵐山高雄パークウェイのガード潜ると、その先茅葺き民家が5~6軒軒を並べる。

愛宕詣の門前町として一の鳥居付近の三軒は茶店風、手前、しも三軒は農家風の佇まいを残している。

三軒連ねた真ん中の家だけはトタン懸けに変わって居るのがちょっと惜しい。

片側切り妻、片側入母屋の大きい茅葺き屋根に白壁土蔵。

その上には二棟の茅葺き屋根をもつ「鮎の宿のつたや」さん。

入母屋の二棟を母屋側表と正面表に配して居るのが美しい。

奥、赤い鳥居の奥にはお馴染み平野屋さん。

晩秋の紅葉の頃にはそれこそ訪れる人が大過ぎ・・・。

しかし夏の終わりの9月初旬・・・人通りも全くなく閑散としています。

確かにこの青葉が紅葉したら色を添えるのは解っているけど、人波に紛れるのは耐えられない。

撮影2013.9.9


京都府精華町  山田の茅葺き民家

2013年09月08日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

京都府の南西端、奈良県生駒市と境を接する我が山城、木津川左岸の精華町に大和棟の茅葺き民家が残って居た。

近くまで新興住宅の迫る長閑な田園風景の中、白壁土塀に囲まれ、土蔵や納戸小屋などを従える様に建って居る。

表には大きなモチの樹のある前栽(せんざい)を設け目隠しとし、両袖を棧瓦葺の落棟としている。

特徴ある大和棟の鋭角妻部には白壁小さな庇を配した小窓??が有り、この大和棟茅葺き屋根の美しさを際ださせている。

この木津川流域の山城が京都文化圏では無く、奈良文化圏であるという事実を物語っている。

撮影2013.3.30


京都府旧山城町  綺田(かばた)の茅葺き民家

2013年09月07日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

広い屋敷の中、瓦葺主屋の脇、、庭木に囲まれ隠れる様に建つ、離れ屋風の茅葺き民家。

山城盆地を縦断する木津川右岸域、丈六の国宝釈迦如来坐像を有する古刹「蟹満寺」近くの家並に埋もれて建っている。

外部の道路からは屋根頂部、桧皮葺きの棟が見え隠れするだけ・・・

声をかけ、庭まで入れさせて貰って撮影して来ました。

僕が子供の頃には山城のどの集落でも見かけた入母屋造りの茅葺き屋根。

庭木の緑が多過ぎ、もうこれ以上の撮影ポイントは見いだせませんが、木津川右岸域では残り少ない貴重な茅葺き民家です

撮影2013.6.4


京都府 旧加茂町の茅葺き民家-2

2013年05月14日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

昨日に引き続き加茂町の茅葺き民家・・・、今回は木津川左岸域奈良県と境を接する京都府最南端の当尾(とうのお)地区で見つけた茅葺き屋根民家。

JR加茂駅から南方へ約3.5km、南都仏教の教学の地であった当尾は浄瑠璃寺や岩船寺で名高く、又、野仏石仏の里としても全国的に名を馳せた歴史の里山でも有る。

そんな当尾の入口にも当たり、現在廃校と成って居る旧当尾小学校の近く、山蔭に隠れる様に大きな屋敷を持つ茅葺き民家がある。

石垣に柴垣、玄関へは四脚門、その脇には現在使われていない納屋仕立ての長屋門。

門までの道がまた風情が有り、まるで高級料亭を思わせる。

主屋は大和棟の大きな茅葺き屋根、向かって右、東側は鋭角の切妻大和棟の棧瓦の落ち棟に煙り出し館を乗せる。

    

           

左、西側は入母屋形式としているが屋根の規模が大きく庄屋豪農クラスの佇まい。

奥座敷前にはそれなりの庭が有り腰板塀と簡素な門で仕切られて居る。

この当尾地域には何度となく通って居るがこんな処に茅葺き屋根が残っていたとは・・・、茅葺き屋根を本格的に撮りだして今回初めて気がついた。

撮影2013.2.17

                                                                                                                                                                                         

京都府 旧加茂町の茅葺き民家

2013年05月13日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

京都山城、旧加茂町を南北に分断する木津川右岸で見つけた茅葺き民家。

加茂町の木津川右岸域は例幣(れいへい)地区と呼ばれ、往古奈良時代の一時期、恭仁京と呼ぶ都が置かれた古い土地。

そんな山手の一角、小さな集落の入口に長屋門を持つ大屋敷が在り・・・・

立派な大和棟の茅葺き屋根が見える。

片側に長く突き出した落ち棟・・・

反対側にも落ち棟が在り、四方庇を廻し大和棟に成って居る。

しっかり現役で住まわれて居る様で手入れも行き届いて居る。

近くにはトタン懸け民家が点在していたのでここにUPしておきます。

これも大きな大和棟茅葺き民家だったろう・・・。

新しいトタン屋根なのにもう人の温もりは消えて居た。

この辺りはお茶の名産地・・・、茶畑の間に入母屋トタン懸け屋根。

トタンは懸かっていても、なかなかの風情です。

撮影2013.2.19


京都 旧山城町の茅葺き屋根民家

2013年05月08日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

山城盆地木津川右岸、山背古道沿いの旧山城町綺田(かばた)の山裾に隠れる様に残っていた茅葺き屋根民家。

山城の古刹、国宝「金銅釈迦如来坐像」の祀られる「蟹満寺」のすぐ近く、三方を山裾の竹薮と木立に囲まれ、すぐ横の道路からは見えない。

入母屋造りの屋根に四隅周りの棧瓦葺き庇を付けている。

応対に出てくれた伯母さんは建て替えるお金も無くてとしきりに嘆くが・・・・・。

山城の地主クラスの農家の佇まいをよく残している。

撮影2013.3.4


京都府精華町 北稲八間(きたいなやづま)の茅葺き屋根

2013年05月05日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

 

木津川左岸の精華町、町庁舎依り北西へ直ぐの山裾に建ち並ぶ北稲八間にたった一軒残った茅葺き屋根民家。

北稲八間と書いて「きたいなやづま」なんと難しい読み方をするのだろう・・・、往古「応仁の乱」の混乱時、「山城国一揆(くにいっき)」の舞台になった稲屋妻城が在ったとされ、何かの都合で字だけが変えられたのでしょうか。

集落の中心、から細い路地を南に入っていくと狭い道路に大きな古い家が軒を並べて居る。

路地を突き当たると目の前に大和棟茅葺き屋根の裏側が目に飛び込んで来て、ちょっと驚いた、

大きな長屋門で声をかけ庭に入れさせて貰ってバシャ・・・。

玄関や縁側にはアルミサッシに変えられ落棟の棧瓦も真新しい。

茅葺き屋根も未だ傷みも殆ど見られず、葺替え後其れ程経ってないかも。

山城で見かける大和棟はどれも随分と控えめな様式をして居ます。

付近は茅葺き民家の豪壮な屋敷ばかりだった様ですが・・・・・もう茅葺きで残ったのはここだけだと言うことでした。

撮影2013.3.4


京田辺市 三山木の茅葺き屋根民家

2013年05月04日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

こんな近く、それも直ぐ市街地に隠れて居ようとは思いもしなかった。

茅葺き屋根民家を探して、マイチャリで出掛けられる範囲にもう残って無いだろうかと・・・、グーグルマップを眺めていて見つけた。

近鉄京都線三山木駅近く、ここだけ取り残されたような古い在所の家並の一番奥。

以前は農家だったのだろうが・・・、今では百姓屋とは思えない瀟洒な佇まい。

庭木の緑に取り囲まれるように、小さいながら良く整えられた山城の入母屋茅葺き屋根。

鳥避けのアワビの貝殻も吊り下げられている。

正面を南に向け、西側が開けた畑に成って居たのでそちらからもバシャ・・・・・

西側裏から見るとこんな感じ・・・、やっぱり相当手直しされているようです。

撮影2013.5.1


京都府八幡市 岩田の茅葺き民家 

2013年05月03日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)京都府

木津川左岸サイクリングロードを京田辺市から下流の八幡市方面へ走っていると、堤防下の集落に茅葺き屋根を見つけた。

旧在所とは言え、付近はすぐ近くまで工場が建ち並び近代化の波を受けているが・・・・、こんな所に良く残ったものだ。

木津川提から集落への野道を辿ると田んぼの真ん中に懐かしい匂いのする鎮守の杜。

集落の家並の中に一軒だけ際立つ茅葺き屋根の民家が有る。

表へまわってみると門扉が固く閉ざされ留守模様・・・・。

大きい入母屋の茅葺き屋根に棧瓦の庇を四方に突き出すスタンダードな形態。

玄関右手には松の木の有る小さな前栽(せんざい)、玄関への通路脇には小さな物置??、ここだけを見ていると40~50年前の、山城の農家そのものの佇まい。

まだ屋根の葺き替えが終わって其れ程経たないのか比較的良好な状態でした。

しかしこれも何時まで持つかは・・・・・

撮影2013.3.12