Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

沸々と、ああ諸行無常

2019-05-25 | 
承前)第二部、今まで以上に音色旋律的な扱い方、つまりギーレン指揮の演奏などでは聞き取れなかった楽器間の動機の受け渡しがあって、それに伴う音色の出方が、可成り原色に出るところがあった。まるでそれが故マゼール指揮のように思え、それが演奏者のアンサムブル上の妥協なのかどうかは判断しかねた ― そもそもペトレンコがどんなに合唱付きの難しい楽曲であろうと当夜のようにアメリカ楽器配置にするなどは通常は考えられない。なるほどその早目のテムピと共に全く以って間延びするどころか、直ぐに次の緊張の線が描かれる。そして楽想、動機毎のイヴェントが築かれる。

罪深き女と罪を悔ゆる女との対照が明らかとなる。我々が思っていたよりもこの第二部はマーラーの名作であることがよく分かるところだ。そもそも第一部の展開部で明確に楽想を定義していたため、ここではそのセマンティックな展開を楽しむという知的にもとても高度な楽しみ方が出来て、まさしくゲーテの「ファウスト」というホッホクルテュ―アが展開される最高度の芸術音楽となっている。そこまで来れば到達先も見えてくるが、そこからが終演後にも話題となった愛の主題における歌いぶりであり、第一部のテムピの早さがあった故の余裕を以っての第二部内での大きなテムピ上のメリハリが可能となった。会場の方を向いて先ずはバルコン席の上の歌手を指揮して、最後に再び下の金管が深々と吹奏されると、もはやその三次元的な音響効果と共に付け加えるものの無いフィナーレとなる。まさしく諸行無常が大きく歌いあげられるのだが、その指揮振りの憎いこと。これに匹敵するほどのペトレンコの指揮は限られていて半神たる所以だった。ベルリンではまだ一度も見せていないからこそ、バイエルンでの様にはコッミシェオパー時の馴染みのように扱われて、まだまだ神になっていないのである。

ああした途轍もない大きなクライマックスは容易には築けない。なるほど途上のフォルテッシモではもう少し音が解放されればと思わないでもなかったが、緊張と緩和で十二分にコントラストが築かれていて、音楽的な効果は申し分なかった。楽譜を見れば気が付くように、マーラーの交響曲においては楽想の誇張によって咆哮したり情動的に泣きわめいているようでは、このように作曲家のペン先から紡ぎだされるような音響とはならない。その音楽から決して内声を聴くことも叶わず、それはグロテスクと陳腐さに終始する。

いつものように放送枠の関係から週明け月曜日から二週間に別けて放送されるようなので、先ずはそれでもう一度じっくり確認したい。余談ながら、昨年の第七交響曲は放送を待っていたのだがされなかった。許可が下りなかったに違いない。よって、その前に録音しているのは第五交響曲で、日本公演で指揮する準備ともなっていた。週明け月曜日の放送の予告はされていて、先ずは中止はなさそうである。オンデマンドもいつものようにあるが、残念ながらMP3の128kでは音質的に厳しい。

スタンディングオヴェーションは何度も経験したことがあるが、当夜のものだけが本当のそれだった。なにが違うか?近しいところではハイティンク指揮の演奏会後の一斉に立ち上がるそれであったが、その切っ掛けや間が全く異なった。多くの場合は前が見えなくなるとか、帰る序でに腰を浮かすかの両方の混じった形で徐々に殆どの人が立ち上がり、その間に座ったままのお年寄りがいるというような塩梅である。しかし今回は残響が鳴り止んで二三秒で拍手と同時に前列数列が立ち上がり、様子を観察した私がその二秒後に立ち、周りが総立ちになるのに更に二秒ぐらいしか掛からなかった。

そして管弦楽団よりも合唱団に、合唱団よりも独唱陣に更にペトレンコへと沸いたのを見てもそのスタンディングの意味するところは明らかだった。それが何回か繰り返されるコールの間座り直す者も殆ど居らずに永遠と拍手が続くのは嘗ての人民公会堂でもなかったほどである。そこで独唱陣が下がっても下がっても、更にまたふつふつと沸き上がる感じで拍手が継続されて、彼らが袖から出てくるのを待ち続けて更に盛大に拍手された。多くの場合は呼び出しの拍手へと移っていくのだが、ここではあくまでも静かに沸々と沸く感興だった。(終わり)



参照:
Radio Vorarlberg Kultur Das Konzert, ORF Voralberg, 27.5.2019
静かな熱狂の意味 2019-05-20 | 雑感
総練習に向けての様子 2019-05-15 | マスメディア批評
指揮台からの3Dの光景 2017-09-18 | 音

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