Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

予行演習をする

2019-05-26 | 生活
夜中に目が覚めた。覚めるとクリーヴランドからの放送が気になる。見ると録音をしているのかどうか分からなかったので、自動録音を外して手動にしてしまった。つまり終わるときにまたオフにしなければいけない。それでも人気のキンリーサイドのシベリウスの歌曲を録音できたようだ。オペラ愛好者からその名前をしばしば聞くその声を聞いてみたかった。生放送で録音ができたようである。その前のグリークの「ペールギュント」からは強いアクセントをつけていて、これまた楽譜で確認する必要があると思った。昨年MeTooでコンサートマスターが辞めてからのこの楽団の弦楽が不器用に聞こえるときが多いので、あの操り人形のようなメストの指揮と相まって要注意である。

その反対に夕方からの「影の無い女」の初日の演奏は指揮者クリスティアン・ティーレマンはカペルマイスター以上のことはしていなかった。特に端折って聞こえたのは拍がしっかりとれていないからだろうか?本当ならばドイツ人指揮者ということで言葉の出方などをもう少し期待したいところだったが、名歌手に、それ以上に管弦楽団に合わせたといった指揮で、あれならば御用指揮者のアダム・フィッシャーで充分ではなかったかと思わせた。なるほど指揮の戦略としては成功なのかもしれないが、ケント・ナガノ指揮どころかキリル・ペトレンコ指揮よりも流れてしまっていた。

本人が語っているように淡白になって、還暦で再び退化して行っているようなところもあり、復活祭での「マイスタージンガー」のように掌握できないというのもあるかもしれないが、修正が効かなくなる怖さがあるかもしれない ― 指揮者本人がインタヴューでが「大きな音を出しても室内楽風に演奏してもコントラストは得られない」と、結局それでも中庸にもなっていない。しかし、とても興味深かったのは、その譜読みから可成り保守的な「ばらの騎士」などの響きが出ていたことで、これはヴィーナーフィルハーモニカーの腕もあるが、やはりそこへ指揮者と共に落ち着いたという経過があるのだろう。

更に歌を受け持つ歌手陣が歌い慣れているので、聞かせ所を外さない。指揮者もそれから逸脱しても仕方が無いので適当なテムピを与えていくと、今度は全体の流れが更に曖昧になっていた。しかしこの曲での戦略としては成功していたと思う。流石に劇場付き指揮者であり、日常茶飯な仕事をこなしたことになる。勿論個人的にはそんなものに態々金を払って出かけるつもりなどはちとも起こらない。その分、身分相応にしか終演後の評価も浮かばれなかったであろう。

ベルリンのフィルハーモニカーの新シーズンティケット発売初日を初めてネット体験してみる。先ずカウントダウンが終わったら240番のウェイティングナムバーを貰ったので、ミュンヘンと比較するとなんだと思っていると、二十秒ほどで入室できた。想定外は、殆ど売れていて、購入可能な場所はどこも良くなかった。愚図愚図していて売り切れた。午前中の窓口販売等で大分売れていると聞いていたが、初日でメルケル首相を含む招待などのことは忘れていた。政治とドイツェバンク関係だけでも可也出ていて、そこに定期会員を入れると、その有様だったろう。

こちらの目的はその後の購入や全体のアルゴリズム調査にあるので、ちょこちょこと試してみた。先ず自分のメールアドレスが登録されていないことが分かった。それだけ長くフィルハーモニーに足を踏み入れていないのだ。全て整えて、送料無料でカードで支払いも分かり、ペイパルを使っていないことも分かった。他の演奏会も比較的定期で良席が出ていて、それほど好みの席を選ぶまでの余裕は無かった。それでも三枚ほどはまずまずのものを選んだ。そして予行演習を終えた。

総合的な印象は、今回は就任初めのオープニングで特別だったが、演奏の質とか音響とかを考えれば少々高価になってもルツェルンに狙いを定めたのは大正解だった。それ以上のCPは無い。あとはどのようなプログラムでベルリンまで出かけなければいけないか、何泊するのかとかだけの問いだけである。興味のある券が発売になるまでまだ時間があるので情報を収集しながらゆっくり考えればよい。バーデンバーデン復活祭は今後とも全部通わなければいけないこともはっきりした。



参照:
配券された初めてのもの 2018-06-23 | 生活
山場を越えた安堵感 2018-02-13 | 雑感

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