ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

気の重い日

2016-03-31 23:49:50 | 徒然の記

 本の感想を遠慮なく言えば、さぞ気が晴れるだろうと、無縁な人は思うのかもしれない。

 反日の宣伝しかしない人々の本には、怒りをこらえ反論しているから、気晴らしにはならない。その代わり、共感する本に出会い、感じたことを書き綴るときは楽しい。読書の喜びというより、生きていることに感謝したくなる。

 今日は、石原氏の書評をブログにして、一日気持ちが沈んだ。
やっぱり、あんな、正直な叙述をしなければ良かったと、重いしこりが残った。晩年の石原氏に共鳴しているのに、若い頃の作品を持ち出し、欠点を晒す必要があったのだろうか。

 福島原発が水素爆発したとき、冷却水を炉にかける作業に、日本中がテレビの前で釘付けになった。自衛隊ヘリの放水も、期待していたのに、効果がなかった。現場に近づくことさえ危険な状況下で、東京都の消防隊が命がけで放水作業をした。

 出発する隊員にだったか、戻ってきた隊員にだったか、広間に整列した隊員たちを前に、頭を深く下げ、石原氏が感謝の言葉を述べた。

 「ありがとう。諸君の活躍に感謝する。」
石原氏の目には涙がにじんでいた。

 小説の中では、義理や人情を書かなかったけれど、あのときの氏は、まさに情の人だった。死を覚悟し、福島で働いた隊員たちは、都知事の涙とあの一言で、きっとすべての苦労を忘れたはずだ。テレビを見ていた私ですら、熱いものが込み上げてきた。

 だから私は、氏の作品を遠慮なく批判した自分を、悔やんでいる。
私は、敬意を払っている氏を、ことさら攻撃する悪意を持っていない。廃棄処分の本を図書館から貰い、テーブルに積み上げ、山にした本を順番に読んでいるだけの話だ。ノルウエーの本を読んだ後だったから、氏の小説に期待もしていたのに、結果として、幻滅し、飾らない気持ちを述べてしまった。

 事実は、ただそれだけの話だ。
それだけの話なのに、私の心は、深い海の底へ沈む。老いて、病床にあるかもしれない石原氏に、心ない仕打ちをしたという、申し訳なさがつきまとう。

 もしかすると私は、石原氏だけでなく、大切なブログの仲間に対しても、気づかぬうちに、礼を失しているのではなかろうか。知らずして、心を傷つけた人がいるのではなかろうか。

 静かな湖の面に小石を投げると、波紋がずっと広がるように、悲しみが続いていく。だから、今日はもう眠るとしよう。

 石原氏はもちろんのこと、ブログの仲間の皆さん。どうかご容赦いただきたく。

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殺人教室

2016-03-31 09:01:35 | 徒然の記

 石原慎太郎氏著『殺人教室』( 昭和34年刊 新潮社 ) 、を読み終えた。

 ずいぶん昔の本だ。氏が芥川賞を受賞したのが昭和31年だから、本はその3年後、27才頃のものだ。先日氏が、67才で書いた『国家なる幻影』には感想を述べたが、今回は気が乗らない。

 『国家なる幻影』は、政治家としての主張なので、それなりの意見を言えたが、「殺人教室」は文学作品で感性の話だ。芸術を理解するかというリトマス紙みたいな面があるので、躊躇している。もし自分が30、40代だったら、世間的配慮からきっと遠慮深い意見を述べたに違いない。

 芥川賞を大学在学中に受賞しただけでも、注目の人だったのに、福田内閣で環境庁長官、竹下内閣で運輸大臣と衆議員議員を9期勤め、さらに都知事を4期務めた。氏が実施した数々の政策は今も語り継がれるほどで、紹介するだけでブログが終わる。

 平成元年に、盛田明夫氏と共著で出版した、『NOと言える日本』は、保守政治家としての氏を立場を確立した。

 けれども私はやはり、自分の心に忠実に生きたいから、『殺人教室』について正直な感想を述べることにする。

 この本は、五つの短編で構成され、「殺人教室」はその中の一編だ。詳しい話は後でするとして、文学者としての氏の作品に関する私の評価は、ゼロだ。

 「ファンキー・ジャンプ」

 「ともだち」

 「殺人教室」

 「殺人キッド」

 「男たち」の五編は私の趣味に合わない低俗さだと、簡単に言えば、その一言で終わる。

 27才の氏は、本の後書きで次のように述べている。

 「僕は、この作品集には自信がある。」

 「成功、不成功は不問にして、ここに集めた作品は、ひとつひとつ、僕自身の、作家としての、developmentの指標になるはずだ。」

 「ある批評家は、僕に関して " もう限界だ " などとぬかした。たいていの悪口は我慢できるが、ああした皮相なものの言い方は我慢がならない。」

 氏の自信作について、簡単な粗筋を紹介しよう。

 「ファンキー・ジャンプ」・・

 ジャズバンドのメンバーである、天才的ピアニスト・タツノの話だ。麻薬に溺れ、酒で胃をダメにし、ぼろぼろになった彼が、満員の聴衆を前に渾身の演奏をする。

 体の衰弱からくる妄想と、ピアニストとしての熱狂と、絶え間ない囘想と、自問自答の中で物語が進行する。読者である私は、何が何やらチンプンカンプンだ。話の最後は、観客の興奮と熱狂のなかでタツノも狂人となって行く。そんな話だ。

 「ともだち」・・

 二人だった。一人は学生時代の友だった武井だ。同居生活の二人は、話し合い、相談しあう仲だった。しかし久しぶりに遭遇した武井は、投げ槍になり世間を斜めに見、酒に溺れていた。

 もう一人の友は、盛りを過ぎたボクサーだ。武井と別れた後、入った寿司屋でデレビを見ていたら、友であるボクサーが闘っていた。見るに堪えない試合で、若い相手に負けたと見えたのに、判定勝ちになった。二人の友は、どちらも、辛い悲しい生活を背負っていた。

 「僕は疲れていた。その夜が虚しかった。」「仕方がない、いや、それでもいい、と思った。」「そして、みんなともだちだ ! 」これが締めくくりの言葉だ。

 「殺人教室」・・

 若い頃の氏を連想させる、四人の学生の話だ。身体強健、学術優秀、経済的に恵まれた彼らは、非の打ち所のない若者たちだ。

 しかし彼らは、こうした境遇の者に有り勝ちな、心の病に罹っている。持て余す退屈さだ。平凡に過ぎ行く日々が我慢ならず、生きている印のない日々が、嫌悪すべきものとなる。

 共通の趣味が射撃で、腕前は揃って超一流だ。彼らは一念発起し、素晴らしい銃を完成させる。遥か彼方まで飛ばせる銃身と、遠方まで照準を合わせられるスコープと、音もなく発射する銃砲だ。彼らはこの銃を使い、ゲーム感覚で殺人を開始する。

 今で言う無差別殺人だ。飽き足らなくなった彼らは、どうせやるのなら、罪のない人間を対象にせず、社会に害を為す者たちを殺そうと、計画する。

 そうなると、ターゲットは政治家になる。やがて彼らは、新聞のヒーローとなり、社会を動かすという快感を知る。しかし、ある時、そんな彼らが、誤って仲間の一人である東郷を撃ち殺してしまう・・と、ここで話が終わりだ。終わりの文句が、実にくだらない。

 「東郷には可哀想だが、いいきりだった。」

 「何をしよう、これから。」

 「もうじき試験だよ。大丈夫なのかい。」

 「そうだな、少し頑張らないと苦しいな。」

 「不幸だね、みんなさ。」

 そんなため息をつき三人は顔を見合わせた。

 「またきっと、退屈だろうなあ。」

 「試験が終わったら・・・・・」「何をしよう。」

 「なにをしようか・・・・」

 知的な飾りのように、哲学や政治が語られるが、それこそ、皮相な若者のたわ言でしかない。その次の殺人キッドに至っては、アメリカの西部劇としか思えないのに、日本の話だというから驚いてしまう。

 「殺人キッド」・・・

 東京の西部の山奥に住む、一人暮らしの青年の話だ。部落中の人間が悪病で死に、彼だけが生き残り、父親が残した牧場で、銃を友として暮らしているという荒唐無稽な設定だ。

 拳銃の腕前はこれもまた、超人のような凄技で、一度に2羽の飛ぶ鳥を撃ち落とすというものだ。ある日、どこからか飛んできた飛行機が一枚のビラを落とす。

 「安くて心温まるサービス。」

 「麗人が皆様をお待ちしております。」

 「銀座六丁目 キャバレー・キャピタル。」

 ビラの言葉と、写真の美しい女に惹かされ、彼は拳銃を持って山を降りる。

 彼は大都会東京で、キャバレーの客引きに騙され、美しい女に騙され、殺人をそそのかされ、ついには裁判所で裁かれる。そこで彼が被告席から訴える言葉だ。どこの国の話かと、バカバカしくて読む気にもなれなかった。

 「私たちの田舎では、誰もがピストルを持っていました。」

 「ピストルを撃つことは、常に自分を守るだけのために使われたのであって、それ以外のことでは決してない。」

 「なぜ皆さんは、自分のピストルを、錆びつかせたまま隠そうとするのですか。」

 「みんなが、それぞれのピストルを捨てて素手になった時、一見の平和、一見の秩序は、うかがわれるでしょう」

 「しかしそれが、果たして、真実我々の望んだものでありましょうか。」

 銃規制をしようとするアメリカで、頑固に反対する、ライフル協会の代表みたいな演説だ。演説の甲斐なく、彼は刑務所に入れられるが、刑期を終えた彼を待っていた組織がある。

 銃を持ちたい人間だけの、社会を作ろうという団体である。彼らは原子爆弾を開発し、世界中の反対者を殲滅させ、地下深くに同士だけの地下壕を作っている。

 これ以上話の筋を紹介するのが面倒になったので、大きく省略する。
結末は、組織に疑いを持った彼が、時限装置のついた原爆を、地下壕で爆発させ、愛する彼女を連れて再び田舎へ戻るというものだ。

 拳銃の弾はどうして補充できるのか、あるいはこれまでどうして補充出来ていたのか。都会育ちのキャバレーの女が、ほんとに彼と、何もない田舎で暮らしていけるのか。原爆はなぜ、東京をそのままにしたのか。

 リアリズムのかけらもない、白日夢でしかない。

 こんな小説を読まなければ良かった。これが読後の感想だ。したがって、最後の作品は省略だ。

 「三つ子の魂百までも」という言葉を、私は信憑性の高いものと、常々思つているから、一層悔やんでしまう。いくら氏が若かったとはいえ、こんな酷い小説を本気で書いていたとすれば、やっかいな話になる。

 果たして氏は、本当に保守政治家だったのだろうか。日本の歴史や、文化や先祖たちを、真面目に考えていた人物なのだろうか。

 銃やヨットや、ジャズやウイスキー、ボクシングにサッカーなど、小説の舞台には日本にない背景と、小道具が飾られ、乾いた人間の会話が続けられる。時代遅れだと義理・人情が切り捨てられ、侘びもさびも語られず、日本酒の香りすらない。

 氏が嫌悪するのは、個人を縛る制度や習慣で、憎むのは平凡な日々に流される個人だ。若かった頃の氏の気持ちが、分からない訳でもない。

 「繰り返される退屈な毎日、こんな虚しい日々で、人生をすり減らすくらいなら、残虐なロシアの官憲に、殴り殺される方がよっぽどましだ。」

 学生だった時、本気でそう思い詰めた自分を思い出すからだ。

 しかし、それは一時期のことだ。何時からか私は、日本の歴史を考えるようになり、日本が好きになりご先祖様が大切なものになった。石原氏が、どの時点から保守を任ずるようになったのか、詳細は知らない。

 詰まらない昔の作品を読み、現在の氏を思うとき、氏もまた心の世界の嵐を、いくつも超えた人なのかと、感慨深いものもある。

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