だらだら日記goo編

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ゴッホから、セザンヌから

2008-05-11 22:03:24 | アート・文化

この展覧会に音声ガイドがあるのを知ってすぐ借りようと決めた。

身長188cmの巨漢、当初は競輪選手として、ヴァイオリニストとして生計を立てていたこの人物からいかにしてあのような絵画がうまれたかをしりたかった。

今、損保ジャパンでやっている「ヴラマンク展」だ。

確かにこの画家の全貌が見渡せるいい展覧会だ。

1900年という世紀の変わり目にドランとたまたま列車で一緒になったことがこの人の転機となった、二人でアトリエを借りて生活をはじめるのだ。

翌年のゴッホの個展にも影響を受けた、この影響は生涯続く。

はっきりいって初期のヴラマンクの絵には魅力が乏しい、あまりに平面的すぎるのだ。

この展覧会を観てゆくとヴラマンクが徐々に奥行き、立体感を表現することに成功していくことを知るがとりあえずそれはセザンヌの影響といってよいだろう。

音声ガイドによれば、その方法は近景、中央、遠景を連続して重ねることで遠近法を使わずに画面に奥行を与える方法と説明される。

展示番号17の作品「木々」と29番「ポプラのある風景」など構図もそっくりだがーちなみに所蔵もイスラエル美術館と同じところだーここいらへんにこのころのヴラマンクの真骨頂をみることができよう。

そして第一次大戦、絵は大きく変わった、人々はそれを絶賛したという。

おなじみ雪景色が多く作品に登場するが、この画家の関心は雪が汚れていくことだ。

戦争の不条理を体験した内的な悲壮感と反応したのだろう。

花束もこの画家の関心事だが、静物画を描くときはそれと心を通わせるために何日間もそこに置いておいたという、ヴラマンクが叙情的といわれるゆえんだろう。

この画家は1925年、パリの西フランス有数の穀倉地帯のリュエイユ=ラ・ガドリエールにうつりすみ死ぬまでそこで過ごした。

当然の如く積みわらや麦畑を題材にした作品が登場するがそれがいかにもゴッホ的なのだ。

1901のゴッホ展に衝撃を受けてからゴッホ的なものがこの画家にとって大きいものだったのだろう。

この展覧会では生涯二度しか描かなかった自画像のうち一点も展示されるし、この画家の全貌を知るにふさわしいといってよい。

それにしても損保ジャパンはこれから年末にかけて大型展覧会をあと三本用意している、注目だ。


ゴールデンウィーク後半の美術展

2008-05-06 23:05:36 | アート・文化

さて、ゴールデンウィークも終わりだ。

基本的に一日一美術館主義の僕はこの後半の連休で都合三つ回った、今日は疲れてダウンしていた。

まとめて記したい。

まずはうらわ美術館「誌上のユートピア」、これはガラガラでお薦めだ。

この美術館は展示室A,B,C,Dとあり、最後の展示室は普通所蔵品ギャラリーとなるのだが、今回はこの展覧会のために使うというきあいの入れようだ。

ヨーロッパの世紀末美術雑誌と、その影響を受けた日本の美術雑誌の展覧会だが、最初からビアズリーの「サロメ」と魅せるし、京都画壇の浅井忠と神坂雪佳が出ているのには驚いた。

日本橋高島屋で回顧展があった神坂は例の「百百世草」まできちんと出ている。

そして岡倉天心らが威信をかけた「國華」にも触れているなど見どころ満載。

続いては日本橋三越「中村征夫写真展ー命めぐる海」

中村さんが毎日ギャラリートークとサイン会を催されるという念の入れようだ!

直径わずか34メートルしかないミクロネシアの「ジープ島」、中村さんのライフワークともいえる「東京湾」、世界中のダイバーたちの聖地ともいえる「紅海」、これらをメインにあとは沖縄とかいろいろな海の光景を写真とビデオにより展覧、ゆっくりと心がさわやかになる展覧会。

ブリヂストン美術館は「岡鹿之助」、何かさらりと観てしまう展覧会だ。

「掘割」「燈台」「発電所」などテーマごとに展示されているが、そのため画家の年代的な変遷とは関係のない展示となっており、これが最適な方法か疑問が残る。

アンリ・ルソーを想起するが確かにこの画家は著作に「ルソー」がある。

カタログを読んで知ったことだが水平線と垂直線がこの画家にとってとても重要なようだ。

しかし会場の絵には解説は一切なくここにも疑問が残る。

本来なら今日は世田谷美術館「横尾忠則」に出かけるはずが、冒頭に記したように疲れて寝ていた。

まあ先は長い、こんな感じの四連休。


郵政民営化の影響?

2008-05-03 21:55:01 | アート・文化

今日は祭日だ、普通なら郵便配達はないはずだ。

それがどうも郵便配達があったらしい、帰ってきたら郵便物がポストに入っていた。

うれしいことにmemeさんからの「ハマヤキ故郷に帰る」という神奈川県立歴史博物館のチケットも入っていた、ここで厚くお礼申し上げます。

さて今日はうらわ美術館に「誌上のユートピア」という展覧会を観にいった。

疲れているので内容は明日に回すが、「本をめぐるアート」を一つのテーマとしているこの美術館らしい立派な展覧会だった。

それから高崎線で上野へ、浦和から上野はあっというまだ。

どのくらい混雑しているか東京都美術館の「芸術都市パリの100年」のチケット売り場をのぞいてみたが相も変わらずがらがらだ。

この次のフェルメールは入場制限必至と見るので、嵐の前の静けさか。

予想外が続くが、「週刊朝日」、僕は宅配してもらっているのだが、もう連休明け号が家に届いた。

先週号では次号は5/8に発売しますとか書いてあるが、連休前にちゃんと作ってしまっているのだ。「週刊朝日」は連休も休みませんとか言うが、編集部員はちゃっかり休んでいる。

「週刊朝日」、美術関連の記事が乏しくなり物足りないわ。


どこにあるのか招待券

2008-05-01 22:09:59 | インポート

今日は大倉集古館に、「備前一文字」の展覧会を観にゆく。

刀はどうにもわからない、東京国立博物館の常設でも刀は素通りしてしまう。

何とか苦手意識を払しょくしようと思ったがやはりだめだった、国宝といわれても普通の刀に見えてしまう。

カタログが完売しているのも興ざめで、まだゴールデンウィークの四連休があるのによほど少ししか仕入れなかったと見える。

実はここに行ったのにはもう一つ理由がある。

日本橋三越で開催される「今、蘇るローマ開催・日本美術展」の招待券があるのではと見込んでいたのだ。

何しろ大倉集古館の所蔵品を中心に展覧する展覧会だから置いてあってもバチは当たるまい。

しかしやはりない、二百円割引券は置いてあるがしょうがないからそれをもらってきた。

さて薬をもらいに医者へ。連休前で混雑しているので世田谷美術館分館、清川泰次記念ギャラリーによる。

抽象画家、物語を一切いれなかった清川は青年期に写真に夢中になった。

ここのところこのギャラリーでは清川の写真の展覧会が続いている。

今回は「昭和十五年十一月十日、銀座」が舞台。

何の日かは改めて書くまでもない。

時代の熱気と青年清川の熱気が反応したような展示だ。

さて帰ろうかと他館のチラシを見ているとそこに置いてあるのだ、日本橋三越の招待券が!

こちらはまぎれもなく招待券、千円がただになる。

というわけで大倉集古でもらった二百円引きの割引券はゴミ箱行きとなる。