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OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

古い本 その175 平牧動物群 10

2024年09月21日 | 化石

 象については、命名の歴史についてだいたい調べが済んだので、ここでこれまでに出てきたもの以外の岐阜県の瑞浪層群・平牧層群の中新世脊椎動物群に関連する論文を幾つか挙げる。今から50年近く前の1974年5月1日に瑞浪市化石博物館が開設された。それに伴って、同博物館研究報告が創刊され、その中にそれまでの哺乳動物化石のレビューが作成、発表された。
○ 亀井節夫・岡崎美彦 1974.  瑞浪層群の哺乳動物化石.  瑞浪市化石博物館研究報告. no. 1: 263-291, pls. 86-97.
 この論文には、この地区の中新世哺乳類化石に関する約30の論文がリストアップされている。年代順に並べてみると、一番最初のものは1899年の吉原のもので「犀骨の発見」と題した短い報告、二番目は1900年の横山による「海牛の化石」と題するやはり短いもので、両方とも地質学雑誌の記事である。「古い本」のその76、その78で触れた。この二番目の報告はのちに Desmostylusとされた標本の最初の記事だが、のちのPaleoparadoxia を含めた束柱類の論文は15本に達して、参考論文の産出報告のうち半分に達する。それらを含めて、この動物群に関連する論文はすでに「古い本」シリーズでかなりの数取り上げてきた。以下のものである。(このブログ掲載順)
古い本 その6(2020.5.7)で挙げた東北帝国大学理科報告 Matsumoto, 1926. Hemimastodon annectens(後にGomphotherium属)。
古い本 その17(2020.7.28)Shikama 1966a Desmostyliaの骨格に関する論文。
古い本 その18(2020.8.4)Shikama 1966b Desmostyliaの歯に関する論文。
古い本 その76(2021.11.5)吉原 1899 「犀骨の発見」
同 Matsumoto 1921 平牧動物群の記載。
古い本 その78(2021.10.17)横山 1900 「海牛の化石」
古い本 その80(2021.11.21)Tokunaga and Iwasaki 1914 Desmostylus japonicus の命名。
 ここでは、平牧動物群・戸狩動物群に関する論文で上のリストで抜けているもののほんの一部を扱う。ただし近年の論文は読んでいないので、今から50年ほど前の時点の知識(亀井・岡崎 1974.)に基づいて挙げる。なおこの論文はそれまでの研究論文のレビューで、未報告だった標本について触れているが、分類などの検討はほとんどされていない。
○ 松本彦七郎, 1916.  美濃国産始原鹿類化石に就て. 現代之科学, 4(4): 228-242
 「現代之科学」という雑誌は、1913年に初巻が「現代之科学社」から発行され、おそらく10巻(1922)まで発行された月刊誌である。
 内容は、東濃中学校に保管されていた鹿類の下顎骨について述べているもの。5ページ目のp. 232にスケッチが添えられている。

658 松本, 1916. 232ページの図

 標本のサイズは図上で前後長6.7センチある。この図の倍率は「二分の一」としていて、歯列の長さ(第一前臼歯の歯根の窩の前縁から第二大臼歯の後縁まで)を85mmとしていて、それと符合するから、図のサイズは正しそう。そこで、第一と第二大臼歯の近心・遠心径を図上で計ると37ミリぐらいとなる。「動物考古学の手引き」(松井, 2006)のニホンジカのこの部分の前後長が32ミリぐらいだからそれよりも大きい。ずいぶん年をとった個体らしくて、磨耗が激しい。中新世の鹿としては非常に大きいものである。松本も「大きい」という点を真っ先に挙げて新種として記載している。記載のすぐ前では、「Amphitragulus及び古麞(ノロ:鹿の下に章)の附近に全く新しき属を設くるが如き必要に迫らるるに至るやも測られねど...先ず假にAmphitragulus なる属名を用い置かむと欲す。」としているぐらいである。
 松本は、1918年にこの標本を英文で報告した。論文は次のもの。
○ Matsumoto, Hikoshichoro, 1918.  On a New Archetypal Fossil Cervid from the Prov. of Mino. Science Reports of the Tohoku Imperial University, Sendai, Japan. 2nd series, Geology, vol. 3, no. 2: 75-81, pl. 23.(美濃地方からの新種の化石古形鹿類)
 文中図として、1916年のと同じスケッチが示されているほか、図版23として化石の舌側・頬側および上面の写真がある。参考としてマメジカTragulus sp.の両方の下顎の上面と右側面の写真が添えられている。マメジカの下顎の第一・第二前臼歯の前後長は写真上で計ると18ミリぐらいだから化石の方がずっと大きい。

659  Matsumoto, 1918. Plate 23, Figs 1-3 Amphitragulus minoensis. Holotype

 この英文の方も新種であるとしているので、欧米の論文ではAmphitragulus minoensisの命名年を1918とすることが多い。現在、この種類をAmphitragulus属のものと考える研究者は少ない。平牧・瑞浪地方から鹿類の化石がかなりの数見つかっているが、部分的な標本がほとんどである上に一種類ではないから話は複雑である。

660 瑞浪市で発見された鹿類の尺骨と橈骨。 標本の最大長約15センチ 1972年撮影

 上の写真の骨もかなり大型の種類であるが、Amphitragulus minoensisであると決めることはできそうない。
 最近の研究ではNishioka and Tomida, 2023では、Matsumotoのホロタイプをcf. Palaeomeryx minoensis としている。この論文は印刷に先立ってインターネット上で公開されている。私がこれを書いている2022年11月中旬の段階で、2023年4月1日発行となっている(Published online November 1, 2022)。日付がずいぶん先行しているが混乱の元とならないか心配である。日付を見ると実はエイプリルフールだよ、というのは無いだろうが。時系列が合わなくなるといけないので、文献名などを書かないでおく。この「古い本」では、昔の文献同士の関係を調べていて、実際に標本にあたったり、分類上の位置の変更を考えたりする気はない。次回は平牧の鹿化石についてほかの古い論文を紹介する。

古い本 その174 平牧動物群 9

2024年09月13日 | 化石

 では、G. annectensの上下の標本を合わせたものを見よう。

648  G. annectensのホロタイプ(上)と下顎標本(下)

 この写真も臼歯の咬合面が水平になるように以前にここに出した写真を変更した。最初にこの標本の存在を記した佐藤, 1914では標本を「上顎」と表現した。その時には標本がもろいために、口蓋を上にして木箱に石膏で埋められていたので、そういう表現となったのであろう。この石膏は1926年にMatsumotoが新種記載した論文では取り除かれて、「頭骨の破片、上面観」という写真が示されている。現在もこの時とほぼ同じ状態で保管されている。中央に骨の外鼻孔があり、後頭部は論文写真と違って頭骨の表面のないところが石膏で埋められている。また左端(下の写真では上の方)の一部がなくなっている。

649 Matsumoto, 1926. Plate 1, Fig. 1. Hemimastodon annectens. ホロタイプ頭蓋の背面

650 ホロタイプの現状 Gomphotherium annectens (Matsumoto) 頭蓋の背面

 標本は押しつぶされているが、表面の半分くらいは残っている。割れて潰れたのではなく、塑性変形しているように見える。では、横から見た時に、どのくらい低くなっているのであろうか? まず骨の名前を押さえておこう。

651 ホロタイプの 頭蓋の背面
mx; 上顎骨、pm; 前顎骨、f; 前頭骨?、n;尾骨

 位置関係のマークになりそうな点は骨の外鼻孔の後縁ぐらいしかない。
 特徴は、まず下顎では牙が細くて短い。上顎は潰れているのを正すとかなり顔面が「立って」いるようだ。御嵩町の標本は前顎骨が大分残っているから牙(門歯)の付け根は残っているはず。そう思って、最近この標本の前の破断面を見に行ってきた。

652 Gomphotherium annectens. Holotype の前側断面

653  Gomphotherium annectens. Holotype の前側断面の門歯歯槽 画像を明るくし、断面の角にラインを入れた。

 確かに門歯(牙)の歯槽が見られるが、断面形は丸くなくて上下に(臼歯歯根によって)押し潰されたように見える。臼歯部分はあまり圧縮を受けていないだろうから、それよりも背側にある門歯歯槽あたりでは3分の2ぐらいになっているようだ。また、門歯の歯槽の断面の長い方の径は約2センチ少しぐらい。下顎の門歯の直径とあまり違わない。もとの直径はこれと同じくらいか、つぶれ方によってはやや細いかもしれない。断面形が円形とは限らなくて、亜三角形や長円形の場合があるかもしれないが、円形と仮定して3分の2ぐらいに潰れている可能性がある。そう仮定しても、頭部の復元にはまだまだ問題がある。頭骨には複雑な内部構造がある上に潰れ難い臼歯やその歯根も関係する。
 ヨーロッパのGomphotherium angustidensの上顎門歯はもっと太いのが普通で、御嵩町の個体はかなり小さい上に門歯も細い。ただ、この標本の臼歯は生え揃っているし、第一大臼歯はすでにほとんど咬頭がなくなっているほどすり減っているから、若い個体ではない。両側の門歯の間は広く空いていて、顔面でそこが前後に伸びる溝になっている。ここには鼻の付け根があるのは、現在の象と同じ。ついでに言っておくと、下顎門歯の切れ込みは、その年齢になって初めて上顎門歯がそこに届いた、というような成長過程を示すものではない。この個体の「咬みぐせ」といったものだろう。
 このようにいろいろと検討したが、決定的な姿はわからなかった。Gomphotherium angustidens種群の別の種類については、保存の良い顎の化石が発見されたものの復元図が描かれている。

654 Osborn, 1936. Fig. 226. Mastodon angustidensの骨格

 この骨格は、ホロタイプを産したフランスのSomorreの中期中新世の標本をもとに復元されたもの。これの頭だけを取り出してみよう。原図を回転して他と揃えた。

655 Osborn, 1936. Fig. 226. Mastodon angustidensの頭骨 (原図をトリミングして回転)

 上顎門歯が太く、下顎門歯は曲がっていてGomphotherium annectensとは異なる。
◯ Osborn, Henry Fairfield, 1936. Proboscidea: A Monograph of the Discovery, Evolution, Migration and Extinction of the Mastodonts and Elephants of the World. Vol. 1. Moeritherioidea, Dinotherioidea Mastodontoidea. American Museum Press, New York. (長鼻類:世界のマストドン類およびエレファス類の発見・進化・移動 そして絶滅に関するモノグラフ. 第1巻)

 Gomphotherium osborniにも復元図がある。アメリカの種類だから、やや別のグループだろうが。

656 Barbour, 1916. Gomphotherium osborni の復元図

 原図はやや斜めから見た図で、それを臼歯の咬合面が水平になるように回転した。この位置に上顎の門歯が来ると、下顎の切れ込みの説明がつかないので、Gomphotherium annectensには適用できない。ただしこの図の上顎門歯の位置の根拠は、論文ではよくわからない。
◯ Barbour, Erwin Hickley, 1916. A new longirostral Mastodon from Nebraska, Tetrabelodon osborni, sp. nov. American Journal of Science, ser. 4, vol. 41: 522-529, text-figs. 1-4. (Nebraska州からの新種の顎の長いマストドン、Tetrabelodon osborni
 結局下のような横顔を書いてみたが、しっくりこない。径3センチ以下の細い上顎門歯がこんなに長く露出していて折れないのだろうか。

657 Gomphotherium annectens 「横顔」復元素案

 美しくないなあ。もうひとつ興味あるのは、この動物の門歯に「エナメルバンド」があるのか、という問題。これについてはデータがないので、将来検討しよう。

古い本 その173 平牧動物群 8

2024年09月05日 | 化石

 岐阜県御嵩町番上洞から発見されたGomphotherium annectens (Matsumoto)標本は、中新世の化石象頭部として例外的によく保存されたものである。ホロタイプは頭蓋だが、その後同一個体とされた下顎を重ねるとこの動物の姿がかなりよくわかる。ただし、頭蓋にはかなり欠けているところがあるし、上下方向に変形もしている。そういったことについて調べてみた。まず注目したのは下顎、とくにの門歯の形。

643 番上洞の下顎 京都大学蔵 1972年ごろ撮影

 写真のように、先端から数センチのあたりに側方からの切れ込みがある。門歯がすり減るからには、何かがそこに当たっていたのだろう。考えられるのは上顎の門歯であるが、もちろんこの個体の上顎の化石はその部分が失われている。この類のマストドンでは、下顎の切歯が二本並び、それを挟み込むように上顎の両側の切歯が交差する。
 番上洞の下顎の右切歯は発掘時になかった。槇山は「可なり破損してゐたが復舊すると立派な標本となり...」と記しているし、下顎の後ろの方の破断面が新しいから、発掘時にはもう少し破片があったのだろう。ところが、2004年にこの失われていた右の門歯を保存していた方がいたことが報告された。
○ 川合康司, 2004. 可児郡御嵩町より新たに確認されたゾウ化石について. 美濃加茂市市民ミュージアム紀要、第3集;1−3, 1 plate
 発掘場所の番上洞は、下顎発見のころには農業用の客土の採取地として村(上之郷村)の共有地になっていたから多くの地元の方が立ち入っておられた。標本は1935年頃に佐賀さんという方が見つけて、保管されていた。

644 川合, 2004. Plate (一部)

 図は、上が背側、下が腹側で、原図には断面形が示されている。標本の割れ口は下顎とよく合ったとのことだから、図の写真を下顎に重ねると下のようになる。対称性を考えて切れ込みよりも先は左だけにある、と考えた。

645 下顎の復元の試み

 もちろん、照明の方向も異なるし、右門歯のみている方向も多少違うだろうからこれらを実際に合わせてみる必要がある。この程度の左右の非対称は当然ありうることだ。
 さらにこの切れ込みが、数多くある(主にヨーロッ・北アメリカの)近縁種の標本に見られるのか調べてみた。Gomphotherium angustidensの標本は、単独の歯なら化石ショーでも販売されているぐらいだから、数多くあり、学術報告はあまりなさそうである。いつもお世話になるOsbornの「Proboscidea」は、文献などのデータはあてになるが、標本はある程度のスケッチがあるだけで、むしろ線画が多い。図示(線画・写真)されたG. angustidensの下顎標本では、門歯先端まで保存されている標本はなく、G. (Genomastodon) osborni というちょっと違う種類の下顎があるが、先端に切れ込みはなく、番上洞標本の右側とよく似た形のものが見られる。この種類の原記載はBarbourによるもので、下記の文献である。
○ Barbour, Erwin Hickley, 1916. A new longirostral Mastodon from Nebraska, Tetrabelodon osborni, sp. nov. American Journal of Science, ser. 4, vol. 41: 522-529, text-figs. 1-4. (Nebraska州からの新種の顎の長いマストドン、Tetrabelodon osborni
 産出した地層の年代はこの文献では鮮新世(最近の論文では中新世中期になっている)。完全な下顎とともに頭骨や関節状態の骨格も発見されているという。この論文ではTetrabelodon osborni Barbour という名前で出てくる。地質年代と、第3大臼歯の稜数が多いことを見るとG. angustidensよりも少し進化型だろう。まず上から見た写真を見ると非常によく似ているから、下顎の使い方も類似していたと思う。

646 Barbour, 1916. Fig. 2. Tetrabelodon osborni Barbour 下顎背側

 この図は、原本のものを180度回転して、G. annectens標本と合わせた。スケールは次の図に入れた。

647 Barbour, 1916. Fig. 1. Tetrabelodon osborni Barbour 下顎左側

 この写真はディジタルファイルから取り込んだが、今後の側面図の方向をできるだけ統一するために、臼歯の咬合面が水平になるように変更した。サイズは原本では「10分の1」としているが、ディジタル化や、ここでの取り込みで計算が難しい。文中に計測値があって、「関節顆から牙の先端まで:1522mm」
となっている。これを上の写真では斜めの径と考えて、スケールを新たに作って加えた。
 これを見ると、G. annectensと比べてG. osborniは下顎先端部がずっと下方に向いていることや、下顎体がかなり華奢なものであることがわかる。この角度について、次の論文では7種類ほどのGomphotheriumの下顎骨を比較しているが、その角度の測定は標本の保存によって根元の角度だったり先端までの角度を測ったり多少恣意的になっているようだが、約6度(Gomphotherium inopinatum)から約31度(G. steinheimense: ドイツ。Mühldorf)までの広いばらつきがある。この論文ではG. annectens ではこの角度を約17度としている。
○ Wang Shi-Qi, 2014. Gomphotherium inopinatum, a basal Gomphotherium species from the Linxia Basin, China, and other Chinese members of the Genus. Vertebrata PalAsiatica, vol. 52, no. 2: 183-200. (中国、Linxua(臨夏)盆地からの原始的Gomphotherium G. inopinatumとこの属の中国の種類)
 G. annectensで、破損している下顎関節部の形は大体想像がつく。ただ、関節頭の位置はもう少し低いだろう。

古い本 その172 平牧動物群 7 

2024年08月21日 | 化石

 Vanec, 1877が本当にBunolophodon属の命名をしたのかは疑わしいが、確かにこの言葉が出てくるところがある。文末に系統樹のような分類図が示してある。

640 Vacek, 1877. p. 45 の文中図.表題なし

 すぐ上の文章を翻訳しておく。「最後に、この記事で提示された観点に従って、これまでに知られているヨーロッパのマストドン属の種類の概要を把握すると、次のようなグループ分けを想像することができる。」
 「マストドン属」とはっきり言っている。一番下の欄がそれで、二つに分かれてZygolophodonBunolophodon になっている。ちなみにOsbornではこの二つの名称のどちらも、この論文で初出の属としている。Vanek はこの二つを亜属のような扱いで記している。文中に新属とか新亜属というような主張があるかどうかは知らない。文中には「Zygolophodonten」「Bunolophodonten」の語はたくさん出てくるが、属扱いには見えない。図ではこの二つの「分類群」の上にそれぞれ種があって、「M. tapiroides Cuv.」というように記してあり、分類名上に亜属のような記入はない。当然、新亜属だとしても模式種の指定はここにない。もちろんannectensは記載前だから出てこないが、入れるとすればM. angustidensが一番近いのだろう。この図の縦の点線は進化系列だろうと思うが、横の点線はなんだろう? 同時代ということだろうか。7枚の図があり、その中のTaf. 4とTaf. 5がMastodon angustidens の図である。

641 Vanec, 1877. Taf. 4. Mastoon angustidens Cuv.
Fig.1;原位置にある下顎門歯、
Fig. 2; 壊れた左下顎骨の第一大臼歯の歯根後部、第2及び第3大臼歯の上面観。骨は描いてない
Fig. 3;萌出していない左下顎第3大臼歯 と Fig. 3a; その前面観
Fig. 4;強く摩耗した右下顎第1大臼歯 の上面観 と Fig. 4a ;その内側
Fig. 5;二本の下顎門歯(先端から約200mmでの)断面
ディジタルファイルでは、Fig.番号が読みづらいので、数字を書き込んだ。またFig. 5 は薄くて見えないので画像処理した。その内部は原本では白色である。

642 Vanec, 1877. Taf. 5. Mastoon angustidens Cuv.
Fig.1;右上顎第3大臼歯上面観、 Fig. 1a; その内側観
Fig. 2; 未萌出の右上顎第3大臼歯最前稜前面観
Fig. 3; 左上顎第2大臼歯上面観、 Fig. 3a; その外側
Fig. 4; 左上顎第1大臼歯上面観、Fig. 4a ;その外側
Fig. 5;右上顎最初の置換歯上面観
Fig. 5a; その内側
Fig. 6; 左上顎の牙、エナメル帯が部分的にダメージを受けている
Fig. 7;上顎の牙の異なる位置における断面
ディジタルファイルでは、Fig.番号が読みづらいので、数字を書き込んだ。

 この図版説明は結構難解で、臼歯を後ろから順に説明していたりするから、現代風に書き直した。また臼歯の「上面観」(von oben gesehenなど)というのは、歯の歯冠側の意味だから上顎臼歯では腹側になる。さらにpraetritenとposttritenというのは、臼歯の横稜の先に摩耗する側と後で減る側という意味で、マストドン類に特有の用語である。
 Michael Vacek (1848−1925)はオーストリアの古生物学者。

 では次の属に進もう。
5. 属Serridentinus Osborn 1923
 鹿間は、次の論文でannectensSerridentimus属に含めて記した。
○ 鹿間時夫, 1937. 日本産化石長鼻類の標本産地及び文献. 斎藤報恩会時報. No. 122: 9-28.
 この論文は表題のように象化石の産出地のリストで、その初頭にSerridentinus annectens (Matsumoto) が記録されている。そういう文章だから、この属を適用した理由や、Serridentinus属の出典が書かれているわけではない。Serridentinus属を記載したのは次の論文。
○ Osborn, Henry Fairfield, 1923. New Subfamily, Generic and Specific Stages in the Evolution of the Proboscidea. Amer. Mus. Novitatus, no. 99: 1-4. (長鼻類の進化に現れる新亜科、新属、新種)
 下記の多くの新亜科・新属・新種を提唱した論文。
p. 1 Moeritheriinae, new subfamily, Winge- Osborn
p. 1 Zygolophodintinae, new subfamily
p. 1 Cuvieronius, new genus
p. 2 Serridentinus, new genus
p. 2 Prostegodon, new genus, Matsumoto
p. 2 Serridentinus simplicidens, new species
p. 3から4 Triliphodon progressus, など5つのnew species (省略)
 属Serridentinusの記事はたった3行。模式種はMastodon productus Copen など5種が列記してある。こういう場合には最初のものを模式種にするのだろうか。アメリカの南西海岸に特徴的に産する、として、形態的にはTrilophodon と臼歯の先に鋸歯が現れるとしている。その通りなら、annectensはこれに合わない。「Trilophodon全種の観察が必要」となっている。この論文には、図はない。
 このようにannectensを属Serridentinusに入れた理由はよくわからない。

 あとは現在使われている次の属が残る。
6. 属Gomphotherium Burmeister, 1837.
 これについては「古い本」168ですでに記した。

古い本 その171 平牧動物群 6 

2024年07月21日 | 化石

 槇山, 1931は下顎をTrilophodon palaeindicus (Lydekker)のものとしているが、この種類はLydekker, 1884がTrilophodon angustudensの変種としたものを「種に昇格せしめてangustidens種群の下に分類するのが最も當を得たる如く思われる」として種として適用していた。もちろん、ここではすでに報告されていたHemimastodon annectensとは別種であるという判断である。標本の写真が1枚付してあるが、後で記す英語論文の写真のうちの1枚と同じものである。
 前回槇山が引用したLydekkerの論文というのが次のもの。
⚪︎ Lydekker. Richard, 1884. Additional Siwalik Perissodactyla and Proboscidia. Memoirs of the Geological Survey of India, Palaeontologia Indica, Ser. X, vol. 3, Part. I: pp. 1-34, pls. 1-5. (Siwalik の奇蹄類と長鼻類の追加)
 この論文はインドのSiwalik丘陵の第三紀及びその後の脊椎動物化石について、それまでの研究に追加するもので、次の種類(他に種未定のものがある)を記載している。 
A. Aceratherium blanfordi n. sp., nobis.
B. Hippotherium antilopinus Falc. and Caut.
C. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus, nobis.
D. Mastodon (Trilophodon) pandionis, Falconer
E. Mastodon (Trilophodon) falconeri, nobis.
F. Dinotherium (genusだけが見出しに出てくる)
 当然、3番目のCだけがここに関係がある。ところで、「nobis.」というのはどういう意味だろう? ラテン語辞書では一人称複数とあるから、「私たち」といったところか。著者は一人だがいいのだろうか?
 この論文には5枚の図版があって、何種類かの臼歯が示されている。そのうちこの種類:Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicusに関するのはPl.4(Figs.1-8) とPl. 5, Figs. 2-4.で、いずれも臼歯の図である。

637 Lydekker, 1884. Plate 4. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus
 上段;左上顎第2大臼歯(二つの個体)、二段目;右下顎第3大臼歯(上段右の第2大臼歯と同じ個体、3段目;左から 左下顎第4前臼歯、左下顎第4乳臼歯、左下顎第4前臼歯、4段目;左下顎第2大臼歯、左下顎第1大臼歯

638 Lydekker, 1884. Plate 5. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus (灰色に影をつけていないところ)
上段;左から 未萌出の右上顎第4前臼歯、左下顎第2大臼歯の外側
下段;右下顎第1大臼歯
影をつけた臼歯は、Mastodon pandicus Falconer

 これらの図は、技術的に高くて美しい。咬頭やその磨り減り方などを見るべきなのだが、ずいぶん難しくて、図があるからわかるというものではない。槇山はこれらの臼歯に類似点を見出したのだろう。

 ところが、槇山は7年後の英語論文ではこの考えを取り下げて、この下顎をannectensに含めた。
⚪︎ Makiyama, Jiro. 1938. Japonic Proboscidea. Memoirs of the College of Science, Kyoto Imperial University, Series B, 14(1): 1-59. (日本の長鼻類)
 属についても意見が変更され、Bunolophodon annectens (Matsumoto) という名前で記載されている。

639 Makiyama, 1938. Figs. 2,3. Bunolophodon annectens (Matsumoto)
この下顎については後でまた検討する。

 Osbornの文献表によるとBunolophodonは、1877年にVacekによって記載された。その論文は次のもの。
⚪︎ Vacek, Michael, 1877. Über Österreichischen Mastodonten und ihre Beziehungen zu den MastodonArten Europas. Abhandlungen der Kaiserlich- Königlichen Geologischen Reichsanstalt. Band 7, Heft 4, pp. 1-45. Taf, 1-7. (Austria のマストドン類について、及びそのヨーロッパのマストドン類諸種との関係)
 オーストリアのマストドン類について記したもので、見出しになっている種類は下記のもの。
P.4 Mastodon tapiroides Cuvier, 1824. Taf. 7.
p. 6 Mastodon Borsoni Hays, 1834. Taf. 4.
p. 12 Mastodon angustidens, Cuvier, 1812. Taf. 4-5.
p. 25 Mastodon longirostris Kaup, 1835.
p. 33 Mastodon arvernensis, Croizet et Jobert.
 つまり、属Bunolophodonは、見出しに出てこない。文中にも属名として書かれているところはなさそう。これで新属の提示と言えるのだろうか?