温故知新No2

静岡県の牧之原市から、盆栽、野球審判、蕎麦打ち、おやじバンド、その他徒然なるままに、ブログしています。

盆栽教室No38

2008-06-14 21:20:27 | 盆栽教室

久々の盆栽手入れ。

ここしばらく盆栽に手を入れていなかった。ただ単に朝または晩に水をかけるだけ。

しかし、盆栽は、成長を待ってはくれず、葉や芽が伸び放題。

さすがに心配になり、先週の土曜日、香蘭祭のあと時間が取れたので、遅れながらも盆栽教室へ。

久しぶりに教室に入ると、知らない方々が4、5人いた。

そういえば、吉田町文化協会の新年度開始は、6月から。

ということで、新人が第1回目の教室に参加していたのである。

だたし、新人とは言っても、全員私より年配。

そして、私たちがこの盆栽教室で、最初に学んだ、六角柳の針金かけを新会員がここで学んでいた。

ちょうど、2年前を思い出す。

でも、2年間の教室とは言っても、まだまだ中身は新人と同じ。

ところで話を戻すと、葉、芽が伸び放題となっているマイ盆栽を、とにかくこのままでいいのか、それとも早急に処置しなければならないのか、不安げに教室会場に持ち込んだ。

持ち込んだのは、「黒松」「五葉松」「もみじ」「かえで」「むらさきしきぶ」「ケヤキ」の、私が持っているすべての盆栽。

今度またいつ教室にこられるか分からないので、講師に見てもらいたくて、全部を持ってきた。

教室では新人の皆さんに針金かけを教えるのに、時間を要し、私たちのようなすでに出来上がっている盆栽を講師に見ていただく時間は、結構少なかった。

それでも、講師は手を抜かず、皆さんの作品を四方八方から見ては剪定したりした。

そのうち、やはり教室の持ち時間が少なくなり、遅れてきた私の盆栽に手を加える時間が少なくなってきたのをみて、講師は、葉刈りのポイントや、芽摘みの仕方などを私に伝え、結局、実技指導はないまま終了した。

したがって、今日は、その葉刈りや芽摘みを講師のアドバイスにしたがい、行ったので、その様子を報告します。

P1010002 P1010005

まずは、かえでの葉刈り。

実は、葉刈りはすでに1回行っていた。そのことを講師に伝えると、樹の元気がよければ、年数回やっていいとのこと。(写真左:葉刈り前のかえで。右:葉刈り後。)

そのかえでの葉を手で、ハサミで取り除く。

要は、落葉まで待たず、年に何回も葉を刈り、新陳代謝を促進して葉、枝の数を増やそうとするのである。

次に、今年の芽が吹き出た黒松の実生寄せ植えであるが、それこそ素人には、何をしていいか途方にくれていた。

P1010012 P1010016

講師は、ちょうど同じ実生の寄せ植えが2鉢あるので、そのうちの一つをハサミを入れて、見本を作ってくれた。

それを見ながら今日は黒松の芽摘みをする。

(写真左:2つのうち左側は、講師にすでに芽摘みをやっていただいたもの。右は、これから見本をみながら芽摘みを行おうとする黒松実生寄せ植え。)

(写真右:2つとも今年の芽が摘まれた状態。)

とにかく、せっかく出た今年の芽を一旦取り除くというのである。

なんかもったいないと思いがちだが、新芽を摘むことにより、またあらたな芽が出てくる。そして小ぶりのその芽が樹形を形作る今年の芽となるというのである。

そもそも、盆栽は、小さな鉢に窮屈に草樹をいれ、草樹にストレスを与えながら、時間をかけ育てるのである。

今度の教室は、21日土曜日午後。このときは、ちょうどPTAバンドが牧之原市シルバー人材センターで「振り込め詐欺防止ソング」を歌っているとき。

でも、今日、心配していた新芽の手入れをすべて行えたので、次回の盆栽教室を欠席しても、何とかよさそうだ。

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流行歌による’70年代社会意識分析No23

2008-06-14 09:03:26 | 流行歌による’70年代社会意識分析

流行歌による’70年代社会意識分析(No23)

流行歌の歌詞の単語分析の第5弾で、単語分析の最終です。
単語の経年変化を様々な角度から見ていくと、単語の意味の希薄化、多様化が見えてきます。
このことは人々の意識の変化とどう相関関係を持っているのでしょう。
今回の記述は、あと数回でこの論文が最終となるその助走部分です。
しかし、あらためて今このときの分析と論述を見ると、自分のことではあるものの、大学生なりに社会を鋭く見ていたんだな、と思ってしまいます。
あのオイルショックなどの原因で、混沌としていた70年代から80年代にかけての意識は、まさに現代の意識と類似するところが多く、凶悪な犯罪が次のさらに凶悪なもので簡単に忘れ去られていく現在が、残念ながらこの論文を通して理解してしまう。
私が大学生であった70年代当時の秋葉原は、世界の電気街、特にオーディオ全盛のときで、オーディオ店が連なっていた。そこで起こった今回の通り魔事件。
この中で私の心から離れない加害者の言葉、「私を誰か止めてほしい」。
この言葉の意味、状況が、まさに私の30年前の論文で、人々の意識が危ない、大丈夫か、と訴えたものであるように思う。

「何から何まで調度品が整い、あとは自分の心が入るスペースが残っているだけという部屋に押し込んでもらわなければならない「意識」。意味の多義化を伴った言葉によって作られた、殻の内部に閉じ込もって現実との間を遮断し、その殻の内側に映る自分だけの幻想を見て自己満足している「意識」とはいったいどんなものであろう。しかも、体の一部を社会に触れていなくては不安になるのである。
 私はここに「胎児」を想像せずにはいられない。有史以来、数千年という時間を費やし時代の精鋭が努力し築き上げてきた意識において、その成熟度がまだ「胎児」だなんて、それはペシミズムのなにものでもありません。 
 私はここで、この「胎児」は、たとえば、膨張、収縮を繰り返し行う宇宙が、ちょうど収縮したときと考える。そして、それはこれから膨れ上がる起爆点なんだと。」

「私」を止める誰かは、実は「私」以外にはないのだが・・・。
今回の私の記述は、このあとこの「私」を作った環境、要因は、映像文化などのテクノロジーである、と展開していく。

ではどうぞご覧ください。↓

「ryuukoukaNo23.pdf」をダウンロード

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