*誰も知らない昼下がりが下がったとき
町の角からひっそり家を出る
老いた一人は夢中になることもなく
不安を隠して花見の旅に出る
いつもはこの季節、古い友人たちと皇居濠・千鳥ヶ淵に桜を見に行くのだが、新型コロナウイルスが浸透している折、今年は見合わせることにした。
だから、3月26日昼すぎ、一人で近くの多摩の桜を見に静かに家を出た。
まず、小田急・唐木田駅から多摩センターに向かったところの「鶴牧西公園」へ。
ここは、ニュータウン前の多摩丘陵の名残りである雑木林や竹林と、後で植えられた様々な樹木が混在している、丘陵の高低差を楽しめる公園だ。
桜も多くあり、特に樹齢200年という大樹の、ピンクの滝のような枝垂桜が例年目を潤してくれるのだが、今年は色も褪せて花弁も少ない。なんだが、老化が身につまされる。
鶴牧西公園の西側には、北に向かって細い川が続いている。その用水路にも似た川が乞田(こった)川の源流水域である。
この細い川に沿って北へ進み、小田急多摩線、京王相模原線の高架を抜けると川はやや東の方に向きを変え、ちゃんとした乞田川という形の川になる。
この乞田川は多摩ニュータウン通り(東京都道158号小山乞田線)に並行して東北東に延び、多摩ニュータウン通りは永山あたりから鎌倉街道となり、乞田川は連光寺あたりで大栗川に合流し、多摩川に流れ込む。
「乞田川」の本流に来たら、桜が目に入った。
乞田川は両サイドに歩道があり、多摩センター駅の西から東へ向かった永山あたりまで、約3キロの桜並木となっている。桜はちょうど満開である。
桜は吉野のような山桜もいいものだが、水辺の桜はまた異なった情緒を醸し出す。
水に映える桜といえば、まず千鳥ヶ淵であるが、多摩の乞田川の桜並木も捨てたものではない。川辺に垂れ延びる桜のさまは、千鳥ヶ淵と比べるのは畏れ多いが、劣るとも勝らない景観である。(写真)
時世柄か、行き交う人もめったにない乞田川の桜並木を歩き進み、多摩センター駅の先の上之根橋を超えたあたりの右(南)側に「吉祥院」がある。
鎌倉時代初期の創建という古い寺で、都の天然記念物に指定された樹齢600年という驚きの枝垂桜があったそうだが、今は枯れて、その子孫が花を咲かせている。
境内にはあちこちに桜を見つけることができる。
護摩堂、鐘楼の裏手はなだらかな丘のような勾配があり、それに沿って墓が並び、上がったところに見事な白い花を鈴なりにつけた山桜が佇んでいた。
吉祥院を出て、乞田川に向かう道に即して鳥居が建っていたので、中に入った。境内は駐車場になっている小さな「八幡神社」だった。
八幡神社を出て、再び乞田川の桜並木に出た。いつしか、もう黄昏時だ。
さらに川沿いの桜道を東の方に歩いていくと、川の向こうに、明かりのついたガラス張りの建物が見えた。レストランだ。
*昼間のうちに何度も桜を見て
行く先を考えるのも疲れはて
日暮れに気がつけば腹をすりへらし
そこで老人はネオンの字を読んだ
レストランはリバゴーシュ
川沿いリバゴーシュ
食事もリバゴーシュ
川沿いのその店は、ブーランジェリー「リバゴーシュ」だった。
店のドアを開けたら、指を1本立てるだけ。
洒落たテーブルはヨーロッパを思わせる木造りで、すぐにやって来たウェイターが窓辺の席に案内した。メニューを見れば、ディナーのコース料理もあるのだが、この店の売り料理だと思われる気軽に注文できるパスタのなかから、海鮮パスタを注文する。
食後にゆっくりコーヒーを飲んで、店を出る。
会計をしながら、主人と思わしき人に、意地悪に「リバゴーシュって何語ですか?イタリア語?」と訊いてみた。
彼はにやけながら「フランス語ですよ。それが証拠に欧文ではリブゴーシュRive gaucheになっているでしょ」と、よくある質問だといわんばかりに言った。
「乞田川の左岸にあるから、この名前なんですよね。だったら、どうしてリブゴーシュにしなかったのですか?」と訊き返すと、彼はまた笑い顔で「語呂がよかったから」と答えた。
「ということは、フランス料理?それにしては、パスタが専門のようだが」とさらに訊くと、「肉もありますよ。しかし、最近はカジュアルなイタリアンっぽいかなあ」と笑った。
フランス料理ともイタリア料理とも言えない「リバゴーシュ」は、店の名前のように国境がない、いわばEU料理なのだろう。
川沿いのレストランを出たら、外はすっかり暗くなっていた。
そして、川沿いの並木道を引き返した。
今度は夜桜を見ながら、夜の長さを何度も味わった。
桜はリバーサイド
水辺のリバーサイド
一人でもリバーサイド
――参考「リバーサイド ホテル」井上陽水
*リバーサイド、追伸4.14
あれから半月余。この日は、小田急多摩線・永山駅から多摩センターまで、乞田川の桜並木を歩いた。
桜の多くは葉桜に変わっていたが、たまにまだ我慢強く花をつけている木があった。花の色が白いので山桜だろう。
この日は、レストラン「リバゴーシュ」の対岸の道を歩いた。つまり、リブ・ドロワット(Rive droite)である右岸を歩いた。
すると、リバゴーシュの斜め向かい辺りで、建物の塀から掲げられた白い小さな看板が目に入った。そこに書いてあったのは、「シャトー リバーサイド」。
その建物の名前である。通りからは想像もつかない、1階の玄関に繋がる階段に鉢花が並んだ飲み屋(今は休業中)がある、3階建ての洒落たマンションだ。
シャトー(お城)はリバーサイド
川沿いリバーサイド
向かいにはリバゴーシュ
町の角からひっそり家を出る
老いた一人は夢中になることもなく
不安を隠して花見の旅に出る
いつもはこの季節、古い友人たちと皇居濠・千鳥ヶ淵に桜を見に行くのだが、新型コロナウイルスが浸透している折、今年は見合わせることにした。
だから、3月26日昼すぎ、一人で近くの多摩の桜を見に静かに家を出た。
まず、小田急・唐木田駅から多摩センターに向かったところの「鶴牧西公園」へ。
ここは、ニュータウン前の多摩丘陵の名残りである雑木林や竹林と、後で植えられた様々な樹木が混在している、丘陵の高低差を楽しめる公園だ。
桜も多くあり、特に樹齢200年という大樹の、ピンクの滝のような枝垂桜が例年目を潤してくれるのだが、今年は色も褪せて花弁も少ない。なんだが、老化が身につまされる。
鶴牧西公園の西側には、北に向かって細い川が続いている。その用水路にも似た川が乞田(こった)川の源流水域である。
この細い川に沿って北へ進み、小田急多摩線、京王相模原線の高架を抜けると川はやや東の方に向きを変え、ちゃんとした乞田川という形の川になる。
この乞田川は多摩ニュータウン通り(東京都道158号小山乞田線)に並行して東北東に延び、多摩ニュータウン通りは永山あたりから鎌倉街道となり、乞田川は連光寺あたりで大栗川に合流し、多摩川に流れ込む。
「乞田川」の本流に来たら、桜が目に入った。
乞田川は両サイドに歩道があり、多摩センター駅の西から東へ向かった永山あたりまで、約3キロの桜並木となっている。桜はちょうど満開である。
桜は吉野のような山桜もいいものだが、水辺の桜はまた異なった情緒を醸し出す。
水に映える桜といえば、まず千鳥ヶ淵であるが、多摩の乞田川の桜並木も捨てたものではない。川辺に垂れ延びる桜のさまは、千鳥ヶ淵と比べるのは畏れ多いが、劣るとも勝らない景観である。(写真)
時世柄か、行き交う人もめったにない乞田川の桜並木を歩き進み、多摩センター駅の先の上之根橋を超えたあたりの右(南)側に「吉祥院」がある。
鎌倉時代初期の創建という古い寺で、都の天然記念物に指定された樹齢600年という驚きの枝垂桜があったそうだが、今は枯れて、その子孫が花を咲かせている。
境内にはあちこちに桜を見つけることができる。
護摩堂、鐘楼の裏手はなだらかな丘のような勾配があり、それに沿って墓が並び、上がったところに見事な白い花を鈴なりにつけた山桜が佇んでいた。
吉祥院を出て、乞田川に向かう道に即して鳥居が建っていたので、中に入った。境内は駐車場になっている小さな「八幡神社」だった。
八幡神社を出て、再び乞田川の桜並木に出た。いつしか、もう黄昏時だ。
さらに川沿いの桜道を東の方に歩いていくと、川の向こうに、明かりのついたガラス張りの建物が見えた。レストランだ。
*昼間のうちに何度も桜を見て
行く先を考えるのも疲れはて
日暮れに気がつけば腹をすりへらし
そこで老人はネオンの字を読んだ
レストランはリバゴーシュ
川沿いリバゴーシュ
食事もリバゴーシュ
川沿いのその店は、ブーランジェリー「リバゴーシュ」だった。
店のドアを開けたら、指を1本立てるだけ。
洒落たテーブルはヨーロッパを思わせる木造りで、すぐにやって来たウェイターが窓辺の席に案内した。メニューを見れば、ディナーのコース料理もあるのだが、この店の売り料理だと思われる気軽に注文できるパスタのなかから、海鮮パスタを注文する。
食後にゆっくりコーヒーを飲んで、店を出る。
会計をしながら、主人と思わしき人に、意地悪に「リバゴーシュって何語ですか?イタリア語?」と訊いてみた。
彼はにやけながら「フランス語ですよ。それが証拠に欧文ではリブゴーシュRive gaucheになっているでしょ」と、よくある質問だといわんばかりに言った。
「乞田川の左岸にあるから、この名前なんですよね。だったら、どうしてリブゴーシュにしなかったのですか?」と訊き返すと、彼はまた笑い顔で「語呂がよかったから」と答えた。
「ということは、フランス料理?それにしては、パスタが専門のようだが」とさらに訊くと、「肉もありますよ。しかし、最近はカジュアルなイタリアンっぽいかなあ」と笑った。
フランス料理ともイタリア料理とも言えない「リバゴーシュ」は、店の名前のように国境がない、いわばEU料理なのだろう。
川沿いのレストランを出たら、外はすっかり暗くなっていた。
そして、川沿いの並木道を引き返した。
今度は夜桜を見ながら、夜の長さを何度も味わった。
桜はリバーサイド
水辺のリバーサイド
一人でもリバーサイド
――参考「リバーサイド ホテル」井上陽水
*リバーサイド、追伸4.14
あれから半月余。この日は、小田急多摩線・永山駅から多摩センターまで、乞田川の桜並木を歩いた。
桜の多くは葉桜に変わっていたが、たまにまだ我慢強く花をつけている木があった。花の色が白いので山桜だろう。
この日は、レストラン「リバゴーシュ」の対岸の道を歩いた。つまり、リブ・ドロワット(Rive droite)である右岸を歩いた。
すると、リバゴーシュの斜め向かい辺りで、建物の塀から掲げられた白い小さな看板が目に入った。そこに書いてあったのは、「シャトー リバーサイド」。
その建物の名前である。通りからは想像もつかない、1階の玄関に繋がる階段に鉢花が並んだ飲み屋(今は休業中)がある、3階建ての洒落たマンションだ。
シャトー(お城)はリバーサイド
川沿いリバーサイド
向かいにはリバゴーシュ
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