<2001年10月11日>ナポリ
私は、イタリアのナポリとフランスのマルセイユを殆ど同列で考えている。フランスとイタリアの違いだけで、くだけた下町風情の地中海に面した港町。それに、底抜けに明るい青空と女の子。だとすると、ナポリに夢を抱いてはならない。マルセイユのように肩透かしを食うからだ。
「太陽がいっぱい」は、フランス映画だが、舞台の港町はナポリ近くのイタリアの街だ。しかし、この映画からはマルセイユを想像してしまう。マルセイユもナポリも、この映画のアラン・ドロンのような野卑な若者が似合う街だからか。
ローマからナポリに向かうために、ローマのテルミネ駅に行った。列車の中で食べようと朝食のためのパンを買った。これが第1の失敗だろうか。いや失敗の元は、その前の列車に乗ろうと思っていたのに、パンを買う時間がなかったので1台遅い列車に乗ったことにある。
それで、10時45分ローマ発で12時30分にナポリに着く列車に乗ることになった。この列車はナポリまでは前の列車より早く着くが、列車番号の頭にICと書いてある。インターシティーの略で、予約が必要および特別料金がいる場合がある。しかし時間もなかったので、中で交渉すればいいと考え、パンを買ってとりあえず乗ることにした。
車内は空席が目立っていたので、1等だがとりあえず空いている席に座った。駅で買ったパンをかじったが、やはりまずい。
フランスからイタリアに入った途端パンの質が変わったのは、昨日から感じていた。かたくて味もまずいのだ。仕方ない。イタリアで食に多くを望むのはやめよう。
ローマ駅をたって1時間ぐらいして、駅員が検察に来た。やはり、私の持っているユーレイルパスだけではいけないようだ。追加料金か罰金か知らないが、パスに印を押され2万リラの切符を切られた。やはり、前の列車に乗るべきだった。イタリア人はいい加減と聞いていたが、列車内は厳しいようでフランス人より融通がきかないようだ。
反省1。イタリアでは、座席指定車には飛び乗らない。→車内で食べるパンは早めに買っておく。
ナポリに着くと、すぐに駅の近くに安ホテルを見つけ、そこを出てまずは海を目指した。駅から続くウンベルト1世通りを歩いていくと、海へ着いた。ここはフェリーの船着場だ。想像していた熱気も喧騒さもなく、意外と拍子抜けだ。
やはり、街の中に入ろう。歩き回っているうちに、ガレッリアの大アーケードに出た。高い天井に美しいアーチの美しさは、イタリア人の感性が息づいている。ここの中央の広場(空間)にはいくつもテーブルが置かれ、コーヒーを飲んでいる人もいる。
コーヒーを飲もうかとカウンターに行くと、イタリア人の若者がケースの中をのぞきこみながら、次々とジェラート(アイスクリーム)を注文してはほおばっている。私も人気のジェラートにしようと、カウンターで注文した。すると、係りの男がテーブルで食べるかどうか訊いたので、疲れていたのでテーブルと言った。そのあと男は何か付け加えたが、よく聞きとれなかった。そして、盛ったジェラートを持って奥へ消えて、なかなか戻ってこない。とっさに悪い予感がよぎった。テーブルで待っていても、案の定なかなか持ってこない。よく見ると、テーブルでジェラートを食べている人はいない。
やっとやってきたジェラートを見て、やはり謀られたと思った。そのジェラートは満艦飾だった。ガラスのコップに入れられ、スプーンつきである。ジェラートの4隅にはクッキーが、中心にはビニールで作られた観葉植物と大きな日傘が差されている。観賞用もしくはおのぼりさん用である。値段を聞いてみて、さらに私の怒りは大きくなった。普通、3千リラぐらいなのに1万3千リラという。私はジェラードだけ口にして、あとの装飾品をテーブルの下に叩きつけた。
このような時、何も口にせず、金も払わず出てくればよかったのだ。怒りを抱いたままアーケードをあとにした。
反省2。ジェラートは、立ったままか、歩きながらか、階段で座って食べるか、とにかくテーブルでは食べない。→かもられそうになったら、黙って逃走する。
アーケードを出て歩き回っているうちに、道の両側に出店がいっぱい並んだ通りに出た。下町のスバッカ・ナポリと呼ばれる地区だ。雑貨屋や土産物屋もあり見るだけで楽しい。しかし、暑さに加えてトイレに行きたくなった。歩いても喫茶店も見つからず、店の探索もないがしろに急ぎ足で、ついにホテルまで戻ってしまった。
歩き疲れてしまった。
反省3。トイレは入れるときに入っておく。
やはり、ナポリもマルセイユと同じでどうも相性が悪いようだ。
夕食は、ちゃんとしたピッツァを食べたいと思い、ウンベルト1世通りを脇に入った「ディ・マッテオ」に行った。130年前から作り方を変えていない頑固な老舗とガイドブックにある。店はいっぱいで、私がテーブルに着いたあと10分もしないうちに、店の前に行列ができた。
テーブルに着き周りのテーブルを見渡すと、殆どがトマトとモッツァレッラ・チーズに1枚のバジリコの葉ののったマルゲリータだ。トマトの赤にモッツァレッラ・チーズの白、バジリコの緑を加えて、イタリアの三色旗だ。
私も、当然それにする。出てきたピッツァはボリュームがあった。確かに美味しいが、全部を食べるのにやっとの思いだ。イタリア人の若い女子は、ぺろりと平らげている。逞しい。
ナポリで、ピッツァ以外に特記するものがないとは侘しい。ラテン系のイタリア人のことだ。ナポリのどこかで、誰かは今宵も歌って(囁いて)いるのだろう。
「俺にはもう一つの素晴らしい太陽がある。それは愛する君の瞳なんだ」(「オ・ソレ・ミヨ/私の太陽」)、と。
私は、イタリアのナポリとフランスのマルセイユを殆ど同列で考えている。フランスとイタリアの違いだけで、くだけた下町風情の地中海に面した港町。それに、底抜けに明るい青空と女の子。だとすると、ナポリに夢を抱いてはならない。マルセイユのように肩透かしを食うからだ。
「太陽がいっぱい」は、フランス映画だが、舞台の港町はナポリ近くのイタリアの街だ。しかし、この映画からはマルセイユを想像してしまう。マルセイユもナポリも、この映画のアラン・ドロンのような野卑な若者が似合う街だからか。
ローマからナポリに向かうために、ローマのテルミネ駅に行った。列車の中で食べようと朝食のためのパンを買った。これが第1の失敗だろうか。いや失敗の元は、その前の列車に乗ろうと思っていたのに、パンを買う時間がなかったので1台遅い列車に乗ったことにある。
それで、10時45分ローマ発で12時30分にナポリに着く列車に乗ることになった。この列車はナポリまでは前の列車より早く着くが、列車番号の頭にICと書いてある。インターシティーの略で、予約が必要および特別料金がいる場合がある。しかし時間もなかったので、中で交渉すればいいと考え、パンを買ってとりあえず乗ることにした。
車内は空席が目立っていたので、1等だがとりあえず空いている席に座った。駅で買ったパンをかじったが、やはりまずい。
フランスからイタリアに入った途端パンの質が変わったのは、昨日から感じていた。かたくて味もまずいのだ。仕方ない。イタリアで食に多くを望むのはやめよう。
ローマ駅をたって1時間ぐらいして、駅員が検察に来た。やはり、私の持っているユーレイルパスだけではいけないようだ。追加料金か罰金か知らないが、パスに印を押され2万リラの切符を切られた。やはり、前の列車に乗るべきだった。イタリア人はいい加減と聞いていたが、列車内は厳しいようでフランス人より融通がきかないようだ。
反省1。イタリアでは、座席指定車には飛び乗らない。→車内で食べるパンは早めに買っておく。
ナポリに着くと、すぐに駅の近くに安ホテルを見つけ、そこを出てまずは海を目指した。駅から続くウンベルト1世通りを歩いていくと、海へ着いた。ここはフェリーの船着場だ。想像していた熱気も喧騒さもなく、意外と拍子抜けだ。
やはり、街の中に入ろう。歩き回っているうちに、ガレッリアの大アーケードに出た。高い天井に美しいアーチの美しさは、イタリア人の感性が息づいている。ここの中央の広場(空間)にはいくつもテーブルが置かれ、コーヒーを飲んでいる人もいる。
コーヒーを飲もうかとカウンターに行くと、イタリア人の若者がケースの中をのぞきこみながら、次々とジェラート(アイスクリーム)を注文してはほおばっている。私も人気のジェラートにしようと、カウンターで注文した。すると、係りの男がテーブルで食べるかどうか訊いたので、疲れていたのでテーブルと言った。そのあと男は何か付け加えたが、よく聞きとれなかった。そして、盛ったジェラートを持って奥へ消えて、なかなか戻ってこない。とっさに悪い予感がよぎった。テーブルで待っていても、案の定なかなか持ってこない。よく見ると、テーブルでジェラートを食べている人はいない。
やっとやってきたジェラートを見て、やはり謀られたと思った。そのジェラートは満艦飾だった。ガラスのコップに入れられ、スプーンつきである。ジェラートの4隅にはクッキーが、中心にはビニールで作られた観葉植物と大きな日傘が差されている。観賞用もしくはおのぼりさん用である。値段を聞いてみて、さらに私の怒りは大きくなった。普通、3千リラぐらいなのに1万3千リラという。私はジェラードだけ口にして、あとの装飾品をテーブルの下に叩きつけた。
このような時、何も口にせず、金も払わず出てくればよかったのだ。怒りを抱いたままアーケードをあとにした。
反省2。ジェラートは、立ったままか、歩きながらか、階段で座って食べるか、とにかくテーブルでは食べない。→かもられそうになったら、黙って逃走する。
アーケードを出て歩き回っているうちに、道の両側に出店がいっぱい並んだ通りに出た。下町のスバッカ・ナポリと呼ばれる地区だ。雑貨屋や土産物屋もあり見るだけで楽しい。しかし、暑さに加えてトイレに行きたくなった。歩いても喫茶店も見つからず、店の探索もないがしろに急ぎ足で、ついにホテルまで戻ってしまった。
歩き疲れてしまった。
反省3。トイレは入れるときに入っておく。
やはり、ナポリもマルセイユと同じでどうも相性が悪いようだ。
夕食は、ちゃんとしたピッツァを食べたいと思い、ウンベルト1世通りを脇に入った「ディ・マッテオ」に行った。130年前から作り方を変えていない頑固な老舗とガイドブックにある。店はいっぱいで、私がテーブルに着いたあと10分もしないうちに、店の前に行列ができた。
テーブルに着き周りのテーブルを見渡すと、殆どがトマトとモッツァレッラ・チーズに1枚のバジリコの葉ののったマルゲリータだ。トマトの赤にモッツァレッラ・チーズの白、バジリコの緑を加えて、イタリアの三色旗だ。
私も、当然それにする。出てきたピッツァはボリュームがあった。確かに美味しいが、全部を食べるのにやっとの思いだ。イタリア人の若い女子は、ぺろりと平らげている。逞しい。
ナポリで、ピッツァ以外に特記するものがないとは侘しい。ラテン系のイタリア人のことだ。ナポリのどこかで、誰かは今宵も歌って(囁いて)いるのだろう。
「俺にはもう一つの素晴らしい太陽がある。それは愛する君の瞳なんだ」(「オ・ソレ・ミヨ/私の太陽」)、と。