かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

有明海の海を想う、「有明をわたる翼」

2013-12-31 00:49:50 | ドラマ/芝居
 東京から佐賀の家に着いたときは、もう夜中だった。夜空を見上げると、星々が今夜生まれたばかりのように輝いていた。東京では、こんなに近くに見えることがない。
 光る星たちは、大きなものも小さなものも本当に立体的だと思えた。星座に詳しい人なら、一つ一つ心ときめかせながら、それらをなぞっただろう。オリオン星座なら、僕とてすぐに見つけることができる。北斗七星はどこだろうとぐるりと夜空を見回す。すると、北極星がわかるはずだ。

 翌朝、目が覚めて窓のカーテンを開けると、庭の垣根の向こうにいつもの山が見えた。
 山のかなたに広がる空は、気持ちのいい青空ではなく曇ってはいるが、この景色を見ると、ほっとした気持ちになる。
 よく見ると、外は白い粉のようなものが舞っている。
 雪だ。東京でも今年見ることがなかった、僕が見る初雪だ。
 もはや、東京も九州の佐賀も体感気温は変わらない。以前抱いていた、東京と比較して九州は暖かいという感覚は、北九州に関しては当てはまらない。
 むしろ東京の鉄筋に対して佐賀の木造という家の構造の違いで、家の中ではこちらの佐賀の方が寒い。古い家なので、あちこちから冷たい風が入ってくるのだ。
 家の造りは、「夏をむねとすべし」と吉田兼好が言ったように、日本の古い木造家屋は暑い夏に合わせて造ってある。北海道など寒いのが前提の地方では、冬対策として家屋内の暖房設備はしっかりと設えてある。しかし、九州の家は、暖かいという先入観があってか、冬対策は疎かだ。特に、旧態依然の僕の家は。
 だから、田舎の冬は寒い。

 寒いといえば、思い出した。
 僕は家の中では、靴下ははかない。石田純一ではないので、外出のため靴をはくときには靴下は勿論はく。しかし、外から家に帰ると、気持ちが悪いのですぐに靴下は脱ぐのが習慣だ。それは冬でも変わらない。
 去年の冬、佐賀に帰っているとき、足先が例年になく冷たかった。そして、だんだん足の指が痛痒くなった。掻いていると、赤く膨らんで硬くなっている。どうしたんだろうと思って、風呂に入ったときにもんでいたら、シモヤケだと気がついた。シモヤケになったのは子どもの時以来だろう。
 シモヤケ、霜焼け。それは、忘れていた言葉と感覚だった。その言葉を頭の中で繰り返していると、なんだか懐かしくすらあった。
 「シモヤケ、お手手がもうかゆい…」と口ずさみすらしてしまった。
 懐かしいといっても、なんなんナツメの花の下でお人形さんと遊んでいる、可愛いミヨちゃんではないのだから、もうシモヤケは懐かしくとも嫌だ。
 そんなこともあって、今年は、こちらでは家の中でも靴下をはいている。それほど、 去年の佐賀の畳の床は冷たかったのだ。
 今年はどうだろう。夏には、四国の四万十市で日本最高気温を記録したのが記憶に新しい。各地で集中豪雨も起こった。気候の変化は自然そのものであるが、最近は人為による影響も少なくない。
 人が自然に手を加えると、何らかの変化、副作用がもたらされるのだろう。

 *

 佐賀県はご存知のように、二つの海に面している。
 北の唐津の方面は、玄界灘である。そして、南の佐賀市から白石町、鹿島市、太良町に続く湾は、有明海である。
 この二つの海は全く性質が異なっていて、対照的だ。
 玄界灘は壱岐から遠く対馬を臨む青い海が広がり、漁業が栄えた。呼子(現・唐津市)では、かつては鯨採りも行われており、今ではイカの活き造りが有名だ。虹ノ松原を背にした海では海水浴やウインドサーフィンも見うけられるように、青い明るい海のイメージである。
 いっぽう有明海は、干拓地として有名であるように、ほとんどが遠浅の干潟である。青い海ではなく湿泥が広がる。中に入るとぬかるみだ。しかし、この日本で最も大きい干満の差を有する干潟の海が、ムツゴロウやワラスボなどの珍しい生物の棲み処となっていて、良質な海苔の有数な生産地ともなっているのである。

 この有明海に大きな変化が起きたのは、十数年前からである。
 いや、はっきりしていて1997年以降である。
 歴史をひも解こう。朝日新聞の「諫早湾干拓事業をめぐる動き」(2013年12月21日)等によると、以下のとおりである。
 1952年に、食糧増産のために、有明海の諫早湾の干拓事業構想が持ちあがる。
ところが1970年には、政府は新規新田の禁止、米の生産調整、つまり減反政策を始める。新しい水田は不要ということである。
 にもかかわらず、1989年、国営諫早湾干拓工事は着工される。
 そして、1997年、潮受け堤防は完全閉鎖される。テレビでも映し出された通称「ギロチン」によって、諫早湾は締め切られる。
 この諫早湾の封鎖による有明海への影響、何らかの変化が心配された。
 やはり、その後2000年には、海苔の大凶作が起こった。赤潮と見られる海質の変化も起きた。
 01年に農水省の第三者委員会が開門調査を提言。02年に、国は短期開門調査。同年、漁業者らが工事差し止めを求めて国を提訴。
 07年、干拓工事が完工。
 08年、佐賀地裁が国に常時開門を命じる判決。国はすぐに控訴。
 10年、福岡高裁が「3年以内に5年間の開門」を命じる判決。菅直人首相が上告見送りを表明し、判決が確定。
 13年、長崎地裁が開門差し止めの仮処分を決定。
 13年12月20日、福岡高裁判決の開門期限。国は開門できず。

 *

 この諫早湾開門期限直前の日に、有明海沿岸の人々の葛藤をテーマにした演劇「有明をわたる翼」が上演されるという記事が新聞に載った。
 僕は諫早湾封鎖におけるギロチンが実施された直後、諫早湾を見に行った。ギロチンはいかにも頑強そうで、諫早湾を仕切る潮受け堤防は想像以上に長かった。資料によると7キロを超える。
 人気のないところでのギロチンは、孤独そうに見えた。そして、国の命令に従ってここに在るというのに、何故このような忌まわしい名前で呼ばれなければならないのかと、憤りを感じているようだった。
 そもそも、この「ギロチン」という呼び名は、18世紀フランス革命のとき議員であった医師のギヨタン博士が「苦痛の少ない処刑装置」を提唱したのが、あの断頭台だったのから来ている。博士も自分の名が、このような嫌われものの代名詞として後世まで残り続けることになるとは、何とも不本意であろう。

 諫早湾開門期限直後の12月22日、東京のザムザ阿佐ヶ谷で 「有明をわたる翼」(脚本:堀良一、飯島明子、野美子、 演出:野美子、企画・制作:演劇企画フライウェイ)を観た。
 物語は、渡り鳥のオオソリハシシギの一行が有明海に翼を休めることから始まる。鳥たちにとっても餌が豊富で息うには格好の海は、何だか変わっていた。
 その有明海では、漁民たちが、もう一度かつての海を取り戻そうという「開門派」と、今さら補助金なしでは生活ができないという「現実派」が真っ二つに割れて対立していた。
 親同士の対立の最中に、若い二人の恋人たちは挟まれる。
 物語はアジテートには陥らず、渡り鳥たちや海神、ムラサキシジミの踊りを挿入させて、ファンタジーに仕立てていた。

 有明海諫早湾のギロチンのある潮受け堤防は何事もなかったかのごとく、開門期限を過ぎたまま年を越す。どうするか展望も描けないままに。

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多摩映画祭での、第14回「TAMA NEW WAVE コンペティション」決定

2013-12-04 02:56:52 | 映画:日本映画
 11月23日に始まった第23回多摩映画祭TAMA CINEMA FORUMは、12月1日に終わった。
 市民の運営による映画祭で、数多くある地方映画祭では規模も大きく、長く続いている。
 会場は東京都多摩市のパルテノン多摩(多摩センター駅)、ベルブホール(永山駅)、ヴィータホール(聖蹟桜ヶ丘駅)の3か所で、上映本数も多く、それに新人の発掘・登竜門でもあるコンペティションも行われているのも特色である。

 第5回TAMA映画賞の主な受賞作品、受賞者は以下である。
 ・最優秀作品賞
  「横道世之介」沖田修一監督、「さよなら渓谷」大森立嗣監督、
 ・最優秀男優賞
  松田龍平
 ・最優秀女優賞
  吉高由里子、真木よう子

 *

 11月30日、第14回「TAMA NEW WAVE コンペティション」がヴィータホール(聖蹟桜ヶ丘駅)で行われた。
 僕もこのコンペティションには、ここ数年一般審査員として参加している。
 今年は130本の応募作品のなかから5作品がノミネートされ、朝10時過ぎより休憩を挟み連続上映され、受賞作品決定・発表、授賞式が終わったのは夜8時過ぎであった。
 ノミネート上映作品は以下のとおりである(上映順)。個人的感想を付加しておいた。

□それからの子供
 •監督・脚本=加藤拓人 •撮影=風間太樹 •音楽=加藤拓人
 •出演=佐藤広也、細川唯、茅根利安、佐々木一夫
 「父の蒸発した一軒家に一人で住む主人公の男のもとに、ふと知りあった女が勝手に転がり込んでくる。そこに絡んでくる、会社の同僚のさえない男と近所の子ども。やがて家は、借金のかたに売りに出されることになる。
 仙台の街を舞台に、不透明な未来が描き出されていて、余韻を残した作品にまとまっている」

□あの娘、早くババアになればいいのに
 •監督・脚本=頃安祐良 •脚本=寺嶋夏生 •撮影=野口健司 •音楽=原夕輝
 •出演=中村朝佳、尾本貴史、結、切田亮介、尾崎愛、高橋卓郎
 「古書店を営む中年男の主人公はアイドルオタクで、高校生の娘をアイドルに育てようと懸命である。そこへアルバイトとしてやってきた元演劇女優と高校生の娘に恋している男子高生が絡んで、順調に進んできたはずの親子の二人三脚が揺れ動きだす。
 映画はシリアスな問題を含みながらも、コメディータッチに進展していく。台詞の節々にセンスが光り、ちょっと細部をリメイクすれば最も一般受けする映画となっている」

□バクレツ!みはら帝国の逆襲-世界解放宣言-
 •監督・脚本=三原慧悟 •撮影=奥住洸介 •音楽=斉藤達也 
 •出演=三原慧悟、布施翔悟、酒井桃子、村上淳也、芋洗坂係長
 「ダア…としか言わない男、ゴリラのような言動をする男。言葉を失った男たちが、ある日、自分の言葉を手に入れ、世界に逆襲する。
 爆裂はどこまで轟き、誰彼に響いたのか? 若々しくも壮大なテーマが空回りした印象を残したのが惜しい」

□Dressing UP
 •監督・脚本=安川有果 •撮影=四宮秀俊 •録音・音楽=松野泉
 •出演=祷キララ、鈴木卓爾、佐藤歌恋、平原夕馨
 「父親と二人で暮らす中学1年生の女の子は、普通の女の子だ。その子がある日、いじめっ子の男の子に対して、普段見せない凶暴性を見せた。なぜ? そんな時少女は、それまで父が隠していた死んだ母親の過去を知ってしまう。
 現実と幻想が入り組んだやや難解な映画だが、完成度は高い。撮影当時小学6年生だったという主人公の存在感が際立っている」

□家族の風景
 •監督・脚本=佐近圭太郎 •撮影=星潤哉 •音楽=airezias
 •出演=池松壮亮、佐藤まり、中島茂和、園田光
 「都会で一人暮らしをしている男が、母親が骨折したとの知らせで帰郷する。実家は、平凡な会社員の父親と、少し口うるさいがおせっかいな母の二人暮らしだ。息子の帰郷で、久しぶりの親子の団欒のはずが、思わぬ諍いに発展する。
 家族を描いたまとまりのある映画である。大学の卒業制作作品というのに極めて完成度が高く感心させられたが、その分だけ若さに欠ける、つまり面白さに欠けるきらいがある」

 第14回「TAMA NEW WAVE コンペティション」の受賞作品は以下の通りとなった。
 ・グランプリ
 「Dressing UP」安川有果監督
 ・特別賞
 「家族の風景」佐近圭太郎監督
 ・ベスト男優賞
 池松壮亮 「家族の風景」
 ・ベスト女優賞
 祷キララ 「Dressing UP」

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