中原みすず原作 塙幸成監督 宮崎あおい 小出恵介 藤村俊二 2006年
1960年代後半、大学は政治の季節であった。学生たちは、おしなべて反体制・反権力を標榜し、革命を語り、各大学や街では活発にデモが行われた。
新宿では、岡林信康、高石友也、高田渡などによって、反戦フォークが歌われる一方、グループサウンズが徒花のように花咲こうとしていた。また、既成の芸術とは違ったサイケデリックやアングラ芸術が若者の間に浸透していった。
60年代の日本は、雑草の中からいろいろな種類の花が咲こうとしていた時代であった。誰もが、大人も学生も子供も、ただ前を見ていた。それぞれが、これから来るであろう未来を、自分たちで彩るのだという思いでいた。
夢は、目の前にあるように感じられる時代であった。例えそれが蜃気楼であろうとも、一人ひとりが夢を見ていた。
そんな世相の中、1968(昭和43)年12月10日、東京都府中市で、銀行現金輸送車の3億円が強奪されるという事件が起こった。
この事件は、白バイの警察官を装った男が、事故を装い現金輸送車を止め、自動車ごと持ち去るというものだった。
3億円とは、それまでの現金強奪事件の最高額が3100万円であったので、いかに驚くような額であったかが分かろうというものである。それも、あっけない推理小説のような、トリックのようなやり方で、一人の怪我人を出すことなく現金車が持ち去られたのだ。
すぐさま、犯人の似顔絵が全国に張り巡らされた。それは若い優男であった。
これが、有名な3億円事件で、とっくに時効が成立しているが、いまだに伝説的な語り草となっている完全犯罪の迷宮事件である。
その後、まことしやかに語られたのは、実際には事件は行われていなくて、現場の警察をも欺いていたというものである。当局の目的は、当時学生が多く住んでいた、事件のあった東京三多摩地域のローラー作戦により、過激派学生のアジトを徹底的につぶすのが目的だったというもの。実際、学生や若者が住んでいる地域の聞き取り調査が、何年もの間行われた。
映画「初恋」は、この3億円事件の犯人は、当時女子高生だった少女だという物語である。
ジャズ喫茶に出入りした女子高生のみすず(宮崎あおい)は、そこで東大生の男(小出恵介)を好きになる。少女はその男に秘密の共謀を持ちかけられる。
それは、3億円を強奪するという計画だった。
映画は、物語の間に、当時の学生運動のスナップが映し出される。
女子高生役の宮崎あおいの演技力が光る。犯行を指示する東大生役の小出恵介が髪型といい当時の若者の雰囲気を醸し出している。
事件から何十年か後、もう相当な年齢になった事件の実行犯の少女が、好きだった男の日記を見つけ、それを読むところで終わる。
その日記には、こう書かれていた。
1966年、僕は少女に出会った。その子は、真っ直ぐな目をしていた。
彼女は僕に言った。「大人になりたくない」と。
僕は恋をした。おそらく一生に一度の恋を。
しかし、それを告げることはないだろう。なぜなら、僕は彼女を曇らせることしかできないのだから。
事件後、男は行方不明である。
少女はいつまでも男を待っていると言った。
月日が過ぎていった。もう事件が、夢の出来事のように思えるようになってしまった今も、元少女は男を待っている。
「初恋」
それは、一生胸に深く刻まれた思い出というよりも、青春の証であり、消えることない深い傷である。いや、彼女の人生そのもののようである。
3億円事件という有名な犯罪を手段に用いながら、60年代当時の純粋な若者像を描いた映画である。それは、現代人が忘れてしまった、甘酸っぱい恋物語である。
1960年代後半、大学は政治の季節であった。学生たちは、おしなべて反体制・反権力を標榜し、革命を語り、各大学や街では活発にデモが行われた。
新宿では、岡林信康、高石友也、高田渡などによって、反戦フォークが歌われる一方、グループサウンズが徒花のように花咲こうとしていた。また、既成の芸術とは違ったサイケデリックやアングラ芸術が若者の間に浸透していった。
60年代の日本は、雑草の中からいろいろな種類の花が咲こうとしていた時代であった。誰もが、大人も学生も子供も、ただ前を見ていた。それぞれが、これから来るであろう未来を、自分たちで彩るのだという思いでいた。
夢は、目の前にあるように感じられる時代であった。例えそれが蜃気楼であろうとも、一人ひとりが夢を見ていた。
そんな世相の中、1968(昭和43)年12月10日、東京都府中市で、銀行現金輸送車の3億円が強奪されるという事件が起こった。
この事件は、白バイの警察官を装った男が、事故を装い現金輸送車を止め、自動車ごと持ち去るというものだった。
3億円とは、それまでの現金強奪事件の最高額が3100万円であったので、いかに驚くような額であったかが分かろうというものである。それも、あっけない推理小説のような、トリックのようなやり方で、一人の怪我人を出すことなく現金車が持ち去られたのだ。
すぐさま、犯人の似顔絵が全国に張り巡らされた。それは若い優男であった。
これが、有名な3億円事件で、とっくに時効が成立しているが、いまだに伝説的な語り草となっている完全犯罪の迷宮事件である。
その後、まことしやかに語られたのは、実際には事件は行われていなくて、現場の警察をも欺いていたというものである。当局の目的は、当時学生が多く住んでいた、事件のあった東京三多摩地域のローラー作戦により、過激派学生のアジトを徹底的につぶすのが目的だったというもの。実際、学生や若者が住んでいる地域の聞き取り調査が、何年もの間行われた。
映画「初恋」は、この3億円事件の犯人は、当時女子高生だった少女だという物語である。
ジャズ喫茶に出入りした女子高生のみすず(宮崎あおい)は、そこで東大生の男(小出恵介)を好きになる。少女はその男に秘密の共謀を持ちかけられる。
それは、3億円を強奪するという計画だった。
映画は、物語の間に、当時の学生運動のスナップが映し出される。
女子高生役の宮崎あおいの演技力が光る。犯行を指示する東大生役の小出恵介が髪型といい当時の若者の雰囲気を醸し出している。
事件から何十年か後、もう相当な年齢になった事件の実行犯の少女が、好きだった男の日記を見つけ、それを読むところで終わる。
その日記には、こう書かれていた。
1966年、僕は少女に出会った。その子は、真っ直ぐな目をしていた。
彼女は僕に言った。「大人になりたくない」と。
僕は恋をした。おそらく一生に一度の恋を。
しかし、それを告げることはないだろう。なぜなら、僕は彼女を曇らせることしかできないのだから。
事件後、男は行方不明である。
少女はいつまでも男を待っていると言った。
月日が過ぎていった。もう事件が、夢の出来事のように思えるようになってしまった今も、元少女は男を待っている。
「初恋」
それは、一生胸に深く刻まれた思い出というよりも、青春の証であり、消えることない深い傷である。いや、彼女の人生そのもののようである。
3億円事件という有名な犯罪を手段に用いながら、60年代当時の純粋な若者像を描いた映画である。それは、現代人が忘れてしまった、甘酸っぱい恋物語である。