写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

ファン気質

2017年05月14日 | 生活・ニュース

 「私は○○のファンです」「僕は△△のファンです」なんて会話は良く交わすことがある。改めて「ファン」とは一体どんな存在なのか。調べてみると「特定の人物や事象に対する応援者や愛好者のことで、『狂信者』を意味するファナティック(英:fanatic)の略。古来日本語では贔屓(ひいき)といった」とある。

 こんなことを考え始めた理由は、広島カープにある。熱狂的というほどでもないが、広島に近い所に住んでいることや、テレビを見ても広島圏の番組をよく見るが、どの局もカープ一色であることから、昔は阪神ファンであったがいつの間にかカープファンになってしまっている。

 実況放送を見ていても応援に力が入るが、このところのカープは、シーズン当初の勢いはなく投壊が目立ち、大量得点を取られて敗れる試合が多くなっている。こんな時には楽しみにしていた実況放送のチャンネルも、早々に切り替えて他の番組を見ている。

 ファンというものはどうしてファンになるのだろうか。何事であれ、好きになるという行為は理屈で説明することは難しい。それが映画スターや鉄道などに対してであれば問題はなさそうであるが、プロ野球や相撲・競馬・競輪などの勝負ごとのファンとなると、少しややこしくなる。

 勝ったときには気持ちがいいが、負けたときには大変不愉快となる。特にプロ野球では、リーグ優勝したとしても勝率は6割そこそこ、残る4割がたは悔しい思いをする。大雑把な言い方をすれば、どのチームのファンでも、約半分の試合では負けを味わうこととなる。

 贔屓チームが勝とうが負けようが、どっちにしたってわが身に金銭的な損得は発生しないので、歌の文句じゃあないが「勝った負けたとさわぐじゃないぜ」と生きていきたい。

 それでなければファンなんかにならなければ平穏な気持ちで人生を送ることができると思うが、そんな人生は山も谷もない味わいのない人生になるかもしれない。やっぱり今年もカープファンで行くしかない。あーあ、今日もルーズベルト ゲームで負けるんだろうか。怖いもの見たさで今夜もテレビ観戦と行くか。