写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

迷い犬発見

2018年04月02日 | 生活・ニュース

 夕方5時、借家のその日の整備作業を終えて、きれいになった居間の椅子に座って、50m先にある国道を走る車をぼんやりと眺めていた。その時、少し違和感のあるものが目に入った。

 国道と並行してJR岩徳線が走っている。ちょうど居間から見る景色のど真ん中に、車1台が通れるほどの遮断機のついた狭い踏切がある。はっきりとは見えないが、その踏切のすぐそばで茶色のプードル犬が、何か落ち着かないように立ったまま、きょろきょろと辺りを見回している。

 「踏切の近くの危ないところで、どうしたんだろう。誰か用事を済ませる間、繋いでいるのだろうか」と思いながら、しばらく様子を見ていたが、3、4分経っても誰もやってこない。車がすぐそばを何台も通っていく。犬が動かないところを見ると、繋がれているに違いない。そう思いながら借家に鍵をかけて、家に帰ろうとして外に出た。

 その時である。200m離れたところに住んでいる知人のYさんが、自転車に乗って通りかかり「犬を見ませんでしたか?」と尋ねてきた。プードルですかと聞くとそうだと言う。「それなら、あの犬ではないの」と、相変わらず踏切の近くにいる犬を指さすと「あっ、あんなところに!」と言いながら自転車を放り出して走り出した。

 私もYさんの先を走って国道に出た。その向こうの踏切に、まだ犬はいる。国道には手押し信号付きの横断歩道はあるが、押してもすぐには青にならない。運よく車の往来が途切れている中、左右からくる車を両手で制しながら赤信号の国道を渡り、踏切の向こうにいる犬を捕まえようとするが線路を伝って逃げる。

 Yさんが「おいで」と手を差し伸べると嬉しそうなそぶりをしながら抱かれ、無事捕まえることができた。とんだ捕物であったが、訳は、娘が旅行へ行くため預かっていた犬であった。Y さんが犬を家に残して所用で出かけた。少し開いていた引き戸を鼻で開けて外に出たようであった。

 近所の人を2人動員して辺りを探したが見つからない。まさか国道と踏切を渡ってまで遠くに行っていたとは、とYさんは安心して少し涙ぐんでいた。事故にも遭わなくて何よりであったが、娘からの預かり犬であれば責任重大であった。

 私がこの挙動不審の犬を暇に任せてぼんやり眺めていたが、発見の一助となって感謝されることしきり。「当然のことをしたまでです」といいながら「お礼はまたの時でいいですよ」と言っておいたが、翌日、おいしそうなワインが1本届けられた。「当然のことをしただけなのに……」と言いながら喜んでいただいた、というお話。完。