写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

観察力

2009年06月23日 | 生活・ニュース
 ブログでこんなことを書き始めて4年半が経った。書くということを苦痛とは思っていないが、書くための何か話題を見つけることが年々難しくなっている。

 奥さんが365日毎日3食、適当に何かを作って食べさせてくれるのには敬意を表するが、こちらは毎日が目新しいメニューばかりではない。

 ブログではこんなことは通用しない。書くからには目新しい話を読んでもらい、共感したり、笑ってもらったリして欲しいと思っている。

 そのためには繰り返し同じ話題を書くわけにはいかず、新ネタを探さなければいけない。こんなことで食っているわけでもないのに、毎日ネタ探しを一生懸命やっている自分がおかしくも見える。

 「田舎に住んでいるので、面白いネタが見つからない」とは私がよく使う言い訳だが、10年前まで10年間横浜に住んでいたときのことを今思い出している。

 あのころブログを書こうと思えば、身の回りには溢れんばかりの面白そうなネタがごろごろ転がっていた。

 いま、その折々の断片を思い出して書いてみようと思っても、書くに耐える情景や感動を思い出すことができない。デジカメもまだないころなので、小さなメモリの頭に焼き付けておくしかなかったが、今やその再生は不可能だ。

 書く気のなかったときは、ただぼんやり眺めていただけで、心にも頭にも何も残っていないことがよく分かる。

 先日のエッセイ教室で講師が「書くことは、考えることである」と話した。考えるためにはよく観察しないといけない。

 花鳥風月ばかりでなく人の心も社会の動きもしっかりと観察し考え、その結果を紙に書くことである。

 とりあえず書くといえば、麻生さんが粘りに粘って先送りしてきた解散総選挙で、じっくりと観察してきたことをよく考えて、これぞと決めた人を投票用紙に書くことか。
  (写真は、我が家の庭の「柏葉アジサイ」)