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小説 囚われた男(7)

2006-11-09 13:35:51 | 小説



 地下鉄銀座駅も四丁目の交差点も人で一杯だった。さすがに大人の街といわれるだけあって、行き交う人々にも落ち着きが感じられる。
 久美子と増美は腕を組んで、お揃いの丈の長い黒のコートにグレイの長いマフラーを襟元からたらし、コートのボタンを留めずにラフに着こなしていた。
 時々、くすくすと笑いあっている。今宵目指すナイト・スポットは並木通りのはずれにある、国際色豊かな『バーニー』である。
                
 今回は二度目になる。店内は混みあうには少し、ほんの少し時間が早い。大男のジムが目ざとく見つけて、笑顔を顔に貼り付けながら
「いらっしゃい。二人? ボックス席がいい?」如才なく聞いてくる。
「ええ、お願いします」久美子が笑顔で答える。
ロングヘアーのブロンドで色白、瞳の色がブルー、可愛いい鼻の下に気をそそる唇のテルマが案内してくれたのが、化粧室から反対側の観葉植物に囲まれて落ち着ける場所だった。

 白の半そでシャツに黒のエプロンが、テルマの胸の隆起ではちきれそうだ。コートを脱いで座席にたたんで置くあいだ、テルマの瞳は増美から一瞬足りと離れなかった。
 その黒のエプロンからメモとペンを取り出して「なんにしますか?」と聞く。二人同時にステーと言い出して大笑い、久美子が「まみちゃん、注文して……」
 増美はテルマの歯並びのきれいな笑顔に見とれていて一瞬分からなかったが
「えっ、ああステーキをミディアム、それにワイン赤、銘柄はお任せするわ」
「OK」とテルマは言って増美にウィンクをして歩み去った。

 早速、久美子が言い出した。
「増美、テルマはあなたに興味津々よ。あの目つき見た?」
「困っちゃうなー、久美が居るのにねえ」増美は嘆息してみせた。
「浮気なんかしてごらんなさい、承知しないから」からかうように久美子。
「そんなことしないってば。いじめないで!」といいながら増美は、久美子の太ももの付け根を内側に力を込めて握った。久美子の口から小さくあっという声が聞こえたようだ。

 ここのボックス席は半円を描いていて、二人は横に並んで座っている。料理とワインが運ばれてきて、ゆっくりと食事を摂り始めた。
運んできたテルマは又もウィンクをして去っていった。
店内はようやく混みだして席が埋まり始め、ジュークボックスからはピアノ・ジャズが流れている。客は男や女同士、カップル、四、五人のグループとさまざまな取り合わせで週末を楽しんでいる。シングルの男や女も勿論居る。彼らはカウンターを愛用する。一人でボックス席を占拠しないというマナーでもある。

 久美子と増美は食事が終わり、バーボンのオン・ザ・ロックに切り替えていた。一通り客の波がおさまり、ところどころ空席が見えるカウンターに、音もなく納まった男を久美子は見逃さなかった。
 黒い髪に鋭い目つき、頑丈そうな頬骨、太い首、がっちりした肩は倒すのにはバズーカ砲が必要かもしれない。キレイな剃り跡と笑うとなんともいえない暖かさと人生を楽しんでいるという、自信のようなものを感じさせる。
 着ているものも清潔感があって、お金をかけているのだろうが、そんな匂いを感じさせない。金の指輪やローレックスの時計もない。

 久美子はこれまで男に興味をもったことがなかった。結婚しているのだろうか。奥さんはどんな人なのだろう。なぜこんなことを考えているのだろう。
 ぼんやりとして見るともなくカウンターの方を見ていた。男の横にテルマがいて何か喋っている。

 突然、久美子と増美の方に顔を向けた。目が合って男は笑顔で頭を少し下げる挨拶を送ってきた。二人は笑顔で応答した。
 スピーカーが何やらアナウンスしだした。聞いているとカラオケ・タイムの始まりのようだ。最初に歌いだしたのはあの男で、プレスリーの「ハウンド・ドッグ」を景気よく歌っている。それからは喧騒の坩堝と化した。

 そして、あの男がやってきて是非歌ってほしいとせっつかれ、酔いも手伝って久美子と増美はコール・ポーターの「ナイト・アンド・デイ」を歌った。
 濃紺のテイラード・ジャケットに、同色の両サイドにベンツが入ったスタイリッシュなタイト・スカート。胸元の肌の露出を隠すように久美子が白、増美は深海を思わせるブルーのキャミソールという組み合わせは、太陽光では地味だが、スポットライトを浴びるとお互いの腰に手を当てて情感たっぷりに歌う姿は、とろけるようにセクシーだった。
 歌い終わって軽くキスを交わすと場内は一層盛り上がった。カウンターの暗がりで見ていたテルマの眼光は嫉妬で鋭かった。
コメント
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