Wind Socks

気軽に発信します。

小説 囚われた男(5)

2006-11-03 12:46:59 | 小説
 4

 そもそも二人の出会いは、三年前の会社の創立二十周年記念パーティだった。場所は会社の会議室。これらのパーティを主催するのは総務課と決まっていて、会場の飾り付けを始め料理や飲み物もケータリング・サービスを利用してカラオケ設備も準備した。

 久美子もセッティングに非凡さを発揮した。その出来栄えに社長も感動したようで賛辞を送ってきた。
 増美が会場に出向いたのは、始まる時間の少し前で、久美子や総務の人たちが準備している様子を見ていて、久美子を目にしたとたん胸騒ぎのような不思議な感覚に襲われた。久美子から目を離せなくなっている自分が信じられない気分だった。久美子も神の導きに応えるように、増美を凝視していて目をそらそうとはしなかった。

 五百人の人間がそれほど広いとはいえない部屋に詰めこまれると、話し声にくらくらする。増美は赤ワインのグラスと鶏のひき肉を使った「鶏のポジャルスキー」と書いたプレートの料理を小皿に取り、見晴らしのいいバルコニーにでた。

 周囲の高層ビル群に囲まれ、周辺の明かりが皇居の黒々とした森にだけ夜が忍び込んだようだ。
 立ったままグラスをくるくると回すと、ワインの匂い立つ香気は甘い香りがした。一口飲んで料理を口に入れると、味はハンバーグそっくりだった。目を皇居の方に戻すとうしろで足音が近づいてくるのが分かった

 「考え事? それとも景色を見ていらっしゃるの? 誰もいないバルコニーに女が一人、深刻に考える人もいるんじゃない?」少し低音でソフトな声音に振り返ると、久美子がワインと料理を持って立っていた。
 つぶらな大きな瞳は、周囲の明かりを反射してきらきらと輝き、唇は笑みで少し開き真っ白な歯が覗いていた。

 増美は一瞬金縛りにあったように言葉が出ない。ようやく「いえ、中は騒々しくて暑くて、チョット気晴らしにと思っただけです」そう言う増美のロングヘアーに包まれた色白の整った顔立ちに、久美子も魅了されていた。

 そのとき男女社員十数人が、どやどやとバルコニーに出てきた。
「パーティのお開きのあと、もう少しお話しない? よかったら、近くのパレスホテル十階にあるラウンジ『クラウン』でお待ちしているわ。いいかしら?」考える間もなく久美子の口からついて出ていた。
                
 眺望のいい落ち着いた雰囲気のラウンジで、二人は自分のことや家族のことそれに映画や音楽、恋愛遍歴まで話は尽きそうもなかった。テーブルの上でまたの日のデートを約束するべく手を握り合った。情感のこもった離れがたい思いがこもっていた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする