今日で4日目 アンコール遺跡の広大さには驚くばかり。
アンコールトム(大きい町・都市の意味)
8時40分ごろに到着(ここは朝の方が逆光にならなくていいそうだ)
(アンコールワットは午後の方がいい)
2世紀後半に建設されたアンコールトムは、その名の通り1辺3キロ
四方の環濠と外壁に囲死者の門の5つの門がある。
城内にある中心寺院「バイヨン」・「ゾウのテラス」・「ライ王の
テラス」・「王宮・ピミアナカス」・「ラプーン遺跡」・「スープ
ラット」など廻ったり見たりした。
他にも数々の遺跡があり、あまりに広すぎて、特に方向音痴の私は
どっち向いているのやらわからない・・・
南大門
南大門への参道の両側には阿修羅と仏像がナーガを引き合う「乳海
撹乱」のモチーフの欄干がある。
右)南大門は高さ23mの塔になっていて、上には観世音菩薩の顔が
彫られている。義徳を表しているとのこと。
幅は4m像が通れる幅。自動車1台が通れる。
私たちは歩いて南大門を通り、車が先に南大門を入って待っていて
くれた。左右は森。サルの子供が出てきた。
南大門からバイヨンまでゾウに乗ることもできるそうだ。
バイヨン
バイヨンはアンコールトムの中心寺院
ここはヒンドゥ神話「乳海撹乱」の中心となる曼荼羅山(須弥山・
メール山)に当たる。多数の搭とそこに彫られた四面仏がある。
第1回廊から第2回廊へそこから中央塔のある上部のテラスへと、
3階層になっているらしい。
回廊の壁の彫刻
チャンパ軍(ベトナム中部にあった国)との戦いや、暮らしの様子
などが彫られている。
チャンパ軍の兵士を槍で突き刺す
右)船から落ちた兵士がワニに食べられているところ
食糧補給 こぶ牛が運んでいる
右)宿営地で食事の準備 よく見ると1人1人の作業の描写が細かい。
お産の場面 闘鶏 ・・など・・
船の絵の下には魚や水の中の様子も彫られていて面白かった。
後でネットで見たら壁画レリーフは上段が遠景・中段が中継・下段
が近景になっていたらしい。今度行った時はそのつもりで見よう。
急階段を登って 上部テラスへ。
目の前に大きい観世音菩薩が現れる。
これは塔の4面に彫られている(4面像)。それがいくつも連なり並
んでいる様は壮観だ。
チョットさんによると、バイヨンには塔が54あったという。
クメールは54県あったことによるとのことだ。
観音様のお顔は1つ1つ表情が違う。
右)「クメールの微笑み」と言われる有名な観世音菩薩と少年僧
この像の目は杏仁型で観音様の目ではないらしい。
観音様にも複雑な過去がありそう・・(伏し目のものもある)
そしてアンコールトムは今も信仰の対象になっていて、大人のお坊
さんに混じって、まだ幼い少年僧もいた。衣は橙色
一緒に写真を撮るとガイドさんがいう。「お金がいるんじゃない
の?」と下衆なことを思ってしまった。
でもそうではなく気持ちよく写真におさまってくれた。
一緒に記念写真を撮った後で、チョットさんが「お坊さんの体に触
れてはいけない。修行が無駄になるから」と教えてくれた。
2日目の車の中でチョットさんにガイド歴を聞いた時「ガイド歴6年」
と言い、その前は8歳から29歳まで10年間お坊さんだったと言う。
「えぇ~っ!」二人はびっくり。
修行は厳しく、食事は朝と昼だけ。酒も結婚もダメ。毎日勉強の日々
だったとか。
結婚は?「お坊さんをやめてからしました。1歳の女の子がいます」
奥さんは15歳も歳下だとか・・「へえぇぇ~」なんて。
その時に日本語も勉強したらしい。日本のお坊さんに習ったとか。
今前にいる少年僧を見て「チョットさんもこんなだったのね」
ガイドできるぐらいに日本語も身につけてえらいなあ。
「15分間自由に中心塔を見学してください」と言われ、中心塔に登
る。
その後、バイヨンを降り、アンコールトムの中のいくつかの遺跡を
見る。
アンコールトム(大きい町・都市の意味)
8時40分ごろに到着(ここは朝の方が逆光にならなくていいそうだ)
(アンコールワットは午後の方がいい)
2世紀後半に建設されたアンコールトムは、その名の通り1辺3キロ
四方の環濠と外壁に囲死者の門の5つの門がある。
城内にある中心寺院「バイヨン」・「ゾウのテラス」・「ライ王の
テラス」・「王宮・ピミアナカス」・「ラプーン遺跡」・「スープ
ラット」など廻ったり見たりした。
他にも数々の遺跡があり、あまりに広すぎて、特に方向音痴の私は
どっち向いているのやらわからない・・・
南大門
南大門への参道の両側には阿修羅と仏像がナーガを引き合う「乳海
撹乱」のモチーフの欄干がある。
右)南大門は高さ23mの塔になっていて、上には観世音菩薩の顔が
彫られている。義徳を表しているとのこと。
幅は4m像が通れる幅。自動車1台が通れる。
私たちは歩いて南大門を通り、車が先に南大門を入って待っていて
くれた。左右は森。サルの子供が出てきた。
南大門からバイヨンまでゾウに乗ることもできるそうだ。
バイヨン
バイヨンはアンコールトムの中心寺院
ここはヒンドゥ神話「乳海撹乱」の中心となる曼荼羅山(須弥山・
メール山)に当たる。多数の搭とそこに彫られた四面仏がある。
第1回廊から第2回廊へそこから中央塔のある上部のテラスへと、
3階層になっているらしい。
回廊の壁の彫刻
チャンパ軍(ベトナム中部にあった国)との戦いや、暮らしの様子
などが彫られている。
チャンパ軍の兵士を槍で突き刺す
右)船から落ちた兵士がワニに食べられているところ
食糧補給 こぶ牛が運んでいる
右)宿営地で食事の準備 よく見ると1人1人の作業の描写が細かい。
お産の場面 闘鶏 ・・など・・
船の絵の下には魚や水の中の様子も彫られていて面白かった。
後でネットで見たら壁画レリーフは上段が遠景・中段が中継・下段
が近景になっていたらしい。今度行った時はそのつもりで見よう。
急階段を登って 上部テラスへ。
目の前に大きい観世音菩薩が現れる。
これは塔の4面に彫られている(4面像)。それがいくつも連なり並
んでいる様は壮観だ。
チョットさんによると、バイヨンには塔が54あったという。
クメールは54県あったことによるとのことだ。
観音様のお顔は1つ1つ表情が違う。
右)「クメールの微笑み」と言われる有名な観世音菩薩と少年僧
この像の目は杏仁型で観音様の目ではないらしい。
観音様にも複雑な過去がありそう・・(伏し目のものもある)
そしてアンコールトムは今も信仰の対象になっていて、大人のお坊
さんに混じって、まだ幼い少年僧もいた。衣は橙色
一緒に写真を撮るとガイドさんがいう。「お金がいるんじゃない
の?」と下衆なことを思ってしまった。
でもそうではなく気持ちよく写真におさまってくれた。
一緒に記念写真を撮った後で、チョットさんが「お坊さんの体に触
れてはいけない。修行が無駄になるから」と教えてくれた。
2日目の車の中でチョットさんにガイド歴を聞いた時「ガイド歴6年」
と言い、その前は8歳から29歳まで10年間お坊さんだったと言う。
「えぇ~っ!」二人はびっくり。
修行は厳しく、食事は朝と昼だけ。酒も結婚もダメ。毎日勉強の日々
だったとか。
結婚は?「お坊さんをやめてからしました。1歳の女の子がいます」
奥さんは15歳も歳下だとか・・「へえぇぇ~」なんて。
その時に日本語も勉強したらしい。日本のお坊さんに習ったとか。
今前にいる少年僧を見て「チョットさんもこんなだったのね」
ガイドできるぐらいに日本語も身につけてえらいなあ。
「15分間自由に中心塔を見学してください」と言われ、中心塔に登
る。
その後、バイヨンを降り、アンコールトムの中のいくつかの遺跡を
見る。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます