ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

方向音痴の人の話を見聞すると、ほとんどギャグのような気がする

2020-11-20 00:00:00 | Weblog

先日次の本を読みました。

地図をグルグル回しても 全然わからない人の 方向オンチ矯正読本

当方方向音痴ではないですが、「方向音痴」ってどんなもんかいなと思って読んでみました。それで、これはすごいと思ったのがこちら(p.36)。なお一応お断りしておくと、引用の一部における太字化・文字の大型化・色付けは、すべて引用者によります。

>私が(引用者注・著者)、「曲がるときに何を見て覚えますか?」とたずねたときのお答えが、

そうね~空の雲の形かな~

これ読んだとき私正直絶句しました(苦笑)。著者も指摘(なんて、わざわざ「指摘」するようなことでもないですが)しているように、雲なんてどこからでもみえるから目印にならないし、雲はすぐに形を変えるしすぐ消えます(笑)。

読者の皆さまは、こういうことを言われたら、どう反応しますかね。私だったら、口に出すかはともかく「あんたふざけてんの?」とか「てめえ、いいかげんにしろ!」とか考えます。それにしても、これご当人はおそらく本気で言っているのでしょうが、世間一般の常識ではほとんどギャグですね。想像の斜め上をいくなんていう表現がありますが、これ私ギャグとしても、こういう答えはちょっと想像できません。まさに想像も創造もできないという感があります。さすがにこの答えは、歩行音痴の人のトンチンカンな話を紹介するところの最初に書かれている話ですので、たぶん著者も相当驚いたのでしょうが、いやー、決して冗談でなく、想像の1万メートル上をいくという印象を私は持ちました。

それで「方向音痴」の人の珍エピソードを集めると、なかなかすさまじい話がいろいろありますね。たとえば水谷豊のWikipediaから引用すれば(注釈の番号は削除。以降も同じ)、

>「10年間住み続けている自宅の中で迷子になるほど」の大変な方向音痴だという。方向音痴の逸話は他にもカーナビの音声案内が終了した後で道に迷う、4階の楽屋へ行こうとしてエレベーターを3階で降り、フロアは真っ暗な上に部屋には鍵がかかっているのを「何で開いていないんだ!」と喚いていた所を目撃される、転居後半年たって旧宅に帰りクルマを降りてから表札で気付いた、方向音痴が災いし『相棒』の収録には専用の送迎車がある、など。

とのこと。なにしろ

>高速で世田谷に帰ろうとしたら、浦安に向かったことがあるんです

とのことですから、ちょっとやそっとのものではありません。また片平なぎさのWikipediaによると、

>本人曰く「信じられないくらい」の方向音痴であり、楽屋からトイレに行って戻れなくなってしまうほどである。方向音痴に関してはその他「引越しをして7ヶ月目(2011年1月当時)だが、まだカーナビ無しで家に帰れない」、「待ち合わせ場所で違うロケバスに乗ってしまう」といったエピソードを語っている。

だそうです。それもどうかです。また、山本弘が書く方向音痴の話もすごい。

> もう十何年も前になるが、神戸のJR三ノ宮駅から北に400メートルほどの交差点にある歩道橋の上で、50歳ぐらいのおばさんから、「三ノ宮駅はどっちですか?」と訊ねられたことがある。

「あっちですよ」と僕が真南を指差すと、驚いたことにおばさんは、「あっちですね?」と南東を指差した。僕はおばさんの腕をつかんで右に45度回転させ、「いえ、あっちです」と正しく真南の方向を教えてあげた。

 おばさんと別れ、歩道橋を渡りきってから、気になって交差点の反対側を振り返った。すると、やはり歩道橋を降りたおばさんは、僕の指示に反し、南西に向かって歩いてゆくではないか! あれではJRと平行に歩くことになり、絶対に駅に着かない。

 さすがに逆戻りして間違いを訂正するのも面倒だったので、そのまま立ち去ったのだが、見知らぬおばさんに「あの男に嘘を教えられた」と逆恨みされたのではないかと、今でも気になっている。

さらにこれはどうでしょうか。

>こうした方向オンチの人は身近にもいる。僕の妻と娘だ。

 妻の場合、方向オンチは母親ゆずり。母親と梅田に出かけ、阪急百貨店梅田店からアクティ大阪に行こうとして、どうしてもたどり着けなかったという逸話がある。どちらも大阪駅前にあり、100メートルほどしか離れておらず、肉眼で見えているのに、どうやって迷えるのかが不思議だ。

 今年中学1年になった娘は、電車で学校に通うのに、自宅から最寄り駅までの徒歩15分ほどの道がなかなか覚えられなかった。街路は碁盤目状で、曲がりくねってなどいないというのに。

 駅から家に帰ろうとしても、まずどの改札から出ればいいか、改札を出たらどっちに行けばいいかが分からない。「慣れへん場所はよう分からん」とぼやく――もの心ついてから、もう100回は利用しているはずの駅なのに。

山本は、方向音痴の人の特徴として、

>【1】脳内マップが『ウィザードリィ』

>【2】自分の直感に自信を持っている

>【3】地理に興味がない

>【4】目印を覚えない

>【5】迷うことを苦にしていない

と指摘したうえで、【5】については、

>この理由が最も大きい。

 僕にとって道に迷うというのは大変なことで、何としてでも避けたい事態である。だが、妻や娘にとってはそうではない。迷うのが当たり前になっていて、まったく苦にしていないのだ。

「適当に歩いてればそのうち着くやん」「迷うのも楽しいよ」と妻は言う。苦にしていないのだから、「努力して方向オンチを治そう」などと思うわけがない。

 僕の身の回りの少数のサンプルだけで断定するのはためらわれるが、方向オンチの人にはどうも楽天的な性格の人が多いような気がする。

 彼らは方向オンチであることを楽しんで生きているようだ。

と書いています。

方向音痴の人は、楽天的な傾向があるという趣旨のことは、前掲書にも書いてありました。ぜんぜん関係ない筆者が共通して指摘しているのですから、確かにそのようなことがあるのかもしれません。私は、体験的にはわからないので、こういうあいまいな書き方をしておきますが、たぶんですが、楽天的な性格でなければ、方向音痴を何とかしようという気にもなるのでしょう。

正直山本があげる5つの傾向の話などを読んでいると、私「あんた馬鹿か」といいたくなりますが、でも彼(女)らは、例えば勉強ができるできないとか、知能指数がいくつくらいとか、そういうこととまた違うんでしょうね。上に引用した、雲の形の女性なども、たしかに大きな意味では「楽天的」な性格であるような気がします。だいたい

適当に歩いてればそのうち着くやん

って、山本の書いたところによれば、山本の奥さんは、100mくらいしか離れていないところにも着かなかったみたいじゃないですか(笑、呆れ)。頭の構造やものの考え方が、山本や私とは根本的に違うんでしょうね。いや、それが悪いとまでは、私も書きませんが(苦笑)。

実は私の父なども、たいへん方向感覚のいい人間でしたが、晩年の数年間は、どうも良くなくなってきたようです。私は直接知らないのですが、母がそう言っていました。やはり認知症とかそういうものになると、方向感覚というものも悪くなるのではないかと思います。映画『黄昏』で、ヘンリー・フォンダの演じる主人公が、方向感覚が悪くなって困惑するシーンは印象的でした。

黄昏

ただヘンリー・フォンダ(が演じた主人公)や私の父なら、年齢による認知症あるいはそれに類するものであるからまだ仕方ありませんが、やはり世田谷に行こうと思って浦安に行ってしまったり、阪急百貨店梅田店からアクティ大阪(2011年から「サウスゲートビルディング」)にたどり着けない(大阪の地理に詳しくない方にはよく分からないかもですが、山本が書くように、どうしたらそんなことがありうるのかというレベルで不審な話です)というのでは、世の中生きていくのにきわめて不便だと思います。

それで記事を書いていて思い出しました。私も以前、私が遭遇した方向音痴の人の話を記事にしていましたね。

ある方向音痴の人との会話

その時私と会話をした女性は、私に次のように語りました。

>ある女性(群馬県在住)「車で東京に来たんですが、私その時池袋にいたんです」

私「はあ」

ある女性「それで西の方角に行けば群馬に帰れると思って西に向かったんです」

私「〇×△̻◇・・・?」

(略)

ある女性「それでしばらくして気づいたら、新宿にいたんですよ」

私「♪↑*=~+・・・?」

というわけで、きわめてミステリーな展開に困惑しました。そういえば、いつだったか(コロナ騒動よりとっくの以前です)JR東日本のどっかの駅のみどりの窓口で、大声で社員と話をしている女性がいまして、彼女がめちゃくちゃトンチンカンな地理の話をしているのを聞いて笑いそうになるのを必死に我慢したことがあります。具体的なところまでは覚えていませんが、鉄道会社の切符を売る人などは、このような目には、定期的にあっているのだろうなと思います。

ところで前掲書に、海外では、方向感覚が悪いというのは大変な恥であり、仮にそうであってもそういうことを大っぴらにしないというような内容のことが書いてありまして、それでWikipedia「方向音痴」を確認してみると、この記事を書いている2020年11月16日22時過ぎの時点では、日本語以外の言語で「方向音痴」という項目はないですね。

単に紐づいていないだけで、実際には他言語でも「方向音痴」に類する項目はあるのかもですが、たぶんですが日本では、「方向音痴」ということについては、他国よりは寛大に取りあつかわれているのかもという気がします。そうだとしてその理由は定かでありませんが、日本というのは、わりと弱みを他人に見せることがOKな社会なのかという想像はしています。昔ほどではないのでしょうが、そのような部分はあるかと思います。

くどくど長い記事を書きましたが、私が得た結論は、よかった、私方向音痴でなくて、です。方向音痴の人は楽天的で幸せな人が多いのかもですが、個人的にはそのような人間には、あまりなりたくありません。

なお私は、わりとよく道を聞かれます。海外でもです。何もロンドンの地下鉄で、インド人が私に駅をきかなくてもいいと思いますが、道を聞かれやすい人間なようです。実にそこらじゅうで聞かれます。やはり方向感覚が良くて、親切そうに見えるんですかね? 名古屋や大阪でも、「ああ、あっち」と道を教えました。ちゃんと正しい道をです。聞かれない人はほんとに聞かれないようなので、どのようにして人間は道を聞く人間を選択するのか、興味深いところはあります。


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2 コメント

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Unknown (bogus-simotukare)
2020-11-22 23:13:05
 小生もそして小生の両親も方向音痴(とはいえ水谷豊や山本の妻ほど重度ではないですが)ですが、山本の挙げたもののうち、2~5まではかなり「精神の持ち方」で改善できます(ただ、3,4は能力の問題もあるかと思いますが)が1はどうにもならないですね。そういう「脳の構造(?)」になってるのでねえ。
 結局、「事前準備で何とかするしかない」かと思いますね。地図やスマホのナビアプリ、カーナビを使うとか、通常1時間かかるところを2時間見て家を出るとか。
 最悪「道の分かる人間(山本の妻の場合は山本とか)に同行してもらう」とか「どんなに近くても駅からタクシーで向かう」とか。
 方向音痴で生じる問題をナビや地図などで是正することは出来ても矯正することなんかむりじゃないか。
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>bogus-simotukareさん (Bill McCreary)
2020-11-28 20:18:56
上の記事を読んで思ったのですが、山本の奥さんは、

>「適当に歩いてればそのうち着くやん」「迷うのも楽しいよ」

と言っているそうで、それは時間がたっぷりある旅行とかなら別にいいけど、時間に追われる場合はそうはいかないでしょうにね。そういうところは少しはちゃんと考えてほしいのですが、やっぱりこういうところは、他人と感覚がちがうのでしょうね。
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