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追分とは「道が左右に分かれる所」を指す。ただし「牛馬を追い分ける」ような、それなりの主要な分かれ道を云うのであろう。だから地名として今も残る「追分」は、かつて賑わった街道の痕跡なのだ。なかでも中山道と北国街道が分岐する追分宿は、浅間根越の三宿と呼ばれた沓掛、軽井沢宿とともに大いに繁盛し、馬子唄「追分節」はここから全国に広まって行った。かつての宿場は、国道18号の喧騒から隠れるようにして残っている。
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「信越線の汽車が桑畑のおおい上州を過ぎて、いよいよ信州へはいると、急にまだ冬枯れたままの、山陰などには斑雪の残っている、いかにも山国らしい景色に変り出した。(略)森のかたわらに置き忘れられたように立っている一軒の廃屋にちかい小家、尽きない森、その森も漸っと半分過ぎたことを知らせる岐れ道、その森から出た途端旅人の眼に印象深く入って来る火の山の裾野に一塊りになって傾いている小さな村」(『菜穂子』より)
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西洋化が進み、賑わいを増していく旧軽井沢を避けてだろうか、山里の気配が残る追分に滞在する文士らがいた。堀辰雄はついにはこの地に家を建て、49歳で没する晩年を過ごしている。堀が書いた昭和初期の『菜穂子』の風情はもちろん今はない。広い駐車場とともに道路は綺麗に舗装され、郷土館や文学記念館、旅籠的旅館、老舗的蕎麦屋などが点在している。綺麗な分だけ、往時の「街道」の面影はかえって遠のいたようでもある。
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そうした通りの中ほどに、脇本陣だったという旅館・油屋がある。「そこが面白いギャラリーになっています」ということを耳にして、やって来たのだ。油屋は江戸時代から続く旅籠で、現在の建物は昭和13年の建築だとか。現在も素泊まり旅館として営業を続けているけれど、1階はギャラリーやショップに改装され、手作り雑貨や古書、骨董品などの店に貸し出されて、展示スペースでは陶器の個展が開催されたりしている。確かに面白い。
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ここを追分の「文化磁場」にしようというNPOのプロジェクトで、若者たち(かどうか知らない)が、地域おこしに張り切っている熱気が感じられる。そうした「熱気」は往々にして独りよがりの陶酔感を漂わせるものだが、ここでもその匂いがプンプンと漂っている。ただ何もしなければ、人馬の汗が染み込んでいるこの宿場跡が、別荘族と観光客で賑わう軽井沢の裏通りとして寂れていくことは目に見えている。陶酔的熱気、結構である。
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沓掛宿を通る。昔、大火があって、宿跡は消失してしまい、ついでかどうか「沓掛」という地名も消えて、今は中軽井沢と味もそっけもない名前になった。その千ヶ滝地区に「セゾン現代美術館」がある。大正時代から堤財閥によって開発された地区で、美術館も森とせせらぎに包まれて実に清々しいロケーションだ。かつて池袋西武にあって、若いころの私が足繁く通った「セゾン美術館」の収蔵品は、閉館後こちらに移っているらしい。
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しかし奇妙な感覚に襲われた。当時あれほど新鮮に私を元気付けてくれた作品が、どれも燻んでいる。ミロもクレーもジャクソン・ポロックもマーク・ロスコーも李禹煥も、みんな色褪せている。ニキ・ド・サンファルさえ元気がない。絵が古びたか私が古くなったのか。現代アートはニューヨークのMOMAやパリのポンピドゥセンター、そして池袋といった、避暑地ではなく、猥雑な街にあってこそ活き活きして来るらしい。(2016.8.21)
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「信越線の汽車が桑畑のおおい上州を過ぎて、いよいよ信州へはいると、急にまだ冬枯れたままの、山陰などには斑雪の残っている、いかにも山国らしい景色に変り出した。(略)森のかたわらに置き忘れられたように立っている一軒の廃屋にちかい小家、尽きない森、その森も漸っと半分過ぎたことを知らせる岐れ道、その森から出た途端旅人の眼に印象深く入って来る火の山の裾野に一塊りになって傾いている小さな村」(『菜穂子』より)
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西洋化が進み、賑わいを増していく旧軽井沢を避けてだろうか、山里の気配が残る追分に滞在する文士らがいた。堀辰雄はついにはこの地に家を建て、49歳で没する晩年を過ごしている。堀が書いた昭和初期の『菜穂子』の風情はもちろん今はない。広い駐車場とともに道路は綺麗に舗装され、郷土館や文学記念館、旅籠的旅館、老舗的蕎麦屋などが点在している。綺麗な分だけ、往時の「街道」の面影はかえって遠のいたようでもある。
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そうした通りの中ほどに、脇本陣だったという旅館・油屋がある。「そこが面白いギャラリーになっています」ということを耳にして、やって来たのだ。油屋は江戸時代から続く旅籠で、現在の建物は昭和13年の建築だとか。現在も素泊まり旅館として営業を続けているけれど、1階はギャラリーやショップに改装され、手作り雑貨や古書、骨董品などの店に貸し出されて、展示スペースでは陶器の個展が開催されたりしている。確かに面白い。
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ここを追分の「文化磁場」にしようというNPOのプロジェクトで、若者たち(かどうか知らない)が、地域おこしに張り切っている熱気が感じられる。そうした「熱気」は往々にして独りよがりの陶酔感を漂わせるものだが、ここでもその匂いがプンプンと漂っている。ただ何もしなければ、人馬の汗が染み込んでいるこの宿場跡が、別荘族と観光客で賑わう軽井沢の裏通りとして寂れていくことは目に見えている。陶酔的熱気、結構である。
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沓掛宿を通る。昔、大火があって、宿跡は消失してしまい、ついでかどうか「沓掛」という地名も消えて、今は中軽井沢と味もそっけもない名前になった。その千ヶ滝地区に「セゾン現代美術館」がある。大正時代から堤財閥によって開発された地区で、美術館も森とせせらぎに包まれて実に清々しいロケーションだ。かつて池袋西武にあって、若いころの私が足繁く通った「セゾン美術館」の収蔵品は、閉館後こちらに移っているらしい。
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しかし奇妙な感覚に襲われた。当時あれほど新鮮に私を元気付けてくれた作品が、どれも燻んでいる。ミロもクレーもジャクソン・ポロックもマーク・ロスコーも李禹煥も、みんな色褪せている。ニキ・ド・サンファルさえ元気がない。絵が古びたか私が古くなったのか。現代アートはニューヨークのMOMAやパリのポンピドゥセンター、そして池袋といった、避暑地ではなく、猥雑な街にあってこそ活き活きして来るらしい。(2016.8.21)
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