今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

298 神宮(東京都)・・・神宮の森の奥には花菖蒲

2010-09-09 09:31:49 | 東京(区部)

都心で最も静かな場所、つまり道路や鉄路に遠く、騒音に患わされない地点は、明治神宮御苑の菖蒲田あたりだと聞いたことがある。それだけ広大な苑地の奥深く、ということだろう。たまたま通りかかったのが菖蒲の季節。どれほど静かなのだろうかと入園してみた。ところが菖蒲園は花を愛でる人たちで大盛況。車や電車ではなく、人間の騒音に満ちていた。思えばこの人口過密都市で、静寂を求めるなどどだい無謀なことであった。

東京で最も静寂が保たれているエリアといえば皇居なのだろうが、残念ながら勝手に入るわけにはいかない。そこで地図を確認すると、面積では神宮内苑もほぼそれに匹敵する緑地だとわかる。大名の下屋敷を核に、維新後は御料地として、明治天皇が后の好む花菖蒲を植えさせたのだという。天皇自身が「うつせみの代々木の里はしづかにて都のほかのここちこそすれ」と詠ったほど、畑地に囲まれた静かな鄙の里だったようだ。

ところで街に欠かせないインフラとは何だろう。道路に上下水道、市場に通信網などが浮かぶが、《公園》を忘れてはいけない。それは都市生活者のオアシスであり、街の潤滑油として不可欠な公共財である。公園の発生はおそらくヨーロッパの《広場》にあって、根本の思想は「自由」ではなかっただろうか。街が大きくなると、市民は自由広場を《庭園》として整備するよう資金を注ぎ込み、やがて大規模な都市公園が生まれる。

ひるがえって江戸時代、徳川家康は江戸を巨大都市に改造した大都市計画者ではあったけれど、はたして《公園》という発想はあったかと考えると、疑問である。江戸の街には「火除け地」というグリーンベルトが設けられたし、浮世絵には花見や潮干狩りといった庶民の行楽が描かれているものの、それらの場は公園とは違う。せいぜい寺社の境内や大きな橋のたもとあたりが、広場の役割りを果たしていたのではないか。

住民一人当たりの都市公園面積は、北海道が22平米で全国トップ、東京は4平米で都道府県別の最下位だ。かといって現在の東京が、江戸の地割りの恩恵を受けていないと言えば嘘になる。大名屋敷という、まとまった土地を引き継ぐことができたから、無秩序な膨張を防いで緑地を確保することができた。皇居と神宮内苑の間にも赤坂離宮、新宿御苑、神宮外苑などがあって、過密都市でありながら、何とか都市景観を維持している。

この日私はポニー公園のつぶらな瞳に見送られ、参宮橋から入苑した。ここからは西参道を行く明治神宮の裏道のようなルートとなり、人影も少ない静かなプロムナードが続く。周囲の森は、全国から献納された樹木10万本が育った人工林で、約90年で鬱蒼とした樹林となった。明治天皇を顕彰しようという情熱が造り上げた森で、こうした国民運動が盛り上がる時代風潮はいささか恐ろしくもあるけれど、森はいまや国民的財産である。
            
神宮という響きから何を連想するかは、世代によって異なるだろうが、戦無派の若造である私でも「学徒動員」や「練兵場」などが思い浮かび、どこか軍国主義のニオイを嗅いでしまう。これは日本の史実なのだから致し方ないことで、むしろ語り継がれるべきことである。ただ大名や皇室の庭園だった土地が、今では市民が自由に入苑して花を愛でることができるのだから、それだけ世の中が開けた事例として貴重でもある。(2010.6.24)
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