石泉荘は新発田川を庭の中に取り込んだ屋敷である。今日でも、それなりの流れが庭の中を流れていく。
池のように見えるが、新発田川は結構な勢いで流れている。水面に浮いた枯れ枝がどんどん流れていく。
離れとともに有形文化財登録された茶室は、新発田川左岸にある。昨年までは、右岸の離れ周辺までしか公開されていなかったので、初めて姿を拝見する事が出来た。
同じく左岸にある母屋の前にある茶庭が何とも素晴らしい。ただし、この庭は公開されていないので、順路をたどる間に横目で眺める程度となる。
新発田川の中の島へかかる石橋と、有形文化財登録された離れ。
振り返れば、見事な石組を伴う滝。この滝は、水量も、下降距離もそれなりの規模があり、離れ座敷からずっとその水音を聞くことが出来る。
中の島から、母屋へは別の石橋を渡ることになる。
この離れは、この一帯が花町となった時代に花菱なる料亭として使われていたが、明治37年の火災で焼失。この建物が移築されたとの事。その後、石崎家の所有となる。
庭園や離れは公開はされているが、昼食などの弁当をいただく事が前提になっているようだ。それがないのが、特別公開日のようで、新発田市の観光ボランティアガイドが主催しているようである。
池のように見えるが、新発田川は結構な勢いで流れている。水面に浮いた枯れ枝がどんどん流れていく。
離れとともに有形文化財登録された茶室は、新発田川左岸にある。昨年までは、右岸の離れ周辺までしか公開されていなかったので、初めて姿を拝見する事が出来た。
同じく左岸にある母屋の前にある茶庭が何とも素晴らしい。ただし、この庭は公開されていないので、順路をたどる間に横目で眺める程度となる。
新発田川の中の島へかかる石橋と、有形文化財登録された離れ。
振り返れば、見事な石組を伴う滝。この滝は、水量も、下降距離もそれなりの規模があり、離れ座敷からずっとその水音を聞くことが出来る。
中の島から、母屋へは別の石橋を渡ることになる。
この離れは、この一帯が花町となった時代に花菱なる料亭として使われていたが、明治37年の火災で焼失。この建物が移築されたとの事。その後、石崎家の所有となる。
庭園や離れは公開はされているが、昼食などの弁当をいただく事が前提になっているようだ。それがないのが、特別公開日のようで、新発田市の観光ボランティアガイドが主催しているようである。