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人生の終盤を見つめる歌、歌、歌~2008年高石ともや年忘れコンサート②

2008年12月31日 | 丸ちゃんのギター&フォーク

 休憩をはさんで始まった第2部。ここからは西国三十三番巡礼歌集のコーラスに参加した「奈良松ぼっくり少年少女合唱団」出身の古河さち子さんと村尾あいさんが加わりました。「Run River Run」(揖斐川マラソンのテーマ曲)、「旅の終わり」、「ひとつの舟に乗り合えば」、「それぞれの秋」、「捨ててこそ」、「バラの花をください」、「新しい朝」と演奏が続きます。「新しい朝」はABCラジオパーソナリティの道上洋三さんが作った曲がサビの部分になっており、なんとご本人が客席から登壇、「頭の手術を終え入院中に、ふと浮かんで出来た曲だ」と紹介されました。現在の高石さんにとってもこの曲はとても大切な曲になっているそうで、歌詞中の「ただ、生きている、それだけでいい」という箇所はガン養生でウォーキングを続ける奥さんとの応援歌になっている曲だといいます。


会場で販売されていた高石ともや絵馬

  そして毎年の年忘れコンサートに欠かせない曲、それが今年は「平成二十年、冬が行く」です。1年間の様々な出来事を振り返りながら高石さんが歌い語る叙事詩です。私を含めて観客1人ひとりもそれぞれのこの1年間を重ね合わせながら聴いていました。この曲、演奏しながら歌詞を書きとめた用紙をめくると、それが譜面台から数枚こぼれおちていくその様子に、ホントについさっきまで歌詞を書いていたというリアル感が強くあって、まさにそこにフォークソングの原点を見る思いがしてとても気に入っています。

 「いただきます」(有機農業を勧める歌)、「水は頑張らない」(キャンプソング・水ものがたり)、「もう一歩」、「私を待つ人がいる」、そして「陽気にゆこう」。新しいCD『もう一歩 高石ともや詩歌集』に収録された曲もあります。人生の終盤に向かう高石さん、もう頑張らなくてもいいんだよというその一方で、もっともっとあれもできるんではないか、これもがんばれるんではないかという思いも持ち、迷いながら歩む姿を歌います。「水は頑張らない」は上から下へとさまざまに相手に応じて自然に流れる水のような生き方を、そして「私を待つ人がいる」は、待ってくれている人がいると思うことで人は生きながらえるエネルギーが出てくると、ナチスの絶滅収容所に入れられた人たちの例をあげながら語ってくれました。

 コンサートが終わりホールを出た地下道の入口に高石さんのポスターが貼ってありました。失礼ながら顔写真はもうおじいさんの顔です。高石さんはいつも走ってきました。だからこれからも走り続けるでしょうが、でもそれはきっとこれまでとは違った新しい走りなのかも知れません。 


一緒に聴いた熟女のみなさん

 フォークソングはいいです。2009年、激動の時代。フォークソングはもっともっと広く歌われるようになると思うのですが、どうでしょうか? 私はもっと歌いたい、そう強く思いました。こんな企画の案内もありました。あなたも一緒に行きませんか?

 

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これはまさに反戦フォーク集会だ~2008年高石ともや年忘れコンサート①

2008年12月31日 | 丸ちゃんのギター&フォーク

 恒例の高石ともや年忘れコンサートに行ってきました。会場は先月オープンしたばかりの旧サンケーホール跡地にできた33階建ブリーゼタワーの7階、サンケイホールブリーゼです。えっ、これがあのサンケイホールかと驚いてしまうような綺麗なホールに生まれ変わっていました。席はB-26、前から2列目、右の端っこで、余りいい場所ではなかったのですが、まあ真近に演奏が見れる席でした。


新サンケイホールは黒が基調

 第1部はドラムス担当のマーティ・プレイシーさんとの2人舞台。1966年9月、高石さんが初めてギターで5曲歌ったのがこのサンケーホールで、その時の舞台がその後の人生を決定づけたそうです。主催は大阪労音「フォーク愛好会」でした。あれから42年、3年前に一度消えて新たになったサンケイホールで再出発です。オープニングの5曲はその時に歌った曲でした。「年少かごの鳥」は少年院に送られた少年の心境を綴った歌、「学校で何を習ったの」はアメリカのフォークシンガー、トム・パクストンさんの曲、「ベトナムの空」は日高義さんが作った曲で私も学生時代によく歌いました。そして「のんき節」(添田唖蝉坊)に「思いでの赤いヤッケ」。「赤いヤッケ」は高石さんがあるスキー場の人から教えてもらった曲だそうで、赤倉スキー場でスキー教室の生徒たちであった第一勧業銀行のコーラス部の女性たちに歌ったことがあると思い出を語りました。
 
 ここまではクラシックギターで伴奏。続いて手にしたギターはエピフォンギターというギブソンやマーチンの3分の1の値段のギターですが、ちょっと枯れた音が激しいリズムを刻む曲には御似合いです。「風に吹かれて」(ボブ・ディラン)、「時代は変わる」(ボブ・ディラン)、「バスのうしろ」(フリーダム・シンガーズ)、「明日なき世界」(P.F.スローン)。さらにギターをマーチンに変えたところでマーティ・プレイシーさんが高石さんに聞かれて自身の前職を語りました。米軍の空中給油機に乗務していたそうで「そんな仕事より平和の下で音楽をする方がよっぽど素晴らしい」と話し、会場から拍手が沸き起こりました。第1部の終わりに向けて歌った曲は「グヮンタナメラ」(キューバ民謡)、「八丈太鼓ばやし」(八丈島民謡)、「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎、武満徹)、「マイ ランブリン ボーイ」(トム・パクストン)の4曲。歌い語られた反戦フォークソングの数々。それはまさに70年代、いや、2008年末の反戦フォーク集会と表現してもいい内容のもので、そのような「集会」が最新の設備を備えるホールで行われた瞬間に立ち会えたことに嬉しくなりました。


スポットライトが当たれば、千変万化の光と影が演出される緞帳


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