「憲法守れ」の声は強くたくましい。聞こえてくる声は平和・人権の二本立てだ。憲法守るべしの声の主流はなんと言っても第9条擁護の運動であることは間違いない。そんな中、声すらあげる力も弱まった階層に長年寄り添い、憲法25条・社会保障の確立を実践してきたひとりの元ケースワーカーが生活保護行政と制度の危機に対して「もう一つの憲法も守れ」の声をあげた。それがこの『生活保護物語―〈落とし穴社会〉半世紀の現実から』である。
著者は私の大先輩である。氏はこの『生活保護物語』の中でわが国の社会制度が実は「落とし穴社会」であることを看破し、見事に証明している。
氏は大阪市の生活保護行政に27年間携わった。その間、全国を股にかけて公的扶助研究運動を進めてきた。いつも市民・被保護者側の視点であったため、国・行政との「取っ組み合い」を余儀なくされた。その「取っ組み合い」を通じて、市民・国民生活の「貧乏」から抜きがたい国家「社会保障」システムを小気味よく解明してくれている。それが第5章の「貧乏の責任」であり「貧乏の資格」であろう。貧乏はつくられる、貧乏の罠、貧乏の条件を経て、国家公認の「貧乏の資格」を証明するところは痛快でもある。
本書は、自分史の体裁を借りてはいるが、副題にあるとおり、戦後の社会保障の凸凹面から新自由主義が台頭する今日まで、半世紀にわたる現実をおさえたエッセイ集になっている。60年を経、短い条文に凝縮された日本国憲法第25条が果たしてきた役割をケースワーカーが、現実の暮らしの中で、どのように行政に活かし、また、支配勢力からの制限とたたかい、跳ね返してきたのか、職責の限界に臨んだ職員の取り組みは圧巻でもある。
社会保障、とりわけ、生活保護行政の分野の問題を一から学ぶものにとっても、多くの情報を体系的に入手できるという重宝な書物である。同時に社会福祉学、行政学からの理論的分析も加えられている。生活保護行政のみならず、社会保障全般にわたった現状と問題点、今後の改革のあるべき方向についても具体的に示されており、実践的な性格を持っている自治体職員、研究者に限らず、市民にも広く読まれることを切望している。 谷口積善(大阪自治体問題研究所・大阪市研究会)(『宣伝研究』2007年4月号書評欄より)