まいど、日本機関紙出版です。

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iPhone12問題、どう対処すれば

2022年09月30日 | 編集・営業ふらふら雑記

9月28日(水)

手持ちのiPhone12にはイヤホンジャックが付いていない。そこで通勤中に音楽やYoutubeを視聴しようとイヤホンを買って使ったのだが、頻繁に曲が途切れたり動画が止まったり飛んだりする。ネットを見ると同じような事例がたくさん紹介されて、みなさんも困っているようだ。一応対処法が紹介されているが、めんどくさいのでイヤホンを外して曲を聴きながら出勤している。もちろん騒音にはならないように気をつけているのだが。

さて本日もメールにFAXチェックで始まる。まずはFAXで届いていた手書き連載原稿の文字チェック。なかなかなの達筆文字だが、もう十年以上の付き合いなので、ほぼ解読できる(笑)。少し赤字を入れて編集担当に渡しておく。

新刊のチラシを修正して印刷へ発注。郵便局へ行き、月例の振込作業。ちょっと遅れてしまったがT先生の原稿整理に取り掛かる。たくさんの画像原稿と追加原稿の処理をどうするか。悩ましい。

知り合いの編集者の相方さんが出版された本を購入。内容もそうだが、編集の仕方も勉強しなくては。

 

 

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3000メートル峰の立山へ。と言っても実質の上りは500メートルだが・・・

2022年09月29日 | 丸ちゃんの私的時間

9月25日(日)

午前4時ごろ目が覚めてまだ暗い空を見上げると無数の星。今日は好天が期待できそうだ。予約していた立山―室堂往復チケットの発券のため駅に向かうとすでにチケット窓口には行列ができていた。今日の山上は賑わいそうだ。朝ごはんを食べて7時発ケーブルカーで美女平、そこからバスに乗り換え室堂へ向かう。弥陀ヶ原まで来ると右手に薬師岳が見えてきた。毎年ゴールデンウィークになるとマスコミで報じられる「雪の大谷」はこの辺りから終点の室堂まで続く。


室堂行のバスから見える薬師岳

室堂ターミナルに到着、ホテル立山でバイトをしている三男を呼び出す。8月以来の絶好の天気だそうで、目的地の山頂にある雄山神社がよく見える。仕事に戻る息子を見送り、彼なら1時間で登れるコースをボチボチ行くことにしよう。


真っ青な空と飛行機雲


ホテル立山。その宿泊費は一泊・・・


室堂から見る立山連山。右の頂点が目指す雄山


ボチボチと登っていこう

1時間かけて雄山と浄土山の鞍部、一の越に到着。目の前に広がる山並みの遠くに槍ヶ岳、笠ヶ岳、八ヶ岳、そして富士山も。しばしの休息後、いよいよ雄山をめざすが、上りコースは大渋滞。山は逃げないのでここはゆっくり、行列のペースに合わせるしかない。そして約1時間後、6、7年ぶりの雄山頂上に到着。社務所内は記念グッズを買う人でにぎわい、参拝受付も順番待ちだ。あちこち写真を撮って景色を満喫し室堂へ折り返すことにする。


一の越にある山荘

一の越から見る槍ヶ岳、笠ヶ岳など


雄山への上りは渋滞気味

雄山の神社

立山連山の向こうには霊峰剣山。いつか登れるか?


遥か向こうには富士山も頭を出している

石に彫り込んである歩兵第七聯隊は北陸3県で
構成されていた。

ローペースでホテル立山に戻ると往復約4時間半かかっていた。標準タイムより1時間オーバーだが、特に疲労感はなかったのでこれぐらいのペースでいいのかもしれない。再び息子に会い、別れを告げて3時過ぎのバスで室堂ターミナルを発ち、ケーブルカーへ乗り継いで立山駅に下山完了。車に乗って宿のある氷見温泉へと向かった。

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まだまだいけるか? 次はさらなる高みへ挑戦か?

2022年09月28日 | 編集・営業ふらふら雑記

9月27日(火)

4連休明けの出勤日。先日の立山登山による筋肉痛などは無し。腰痛は気のせいか逆に良くなったような感じもする。体力はまだまだいけそうか。次回はいつになるかわからないが、もう少し挑戦的なものにしてみよう。

さてメールにFAXチェックで溜まっている注文や連絡対応で仕事はじめ。出庫はAmazonと新日本図書、そして直販分。取次は棚卸しのため10月からの発送となる。新刊の表紙カバーの帯部分を著者要望で修正する。なるほど、この方がいいかも。アイヌ本関係でメールが来ていた。各著者に献本の反応が来ているようだ。ありがたいこと。楽天の謝恩価格フェアの確認連絡。午後はデータ屋さんへ行き、安全保障本の三校を受け取り発送する。統一協会本の追加原稿も入ってくる。

結局、強行された安倍晋三国葬。「国葬反対」はただ単にその儀式に反対というだけではない。8年7カ月にも及んだ安倍政治とそれに続く菅・岸田政権にNO!を突きつけているわけで、「国葬が終われば世論は落ち着く」(自民中堅議員)なんて甘い見通しは持たない方がいい。なぜなら国葬反対60%という声の背景には、安倍・菅・岸田の自公政治へのさまざまな不信や不満、憤りの炎が広がっているわけで、国葬強行はそこに油を注いだことになる。「黄金の3年間」なんてもう誰も言わなくなった。すぐにでも岸田政権を終わりにするたたかいを野党共闘でいまこそ‼️

 

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「越中八尾 おわら風の盆」から立山へ

2022年09月28日 | 丸ちゃんの私的時間

9月24日(土)
9時過ぎ、立山の紅葉と雄山登山をめざして吹田を発つ。13時ごろ北陸道尼御前SAで昼ごはんはカレーをいただく。自慢の商品らしく結構美味しい。富山西SAを降りて越中八尾へ向かう。映画やドラマで知っていた「越中八尾 おわら風の盆」の街だ。なぜ風なのか。風の害にあわず豊作となることを祈る行事ということらしい。地元の資料展示館へ行くと間の前に大きな山車が3台展示してある。とにかくデカい! 風の盆は9月初めだが、彫り物の人形が特徴のこの山車が活躍する曳山祭りは5月の初め。坂道の両側に連なる街並みを見学、地酒セットを購入して立山方面へ向かう。

途中の温泉に立ち寄りゆっくりした後、スーパーで晩ごはんと明日の朝ごはん、さらに昼ごはんを仕入れて、すっかり暗くなった山道を立山駅に向かう。駅近の駐車場の残り少ないスペースに落ち着く。台風の影響か、雨で地面が濡れている。明日は晴れるとの予報なのだがどうなるか。ビールとハイボールをお供にした晩ごはんを済ませ9時半ごろ車中泊となる。

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シンママさんたちの暮らしが4年前からさらに苦しくなっている

2022年09月23日 | 編集・営業ふらふら雑記

9月20日(火)~9月22日(木)

ぐっと冷え込んできて半袖ともオサラバする気温となってきた今週。次の3連休はちょっと出かけるので新たな台風発生を気にしながら過ごすこととなった。

出庫はトーハン、日販、Amazon、集会販売などそれなりの量となった。追加のテキスト採用もあってありがたい。集会販売は、革新懇方面、社保協方面などの日程が入ってきた。大がかりな会場での販売はまだまだ難しいようだが、一つひとつの機会を大切に、少部数でもコツコツと普及に努めていかねば。

トーハンから誤納品の電話。すぐに返送してもらうよう依頼、どうやら他に送るべき荷物を間違えて送ってしまったようだ。気をつけよう。

原稿関係は、先日来続けてきた原稿整理がようやく終わりデータ屋さんへ入稿完了。書名も決まったし一安心。『笑いヨガ』本の三校が出来上がり竹村さんと打合せ。来週には校了となるか。次の統一協会方面の新刊の原稿も何本か送られてくる。月末までには入稿の予定で、こちらも急いで出さなくてはならない。見通しとしては年内にあと4~5点という感じかなあ。

他には楽天ブックスの謝恩価格ブックフェアの出品明細確認、新日本図書の常備明細の連絡などあれこれの対応。

今週末に備えて少しは足腰強化をしなくてはと、バックランジを久々に行ったが逆に筋肉痛になってしまった。ああ、なんてことだ! 毎日少しずつやるもんやね。ちょうど夕方整骨院に行ったので、いつもの揉みもみついでにお灸をしてもらい、少し楽になった。

よどがわ生協に月例のシンママ大阪応援団への支援物資の受け取りに行く。今度の12月で支援を受け続けて丸4年となる。4年間のスペシャルボックスの発送数は増えるばかり。それはシンママさんたちの暮らしが4年前からさらに苦しくなっているということ、あるいは何も改善されていないということの反映ではないのか。生活保護費など各種支援や助成制度の後退、それに加えてのこの物価高騰は、シンママさんたちだけでなくそれ以外の人々の暮らしも直撃している。アベノミクス、「異次元の金融緩和」は完全破綻、ずっと「賃金の上がらない国」状態が続き人々はますます貧しくなっている。

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大阪の戦争遺を歩く③〈淀川区〉 空襲で奪われた若者の未来 北野高校・弾痕の壁が伝えるもの

2022年09月20日 | 坂手崇保の〈大阪の戦争遺跡を歩く〉 

庭に埋めて「守った」忠魂碑
 阪急・十三駅の東口から商店街を抜けると左に神津神社がある。境内には忠魂碑がありその横の「旧神津村忠魂碑再建之記」には忠魂碑がここに建てられた経緯が書かれている。
 
忠魂碑は日清・日露戦争の凱旋碑で在郷軍人会が主体となって行政区に1つ建立した。「再建之記」によると1921年、旧西成郡神津村役場(現在の神津小学校の横)に建てられた後、村が大阪市へ編入される際、十三公園に移転。敗戦後、占領軍から公共地にある忠魂碑を撤去するよう命じられたため、北浦純一市会議員が自宅に持ち帰り庭に埋めて破壊をまぬかれたという。
 神津神社は45年6月7日の大空襲で社殿を焼失、72年に再建された。忠魂碑は74年11月に現在地に再建された。


神津神社にある忠魂碑

戦災孤児を救済した博愛社
 十三筋を挟んで北側に博愛社の礼拝堂がある。日本で数々の有名建築物を手掛けた建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(終戦後マッカーサーと近衛文麿の仲介工作に尽力した)が手掛けたものだ。
 博愛社は、戦後の混乱期、戦災孤児を救済したことで知られている。1890年クリスチャンだった小橋勝之助と林歌子が現在の相生市に児童保護施設を開設。その後、勝之助亡き後を継いだ弟の実之助が歌子ともに現在の地に博愛社の原型を築いた。実之助の妻カツエは「大阪福祉活動のお母さん」と呼ばれている。


博愛社の創設にかかわった4人の像

街の守護神「平和地蔵」
 東横イン大阪阪急十三駅西口店の前に小さい祠がある。かつてこのあたりに鏡ヶ池があり、明治のころ、幼い子が溺れその母が子を思い地蔵をつくり祈っていた。安産、子育ての守護神として伝わっていたが、太平洋戦争による戦災の焼け跡から掘り起こされ、地元の有志から「平和地蔵」と名付けられまつられている。


平和地蔵(淀川区十三本町1-13)

空襲で全焼した成小路国民学校
 十三筋を隔てて南側に神津小学校(戦時中は国民学校)がある。戦時中、淀川区近辺の子どもたちは箕面へ学童疎開していた。敗戦後の46年、空襲で全焼した成小路(なるしょうじ)国民学校を統合した。十三公園の中に「中津第三尋常小学校(成小路国民学校)記念碑」がある。
 「昭和二十年六月空襲のため校舎は全焼して、昭和二十一年四月神津小に統合」と刻まれている。


空襲で全焼し再建されることのなかった成小路国民学校の碑(十三公園)

学校防衛中に命を奪われた2人
 十三公園の南側が大阪府立北野高校(旧制北野中学)だ。45年3月13日から14日未明にかけての大空襲で、生徒の罹災者129人、死亡1人に及んだ。この年の入試は実施されず志願者393人全員を入学させた。授業はほとんど行われず、生徒たちは軍需工場や食糧増産に動員された。
 6月15日の空襲では、当直で学校防衛中の2年生、中島要昌君と池田彰宏君が死亡、今木伊助君が負傷した。この日の空襲で命を奪われた生徒はこの2人を含め9人にのぼった。6月から8月にかけて小型機による爆撃が続き、そのときの機銃掃射の弾痕が校舎西端の外側に残った。
 86年、図書館の横に62回卒業生によって「殉難之碑」が建立された。その後、教職員・同窓生らの保存要望により機銃掃射を受けた壁面が「メモリアルウォール」としてそのまま保存されている。新入生の校内施設見学の際には、この壁と殉難之碑のことも必ず説明するという。隣接する大阪市立新北野中学校の生徒も毎年見学に来るそうだ。


28個の弾痕がある北野高校のメモリアルウォール、壁面にはコーティングが施され保存されている


「中島要昌、池田彰宏、学校防衛中焼夷弾に斃(たお)れる」と刻まれた殉難之碑



 

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この3連休、うーん・・・

2022年09月19日 | 丸ちゃんの私的時間

台風の進路を気にしながら、風呂敷残業の3連休となる。

シンママ大阪応援団の役員会にオンライン参加。10月の新刊の校正作業と11月の新刊の原稿整理作業。かなり追い込んだので連休明けの気分は楽。録画していた映画を2本、他ドラマなども。

ネットで視聴した100周年記念講演会。四十数年前、たまたまこの歴史のうねりに遭遇して始まったわが自分史という感じか・・・。

統一協会と国葬問題についての新たな視点も。 
共同通信社の世論調査で国葬「反対」「どちらかといえば反対」が計60.8%、また毎日新聞世論調査では岸田内閣の支持率は29%で、不支持率は64%へ。国葬反対の声は右派も左派関係なく広範に広がり、さらに日本会議など本来の安倍支持層内にも反対は広がっているという見方もあるようだ。

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統一協会追及チームの動画を聴きながら

2022年09月17日 | 編集・営業ふらふら雑記

9月15日(木)

今週末も来週末も台風接近との天気予報に、どうしたものかと思案しながらの出勤となる。

メールにFAXチェック、入金確認でお仕事はじめ。出庫はトーハン、日販分。トーハンには『社会的孤立死する高齢者たち』の教科書採用分も合わせて出荷。ありがたいことです。

統一協会追及チームの動画を聴きながらの作業。九州大学の南野先生のレクチャー。宗教法人を解散しても税制のことなど、法人格故の利益が消えるだけで信教の自由とは関係ない。献金は自発的なものなので今の法律で対処できるかは難しい。フランスのセクト規制法は大雑把なもので、それを日本で作って解散命令が出せるかどうかは? これまで解散した例は2つしかなく、統一教会の特殊性を考慮した判断を裁判所が出せるかどうか。政教分離とは国家と宗教の関係で問われるべきことで、今明らかになっている宗教と政治の関係は規制できない。お金の流れをつかむことが大事。宗教法人だからと許される特権は見直していいのではないか。

さて、ランチ後は校正のまとめ作業とその送信と原稿整理など。来週には三校が上がってきて、それでほぼお終いとなるか? さて今日は早く引き揚げましょう!

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話すことと聞くこと、どっちが大事?

2022年09月15日 | 編集・営業ふらふら雑記

9月14日(水)

メールにFAXチェック、入金確認でお仕事はじめ。出庫はトーハン、新日本図書など。

改憲本の原稿整理はだいたい目途が立ち、あとは細かいところを確認していくことになるか。纐纈本の見積を依頼する。部数は2000部か・・・。夕方の理事会用文書を作って送っておく。

昼ごはんのお供にWOWOWのホテルドラマを見ていたら主人公がなかなかいいことを言っていた。人間にとって話すことと聞くことはどちらが大事なことか? その答えは・・・。

夕方受信したFAXに教科書採用の注文。おお、ありがたい! が、使用日が9月20日って、そりゃあ無理でしょ!

 

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持ち込み企画、申し訳ないですが・・・

2022年09月14日 | 編集・営業ふらふら雑記

9月13日(火)

今日も暑くなりそう。メールにFAXチェック、入金確認でお仕事はじめ。T先生からのメールには原稿チェック終了と追加原稿提案のお話。すぐに返信をしておく。以前に送られてきた持ち込み企画についても、申し訳ないですが・・・と返信。テーマは興味ある内容だったが、条件が合わずという感じ。

出庫はAmazon、通販など。ある大学から、この春出版した『社会的孤立死する高齢者たち』(新井康友ほか)を教科書で使用するが、全盲学生のためにPDFデータを送ってほしいとの依頼。すぐに送ってあげることにした。似たような話で、国会図書館の本を電子化したいので協力を、というような依頼も取次から届いていることを思い出した。

K先生の原稿整理を急がなくてはと集中作業。16時、東京の印刷屋さんの訪問を受ける。おお、そうでしたねと慌てて応接へ。書店用陳列ポップの提案をいただくが、これはちょっと・・・。在庫切れ写真集の増刷・電子化について見積をお願いしておく。終わって原稿整理に復帰するが、本日はこれにて時間切れとする。

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黙笑寺とヒーリング話

2022年09月14日 | 編集・営業ふらふら雑記

9月12日(月)

今日の最高気温36度とは……。まったくいつまで暑い日が続くのかと思いながら本日も5時半起で出勤。メールにFAXチェック、入金確認でお仕事はじめ。出庫はAmazon、日販、トーハン、直販、通販など。

西谷さんの「路上のラジオ」にはジャーナリストの佐藤章氏が出演。統一協会問題でまさに衝撃的発言も飛び出しびっくり! 野田→大阪→東通り商店街経由でデータ屋さんへ。支払を済ませ再校を受け取り郵便局で著者氏に発送する。梅田の書店に寄り集金、そして以前作った『いのちの足音』(きらくえん編)に載っている黙笑寺のことで暫しの雑談。本を出すといろいろつながることもあるわけですね。

帰社して16時から竹村さんと再校について確認・点検、そして打合せなど。いろいろうれしい情報も教えてもらい、期待感も高まる。淡路島のヒーリング話にも驚かされた!

 

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大阪の戦跡を歩く②〈大正区〉 語り継ぐドイツ人捕虜収容所と学童疎開で喪われた16人の命

2022年09月13日 | 坂手崇保の〈大阪の戦争遺跡を歩く〉 

 1883年(明治16)大阪紡績会社が三軒家村で創業し、日清戦争から日露戦争時代にかけて大阪は「東洋のマンチェスター」と呼ばれた。その後、他社と合併して世界最大の紡績会社に発展したが、戦争激化とともに軍需工場に転換させられ、1945年(昭和20)3月の大空襲で焼失した。


三軒家公園にある「近代紡績発祥の地」碑

 平尾亥開(ひらおいびらき)公園の東側、木津川沿いに大阪俘虜収容所があった。第一次世界大戦の結果、14年(大正3)中国にいたドイツ兵などの捕虜を収容するために、大正区(当時は西区)に設置され、760人収容していた。敷地面積は8325坪で長屋50棟、独立家屋15棟があった。16年3月には火災で15棟を焼失して広い空き地ができ、収容所内でサッカーの試合が行われていた。17年2月16日、俘虜は似島(広島市南区)に移されて、同19日閉鎖された。このころの捕虜に対する扱いは人道的で、朝夕2回の点呼以外に労働は特になく、読書、絵画、演劇、音楽、テニスやフットボールなどのスポーツを楽しんだという。解放後も日本に永住する者もいて、神戸の洋菓子製造で有名なカール・ユーハイムもその一人だ。大阪衛戍(えいじゅ)病院で没した捕虜2人は真田山の陸軍墓地に埋葬され、今も墓がある。


平尾亥開公園に「大阪俘虜収容所」の説明板がある

 ちなみに大正橋の歩道はピアノの鍵盤とメトロノームを模し、下流側の欄干にはベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」の楽譜がデザインされ、大正区とドイツとの交流を物語っている。

 本土空襲の危機が迫る44年(昭和19)9月、大阪市立南恩加島国民学校3年生の29人が徳島県美馬郡貞光町(現・つるぎ町)の真光寺に集団学童疎開した。ところが翌45年1月29日午後9時頃、漏電により本堂付近から出火。火災により逃げ遅れた16人の尊い命が奪われた。戦後間もなく16人の霊を慰めようと貞光町の町民や徳島県内の学校関係者が募金を出し合い境内に十六地蔵尊が建立され、46年5月29日に開眼供養が行われた。その後も地域住民により手厚い供養が続けられてきた。南恩加島小学校でも、毎年児童たちが千羽鶴を折り真光寺に届けている。また、母校にも慰霊碑をと6年生が中心となって企画した「十六地蔵モニュメント」の除幕式が2003年1月29日に行われた。モニュメントは高さ45cmの銅鐸で、台座には16人の遺影と名前を刻んだ銅板をはめ、中には当日渡された卒業証書が収められた。

徳島県美馬郡つるぎ町の真光寺にある十六地蔵


南恩加島小学校の十六地蔵モニュメント

 1929年(昭和4)船町の木津川飛行場は未完成のまま開港し、東京や福岡などに就航、近代大阪の玄関口として重要な役割を果たした。しかし元々が軟弱な地盤で、西北方向には農林省の大きな米穀倉庫があり、飛行場がL字型という立地条件や木津川運河を渡し船で渡らなければ飛行場へ行けないという交通の便の悪さなどのため、八尾空港や伊丹空港(当時・大阪第二飛行場)に役割を引き継いだ。中山製鋼所の工場内に当時の格納庫の建物が残っている。


船町に建てられている「木津川飛行場跡」碑

 三軒家東にある八坂神社(上のやさかさん)の境内に「八垂(やたれ)銀杏」という神木がある。三軒家の開発者「中村勘助(木津勘助)」が1610年(慶長15)に大阪港湾の基礎建設の記念として、また無病息災を祈願して植樹したと伝えられている。45年3月13日、14日の空襲で社殿を焼失。イチョウも焼けたがその根元から若木が成長している。勘助の業績を刻む「中村勘助源義久彰徳」碑も空襲で傷つき、修復されて神社の傍らに建っている。

戦災を被った八坂神社の八垂銀杏

「中村勘助源義久彰徳」碑も空襲を受け表面が剥離している

 

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KADAKAWAよ・・・

2022年09月12日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

KADAKAWA専務の7600万円東京五輪汚職。画像の4点を一体どれだけ売ればそれだけの賄賂が捻出できるのか知らんけど、何も五輪に参入しなくても出版社として大きく成功しているのに何でまたこんなことをするのか。そこまでしてまだ儲けたいのか。出版の志はどこにいったのか、なんて超弱小零細地方一人出版社としては思うのであるが・・・。

賄賂で勝ちとった「仕事」の成果物を読まされる読者・子どもたちのことを思うと痛いですね。

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反社会的団体に深くかかわってきた安倍晋三をなぜ国葬で奉るのか

2022年09月09日 | 編集・営業ふらふら雑記

9月8日(木)

国葬開催をめぐる問題で支持率急落に慌てた岸田総理が閉会中審査に出席した。野党の質問に対してこれまで言ってきたことをそのまま繰り返す答弁にうんざり。反社会的団体の統一協会に深くかかわってきた安倍晋三をなぜ国葬で奉るのか――最も重要なこの点に何も答えずに委員会は閉会となった。27日にこのまま行われるのだろうが、この強行により岸田政権の支持率がさらに降下することを期待するしかない。

本日もメールにFAXチェックで仕事に取り掛かる。出庫は日販、トーハン。纐纈本の著者初校をチェックして追加処理を行いデータ屋さんへ送信。昨日来ていた新刊企画提案について返信も。共産党の統一協会追及チームの映像、Amazonアップクローズの望月番組など視聴しながら昼ごはん。地方政治では特に鳥取県で統一協会の浸透ぶりが顕著という話、国葬は統一協会にとって追い風になるとの指摘なども。

「ふぇみん新聞」には平井美津子さんの『生きづらさに向き合うこども』の書評記事。ありがとうございます。広島の「河井疑惑をただす会」の山根さんからはありがたい内容の電話と共に、国葬に関して住民監査請求をしたとのお話も。なるほど、こういう闘いもあるのか!https://www.youtube.com/watch?v=ovOrYStEQkw

11月の京都開催の高齢者大会での集会販売の依頼で京都の書店に問い合わせ。読者層的にマッチする新刊をだすのでその販売のお願いもしておく。今日は5時半の揉みもみ予約。それまで原稿整理となる。

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土佐いく子の教育つれづれ~子どもらの作文に見る明日に生きる希望

2022年09月07日 | 土佐いく子の教育つれづれ

あっちゃんとおねしょのかみさま      一年 藤井貴子
 きのう、あっちゃんのおかあさんが、おねしょのふとんをほしていたから、わたしが、
「どうしたの。」
といったら、あっちゃんのおかあさんがいった。
「あっちゃんがおねしょしたのよ。」
ていった。そして、あっちゃんが、いった。
「ぼくしてないよ、おねしょのかみさまが、あっちゃんのおふとんにはいってきて、おねしょをしたの。」
 わたしは、あっちゃんのこのはなしをしんじています。

         ◆  ◆  ◆

 「わたしは、あっちゃんのこのはなしをしんじています」という貴ちゃんのかわいらしさにほっこりしますよね。
         ◆  ◆  ◆
お父さんのことば          三年 島下房子
 夜、お父さんは、いつも同じことばでしゃべる。まだごはんのしたくができていない時には、すぐに
「めし。」
という。お母さんがほかのことをしててもいう。わたしはどうしてだろうと思う。
 こんどは、お父さんがおふろに入りたかったからすぐに
「ふろ。」
という。手つだってやっても、つぎからつぎへとお母さんにたのむ。お母さんが、
「人にたのまんと自分でし。」
とお父さんに言う。
 お父さんは、おふろから出たら、すぐにふとんに入る。それまでにふとんをひいてなかったら、大きい声で
「ふとん。」
という。ねるときは、少しだけテレビを見る。ねむくなったらお母さんに
「でんき。」
という。
 お父さんはそれだけのことばしか知らないのかな?
 わたしはいつも思う。
 お父さんは昼まだけはちゃんとしゃべってるんかな。どないしてるんやろ。
 お母さんごくろうさま。
   ◆  ◆  ◆
 思わず笑ってしまいます。ほほえましい家族の笑い声まで聞こえてきます。
 父ちゃん昼間はしっかりしゃべって仕事がんばってまっせ!

   ◆  ◆  ◆
私ってどんなイメージ?         五年 穂乃佳
 私ってどんなイメージなのかなあと時々思う時があります。
 なぜそんな事を考えるかというと…。
 二組の米山先生は生徒の名前を下の名前で呼んだりしています。例えば龍田さんだと「じゅり」って呼んだりしていました。でも私を呼ぶときはなぜか「出口さん」やほかにも米山先生は、給食のワゴンを運んでいくときに、
「出口さんお通りください。」
などと言われたりします。
 米山先生以外には、じゅくの先生にも一度だけ、テスト返しの時、生徒の名前をおもしろおかしく変えて呼んだことがありました。
 まりえちゃんなら「マリエッティー」
 みさきちゃんなら「みちゃき」
 私はなんて呼んでくれるのだろうと楽しみに待っていたら、やっぱり「出口さん」でした。「ほのかちゃん」ぐらい言えんかー!と思いました。お母さんに話したら、
「かたくて、いじりにくい性格なんかなぁ」と言われてショックをうけましたが、私は私のキャラでこれからも生きていきます!!
   ◆  ◆  ◆
 「ショックをうけましたが、私は私のキャラでこれからも生きていきます!!」。この爽やかな明るさが素敵!子どもがすくっと育つ瞬間です。

 子どもの作文は、おもしろい。読んであげてください。なにわ作文の会『教室で読みたい綴り方』の注文先は土佐(090・1952・0671)。
(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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