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土佐いく子の教育つれづれ~初めての対面授業、人けのない大学のキャンパス

2020年07月29日 | 土佐いく子の教育つれづれ

■涙が出るほど嬉しい
 対面授業を希望していた大学の講義が、7月1日やっと始まった。久々の大学のキャンパスは学生の姿がちらほらで寂しい限りだ。教職論の授業は例年だと200人の学生が階段状の教室にぎっしりなのに、なんと抽選で30人にしたという。

 聞くと今日初めて大学の授業を受けるという学生が大半だ。「一回生ですか。やっと大学に合格したのに、今まで大学に来れなくて大変だったね。そうか、今日大学で初めての対面授業だね」と声をかけると涙ぐんでいた。私まで泣けてきた。

 学生たちがこの間のことを書いてくれた。

「いつになったら元の生活に戻れるのか。いつになったら大学に行けるのか。そればかり考えていました。早く大学に行ったり遊んだりしたいです。どこか出かけるとなっても頭の片隅には、コロナにかかってしまうかもしれないと思うと、心の底から楽しむことができません。心の底から楽しめる日、早く来てと思います。


 コロナの影響で、アルバイトもできず、大学をやめなければならない友人の問題はとても深刻です。国や大学が支援金を送ったりと対策していますが、それでもまだやめなければならない人たちがたくさんいる。この現状なんとかしてと言いたい」


「コロナ禍の中で大学が始まって三ヵ月たったけど、知り合いはガイダンスで話した数人しかおらず、その人も一回しか顔を会わせてない。早速人間関係で不安がある。オンライン新歓もたまには入っているが、やはり顔を会わせることが少なく相手のことをよく知らないし、大学の施設の使い方すら全然知らない。大学生になったという実感があまりしない。だんだん学校に行くのは、めんどうくさいと思い始めていたが、やっぱりオンライン授業ではない、実際に講義室で授業を受けると違うし、大事やなあと思った。大学に来る理由を作るために、先生この授業だけでも対面で続けてください」


 大学に入っても友達も作れない、大学の施設の使い方さえ知らない。そりゃあ大学に入学した実感が沸かないだろう。やっぱり大変な事態だったんだ。学生たちはどんな思いでこの3ヵ月を過ごしていたのだろうかと思うと心が痛い。やっと大学に来て、対面授業を仲間と受けられ、涙が出るほど嬉しかったと言う。大学生ですらこういう状態だ。小学生や中学生たちの一年生はどんな思いだったろうか。


 一斉休校って本当に意味があったのか。いや、休校したことの傷は深いと思っている。その休校の決断を首相一人がしたとなると、ますます不信と不安と憤りすら感じる。


 この間、オンライン授業が始まり出会った学生は、一番に「レポート提出とかいっぱい言われてもう疲れました。オンラインではテンション下がってやる気が出ません」と言う。学生の声を聞いてほしい。

■オンライン授業では…
「約三ヵ月のオンライン授業を通して思ったことは、やはり対面でないと本来の授業は始まらないということです。大学側が資料や動画をアップロードし、学生が閲覧するという形式が続いたため、遅刻という概念も忘れてしまい日常生活で怠けるようになってしまいました。『後で見ればいいやろ』と他の事を優先したり、気づけば課題に追われ、睡眠時間がみるみる減っていく。そんな状況でした。


 決まった時間に決まった場所に身体を運び、直接人と会うことの大切さが身にしみた三ヵ月間でした。
 こちらに引っ越してきて二週間もたたないうちに実家に帰省してしまったため、下宿先の家賃がただただ引き落とされていることが悩みです。また、自動車学校に通い始めたので、週一で大学に来るための移動費も重なるのも辛いです」


「親は仕事、妹も学校。私一人が社会との関わりを断たれたようで、孤独や不安を感じてきました。今日、対面で授業を受けることができて、すごく嬉しいです」


「オンライン授業でやる気が出なくて、悶々としていた時、先生が対面でしてくださって、とてもやる気が満ちてきて、本当に嬉しかった」


 これが今の大学の姿だ。「相手がウイルスとはいえ、このような措置で良かったのだろうか。問い直しも求められる。


(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~えっオンラインが教育を変える!?

2020年06月18日 | 土佐いく子の教育つれづれ

 さまざまな課題、多くの苦悩を抱えながら学校が再開し始めた。やっぱり、ランドセルを背負って子どもたちが学校に向かう姿は希望だ。

 しかし、この休校中、学校のあり方、教育のあり方について、いろんな問い直しがせまられた。とりわけ新聞などでも特集が組まれたりしている「オンラインが教育を変える」という問題について考えさせられる。

■文明の利器の力
 私のようなアナログ人間でも、今回のような危機の時のオンラインの有効さも認めるが、この先も教育の流れがオンライン学習に流れてしまわないかという懸念を持っている。

 実は先日、私も作文教育の研究会で、オンラインで初めて講座をさせてもらった。いつも講演も講義も参加者の声を聞き、反応を見ながら話を創ってきたので、聞き手の顔、反応も声も聞こえない中で話をすることに結構戸惑い疲れた。その後、質問や感想もたくさんいただいたので、いちがいに一方的に語っただけではなかった。

 コロナ禍の中で、不安を抱え、学びにも飢えていた先生方にとって、この学習会は元気を届けることになったようで、やって良かったとは思っている。感想の中には、小さな赤ちゃんがいて、学習会などに行けない人たちが有難い機会になったとたくさん感謝の声もいただいた。日本じゅうどこにいても共通の学びの場が持てる、これも文明の利器の威力だと感心している。

 大学でも対面授業ができない中で、オンライン授業が展開されていて、その是非が論議されている。

■対話し共有してこそ
 先日、朝日新聞に「三月中旬、春学期をすべてオンライン授業に切り替えるといち早く決めた」国際基督教大学長の話が掲載されていた。

 オンライン授業を賛美する話かと思いきや「理想の形ではありません。視覚と聴覚以外の感覚も使って、人と人、人と物とのかかわりを通して学ぶことは限定されます」「オンラインは、二次的手段として有効性があり、はなからダメではなく、活用できるところはあります」。しかし「教育は、やはり場があって、みんなが集まって、人と人がその場で対話し、共有するものです。それは変わりないし、むしろ対面授業の重要性を再認識することになるでしょう」

 全く共感だ。2018年に始まった教育のICT化に向けた取り組みが進む中で経済原理ではなく、教育の本義を考える問題提起をもらったように思う。

 非常事態宣言も解除されたので、先日オンラインで学び合った先生方とお会いして、久々に生の人と人とで生きた会話をした。オンラインではわからない全身から感じる彼女の疲労感。聞けば大変な苦労を抱え格闘中。黙って聴かせていただいたが、どれほど安心できたかと帰ってからメールをもらった。

 人と人とが生身で出会ってこそ、見えてくること、響き合うこと、つながり合うことがあるのだ。ましてや教育の場こそ、これが要ではないのか。いじめ問題しかり、ひきこもり問題しかり、どれも人と人との関係性の問題で、これこそ今の時代のネックではないのか。人とのかかわりに、不安や恐怖すら感じている子どもや青年たちに、コロナ終息後、輪をかけてIT化への動きを増長させ、人と人との距離を広げるのではないかと強く懸念している。

 再開した学校へやって来た子どもたちは、先生の優しいまなざしやあたたかい言葉かけを待っている。3ヵ月間の不安や胸に抱えてきた思いを聴いてほしい。先生わかってねと願っている。保護者の生活も一変し、どれだけの不安や苦しみを抱えてきたことか。先生聴いてくださいよと求めている。生の人と人とのつながりが今こそ必要だ。

 みんなと一緒にする久しぶりの授業。「先生タンポポの背が急に伸びてるよ」「えっ?なんで?見に行ってみよう」「明日も長さ測ってみようや」。さわったり匂ったり五感をくぐらせて物を認識し、さらに仲間と発見し、共感し、問題意識を高めていく。ときにはわからないことを教え合う。このプロセスこそを教育と言うのではないのか。
(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~「一斉休校」明けに向けて 新型コロナ感染症との闘いの中で

2020年04月07日 | 土佐いく子の教育つれづれ

かつて経験したことのない感染症との闘いで落ち着かぬ日々を送っている。読者にこの原稿が届く頃、感染爆発が起きていなければと願っている。

■奪われた1ヵ月
 さて、子どもたちは全国一斉の休校でどんな生活を送っていたのだろうか。

 朝ごはんを食べずに来て、給食が「うまい、うまい」と言って何回もおかわりしていたゆうちゃんのような子、両親が喧嘩ばっかりして家を出て行くって言うから「夕べな、母ちゃんと腕をひもでくくって寝たんやで」という話を聴いてあげたらほっとして笑顔が戻った正人のような子、小さな弟の世話をしながら帰りの遅い親を待っていた三年生のまあちゃんのような暮らしをしていた子、勉強、勉強と追い立てられテストで90点以下の点数をとったとき叱られるから家に帰りたくないと身体を硬くしていたゆきちゃんのような子…。

 こんな子どもたちに学校という場が奪われて1ヵ月。大人の想像をはるかに超える身体的、精神的な負担を抱えて学校が始まるのを待っているのではないだろうかと心が傷む。

 新学期、長期の休みの後には、不登校やいじめなどが増えるとも言われている。すでに親からは「心身のバランスを崩し生活の乱れ、体調不良もあり、気力や活力が沸かない状態で、どうなることかと心配」の声が聞かれている。そんな子どもたちが再び学校へ向かうには、大きなプレッシャーや相当なエネルギーを要することが想像できる。

 先生方もかつて経験したことのない事態の中で戸惑いながらも、一日も早く学校の遅れや生活リズムを取り戻させたいと焦ってしまう。早速、休み時間まで短縮して長時間の授業を実施したり、規律だ、スタンダードだと言って、子どもたちを縛ってしまうことがあってはならないと思う。

■心身のケアを最優先に
 何よりも「心身のケアの回復」を最優先して、学校に来て良かった、学校は楽しいと思える格別の配慮が必要だろう。
 安心と安全が脅かされている子どもたちの不安感やストレスを癒すためには、子どもたちの心に寄り添った丁寧なかかわりが求められる。まずは、休みの期間の子どもたちの様子をつかみ、丁寧に話を聴いてやりたい。指導する、しつけるばかりを優先させないで、聴いて聴いて共感し抱きとめてやりたい。

 ネットゲームばかりに熱中していた子の心の中、いつになくベタベタ甘えてきたり、暴言を吐いたり、自傷行為を始めたりする子の言動の背景にどんな思いや不安、願いがあるのかを聴きとって受け止めてやりたい。

 このことがおろそかになり、よい子であれを強要すると、緊張や不安を抱え込んだまま過ごすことで、いずれいじめや暴力、不登校など、違う形で表出しかねないと懸念している。

 「ほら近づき過ぎやろ、離れなさい」「なんで相撲なんかしてるの、身体くっつけたらダメって言ったでしょ。病気になりたいんか」「給食の時は一切しゃべったらあかん」。あー、先生のイライラした叱り声が聞こえてきそうで、教職員のストレスも大変なものだろう。

 この初めて経験する事態をどう乗り越えるのか。今こそ教職員が頭を集めて知恵を出し合う時。話をする間もないくらい忙しいと言われる現場だが、話し合って、共通理解し、困難に一つひとつ見通しをたてることが大切だ。

 そして、教職員がゆっくりと子どもたちに向き合えるための時間の確保と環境整備が急務だ。教職員の援助をする教育相談員や支援員、スクールカウンセラーなどの増員も必要だろう。

 とりわけ子どもや先生方を学力テストで追いつめないでほしい。休み明けの子どもたちを学力テストの恐ろしい糸で縛り上げるなど、ゆめゆめしないでほしい。今こそ、学校の真価が問われている。「学校があってよかった」という思いを届けてやりたい。教職員にも、子どもたちがいてこその学校、やっぱり授業すると元気になれるわという日常を大切にしたい。

 一にも早いコロナウイルスとの闘いが終わる日を願うとともに、この初めての経験から何を学ぶかを明らかにしなければと思う。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈60〉

2018年06月28日 | 土佐いく子の教育つれづれ

ゆきちゃんの368歩 人間は発達する

◎手編みの絨
 雪が朝から舞っていた寒い日、大きな紙包みが届きました。急いで開けてみると、なんと随分以前の教え子、ゆきちゃんの手編みの絨毯です。リボンのような布で編んだ手作りの絨毯です。縦160㎝、横90㎝の大きなもので、何ヵ月もかけて作ってくれたと言うではありませんか。
 思わず胸に抱えたら涙がぽろぽろ出てきて、あの頃のことが次から次へ思い出され懐かしさで心がいっぱいになりました。
 ゆきちゃんを担任したのは、一~二年生の時でした。大頭症のゆきちゃんが入学してくるので、春休みから対策会議を開いて対応をいろいろ検討していました。私が担任することになり、本来なら担任発表されてないのに家庭訪問することは禁じられていましたが、おおらかな学校の対応で、私はゆきちゃんに会いに行ったのです。
 初めて出会った時のゆきちゃんは歩行ができず、頭にはヘッドカバーをつけていましたが、「ハァハァ」と声を出し笑ってくれました。左のこめかみの所が何かで穴を開けたように窪んでいて、聞くと、泣いてばかりいたので、涙が溜まって皮膚が変質してしまったと言うのです。今思い出しても胸がしめつけられる思いですが、私はあの時、この子に少しでも笑顔を作ってやれる取り組みをしようと強く心に刻んで帰ったことを昨日のように覚えています。

◎手をつなぎ合う関係
 入学式の日、お母さんがクラスの親子の前で、わが子の障害のことをきちんと話してくださったあの姿も忘れられません。歩けないゆきちゃんなので援助はもちろん必要ですが、過保護にはしないで、やれることはやらせたいというお母さんの考えを一年生の子らは受け止めていくのです。給食中におはしを下に落とした時、思わず拾ってあげようとした子に「それ、ゆきちゃん自分でできるで」ときっぱり言えた一年生でした。
 給食当番も掃除当番も何がゆきちゃんにできるかをみんながいろいろ考えを出し合い、最後にはゆきちゃんが決めるのです。そうです。「手をつないでもらっている関係」ではなく、「手をつなぎ合ってお互いに成長する関係」を作っていくのです。
 ゆきちゃんは友達との関係が広がっていくにつれ、言葉も獲得していきました。「こーえん、こーえん」と言うと「ゆきちゃん公園行きたいんか」と聞くと、手足をバタバタさせてキャッキャと喜ぶのです。自分の要求を声に出して言えて、それを受け止めてくれる友達がいることは、こんなにも嬉しいことなのかと改めて思ったことでした。
 少しずつゆきちゃんは机につかまり立ちができるようになり、歩行は困難と言われていたのですが、両手を離して立てるような気がしていました。しきりに「こーえんこーえん」と言い、公園にみんなと自分の足で行けたらどんなに嬉しいかと妄想のように頭で描いていた私でした。
 この日から半年くらい経った頃でしょうか、ゆきちゃんは一人で立ち始め、両手を持ってやると足を一歩前に出すようになったのです。
 私は、全く母親の感覚で息子たちが歩き始めた時と同じことを日々やっていたのですが、自分の足で大地を踏みしめて歩き出すなどやはり奇跡でした。

◎応援の輪のなかで
 入学してきてから1年半近く経ったある日、その日は体育の授業でした。みんなが準備体操をしている間に、私はゆきちゃんと歩行訓練です。あれ?!今日は身体が安定しているぞ。2歩、3歩…10歩…20歩、うん今日はもっと歩けそうだ。30歩、すごい、まだいける。「みんな応援に来て」。集まって来た子らの声が56、57、58と唱和する声になり、あちこちの教室にまで聞こえたようで、窓から応援の声がふってきます。102、103、104…まだ歩ける…365、366、367、368。ここでゆきちゃんは獣のような「ウォー」という声を上げて運動場に座り込んだのです。
 周りには、子どもたちと先生方の大きな輪ができていました。「なあ校長先生、月曜日の朝会で、みんなにゆきちゃんいっぱい歩けた、一人で歩けたって言うてね」と声を弾ませていた子らです。私は職員室へ走って行って、お母さんに電話をかけ、二人で嬉し泣きしました。
 そのゆきちゃんは、なんと自分の足で歩いて高校に通い、今お母さんとブティックを経営していると言うのです。
(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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新刊『マジョリン先生 おはなしきいて』の読者さんから嬉しいお手紙!

2018年02月13日 | 土佐いく子の教育つれづれ

土佐いく子さんの最新刊『マジョリン先生 おはなしきいて』の読者さんから、熱烈な感想をいただきましたので、ご了解の上、紹介いたします。ありがとうございます。

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今日、清風堂書店に寄ったところ、店員さんから「土佐先生の新しい本がはいってるよ」と言われ、さっそく買って――電車で開けてびっくり!すてきな絵があちこちに。

これはいいですね!(お上手なのでちょっとビックリですが)人間味いっぱいのおしゃべりの中に、うまくいかなかった自分の教育実践も織り交ぜて――聞いている若い先生も「そうか、あんなにベテランになってもうまくいかんこともあるんや」と安心する! 何回聞いても「今日、来てよかった! 元気が出た!」と思う土佐ぶし。

一部読み進むうち、20話――とってもいいですね。一番前に座ってメモを取り続けていた学生さんが、ギター片手に歌を歌ってくれるなんて――最高です。すばらしい詩ですね。書いてみます。

素直になれずに君が
もしどこかでため息つくなら
ここへ来て心のままに
その想い吐き出せば
魔法のような言葉に
君の心が音を鳴らして
生まれるよ 新しい歌

――心の中を声の限り歌ってくれた孝文さん! 大きな部屋に歌が響き、涙を流して聞いていた学生も! ドラマですね。私もききたかった。

57話、孫の手料理で古希の祝い! 料理好きの4年生のお孫さんが手料理を作ってくれて――いいですね。
自分が人の役にたっている。自分に出番がある。この喜びは何にもかえがたい――そのとおりですね。

43話 いい職場から先生が育つ。学級づくりと同じくらい職場づくりにエネルギーを注いできました。――ここですね。職員室で子どもの話をたくさんして、先生方の頑張りが明るく語れる空気を作っていきたい! 職員室で大きな声でしゃべる――とても大切ですね。(職場新聞も作ったりしました)自分が仕事をする職場は楽しく!ですね。

臨時教師を10年やって(69歳になり)もうこのへんでボランティアだけに――と思っています。(給食の手伝い、プール指導、体育大会の練習の手伝い)大好きな川そうじも13年やって、新聞も作って環境部の係長に送っています。

時間のある日に土佐先生の話60話を読み進みたいと思っています。息子夫婦が西宮で教師をしているので、さっそくプレゼントします。ワクワクする本に出会えてペンを取りました。ありがとうございます。

寒い日が続いています。お体を大切にご活躍きださい。ご主人によろしく!

土佐いく子先生   2018年1月30日 和田賢司

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈59〉

2018年02月01日 | 土佐いく子の教育つれづれ

子らと親たちの安心の居場所

 堺のびのびルーム訪問記

/////楽しい学童保育/////

 先日、堺市の五箇荘小学校ののびのびルームを訪問させていただいた。一年生から三年生までの児童の約半数139人(120世帯)が利用しているという。2つの教室はすし詰め状態。
 
 人なつっこい子どもたちが、なんと廊下にも座り込んで、牛乳キャップをめんこにして遊んでいる。教室の中では、宿題をしている子たちあり、遊んでいる子たちありで、なんとも騒然としている。
 
 しかし、顔を合わせた子どもたちの表情がいい。この子たちは大人を信用しているなあと感じた。学童がこの子たちにとっての安心できる、自分らの居場所になっているという空気だ。
 
 しばらくしたら指導員が、これから「めんこ大会」をするからと指示すると、2つの教室にそれぞれグループごとに着席。言葉が届いている。喧嘩をして泣いて座り込んでいる子もいるが、指導員も子どもたちもさりげなくかかわっている。ベタベタしていないのがいい。

 なんとこの遊びは、いろいろ工夫されていて、実に面白い。「めんこ銀行トトロ支店」があり貯金できる。指導員用の銀行もある。めんこを落としてあったら届けられる交番もある。グループごとに競争して、どのチームが一番めんこを獲得したかを勝負する。最後にちょっとしたしかけがあって得点が倍増するというのもわくわくだ。子どもらはなかなか真剣だ。

/////親たちも活発/////
 
 親がやって来た。何か用があるのかと思えば、いっしょに遊び、いっしょにおやつも食べるという。あるお母さんは9割の子の名前を知っていて「子らの笑顔見るのがうれしくてね。こんな子ども時代があるのがうらやましいですよ」と言う。「今日、もうすぐ『のびりんピック』というのがあって、子どもたちにドッヂボールの試合勝たせたくて特別に来たんですよ」と笑う。わが子以外の子どもたちとの関係が豊かで、親の目が「わが子たち」に向いているのが実にいい。

 何人かお母さんが来られたので話を伺う。親たちの活動もなかなか活発で、楽しそうだ。いろんな行事を開催しているが、1世帯一役で無理のない方法で、みんなが関わろうと努力されている。春の歓迎会、バーベキュー大会、夏はキャンプと親子であそぼうの会、ハロウィンパーティー、親たちの応援で遠足も実施。クリスマス会、「トトドラカフェ」というのがありパフェ作りを楽しむようだ。新年会、お別れ遠足、年度末には「ありがとうぜんさい」というのもやっているようだ。こんなんやってるんですよと私に話してくださるお母さんたちが、なんとも楽しいんだという雰囲気がビーンと伝わってくる。

 さらには、地域や学校の教職員との協力関係を保ちながら、共に活動を広げているのがまた魅力的だ。カフェでパフェを作ったり、ぜんざいなどを作ると、学校の先生方にもおすそ分け。そんなときに「かっちゃんこの頃学校でどうですか」と声をかけ、交流もできると言う。

 そして、地域のドッヂボールの会とも交流を持ち、地域の皆さんから絵本や一輪車など使ってくださいといただくこともあり、みんなに支えられているという実感があると言う。

/////指導員の創造的ロマン/////
 
 こうした活動の様子を見聞きすると、なんといっても子どもたちがいきいき子どもらしく安心して活動しているのが根っこにある。

 そして指導員の中に、どんな活動を創っていくかというロマンがある。親とつながる。親と親がつながる。地域とつながる。そして何よりも子どもの自主活動を軸にした楽しい保育内容を創っていくという考えがきちんとある。だからこそ親は指導員を信頼していて、援助したいと思うと言う。

 親の中にも中心になっているリーダーの人たちが育っていて、この人たちは「いっしょに○○する」「伝え合う」ことを大切にして、よく話をしあっている。

 まさに親にとっても楽しい居場所になっていて、親もここでは自分の本音が出せると言う。人と人とのつながりに大きな困難のあるこの時代に、子どもを真ん中に親と子たち、親と指導員、親と親とのつながりが地域をバックボーンに広がり、展開されていることに、ずいぶん元気をもらった訪問であった。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

 

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈58〉

2017年12月14日 | 土佐いく子の教育つれづれ

被災地にわが身をおく ―福島を歩いて―

 町が消えている。田も畑も原野に戻っている。歩いても歩いても人っ子ひとりいない。あるのは、イノシシなどの野生の生き物の足跡だけ。除染土を詰め込んだフレコンバックの黒いかたまりやグリーンのシートで覆った異様なかたまりが、怪物のように横たわっている。民家があったであろう所には、住む人ありし日、育てていたあじさいやグラジオラス、金魚草の花たちだけがけなげに咲いている。前方にあの東電の原子力発電所の鉄塔が異様に白く光っている。(自分たちの暮らしの電気は東北電力から供給されているのに、なぜ東電にわが命も暮らしも奪われるのか!)
 
モニタリングでの放射線の数値は0・418マイクロシーベルト。待てよと地面の数値を測定すると、なんと5・41マイクロシーベルト。放射能を浴びた風を受けながら、原野に立ち尽くしていた。

■こみ上げる怒り
 これまでたくさん東北の大震災の本も写真も映像も見てきた。話も聞いてきた。ここ現地に立って、この空気、この景色の中に身を置いて初めて、身体中に沸いてくるこの怒り、悔しさ、言葉にならぬ思いは何なのか。

 この国は、福島県一つくらいつぶれようが人が死のうが知ったことではない。原発がメルトダウンした時から、東京でオリンピックをと決まっていたという。首相のアンダーコントロールの言葉で体が震えた。

 詩人アーサー・ビナードに言わせたら「『アンダーコントロール』というのは、放射能は大丈夫、コントロールしていますからではなく、日本人というのは、これだけ人類史上かつてない事件に出遭っても抵抗しない国民ですから、ちゃんとコントロール下に置いていますから大丈夫という言葉だったのです」と言うではないか。

 そこからかつてメインストリートだったところへ足を運んだ。2軒だけ店が開いている。ガソリンスタンドだ。「おかえりなさい、がんばろう」の大きな字が飛び込んできた。3月に避難解除されたが、帰ってきたのはわずか1%。

 この放射能で汚れまくった町に、どうして帰って来れるのか、そこでがんばれと言うのか。また怒りがこみ上げてくる。

 「いい町 いい旅 いこいの村 福島なみえ町」の看板も目にとまった。心が痛い。いい町、いこいの村を破壊したのは誰だ。

 「おいしい飯館牛をどうぞ」。その肉牛たちも被ばくし「最後の乳をしぼった時は涙が出たよ」と言って、乳牛を残して村を去った酪農家の人たち。

 学校教育も原発協力に利用されてきた。「原子力明るい未来のエネルギー」「原子力正しいりかいでゆたかなくらし」。こんな標語を書かされ「原子力の日」という作文まで書かされた。その子どもたちの姿も消えた。

 浪江中学校の今年の入学生は、たった一人だ。そりゃあ、甲状腺ガンの疑いが190人というではないか。(当局は、因果関係は不明と言っている)。そんな町で子どもは生きられない。(その子どもたちが避難先でまたいじめにあっている)。

 こんな話も聞いた。優秀な工業高校の1番から10番までの成績のよい子は、東電への就職が約束されていたという。そして、喜びいさんで東電に就職していった若者たちは、この東電のおかげでわが町も人も殺され奪われ、今地獄の苦しみを味わっているというではないか。

 私たちは、今日もごく当たり前の日常を忙しく生きている。6年前に東北に大震災があって、津波と放射能で大変だったよね、とふと思い出す程度で。

 この国は、人類史上かつてない大事故で後始末も人間の手に負えずあたふたとだけしているのに、原発再稼働、そして外国に高いお金で原発を売る商売をしていて平然としている。オリンピックでみな忘れましょ、だ。日本の事故の教訓から原発をきっぱりやめた国の知性とこの国の知性とはどこが違うのか。

 しかし、この浪江町の漁民で、原発に最後まで反対し闘ってきた方の話を聞いた。村八分にあい、「お前が海で遭難してもオレたちは助けない」とまで漁業組合から宣告されたが、節を曲げず、命がけで今日まで生きてきたと静かに語っていた。

 そうだ! この国にも原発をつくらせない、持ち込ませないと闘った地域、人たちがいる。いや、今もいる。そこから何をどう学び、自分に何ができるか改めて考えさせられている。双葉町のひまわり畑に希望をもらって、帰路についた。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈57〉

2017年07月24日 | 土佐いく子の教育つれづれ

「子ども食堂」を見学して
―地域の人に守られ育つ―


「子ども食堂」の様子を初めて見学させていただいた。堺市の教育審議委員会の今年度の取り組みの一つが「子どもの貧困」問題である。先日発表された調査でも子どもの貧困率は13・9%。前回より2・4ポイント下がったが、依然7人に1人の割合で深刻だ。母子家庭の場合はとりわけ深刻だ。
 
「子ども食堂」は2012年くらいから全国で広がり、現在、大阪府下にも30ヵ所以上運営されているようだ。月1回が多いが、週5回というところもある。

///////登校前の朝食に続々と///////

 先日見学させてもらったところは、ある校区にある地域会館で月1回行われている子ども食堂だ。朝7時から登校前まで開かれている。子どもたちは、ここから直接学校へ行くというわけだ。全校120人余りの約半分が利用している。

 7時開始時から子どもたちがランドセルを背負ってやって来た。色とりどりのナフキンを頭にした地域のボランティアのおばさんたちが、とびきりの笑顔で迎えてくれる。それだけで眠そうな子どもに笑顔が生まれる。バイキング方式で、野菜サラダ、パン、カレー味の豚まん、スパゲッティー、飲み物、果物とおいしそうに並んでいる。

 今日は特別早起きしてきたという子、親はまだ寝ているという子もいた。母親が夜中に働くから大変だと話してくれた。いつもはパンだけの朝食だという子が結構多く、ここに来たらいろいろ食べられるから嬉しいと言う。友だちと一緒だから楽しい、100円でこんなに食べられるから得だという子もいる。

 とにかく子どもたちがよく食べていて驚いた。いつもは野菜食べないけど今日は食べられたという子もいて、食べることに集中しているのがいい。

 時間がたつにつれ、会場はいっぱい。異年齢の人たちとおしゃべりもすれば、放課後遊ぶ約束をしている子もいる。

//////歯磨き、読書も//////

 今回の場には、校長、教頭も参加している。地域の大学の栄養学科の学生たちもボランティアで参加している。配膳を手伝ったり、一人ひとりと話をしながらアンケートをとっている学生もいる。

 朝食の終わった子から2階へ上がり、一人ひとりに用意された歯ブラシで歯磨き指導が行われる。生活習慣の立て直しという要求もあってのことだそうだ。

 そして、それが終わると、近隣の図書館から借りてきた図書が用意された部屋で読み聞かせや各自読書もする。もっとも、はしゃぎまわっている子どももいたが、無理やり従わせたりはしないで、ゆるやかに対応されていたのも快かった。

 身体がしゃきっとしてきて、顔色もよくなり、動きに活気が出てくるのが手にとるようにわかり、学校に向かう足が軽くなっていく後姿がなんともいとおしかった。

 なかには朝ごはんが食べられない、学校に行きたくないと泣き続ける一年生もいたが、教頭先生やボランティアの学生さんたちが話を聴き、粘り強く説得してやっと食事に手をつけ始め、ほっとした。4人兄弟の下から2番目、下に生まれて間もない赤ちゃんがいるようで、「お母さん、私の方も向いてよ」と必死でサインを送っているようだ。そんな子もこの子ども食堂に兄に連れられてやって来て、話を聴いてくれる大人がいるというのが、またありがたい。

 初めての見学であったが、なんといっても地域の中に、食事を囲んだ人のたまり場があり、地域の人たちが子どもを守っているという姿勢がすばらしい。そして、学校と地域の連携が密になるのもすばらしい。また、生活習慣も含めた地域の子どもたちの生活の改善に何らかの力になればと期待もされている。将来、子どもたちとかかわる仕事につきたいという学生たちの参加も歓迎だ。

 子どもたちがみんな登校した後、片づけを兼ね、大人たちが集まったが、なんと参加していた学生たちも先生方も、なかには今回視察にやって来た我々の中にも朝食をとっていない人が多く、苦笑い。子どもたちと同じようにバイキングで朝食をいただいていたが、朝食をとらない・個食は今日、子どもだけの問題ではなさそうだ。

 今後、考えていかなきゃならない問題は山積みだが、とにもかくにも「子ども食堂」という取り組みが広がっていることは、一つの明かりだ。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈56〉

2017年06月28日 | 土佐いく子の教育つれづれ

つながりの中で得た 今日をたぐり寄せる力

◎あるお母さんからの手紙

 保育集会での講演が終わった時、一人のお母さんが笑顔で近づいてこられました。「これ読んでいただきたくて」と手紙を渡されたのです。

  ◆   ◆   ◆

 私は、去年この集会で先生のお話を伺った後、個人的に話を聞いていただいた者です(ああ、あの方だと思い出しました)。長女が14歳の時、バレーボールの試合中に大怪我をして、いろんな葛藤に心折れてしまい不登校になり、パワーがある分、非行に走り、中三は全く学校には行けませんでした。分かってると思っていた娘の気持ち、何も分かってなかったんです。仕事も家事も下の弟二人の子育てもできずの日々が続きました。自分が保育士だからその当時〝自分の子どももまともに育てられずに、よその子どもを保育する資格は無い〟と思って仕事にも行けず、うつ病になりました。そんな話を去年聴いてくださった土佐先生は「おかあちゃん今日までようがんばってきはりましたね。娘さんエネルギーあるから絶対大丈夫や!自分で立ち上がれる日が必ず来ますよ」と私の手を握ってくださいました。

 あれから娘はせっかく入った高校も長く続かず半年で辞め、働きながら単位制の高校に編入し、今は19歳。なんとか高校三年生です。働きだしてから娘が生き生きし始めました。その頃から私のうつ病も良くなってきたんです。きっとその頃から娘の生き方を私が受け入れることができ始めたのじゃないかなと思います。

 とくに何をめざすでも無く、毎日ド派手なファッションで出勤(笑)。でもこの子、誰にも迷惑かけてないじゃないか、言い方を変えたら働き者だ!と自分に言いきかせていました。

 その娘が今、単位制の高校では何の勉強もしてないから、いきなり正看護師の学校には無理だろうから准看護師の学校から挑戦したいと打ち明けられ、そして週1回の予備校に通い始めたところです。まだまだ正直、またどこかで折れてしまわないかとヒヤヒヤしているところもありますが、一度、私も大きく崩れましたので、もう少々の事では折れないぞと思っています。この娘を今いとおしく思えるようになりました。土佐先生の「どんなあなたも大好き、失敗しても大丈夫だよ。胸をはって働き続けていきましょう」の本当の意味を身をもってわかりました。「信じて見守る」これが一番しんどいことだとも知りました。でも信じて見守っていきたいと思います。先生の「必ず自分で立ち上がるときがくる」の言葉を私の安心の糧にさせていただきながら今も前を向いて歩いています。

 先生に話を聞いていただいてあれから1年、今の姿を是非お伝えしたくてお手紙を書いた次第です。

 私は今、0歳児の赤ちゃんを担当している保育士です。そう、3人の娘、息子たちを宝だと思っている私は保育士です。働きながら子育てをしている若いお母さんたちを目一杯応援できる保育士をめざしています。もちろん保育もしっかりがんばります。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

  ◆   ◆   ◆


 帰りの電車の中で、この手紙を読み、ズーンと身体の中を走るものがあり、「おかあさん良かったですねえ」と涙があふれてきました。しかし、同時にお母さんが心の支えにしてくださった言葉も、大した苦労も知らない自分の言葉で、どれだけのことがわかってその言葉を使っているのかと自分と問答したことでした。お母さんの今日までの日々に深く頭を下げながら、私の方が今真剣に学ばせていただいています。

 どんなに辛くしんどい時も学びの場に足を運ばれてきたお母さん。職場の先輩にも心開いて相談され、耳を傾けてくださった方がいたからこそ、今日をたぐり寄せることができたんだと振り返っておられます。子育てを通して、本当にたくさんの「つながり」という宝物をもらい、支えてくださった方に感謝の気持ちでいっぱい、生きててよかったですと笑顔です。

 私もあなたという人と出会えてほんとうによかったです。心からそう思っています。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈55〉

2017年03月15日 | 土佐いく子の教育つれづれ

絵と書でつづる自分史

///古希をまえに///

 書を習い始めてかれこれ10年になろうとしています。二年に一度「書游展」を開催し、その都度、自分史を絵と書で表現しています。古希を前に自分の来し方を振り返り、今と明日の自分を見つめています。

  ◆  ◆  ◆

  自分史(その1)

 柿の木が庭に二本
 真っ赤に色づいた実を
 美しいと思った
 九才だった

 母が菊の花を丹精こめて育てていた
 母の花への想いを知った
 十二才だった

〝雨に濡れし夜汽車の窓に映りたる
 山間の町のともしびの色〟
 啄木のうたが 心にしみた
 十八才だった

 学生時代から友達だった人と結婚する
 お金がないから たんぽぽの花で作ったエンゲージリングをくれた
 二十三才だった

 生まれた子どもとふるさとへ
 初めて吉野川を見て
〝かあさんの川 みどりの川〟とかわいい声で叫んだ
 二十六才だった

〝雨ふるふるさとは はだしで歩く〟 ふるさと恋し
 六十四才の秋

  ◆  ◆  ◆

  人生史(その2)

 一ヶ月も早く 小さな小さな赤ちゃんが生まれた
一週間のいのちかと
桜の花が 咲き始めていた

百姓仕事の合間をぬって
からだの弱い私を背負って
針治療に通ってくれた
母の背中はぬくかった

木登り大好きなのに
学校じゃ手もあげられない
恥ずかしいもん
叱られて 菜の花畑を走って帰ったあの日

こんなわたしが 今じゃ人様の前で講演なんかするようになって
母さん びっくり
六十六才の秋

  ◆  ◆  ◆

  人生史(その3)

じいちゃんが戦死してたら
ぼくらこの世におらんかったと
三人の息子

あの玉砕の戦場から生きて帰った父
戦地で侵されたマラリアで苦しむ姿に
わたしは戦争を知り 戦争を憎んだ

土に生まれ 土に生き 土にかえった父
灼熱の炎天下 白瓜の取り入れ
まさに瓜地獄
肩で息して働く父と荷を曳く牛の荒い息づかいを忘れない

働いて生き 生きて働いた父
百姓の魂を貫いた父
凛とした花を生け
美しい書をかく父であった
〝花茨釣れてくる鮒のまなこの   美しきかな〟(夢道)
 ふるさとの大河 今もゆったり大らかに流れる吉野川
 今日も夕焼けが美しい
   六十九才の春に

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈54〉

2017年02月15日 | 土佐いく子の教育つれづれ

何げない日常を書き留めいとおしむ


///ふるさとの母生きよ///

  90歳になる母が闘病している。私などと違って、なかなか精神的にも肉体的にも強い人で、100歳までは死なないと思っていた。知らせを聞いて、ふるさと徳島へ急いだ。鳴門大橋から激しく巻いている渦が見える。「大寒の渦の慟哭 母生きよ」ふるさとの俳人、橋本夢道の句が思わず口をつく。病院へ駆けつけ「母さん、来たよ」と言うと、目も開けず「うれしい」と言う。

 自分の口で食べ、おいしいと感じ、自分の行きたいところへ自分の足で行く、目を上げて空を見て美しいと感じ、陽射しの温もりに心を休める。このごく普通の日常がままならぬ日が来るんだ。母が生きていてくれるだけで、自分と死との間に突っ立てができていたようで、70歳近くにもなって、いまだに死との距離が遠かった。

 今改めて、何げない日常の大切さをしみじみ噛みしめている日々だ。私はその日々のいとなみを言葉にして書き留めている。

▲今朝の温度計はマイナス。氷がはっている。近所の公園で毎日しているラジオ体操に夫と出かけて行く。気の合う近所の人たちとしゃべり、笑いながらウォーキング。池に飛んでくる鷺の飛翔する姿をじいっと眺めていた。背中に乗せてほしいな。

▲今日は朝から白菜の漬物とたくあんのカレー漬けを作る(冷蔵庫には、柚子大根、かぶらの酢漬、ナスの辛子漬、きゅうりのキューちゃん漬けも並んでいる)。自分の手で料理をするのは楽しいし、気分転換になる。

▲午前中、家にいる時は、9時から1時間は文献の学習にあてている。今はヴィゴツキーの『思考と言語』と格闘中。背すじが伸びる。

▲今日は、寝屋川へ学童保育関係の講演に行く。少し準備不足で、話があちこちいく場面もあり、慣れにまかせず、やはりもっときちんと準備がいる。反省。

▲帰りに大好きな古本屋に寄る。縄文人のことを書いた本と「黄檗の書」稿集の本を安く手に入れる。わくわく。山ほどの本を家にどんどん貯めて、さてどうするんや?!

▲台湾が原発を廃止するのニュースが飛び込んでくる。なんと日本の福島のあの事故を見て決断したというではないか。当の日本では、原発再開、ホンモノの知性とは何か。

▲3月にひかえている書道展の作品をあらためて書き直す。毎回の作品展で、自分の人生史を絵と書でかいて表現してきた。今回は、父の人生を書いている。玉砕の戦地から、命からがら生きて帰って来た父…。あの父ありて我ここにありと筆に力をこめた。

▲若い先生から涙の電話。学級通信に書いた記事に親からのクレーム。もう出す自信がないと言う。しかし、よく聞くと、それは親自身の子育て不安のSOSだ。それを若い先生にぶつけているのよ、大丈夫。

▲久々に大学へ。「ワー先生、久しぶり!また小さくなったなあ」と抱いてくれる。若い男性がだ!「先生が若かったら結婚したいわ」「ハハハ私もや、相思相愛やなあ」。かわいい大学生だ。

▲左手が時々しびれる。頚椎がおかしいらしい。絵や書をかいても原稿書いても何時間でも下に向いてやってしまう。それに神経を使っても首や肩が凝る。病気らしい病気もせず、おかげで元気にきたが、そろそろ身体がゆっくりしろと発信しているのだろうと思うけど、またついつい…。

▲友人が入院したという知らせ。すぐに絵手紙ふうにしてお見舞いのハガキを送る。人は、発信しなければつながらないと常に思っているので、結構まめに筆をもったり電話も入れている。

▲大阪の「チャレンジテスト」。これは大変だ!子どもの悲鳴が聞こえる。1回のテストで内申書が決まる。先日のテストでは欠席者が続出した。教師の説明が悪いと攻撃の声もあったが、出るべくして出た問題。現場の声をていねいに聴きとってほしい。子どもを泣かせるな!

 喜んだり不安になったり考え込んだり、いろいろある日々だが、この先の人生を考えると、今日が一番若い日、日常の生活の中にもある、ちょっとすてきな話に心あたためて今日という一日を大切にと思う。「母よ生きよ」と願いながら…。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

 

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈53〉

2017年01月18日 | 土佐いく子の教育つれづれ

子育て支援の輪を広げる
堺区教育・健全育成会議委員として


///親を支援するために///

次世代を担う子どもを地域全体で育てていくまちにしたい、そのために「子どもと親」「子どもと地域住民」「子ども同士」「親同士」をつなぐ取り組みを展開したい、という堺市の行政の委嘱を受けて「教育・健全育成会議」がスタートしたのは2015年4月だった。大学教授、弁護士、堺市子ども会育成協議会の役員、堺市のスクールカウンセラー(臨床心理士)、私の5人がメンバーだ。
 
なぜこの5人が選出されたかは不明だが、子ども目線で話ができ、子育てに苦闘する親たちを上から目線で指導するというのではなく、人間らしいぬくもりのある目線で支援していこうという姿勢が共通しているのが、なんと言っても素晴らしい。毎月1回会議を重ね、提言がまとまれば予算化され、実践されていくというのも醍醐味だ。

初年度に出された方向は「親支援につながるイベントミックスの実践」と「地域のキーパーソンの育成」だった。
 
もう少し具体的に言うと、一つは、心に響く学びの場や相談できる機会を親に対して提供し、心の支援を行いたいと提言。たくさんの方が参加しやすくするためにと、親子で参加し、わが子だけでなく、他の親御さんとも仲良くなる機会を作るということで、親子で参加の料理教室を子育て講演会とドッキングさせてやろうと決まった。
 
もう1本の柱は、親支援のコーディネーターを育成するという取り組みだ。地域において親支援をしてくれるキーパーソンとなる人材を育てることを目的に、6回程度の学習会を開催することになった。

///好評の講演会&料理教室///
 
さて、そのイベントミックスが2015年8月にさっそく実施された。子育て講演会(講師は私が担当)を真ん中にはさんで、午前の部と午後の部でメンバーをチェンジして親子料理教室が2日間開催された。予想以上にたくさんの方が参加してくださって、手応え十分だった。
 
「料理作りが大変楽しく、子どもの目も輝いていました。日頃なかなかじっくり親子で向き合ったり、料理を教えることができませんでしたが、今日はゆったり一緒に取り組めました。またぜひやってほしいです」
 
「ほとんど子どもだけで調理でき子どもが満足し喜んでいて自信につながったようでした」
 
父と子という参加者もあり大好評でした。子育て講演会も次のような感想が寄せられました。

「改めて子どもの話を聴こうとわが子育てを振り返ることができました」

「とても楽しく聞けて、気が楽になる講演会でした。子どもの能力を伸ばすことばかり考えず、子どもの心に共感できる日々を送らねばと思います」

「もっとお話が聞きたかったです。いただいた資料を家に帰って読み返したいと思いました。来年もぜひ続けて講演会を」

暑い夏真っ盛りのイベントでしたが、本当にやって良かったと実感したことだった。

さらにもう1本、親代わりとなって相談にのってくれ、話を聴いてくれる等、地域の子どもに関わってくれる〝社会的親〟が育ってくれたらとの願いで、こちらも親子遊びや子ども学習教室とミックスして講演会が開催された。自分の子ども以外の子どもとも遊べる機会にもなり、これも好評に終わった。

///PTA再生に向けて///

そして2年目に入り、現在はPTAの活性化問題に取り組んでいる。まずは、PTA活動の現状を分析し、課題を抽出し、その解決に向けてPTA支援の提案をしていこうというものだ。

現状では先生と親とが対立的な関係になったり、PTAが形骸化したり、マンネリ化して、一部の人の参加になっている面などを見直して、子どもを真ん中に、地域とともに機能する親と先生の組織として再生したいとの願いだ。

さっそく各学校の現状把握を始め、抽出された3校では、我々委員とPTAの役員との話し合いも実施され、進んだ取り組みからは学び、問題については整理、分析を行っている。そして、PTAにモデル校として協力を呼びかけ、具体的な施策をともに考え、実施していきたいと考えている。これもまた学校や地域を活性化させる貴重な取り組みだと自画自賛している。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈52〉

2016年12月16日 | 土佐いく子の教育つれづれ

知らないことは罪 ゆうき先生への手紙

///土曜授業への怒り///

 あなたは、先日、支援学級在籍の六年生のあおいさんの日記を読んで考えさせられたと言っていましたね。土曜授業の実施決定の知らせを聞いた時のあの子の日記です。

 「反対です。ひきょうじゃないですか。毎日やすみがないですか。おこっています。さいあくじゃないですか。じんせいおわっています。じごくです。なんでそんなことするんですか。ほんまにさいあくじゃないですか。なんでいけんきかないんですか。ありえませんですか。おわっています。(一部略)その日はな、あそぶ日と、ゆっくりする日なんですよ。ずるやすみします。かなしいです。あそびほうだいのじゅぎょうにしてください。人のきもちかんがえてください。ねころがります。めんどくさい~。おたのしみ会します。なんで土曜日にしたんですか。ゆるしません。ぜんぜんスカッとしませんよ~。人の時間とりもどしてください~。ちょう反対です~」

 支援学級の先生が、これは「子どもの権利条約が保障する子どもの意見表明権」で、非常に大切なことだと語られる姿を見て「ぼくはもっと世の中のことに目を開いて、教育のことを考えていかないといけないなあ」と話していましたね。そんなふうに感じられたあなたの感性が素敵だなと思いました。

///エリート育成の陰で/// 

2020年に指導要領が改訂され(全面実施)980時間でも限界といわれた授業時間数が1015時間になりますよね。だから土曜授業がまた始まるのです。競争主義、能力主義が一層激しくなり「特に優れた能力を伸ばすための特別な教育プログラムの編成・実施」が提言され、大阪でも早速、グローバル人材育成のためのスーパーエリート育成が叫ばれています。

勧誘のように戦争する力に利用されるということが出てくるかもしれません。

 昨年、戦争法が強行採決された時、自衛隊員の息子  その陰で「能力のない人材」切り捨てが進められているから恐ろしいのです。7月、相模原の障害者施設で19人が殺されました。役に立たない能力のない人間は世の中で生かしておくのは税金の無駄という考えで、これは単に異常な青年の異常な事件と言えるでしょうか。いえ、今日の政治や経済、それに直結する教育のあり方が能力主義になってきているからなのです。

 
 あなたは、クラスの子どもたちを切り捨てるわけにはいかない、と昨日も遅くまでわり算のわからない子を一生懸命教えていて「『わかった』と叫んだあの顔が忘れられない。こんな時、先生って一番嬉しいですね」とメールをくれましたね。

 そうですよね。なのに国の教育政策は、人材育成のもとで公然と、できない子の切り捨てをやろうとしているのです。切り捨てられた子どもたちは黙ってはいません。「先生、ぼくも賢くなりたいよ~」という言葉のかわりに、暴力をふるい、いじめをし、不登校になる子もいるのです。その子たちに、心がけのよい子であれと諭す「道徳教育」の教科化も同時に導入されましたね。なぜ今、道徳なのか、背景を知ると許せないですよね。

///再び戦争する国へ///

 もっと言うと、落ちこぼされた子どもたちが大きくなり、仕事にもつけなかったり、低賃金で働かされ、貧しい生活を強いられるでしょ。そうすると、アメリカの軍隊のを持つ教え子の母親から、不安の電話が入りました。皮膚感覚でぞーっとしたのです。

 今またあの戦闘中の南スーダンへ武器を持って隊員が青森空港から飛び立ちましたね。知っていますか。あの空港で、夫婦が涙の別れをしたり、親子が抱き合って見送る姿を見て、えー、これってあの時の戦争風景ではないか、といたたまれない気持ちになりました。

 子どもがかわいい、いい先生になりたいと毎日必死でがんばっているあなたは素敵です。

 でも今のあなたは、なぜ土曜授業か、なぜ道徳か、なぜエリート人材育成か、なぜ南スーダンなのか…それが見えていません。知らないことは罪です。

 目の前の子らの幸せを願うあなただからこそ、今の世の中の動きを知る学びもして、真に平和と真理を追求する本物の教師になってほしいと願っています。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ ~またあしたね〈51〉

2016年11月17日 | 土佐いく子の教育つれづれ
いま学童保育が熱い 研究集会に全国から5千人  

いま私は、愛知県で開催された全国学童保育研究集会を終えての帰りの車中だ。気持ちはまだ熱い。今年で51回目を迎えた全国集会、文字通り北から南まで全国から5千人の指導員や保護者が集まってきた。今日、子育てや教育にかかわる集会で、これだけの人が集まるのは他に例をみない。しかも、ここは集められたのではなく、自ら学びたいと主体的に身銭を切って参加してきているので活気が違う。

 私は、この集会の講師陣の一人で、毎年全国あちこちを飛びまわっているが、もうかれこれ14~15年にはなるだろうか。一つの分科会と言っても200人を超える参加者で、お借りした大学の講義室は満杯だ。一つ一つの話への共感度が高く、話す私も熱が入る。

 笑うし泣くし、自分の素を安心して出して、会場が響き合っている。そうなんだ。ここは自分の素が出せる場所だから、人が集うのだ。  

1964年に東京で第1回の大会が開催されて以来50年、学童保育発祥の地、大阪での昨年の大会は6500人にまで発展してきた。今や2万7千ヵ所で107万人の児童が利用していて、長年の運動で学童保育が制度化され、厚労省の後援までとれるようになっている。

■素の子どもと向き合う

 さて今年の分科会「学童保育と学校――保護者と指導員と教師のかかわり」。参加者はほとんどが指導員で、残念なことに学校の関係者が実に少ないのだ。

 ここでは、生の保護者の声が聞かれ、最も子どもたちが素顔をみせる学童での姿が見えるのだ。学校でよい子をし、親の前でもよい子をしてストレスをため込んできた子が、学童で爆発する。「死ね」と叫んで暴れる子を抱きかかえ、まさに格闘しながら、子らの心の声を聴きながら、まっすぐ子どもと向き合っている実践が語られる。

 管理化が進む学校で、子どもの本当の姿が見えにくくなった先生方に、この集会に来て、指導員さんの話を聴いてほしいと強く願っている。

 二つの0と二つの100(いじめ0、交通事故0、あいさつ100%、努力100%)を実践しようという学校ではついつい先生方も、しつけや管理に傾いてしまいがち。学童で見せる子どもの姿を語り話し合っても、子ども理解に困難があるという。

 保護者と学校の先生方と指導員の三者が、それぞれとらえた子どもの姿を出し合いながら、子どものSOSや悲鳴をききとり、どう寄り添えばいいかを学び合うことが、今日ほど求められている時はない。気づいたときはいじめや殺人、自殺にさせてはならないのだ。

 話は変わるが、今回の分科会でまた一つドラマが生まれた。私が、今の大学生が自分の生き辛さを聴いてほしいと切々と訴えてくる、そこからまた自分作りが始まっているという話をしたことに誘発されてか、一人の若い指導員がそっと私に手紙を届けに来た。無記名ならみんなに読んでくれてもいいとのメモ書き。さっそく紹介した。

■66人からのエール  

自分が好きになれなくて、人間への信頼が薄く、保護者とのトラブルでうまく関係が結べず、こんな自分が一層嫌いで人格失格のように思う、という内容だ。

 「彼に何か言葉を届けてあげようと思う方は、紙切れにでも書いて帰りにここへ」と促したら、なんと66通の手紙が届けられたのだ。本当に人間くさく、熱い仲間たちだ。  

「今日ここの場で、悩みが打ち明けられてよかったですよね。私も指導員2年目、今日、土佐先生の話を聞きながら、私も自分のことを見つめ直していました。何もかも自暴自棄になり、私はダメなんだと何度も落ち込んだ日々を振り返っていました。そんな時、私の話を聴いてくださってフォローしてくれた人がいました。とても気が楽になったのを覚えています。でも、今でも不安ですよ。土佐先生もおっしゃっていましたね。人間相手の仕事に自信があるなんて…と。だから学び続けてきたって!だから私も今日この会に来たのです。そしてやっぱり私に元気をくれたのは、あのやんちゃたちの可愛らしさです。ここがまず出発で、保護者対応はボチボチね。一人でかかえ込まないで!来年ここでまた会えたらいいですね」  

66人のエールが届くといいな。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)
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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈50〉

2016年10月20日 | 土佐いく子の教育つれづれ

ぼくもうんどうがしたかった
障がい者スポーツから学ぶ原点

 リオでのオリンピック・パラリンピックが終わった。何が最も違ったのか、いろいろ考えさせられた。お金の使われ方、報道のされ方はもちろんだが、私は負けたときの選手たちの受け止め方、考え方に大きな違いを感じた。オリンピックで負けたときは「国民の期待に応えられなくて申し訳ない」と言う。パラリンピックの選手たちは、確かに悔しいと言うが「スポーツできるのは楽しくて生きがいだ」と笑う。
 
 人間にとって「スポーツとは何なのか」改めて考えさせられている。

///授業の実践を小冊子に///
 今、大阪には、障がい青年が通う学びの場・自立訓練事業を行う施設が、松原(ぽぽろスクエア)、岸和田(シュレオーテ)などにできている。障がい児体育の実践を重ねてきた私の夫は定年後も、この青年の自立支援施設でスポーツの授業に取り組んでいる。

 この度、ここでの5年間の実践を小冊子にまとめることになり、毎日執筆にかかっている。私の問題意識と重なるので、少し紹介させていただく。

◎小冊子「はじめに」より

 この小冊子は「ぽぽろスクエア」と「シュレオーテ」のゲーム・スポーツ実践で作り出されてきたものです。障がいの重・軽にかかわらず、誰もができて楽しめるということを大切に考えてきました。ですから学生の表情を見、声を聞きながら、学生たちと共にいろいろ工夫したゲーム・スポーツが詰まっています。今年は、リオでオリンピック・パラリンピックが行われました。やはりメダルの数、しかも金メダルの優位性が話題になりました。ところで、パラリンピックが世界の障がい者スポーツの祭典として開催され、これまでも障がい者スポーツ大会など障がい者のスポーツが、権利として保障されてきたことに喜びを覚える一方で、障がいの重い人にとっては、まだまだ遠い権利であることを考えさせられています。だからこそ、私たちは、誰もができて楽しめるという視点を何よりも大事にしたいのです。

 この小冊子で紹介したものは、一例です。方法やルール等、どんどん工夫して新しいゲーム・スポーツを考え、作っていきたいです。そして、多くの人に伝え、広げていきましょう。

///誰でもできるよう工夫///
 小冊子に掲載されているゲームやスポーツを少し紹介する。

【ころがし的当てゲーム】
 卓球台またはテーブルを使って、一方のエンドライン上に的(缶、ビン等)を置き、他方のエンドからピン球(盲人卓球用の鈴の入っているもの)をラケット(卓球ラケットでもいいが、30cm×5cm×1cmの板に絵などを描きマイラケットを作るのも楽しい)をころがして打ち、的に当てるゲーム。
 これなどは、老人の介護施設など、どなたでもできて楽しめるゲームだ。

【卓球バレー(ころがし卓球】
 名前の通り、卓球とバレーを合わせたようなスポーツだ。視覚障がい者の卓球からヒントを得て、ネットをピン球2個分くらい上げて、その下をころがしてラリーを行う。バレーボールはコートの中に選手がいるが、これは卓球台の周囲に6人程度が位置につきゲームを行うというもので、現行のルールや方法にとらわれず、それらを自分たちで柔軟に工夫するというのが、面白いし、誰もができるスポーツになるというのが実にいい。

 学生の一人は、こんな感想を寄せている。
「私自身、もともと体育が苦手で、高校のスポーツの単位がギリギリで(5段階中2の評価)、苦手意識が強くありましたが、ぽぽろスクエアに来て、障がいのある方もできるスポーツをみんなで考えてやれて『こんなにスポーツって楽しいものだったんか』と感動しました」

 かつて夫が車イスの筋ジストロフィーの生徒に、運動会の競技は難しいと放送係をしてもらったとき、その子の一言「ぼくもうんどうがしたかった」にショックをうけ、この子にもスポーツをと、あの日から始まった仕事の連続がここにある。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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