「お話のお姉さん!来てくださーい」と一年生の子が呼びに来てくれるのです。「『オバサン』と言うたら行かへんで」と言っていたら「お姉さん」とちゃんと言ってくれるから、いそいそ出かけて紙芝居や絵本の読み聞かせをしてあげるのです。
なんと楽しい時間でしょうか。食い入るように見つめる目、笑ったりうなずいたり、ビンビン反応をかえしてくれる子どもたちです。
■新たな挑戦
そんなある日「たなかやすこお話道場――あなたもストーリーテーラーに」の案内が舞い込んできたのです。即申し込みました。ところが、これは本を見て読み聞かせるのではなく、覚えてお話を語り、聞き手とお話の世界を創っていくというものです。今まで何度か子どもたちと暗誦したい、と努力したのですが、なかなか覚えられませんでした。
はてさて、その道場に毎月1回通って勉強を続けてきました。しかし、各人がそれぞれお話を決めて、なんと会館を借りて入場料までとって、舞台で発表会をするということになっていたとは…。
これまで下手な講演は千回近くもやらせていただいてきたでしょうか。しかし今度はわけが違う。第一、長い話を覚えられるのかドキドキでした。やるしかないと心を決め、大好きなお話「かさこじぞう」に取り組みました。繰り返し教材研究もし、子どもたちと授業をしてきたお話です。
あの民話の世界にとっぷりつかって毎時間の授業を楽しみにしてくれた子どもたちとの日々を思い出してがんばりました。ウォーキングをしながら、電車の中で、夜フトンの上で、ブツブツ言いながら、時にはテープに吹き込んで聞きながら、ひたすら覚えました。覚えられるものです、この歳になっても!
■語りが持つ力
いっぺん子どもたちに聞いてもらおうとろうそくを灯して、二年生の子たちに語りました。絵本と違い、私の語りだけでお話の世界を展開し、子どもたちの表情を見てコミュニケーションしながら一緒に創っていく世界なのです。
間違わないか、とまだ余裕がないのでドキドキしましたが、子どもたちの反応に感激!「先生、また違う話しに来てね」と言われ「ぜひね」と言って帰って来たのです。
大学の講義の中でも、学生に聞いてもらいました。すると学生たちが「なんかすごくいい気持ちになって、こんなにほっとしたの久し振りです。私も何か語り勉強したいなあ」と言ってくれるのです。
映像文化にとっぷりつかっている今の子どもや学生たちですが、人間が想いをこめて自分の言葉で語る世界には魅力を感じるようです。いえ、今だからこそ本物の人間の言葉の世界を求めているようです。
さて、いよいよ「お話道場」の発表会です。会場いっぱい座席を埋めてくださったお客様が熱いまなざしで舞台を見つめています。間違えずに語れるかなあ、と本当にドキドキしどおしでした。藍染めのサムエを着てわら草履の出で立ちでちょっと変身しました。
客席とお話の世界を創っていくのはこれから修業です。でも、楽しく深い世界のようで、自分の中に新しい風が吹き始めているのが嬉しいです。
廊下で二年生の子たちから「先生、お話しに来てね」とまた声がかかります。「よっしゃ行くで」と言ったもんですから今、大阪の民話「てんまのとらやん」に挑戦中です。
子どもたちは「なあ、お母さんもお話してよ」とせがんでいるように思いませんか。優しい声、肌のぬくもり、ほっこりした笑顔が、子どもたちの生きる大きな支えになることでしょう。「お母さん、子どもの頃なあ…」とご自分の子どもの頃の話から語ってやってみませんか。
(とさ・いくこ 中泉尾小学校教育専門員・大阪大学講師)