まいど、日本機関紙出版です。

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ついに、わが出版物も異分野へ進出か?

2008年08月30日 | 書評・紹介記事

『聞きたい 知りたい 性的マイノリティ』(杉山貴士編)が、ゲイの運動団体のニュースサイト「ゲイジャパンニュース」で紹介されています。ありがとうございます。



「ゲイジャパンニュース」はコチラです。

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宣伝・注文チラシ作成しました!

2008年08月30日 | 新刊案内

ようっし、これで重版突入へ・・・?
このチラシを見たら即注文、よろしくお願いします!!

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『聞きたい 知りたい 性的マイノリティ』~執筆者の1人、宮本たけしさんが激しく購読呼びかけ!

2008年08月30日 | 新刊案内

 『大阪民主新報』(2008年8月31日)に新刊本『聞きたい 知りたい 性的マイノリティ』(定価1500円)の発刊の意味がくわしく書かれていますので、ご紹介します。


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何とかせんといけん!!

2008年08月28日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル
 今朝の新聞1面記事。
 片や、貧しい国の人たちの役に立ちたいと、砂漠の地に青春を捧げながら命を奪われた若者。片や、巨額を誤魔化して私腹を肥やす現職大臣とそれを他人事のように考えている一国の宰相。この国、ほんとに何とかせんといけんと、つくづく思います。 
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『パソコン〈新聞&ビラ・チラシ〉編集入門』、そろそろ出ます!!

2008年08月27日 | ただ今、編集作業中の本

 各方面、読者のみなさんにはたいへんお待たせしています。
 長い期間の品切れ状態をようやく乗り越え、そして新たな章を書き加え大幅増ページ(なんと144ページ→252ページに)、さらに最新バージョンのソフトに対応した編集技法提案――など、新版として刊行します。B5判 252ページ 定価2000円(本体1905円)、いよいよ最終段階に入りました。今しばし、お待ちを!!


表紙はこんなイメージです。

 

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5時起き、祭り準備、なかなかボーっとできない日曜日

2008年08月25日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

 昨日は朝5時起き。まだ外は暗かった。が次第に明るくなりはじめ、集合時間の6時にはすっかり明るくなった。自治会年間最大行であるな夏祭り(吹東まつり)の準備である。今週末の金、土が本番で、テントや櫓ほかの組み立て作業をするのだ。総勢50人が集会所に集まるが、あいにくの雨模様と思いきや、作業の打ち合わせをしている間に止んで、青空が広がっていった。やれやれである。気温も高くなく、湿度も低いので作業にはもってこいに天気となった。
 祭りの会場は、最新の処理能力を備え改築新たとなった吹田市の斎場である「やすらぎ苑」周辺緑地。2年あまりにわたる改築工事に伴い緑地も一新され、雰囲気が大きく変わった。まだ工事が終わったばかりなので、地面や木々が落ち着くまでは時間がかかりそうだが、利用できる面積が広くなった。
 
 櫓資材やテント資材をそれぞれの保管場所から運搬。6つの単位自治会が共同しているので、どのテントがあの場所、あの場所にはこの大きさのテントを、というようにレイアウトの複雑さに気をつけながら配置、組み立てていき、とりあえず終了したのが9時半だった。ビール1本とおにぎり2個のお土産を受けとり、家に帰ってシャワーを浴びた。ではではと、ビールを飲もうと思ったら妻から「換気扇の付け替え工事に来られるので、その付近の整理を手伝え」とのことで、洗い物方面の仕事を片付ける。ようやく解放されてビールを飲みながらテレビをつけるとオリンピックのマラソン中継をやっていた。ケニアの選手の優勝ゴールだけ見て、ゼミ生本の校正整理に取り掛かる。が、どうも眠くなってしょうがないので、そのままダウン。目覚めてその後は遅い昼食、夕方になり前日見送りに行った息子たちを再び南千里まで出迎えに行き、各自宅付近に送り届ける。

 夜は久し振りに全員が会しての夕食に。「ウルルン」番組を見て休日の一日が終わった。

 

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ドキュメント「西穂高」登頂――その5

2008年08月24日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

 西穂山荘を発ち目標地点である独標(どっぴょう)をめざして登っていく。角の丸っこい大きな石がハイマツに覆われながら連なる道が登り始めである。石から石へと足を進めながらしばらく行き振り返ると、西穂山荘の赤い屋根が緩やかな弧を描く緑の絨毯の下に見える。ペースはゆっくりだが、気がつくといつの間にこんな所まで登っていたのかと思うくらいの高さにいる。こぶし大の石がゴロゴロするとても歩きにくい道に変わり傾斜も緩やかになったころ、ケルンが立つ最初の休憩ポイントらしきところに着く。立ったまま休憩、時間も短めにしてすぐに出発、ハイマツに覆われたなだらかな道を抜け、再び石ころだらけのだらだら坂を登り、2つ目のケルンが建つ丸山という場所に到着。振り返ると西穂山荘は見えなくなっていたが、徐々にガスが晴れてきており、西穂高口のロープウェイ駅が左下に見える。さあ、丸山を過ぎると傾斜が急になり、いよいよ岩峰という感じの登りが始まる。蒲田川を挟んで対岸に位置する笠ヶ岳も少しずつ雲間に姿を現してきた。どうやら天気は晴れ上がりそうで、気分も高揚してきた。


もう少しで笠ケ岳が見えてくる


南方面には八ヶ岳、その向こうに富士山


遙かに白山の姿も


蒲田川の谷間


ガレ場の道をゆっくりと


左下はロープウェイの塔


ついに姿を現した西穂高の山々


間もなく雲もはれることに

 やがて眼前にテーブル状の岩のピークが見えてきた。よく見ると人が何人もいるようだ。これがめざす西穂独標だ。右下には梓川を埋めるように緑の樹林帯を広げる上高地が霞沢岳の暗い影に覆われている。ポツリポツリと見える赤い屋根はどこかのホテルだろうか。さらにその横には、土砂が流れ込むためにすっかり小さくなった大正池も見える。目を西に転じると焼岳。いま立っているこの場所とほぼ同じ高さのように見えるが、どうだろうか。今日は噴煙は上げていない。そういえば昨夜の浜松からのご夫妻はもう焼岳に登っただろうか。独標直下、ほぼ岩登り状態の急登をグイっとクリア、ようやく目指す西穂独標に到着した。西穂山荘を出て約1時間。天気は、まるで待っていてくれたかのような晴れとなった。


独標手前の上り


焼岳(手前)と乗鞍岳(左)


この晴天、ようやく独標に到着


写真を撮ってくれた人は大阪・枚方の
元気なおばちゃんでした。ありがとう。

 


 

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ああ、たくましき少年たちよ! ねばならない日々はしんどい!

2008年08月23日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

 けさは、次男と三男が指導員をしている吹田の少年団のキャンプが比良山あたりであるらしいので、参加する子どもたちを車に乗せて南千里公園まで8時半に送り届けてきた。どうも天気がすっきりしないが、子どもらにとっては天気の行方はほとんど関係がないといった感じ。さすが、保育園~学童保育~少年団とたくましく遊びにもまれてきた子どもたちである。今回の実行委員長を務める三男は、この2週間余りほぼ毎日連日遅くまで、時には泊まり込みもあったりしながら準備をしてきたらしい。「らしい」というのはこちらが聞かない限りほとんど話をしてくれないので、その実態や如何にということだが、まあいいだろう。知り合いの父母の話によると、バス会社との交渉事なども自分たちで行ったり、いろいろ経験を積んでいるようでなかなかいいではないか。同じ実行委員仲間の子が、実はわが学生時代の知り合いの息子であったとか、いろいろ世間はつながっているものだと感心した。

 さて子どもたちを見送ったあとは、今日も休みにも関わらず出勤している。月曜日朝一に校正を現場に戻さねばならないものが2本あるので、どうしても今日明日中にケリを着けておかねばならないからだ。天満のT内さんにも月曜日の打ち合わせ用の提案を送らねばならない。夜は谷町の「ほっとすてんしょん」に歌いに行かねばならないし・・・と、ねばならない×4になってしまったが、こんな事を書いている間に時間はどんどん過ぎていく・・・。

 


 

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根芯会、そして、暑いはどこへ行った?

2008年08月22日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

 どうもアルコールが入ったあとは何もやる気が起きないので、深夜のブログの更新はままならない。昨夜もいつものJR天満界隈のお店で会議後の懇親会。懇親といってもすでに毎月1回以上、十分に懇親しているのでこれ以上どう懇親すればいいのかとも思うが、いやいや人間というものはなかなかわからない、奥深い生き物のようでちょっとやそこらの付き合いではまだまだ・・・とも思う。かくしてこれからも懇親は懇深となり根芯の関係を目指していくのである? ということで昨日もブログは更新されずに結局、現在に至ってしまったのだ。


 

 さて、朝夕の暑さがすっかりどこかへ行ってしまった感じのする日であったが、それでも昼間はまだまだ、なんのその、いやいや、これからしっかりと、という暑さではある。そんな中、今日の午前中はゼミ生本の校正点検、出庫作業、午後は納品&宣伝打ち合わせ、帰宅後は野外文化祭実行委員会という1日であった。納品は新刊本の『聞きたい 知りたい 性的マイノリティ』を30部抱えて環状線に乗り玉造へ。この本は見た目より軽いので助かる。書籍用紙でない紙を使っているので軽いのだ。ちょっと力を入れて普及販売しようということになっており、宣伝チラシの配布などについて相談する。編集室に帰りこの間の受注・出庫状況についてまとめる。出庫部数は増えてはいるが問題は返品なので、まだまだどうなるのかわからない。早めに7時過ぎに帰宅、「野外文化祭」の実行委員会出席のため、こばと保育園に急いだ。
 

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35年ぶりの中学の同窓会に出席・・・。

2008年08月19日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

 8月16日、帰省の日とスケジュールが合ったので、中学の同窓会に出席した。1972年度(昭和47年)の卒業生、3クラス合計約120人を対象に呼びかけられ、42人が出席した。10年前に一度開かれたが出席できなかったので、実に卒業以来35年ぶりの再会となった。会場は「田園パラッツオ」という図書館の入っている施設。誰が誰やらまったく顔がわかんないだろうなと思いながら受付に行くと、なんとなく当時の面影があるようなないようなご婦人たちがいる。「丸尾です」と名乗ると「ああ、丸尾君!」「ええっ? 丸尾君?」…などの反応が返ってきた。「やあ、どうも、どうも」と返事をし会費を払いながら名札を確認すると、なるほど確かにそういう名前の女子(じょし)たちがいたことを思い出した。そうですか、そうですか、なにしろ35年ですからね、などと一人納得しながら受付を済ますと、代表幹事のA原君がやってきて「おお、丸尾君、よく来てくれたなあ」と歓迎してくれる。かなり以前に彼からぜひ今回は出席するようにと言われていたこともあって、無事再会できて少し気分も落ち着いた。そのうちに、3年間ずっとわがクラスの担任だった恩師のY川先生、英語の先生で男子バレー部の部長だったA野先生も来られた。実に懐かしいお顔である。やがて次々に参加者が集まってくる。大方は記憶している面メンであったが、中には誰?と聞いてしまう人もいて、あらためて35年間という時の流れを実感する。


 さて宴会場に入りテーブルに着く。幹事に続いて2人の先生の挨拶のあと乾杯。料理は参加者の一人である仕出屋のU松くんの手によるもの。とりあえずの記念撮影のあと、賞品付きゲームなどを挟みながら各テーブルはお互いの近況報告にはじまって、賑やかに盛り上がっていく。家の屋根裏から引っ張り出してきた当時の卒業アルバムを持参していたのが役に立ち、みんなで回し見ってされていった。全員が50歳である。昔は人生50年と言われていたそうだが、まだまだみんな若い。だがもう50年でもある。まさに人生さまざまなのだろう。すでに孫のいる人もいる。なくなった奴も何人かいるし、消息が知れず行方不明の奴もいる・・・。


二人の恩師を真中に

 さよなら、僕の生まれた町、僕を育ててくれた人、今は僕も大人になって古い上着を捨てる。めぐる季節、流れる時、人生のそれぞれに、終わりがあり、始めがある、そして別れがある・・・なんて高石友也さんの歌なんぞが浮かんできた。夜10時まで会場が使えるということもあって、延々と続きそうな気配が漂う中、神戸に帰らねばならないので仕方なく中締め後に引き揚げた。


わがC組の面々

 

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教研集会、製本引き取り・・・

2008年08月18日 | 編集・営業ふらふら雑記

 4日ぶりの出勤。昨夜の涼しさの続きか、そんなに「暑い」「暑い」を連発することなくまずまずの滑り出しの朝となる。今日は全国教研集会の出庫や新刊注文の出庫作業に追われる日となったが、まずはこもだ製本へ新刊の引き取りに出向いて始まった。各方面からのメールも入っており、その返事に結構時間もかかった。夕方、自治会の夏祭りの会議が入っているので遅くまで残れない。集荷時間にリミットのある荷物もあり、早め早めに作業を行ったのでほとんど昼飯抜き状態になる。4時ごろようやく仕事の目途がおおよそ立った段階でやっとコンビにでおにぎりとカップラーメンを買いとりあえず腹に詰め込んだ。今週は新刊本の宣伝関係、次の本の校正やら初稿待ちの本やら、そろそろ他の企画についての具体化も諮らんと、などナンヤカンヤと気をもむ一週間になりそうな気配である。
 

 

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絵本原画展と温泉、そして無事帰省。

2008年08月17日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

再び予定が変更になる。妻がさらに17日も仕事になったので結局剣山・四国方面はすべてキャンセルとなった15日は、朝7時半に家を出る。一路名神から阪神高速、加古川バイパスで加古川総合文化センターに8時半に着く。「ばばばあちゃん」という絵本で有名な「さとうわきこ絵本原画展」を観にきた。開場は10時なのでまだ時間が結構ある。コンビニを探し朝飯をゲット、とりあえず9時に開館したロビーのソファーに座りパンを食べていると警備のおじさんから「ここで飲食はできません」と言われて外の公園に向かった。たぶんそう言われるだろうとは思っていたのだが、他に人はあまりいないし、まあいいんでないかと思っていたのだが、見通しが甘かった。公園のベンチで賑やかな蝉の鳴き声をBGMに、子どもが全くやる気がなさそうなのに父親だけはやる気満々の親子連れのキャッチボール風景を見ながら食べ終わる。

 10時前、再びロビーに戻ると、玄関横でさとうわきこさんの作品や関連グッズの販売を始めていた。まだオープンしたばかりなのでわれわれ以外にお客さんはいない。それにしてもたくさんの絵本やグッズがある。係の人に聞くと、さとうさんが主宰する「小さな絵本美術館」というのが長野にあって、そこと今回は神戸新聞社が協力して開いたものらしい。いま全国を巡回しているのだそうだ。10時過ぎ開場したので展示室に入る。絵本丸ごと1冊の原画が何作品分も展示してあったり、原画のスケッチ原稿、絵皿、指人形、変わったところでは青森のねぶた祭りに出典した作品など、子どもと動物、生き物たちが愛情深く生き生きと描かれ、独特のおもしろさのある世界に引きこまれた。子どもだけでなく、大人にも人気の所以がなんとなく感じられた時間となった。

 11時過ぎ、加古川を出発、加古川バイパス~山陽道へ。吉備SAで岡山ラーメンというのを食べるが、うーむ、値段の割には今一つの味にガッカリ。気を取り直してさらに岡山道~中国道と車を走らせ広島の高田ICで降りて高宮湯の森に到着。とりあえずは大浴場に入る。ほぼ全身に綺麗な和風絵柄を描いた人なども含めて結構にぎわっている。露天風呂コーナーでデッキチェアーでボーッとしていると突然すさまじい雷雨に襲われる。どうせ濡れているのだから雨は構わないのだが、雷は何となく不気味。やや小降りになった頃合いを見計らって車に戻り、10分後無事実家に到着した。 

 

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この休みは同窓会と剣山登山か…天気が心配

2008年08月14日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

 今日は朝4時起きで家を出て、四国の剣山へ登り、祖谷渓のかづら橋近くに宿泊する予定であったが、妻に突然の仕事が入ったため予定をキャンセルし、スケジュールを変更。結局夕方からのスタートとなる。今夜は神戸に行き、明日田舎に帰る。一泊して昼からの中学の同窓会に出席するつもりだ。卒業以来、実に35年ぶりとなる。この間、何回か行われたがいずれも不参加であった。同窓会後、田舎を出発、素早く徳島に向かい宿に泊まって、翌朝剣山に登る予定にしている。あくまでも登りたいという妻の要望に引きずられながらの山行になりそうな気配だが、それよりもちょっと、天気が心配かもしれないが。


 

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「ご苦労さんでした」と、新刊本の発刊打ち上げへ。

2008年08月13日 | 編集・営業ふらふら雑記

 昨夜は新刊『聞きたい 知りたい 性的マイノリティ――つながりあえる社会のために』(杉山貴士編、定価1500円)の発刊記念の打ち上げを兼ねた普及販売についての打ち合わせ飲み会へ。新大阪近くにある著者の一人である大橋明日香さんのショットバー「ぎんのスプーン」に杉山さん、宮本たけしさん、そして私と大橋さんで集まった。乾杯後、さっそく宮本さんから、メールでの反応や職場での反響などについてなかなか心強い報告があり、杉山さんや大橋さんからもその分野でいかに広げていくかなどをめぐって提案が相次いだ。私の方も広告出広のことなどについて提案、その他さまざまな話が広がる中、全員、適度に酔いが回る中、何としても初版の完売、そして重版へという決意を固め合った。

 明日から夏季休暇に入るが、休み明けから普及活動に勢いよく取り組みたい。

 

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ドキュメント「西穂高」登頂――その4

2008年08月13日 | 丸ちゃんの喜怒哀楽へなへなジャーナル

 やれやれ、ようやくその4である。なかなか頂上に達しそうにない・・・。

 西穂山荘では何もすることがないので、食べることが唯一の楽しみになる。5時、夕食の時間がやってきた。自販機で缶ビールを買い、食堂の前にみんなが集まっている。が、時間が来てもなかなか入れない。準備が遅れているようだ。そのうち順番に案内されてテーブルに着く。山の上のご飯なので贅沢は言っておれないが、まあご飯のお替わりもあるし、こんなものだろうという食事が出た。私のテーブルは8人掛け。妻以外の人とは初顔合わせなのだが、お茶やご飯をお互いに注いだり、よそおったりしながら協力していただく。その時突然館内放送。「次の入れ替えの人たちの食事時間が35分からですので、それまでに食べ終えてください」。時計を見るとあと10分しかないではないか。せめてご飯ぐらいはゆっくり食べさせてほしいのにと思いながら急いで食べ終えた。


西穂山荘7月20日の夕食


2組目の夕食風景

 食事後、山荘内をぶらついていると、受付の向かい側、ちょっと分かりにくい所にほとんどの宿泊客は気付かないだろうと思われる小部屋を発見。山関係を中心にしたコミックや本が雑多に揃えてある。さっそく妻が時間つぶし用に2~3冊のコミックをピックアップ、私は穂高関係のムックを手にして部屋に戻った。消灯時間の9時にはまだたっぷりと時間がある。布団の上に横になり、何人かの新しい同室人たちとあいさつ方々言葉を交わしながら、本の字面を追う作業を行っているうちに7時になった。朝食の弁当が出来たとの放送があり、受付で受けとってくる。再び今度は静かに字面追跡作業を再開、いつの間にか眠ってしまっていた。


秘密の小部屋のコミック類

 深夜何回か目が覚める。室内は結構暑くて毛布はいらないくらい。窓を見ると薄明かりの中、外は雨なのかと思えるぐらいに水滴が付いている。ガスで覆われているのだが、翌朝の天気を心配しながら再び眠りに入った。明け方3時頃だろうか、隣に寝ていた浜松からの夫婦連れが動き出す気配を感じる。ああ、焼岳から中尾温泉に下ると言っていたなあ、そうかそうか、もうこの時間から出発するのかと、ちょっと気にしながら目をつむったままでいた。

 4時半ごろ起床。まだ寝ている人たちがいるので、ゆっくり、そお~っと、寝ている人を踏んずけないように部屋を出て、出発の準備に取りかかる。玄関を出ると外にはもう多くの人たちが登るのか、下るのか知らないが荷物を整理したり、体操をしたり、コーヒーを沸かしたりして、周囲全面ガスで覆われ何も見えないという中だが、いかにも山の朝という雰囲気が漂っている。さてと、ようやく我々も出発なのだ。ヨッコラショっと。まあ、一本道でたくさんの人が前を歩いているので道に迷うということはない。ぼちぼち行きますかと声を掛けて、妻に前を歩かせ登り始めた。
 

 

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