2010年8月26日 (木)
岩国市 会 員 横山 恵子
8月は原爆の日、終戦の日と、まさに祈りの月だ。14日付の夕刊I面の硫黄島ルポ「漆黒の地下壕いまだ眠る1万の遺骨」を読み、ええっ戦後65年もたつのに1万人もの遺骨か眠っておられるのかとショックを受けた。
日本兵が立てこもった硫黄島の地下壕は、わずかな時間でも人間が耐えられるとは思えない場所。そこで約2万人の日本兵が命を落とし、今も1万人以上が遺骨のまま眠る・・・。その地を、この7月、遺族たちが訪れて黙々と収集を続け、遺骨や目用品などを次々と運び出したという。
4歳で死別した父親に思いをはせる人の「わたしの願いはこの島で安らかに眠っていただくことではない。水もない灼熱の地で戦い、まだ熱い壕の中で眠っているご遺体を一刻も早く本土にお連れしたい」との言葉に目頭が熱くなった。
その思いを一日も早くかなえてあげてほしい。お国のためと戦い、家族を思いつつなくなられた人たちや遺族の無念さを思う時、戦争のない平和な世の中をつくっていくのが、私たちの役目だと思う。
(2010.08.26 中国新聞「広場」掲載)岩国エッセイサロンより転載
岩国市 会 員 横山 恵子
8月は原爆の日、終戦の日と、まさに祈りの月だ。14日付の夕刊I面の硫黄島ルポ「漆黒の地下壕いまだ眠る1万の遺骨」を読み、ええっ戦後65年もたつのに1万人もの遺骨か眠っておられるのかとショックを受けた。
日本兵が立てこもった硫黄島の地下壕は、わずかな時間でも人間が耐えられるとは思えない場所。そこで約2万人の日本兵が命を落とし、今も1万人以上が遺骨のまま眠る・・・。その地を、この7月、遺族たちが訪れて黙々と収集を続け、遺骨や目用品などを次々と運び出したという。
4歳で死別した父親に思いをはせる人の「わたしの願いはこの島で安らかに眠っていただくことではない。水もない灼熱の地で戦い、まだ熱い壕の中で眠っているご遺体を一刻も早く本土にお連れしたい」との言葉に目頭が熱くなった。
その思いを一日も早くかなえてあげてほしい。お国のためと戦い、家族を思いつつなくなられた人たちや遺族の無念さを思う時、戦争のない平和な世の中をつくっていくのが、私たちの役目だと思う。
(2010.08.26 中国新聞「広場」掲載)岩国エッセイサロンより転載
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