はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

美しい疑問

2009-07-16 16:37:27 | 女の気持ち/男の気持ち
 歩くとカツッ、カツッと岩をはむ登山靴の金具の音が昔から好きだった。が、今日の登山靴に金具はない。雨の中、年月を経た巨木や岩の立ち並ぶ薄暗い森の中を静かに歩いている。
 足元にはフタリシズカの花の群れ。行く手にはシャクナゲの花。頭上にはヒメシャラの花たち。霧が流れる谷間には満開のヤマボウシの花が見え隠れする。
 やがて今にも倒れてきそうな大岩に出合った。先客が岩の下に20本ぐらいの枯れ枝で突っ張りをしている。私たち8人全員両手で押し、祈った。
 「こんままでずっといるんだよ」
 妻の言葉が合図だったかのように、全員が再び歩き始めた。
 激しい風が森全体を揺らすとビー玉サイズの雨粒が落ちてくる。黄色い厚手のレインコートの内側にいるのを感じ、妙に心地よい。
 淀川登山口から3時間、花之江河に着いた。霧雨の中に湿原と木道が見える。油断すると突風に吹き飛ばされそうだ。風を避けて森の中で握り飯を食った。塩が利いて実にうまい。食べ終わると同じ道を引き返すことにした。
 山を下りると、荒れた海を眺めながら尾之間の温泉に浸った。
 「一日中コマドリの声がした。あれだけの雨でも淀川は濁らず透明なのだ。なぜ」
 美しい疑問を残した梅雨の屋久島の森であった。
  鹿児島県出水市 中島 征士・64歳 2009/7/12 毎日新聞の気持ち掲載 

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