はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

新しい命

2018-06-30 16:47:12 | はがき随筆


 イースター(復活祭)の朝、義父母と夫の眠る公園墓地に行った。山の斜面に立てられているお墓は、竹や雑木がうっそうと茂っていたが、伐採されてすっきりとした風景に変わっていた。広々とした青空に、向こう側の山の墓地とまばらに見えていた住宅も明るい。春風が吹き抜けピクニック気分で心地よい。花を手向け、手を合わせて石段を降りる。
 かたわらの草むらにはスギナが目立つ。野の花の可憐なピンクの小花はカラスノエンドウ。日差しを浴びて育った野の花たちの新しい命と、籠に盛られたカラフルなゆで卵が重なる。
  宮崎県延岡市 島田葉子(85) 2018/6/30 毎日新聞鹿児島版掲載

ノイズ

2018-06-30 12:13:20 | はがき随筆
 ウォーン、ズォーン。直径1㍍ほどの仏具の銅鑼を、ゴム製で丸いバチの先端で円形にこする。ポロ、ポロロン。水琴窟を模した鉄製打楽器を、高速度で木製のバチでたたく。チーン、キーン、ポーン。チタン製の皿に金属、木、ゴム製の大小の球を落とす。緊張の間を取りながら、これらの音が非連続につながる。小さな会場に広がる音は、宇宙からの未到の低音と、地下空洞で共鳴する不規則な高音の様だ。サウンドアーティストM氏が即興で演奏した鹿児島市内でのライブ。拒否される音ではなく、形容詞を持ったノイズに包まれた1時間だった。
 鹿児島市 高橋誠 2018/6/24 毎日新聞鹿児島版掲載

春のかおり

2018-06-30 11:53:18 | はがき随筆


 向かいの山の人からワラビと蕗とホウレン草をもらった。
 ずんぐりとしたワラビも短めの蕗も、いかにも山の子という感じ。がっちりと横に張ったホーレン草は、店では見かけない。親指ほどの茎は濃い紅色で葉は分厚い。見た目はつい笑ってしまったが、栄養は満点だろう。1本ずつ懸命にとり指先がアクで染まったおばあちゃんの、少し派手目のエプロン姿がとても可愛く見えた。
 ワラビはタンサンを入れてゆでると色が濃く美しく変わる。薄味に煮付けた春の味、左手に杯があるといいのだが私は下戸。飲むふりをする春の宵。
 宮崎県延岡市 逢坂鶴子(91) 2018/6/24 毎日新聞鹿児島版掲載

苦い思い出のドア

2018-06-30 11:34:57 | はがき随筆
 


25年くらい前の苦い思い出。当時長男が横浜にいて、主人と行くことにした。新幹線を降り、乗り換えのため階段を降りていくと目の前に電車が。思わす私は小走りで飛び乗った。その途端、ドアが閉まった。心筋梗塞の治癒後で「走らぬように」との言葉を守り、主人は乗っていない。思わず私はドアに手をかけて開けようとした。そばの人も手伝ってくれたがもちろん開くはずはなく電車は出発。次の駅で下車した。幸いすぐ後の電車で主人は来てくれたが「ごめんなさい」とただ謝るだけの私に「ばかだなあ」と一言。亡き主人との思い出。
 熊本市中央 原田初枝(88) 2018/6/24 毎日新聞鹿児島版掲載

カトレア

2018-06-30 11:21:51 | はがき随筆


 亡き父の旧知の人が、軽トラックで私の家に来た。荷台に鉢植えの植物が乗っている。白い根は鉢に巻き付いていた。知人は「育ててくれないか」と持参した。お茶を勧める妻が「カトレアだ」と言うと知人は相づちをうち、しわ顔が笑った。
 頂戴したが、いつも育てるのは妻になる。枯らしたら大変と工夫して管理している頃、しばらくして知人は永眠された。それから3年後の今年、妻の努力のかいあって見事な大輪の花が5輪も咲いた。赤紫のあでやかな容姿は、洋ランの女王の名にふさわしい。知人と共に開花をめでたかった。
 鹿児島県出水市 宮路量温(71) 2018/6/28 毎日新聞鹿児島版掲載