はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

生きる

2008-01-25 20:32:42 | かごんま便り
 「成人の日」の14日、熊本支局のHデスクから電話があった。「堀実可ちゃんって覚えてる?」
 一瞬、沈黙したが、すぐに思い出した。昭和最後の夏となった88年7月、熊本支局の駆け出し記者だった私は、肝臓移植に希望をつないで旅立つ実可ちゃん親子を熊本空港で見届けたのだった。
 1万人に1人の割合で発症する先天性胆道閉鎖症。3歳まで生きられないと診断された。海外で移植手術を受ければ助かる可能性があるが、ばく大な費用がかかる。報道で窮状を知った全国の人たちから続々と善意の募金が寄せられた。
 渡航の日。空港ロビーで激励の千羽鶴を手渡され、精いっぱいの笑顔で応える母君代さん。腕に抱かれた当時10カ月の実可ちゃんの顔は黄だんのため黄土色。周囲に懸命に手を振る様子が痛々しい。助かってほしいと祈りつつ夢中でシャッターを切った。やがて渡豪、手術は無事成功した。
 大学2年になった彼女は熊本市の新成人の作文コンクールで最優秀賞に輝き、晴れの成人式で作文を朗読したニュースが15日朝刊の社会面を飾った。感謝の気持ちと人生の希望を力強く語った彼女は将来、移植を受ける人、受けた人の心のケアをしたいという。
 近く帰郷する鹿児島市の岩下遙香ちゃん(4)も重い心臓病のため、米国で移植手術を受けた。全国から寄せられた浄財の中には、同じく米国での手術を目指しながら亡くなった群馬県の男の子を「救う会」が集めた募金も含まれている。
 実可ちゃんも遙香ちゃんも、ご両親や医療スタッフ、募金にかかわった人々、臓器提供者……たくさんの人々に支えられ命をつないだ。だが程度の差こそあれ、多くの人々に支えられて生きているのは我々も同じ。大病や大災害・事故に巡り合わないと気づかないだけだ。生きることの重さを改めて彼女らに教えられた気がしている。
鹿児島支局長 平山千里
2008/1/21毎日新聞鹿児島版掲載