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はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ピコーン

2022-08-29 16:33:28 | はがき随筆
 「ピコーン」。私の携帯電話に毎朝必ず1件の通知が来る。県外に住む母からだ。1年ほど前から欠かさず送ってくれる。
 「行動しないと答えは出ない」「常に真剣に楽しんで!」。メッセージはいつも、なぜか私の状況にぴたり。勇気づけられたり、自分を見つめ直させてくれたりする。
 一人暮らしも2年目。電話をする機会も週1回程度になった。今では、メッセージに既読をつけることが無事の返事。でも、それ以上に母の偉大さや温かさを感じる毎日だ。
 「ピコーン」。今日はどんな「金言」をもらえるだろう。  
 鹿児島市 吉井愛海(20) 2022.8.27 毎日新聞鹿児島版掲載


2人の名付け親

2022-08-26 14:58:13 | はがき随筆
 その日、県の教育長の講演会は我が家が会場だった。
 そこに畑で産気づいた母が戸板で運び込まれ、私が生まれた。父は教育長に名付けをお願いし、快諾を得た。が、命名の日、近隣や親戚に配る赤飯は炊きあがったが名が来ない。父が窮余、正樹と決めたとき、電報! 「ナハマサキ マサハマサシゲノマサ キハジュナリ」。その符号に居合わせた皆が驚いたという。
 祖母は漢字は古歌にある真幸を主張したが、相手が国文学者と聞いてすぐ矛を収めた。
 「どや、ええ名前だったやろ」。あの世で父に会えば、若い日の一コマを笑って話すだろう。
 宮崎市 柏木正樹(73) 2022.8.26 毎日新聞鹿児島版掲載


2022-08-25 18:01:20 | はがき随筆
 父の居る施設から苦情の電話。今回も兄弟姉妹によるコロナ下面会への厳重注意。担当者もお疲れか、今日は30分の弾丸トーク。しかと伝えます、と丁寧に嘘をつく。翌日、叔母から「兄ちゃんにおはぎば届けたばってん食べたろうか」と予想通り電話が来た。「きっと喜んで食べたばい、ありがとう」とまた嘘をつく。状況的に差し入れ厳禁は常識だが、兄を想う89歳の優しさは尊い。夕方には見知らぬ番号から防犯カメラ設置の営業電話。うちはもう百個のカメラを付けてると大嘘をついた。私が死んだら浄玻璃の前で、閻魔様を困らせるに違いない。
 熊本県八代市 廣野香代子(57) 2022.8.25 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆7月度

2022-08-25 17:21:35 | はがき随筆
月間賞に柳田さん(熊本)
佳作は相場さん(熊本)、久野さん(鹿児島)、井手口さん(宮崎)
 
はがき随筆7月度の受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)

【月間賞】 26日「あの空の下」柳田慧子=宮崎県延岡市
【佳作】6日「世界に一つの本」相場和子=熊本県八代市
    14日「合歓の花」久野茂樹=鹿児島県霧島市
    16日「夕暮れの畑道で」井手口あけみ=宮崎県高鍋町

 今年の梅雨は例年になく早く明けた。九州南部では18日早いとか、その反動か豪雨被害や、これもまた観測開始以降で最悪の熱波に見舞われる猛烈な暑さが続いている。世界情勢はいまだ安定せずロシアとウクライナの戦闘は激化。
 柳田さんの「あの空の下」はソ連崩壊4年後の初夏、ロシア上空を見下ろした旅の感想をつづって投稿。灰色に覆われたロシアの大地の恵み豊かで長大な川。「すごい」。おおらかに流れていた川の姿から果てしの無い戦闘を憂う。時は過ぎ行き、窓から見たあの空の下の国境を思う慧子さん。川が曲を描いて流れていたロシアの大地に平和が来ますようにと私たちの祈りも届けたい。
 相場さんの「世界に一つの本」不思議な本のご紹介でした。その本には心というペンで虹色七色を使い毎日書き上げるのだそうです。心次第のペンは走るように書けたり、涙雨で書けない時もあるのだそうですが夢いっばいの本にしたいと。和子さんの心に神様の手が動き始めると今日のページに人生が記録されます。あなたの今は虹色に輝いていますね。
 久野さんの「合歓の花」。細かい葉が鳥の羽のように付き、夜には折りたたんで垂れ、まるで眠ったかのよう。万葉の時代や江戸の時代にも人々は和歌や俳句に合歓の花を詠んだのですね。茂樹さん、あなたの随筆から私も「合歓の花」を想いだしました。英語では「ペルシャの絹の木」と言っていました。幼い頃行ったこともないペルシャ帝国のペルシャ猫の柔らかな毛を想像していました。甘美な白日夢の世界をさまようことになりました。
 井出口さんの大声の挨拶から始まる「夕暮れの畑道で」のやりとり。春の庭を彩ったポピーの苗を頂いたお礼を伝えに行った時のお相手は畠での作業中だったらしく、あけみさんの声が届かない。近づいてこられての再会。ハスガラを鎌で切り「みそ汁に」と持たせたり、摘んだばかりの旬のブルーベリーも手のひらに頂いたりと、ゆったりと過ごすことの確かさに気づいた夕暮れのワンシーン。
 7月の投稿では「はがき随筆」でつながっている読者の話題を楽しみました。熊本の今福さんの「新聞の良さ」、黒田さんの「90歳の宝もの」、宮崎の「始まりは」の矢野さん、貞原さんの「誕生会」。
 言葉をつないで絆を紡ぐ良さを再確認しました。
 日本ペンクラブ会員 興梠マリア

「かわいいよ」

2022-08-25 17:14:32 | はがき随筆
 トイレの前に大きめの鏡がかけてある。
 3カ月前から始まった抗がん剤治療で、髪の毛がどんどん抜けていく様子が、いやが応でも目に入る。なるべく見ないようにしていたが、気持ちの落ち込みはいかんともしがたかった。
 ある朝トイレを出た時、鏡の中の私と目が合った。キューピーみたいな頭の、さみしげな表情の私がいた。悲しくなって、にっこり笑い「かわいいね。かわいいよ」と言ってみた。すると不思議なことに気持ちが明るくなっていった。
 それからは鏡を見るたび、にっこり笑って「かわいいよ」。
 鹿児島県出水市 清水昌子(69) 2022.8.24 毎日新聞鹿児島版掲載

事務局長への手紙

2022-08-25 17:06:24 | はがき随筆
 「事務局長、これはなんですか」と嫌みを込めた言い方で問うと「僕は露木さんと同じ考えですよ。ここには合わないと言ったんですがね」の即答に返す言葉は出てこなかった。
 ここは早春、河津桜と菜の花が共演して、堤防沿いに美しい景観を楽しませてくれる所。入り口や所々に、石、竹、板と自然の材料で作られた花壇もある。そこに人工の大プランターが20個以上も持ち込まれた時のことだ。ここへの自然へのこだわりも、思い込みも誰にも言ったことはないのだが……。「同じ考えですよ」の一言に今は救われた思いで過ごしています。
 宮崎県延岡市 露木恵美子(71) 2022.8.23 毎日新聞鹿児島版掲載

ケトルのふた

2022-08-22 17:33:59 | はがき随筆
 お湯を沸かそうとケトルのふたを開けようとするが開かない。向きを変えて引っ張ってみるがびくともしない。しっかりと押し込まれでいる。
 仕方がないから、蛇口にケトルの出口を差し込んで、片手で持っていたら重くなった。水を止めようと脳が逆の指示を出したから「あっヤバイ」「あああー」。慌てて対処するが何とも情けない「どじ」をしてしまった。
 沈みかけていく気持ちで椅子にもたれ掛かっていると急にケトルの笛が勢いよく鳴った。「はいはい、ちょっとお待ち」とやっと立ち上がった。
 鹿児島市 竹之内美知子(90) 2022.8.21 毎日新聞鹿児島版掲載

歩行者優先

2022-08-22 17:07:41 | はがき随筆
 太平洋戦争の終戦時は9歳。焼け跡の広がる佐世保市に住んでいた。さっそうと走る米軍のジープがかっこよかったのを覚えている。
 ある日、友達数人で近くの川に遊びに行く。道路を横切ろうとした時、1台のジープがやって来た。通り抜けるのを見送ろうとしたら、なんとすぐ手前で停車。運転席から「通りなさい」と手で合図している。横断歩道なんて考えすらなかった時代。こわごわ走って横断した。
 軍隊でも人権意識が徹底していたのか、占領地での懐柔策の一つか、知る由もないが、77年経ても鮮明に蘇る歩行者優先。
 熊本市東区 中村弘之(86) 2022.8.22 毎日新聞鹿児島版掲載

母の旅立ち

2022-08-22 16:59:45 | はがき随筆
 95歳で永眠した母は、寸前までグループホームにお世話になった。そこの所長さんは、柔和で仕事熱心、苦労や悩み事が表情に出ない。おっとり癒し系で人々を安心させる対応。
 訪問の方や入所者が大変満足されていた。仕事着に、いつもいつも黒色の上下服を着用。制服かな? いやご本人の好みらしい。私が「黒色がよく似合われます」と声掛けすると、「僕は肌色が黒いので」と控えめ。
 また介護の方々も常に親切で笑みが絶えない仕事熱心さは敬服の限り。母最後の住み家は満足の日々。感謝しながら来世へ旅立ったことと思う。
 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(82) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

たんぽぽ

2022-08-22 16:53:00 | はがき随筆
 私は5歳の孫五号と時々散歩をします。彼女の姉と兄はそれぞれの予定があり、五号が一人ぼっちなので私が相手をしてもらっています。ある時は堤防まで、ある時はガチャガチャまでの散歩です。
 ある日、私が道端でたんぽぽの花を見つけて、五号に、「たんぽぽだよ」と言ったところ、「ちがう」と言いました。五号が言うには「たんぽぽ」は白くてふわふわしていて、息を吹きかけたら飛んでいくものだと。
 五号にとってのたんぽぽは綿毛の付いたものすべてだそうです。五号には私の薄っぺらな常識は通用しませんでした。
 宮崎県日南市 宮田隆雄(71) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

正しい姿勢

2022-08-22 16:46:24 | はがき随筆
 毎週月、金曜日に、介護老人施設に通所している。杖をついたり、押し車に手を置いて歩いたり、車椅子に掛けたり、器具を使用しないで歩行したりとさまざまだが、背中が曲がって前屈みの人が多い。それを目にして、人の振り見て我が振り直せとばかりに、私は両肩を後ろへ引き、背筋を伸ばすように心がけている。加齢に伴い背骨が曲がるそうだが、家では私も無意識に前屈みになっていることがある。それに気付いたら顔を上げて背筋を伸ばすように努めている。可能な限り若かった頃の体を保持し、健康体で余生を楽しんで生活しようと思う。
 熊本市東区 竹本伸二(94) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

感謝

2022-08-22 16:33:53 | はがき随筆
 自分の畑とはがき随筆をこよなく愛した母洋子が病気のため、4月27日にこの世を去った。
 「畑の紫陽花みたかったな」と語っていた母の棺には、鹿児島市の畑に咲き始めていた紫陽花を添えた。「季節ごとに皆が花を見に来てくれる、そんな会を作りたかった」と言い残された家族は、母が昨年の投稿でもう少し続けようと書いていた「雑草との戦い」を余儀なくされ、改めて母の年齢で続けていた戦いのすごさを感じている。
 母の随筆に目を留めていただいた方、畑に花を見に来ていただいた皆様に感謝を伝えたい。ありがとうございました。
 東京都目黒区 西窪千里(54) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

方財音頭

2022-08-22 16:24:35 | はがき随筆
 「松野お~方財、緑の若さ」と歌う音頭がわが町にはある。100年ほど前に小学校の校長先生が作詞作曲したという。舞踊を習っていたというおじさんが振り付けした踊りもあった。
 20年以上も前になるが、おじさんを先頭に高齢者クラブの人たちに教わって小学校の運動会に参加して躍った。楽しそうに踊られるが所作が多様で難しかった。見よう見まねでその場は躍ったが覚えられなかった。
 当時の踊りの先生方はもう誰もいいない。私たちも、後期高齢者になった。音頭は歌える人がいるが、踊りは自然消滅になったんじゃないかなあ。
 宮崎県延岡市 島田千恵子(78) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

トウモロコシ

2022-08-22 16:17:51 | はがき随筆
 「お母さん、お昼はトウモロコシを買って来たので」「ありがとう」。今は甘いトウモロコシを食べながら、厳しかった食糧難時代が思い出される。
 30代まで過ごした阿蘇南郷谷の農家では、トウキビは食料や家畜の飼料として広大な畑作だった。戦中戦後、食べ物がなかった私たちにとっては貴重な主食。農家から分けてもらい、煮たり焼いたり、干しあがったのを石臼でひき、雑炊のようにして食べた。いまのような甘さはなかったが、命をつないでくれた大事な穀物だった。軒先につるされ、夕日に映える風景は今もありありと。
 熊本市中央区 原田初枝(92) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

娘の帰省

2022-08-22 16:11:39 | はがき随筆
 娘が突然帰省したいと言ってきた。ある時から心を閉ざし家族と一切の連絡を絶った。なすすべのない私たちは手紙や物を黙々と送り続けた。寂しくてつらい長い年月だった。
 久しぶりに会った娘は、心配するまでもなく笑顔も優しさも元通りだった。元気な顔が見られて何よりうれしかった。一緒にわずかな時を過ごし娘は戻って行った。もう大丈夫。困難を乗り越えた娘のこれからの幸せをひたすら祈りたい。
 うれしくて、早速息子に電話した。「最近よく眠れない」と言う。やれやれ。私たちの心配はまだまだ終わりそうもない。
 宮崎市 小金丸潤子(71) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載