めぼの、ひーばーちゃん

2011-09-08 13:43:17 | 塾あれこれ
TVで北欧の切紙作家を紹介されていました。
私より少し年齢は上です。

その方がパッチワークについての話題で
御自分の曾祖母は糸をつむぐことから
洋服まで全ての工程を自分でしていた
と話されていました。

ああ同じだな、と思いました。

私の母方の曾祖母がまったく同じでした。
洋の東西を問わず似た生活をしていたのですね。
(比較文化論のよいテーマになりそう)

桑や棉を育て、納屋で蚕を飼い、糸を紬ぎ、染め
機織りをして、着物に仕たてるまで、一人でしていた
・・あの人は偉かった、と祖母も母も言っていました。

「メボのひーばーちゃん」私がこう呼んでいた人です。


♪春の小川、のようなイメージの川が祖母の家の前を
流れており、これに沿って暫く上り、小橋を渡った処が
ひーばーちゃんチでした。

私も記憶が多くありません。

偶に遊びに行くと(見に行くと)たいがい薄暗い座敷で
寡黙に座っていましたね。
ごくごく晩年を知っているわけです。
抜群の存在感がありました。

きっと聡明な人でもあったのでしょう。
母の話ではあちこち旅もし、大宰府が気に入っていたとか。

(「私も一度その大宰府に行きたい」と母がいうので
晩年、ご案内してひどく草臥れさせてしまったという
苦い思い出があります。
 「あんたが悪い」カミサンのネタの一つになっちゃった)

それはさておき母にそう言わしめた「ひーばーちゃん」は
子や孫の尊敬の対象になっていたようです。

左目のまぶたに大きな(ホクロ=イボ)がありました。
いかにも見えづらそうで子供にも気になったのでしょう。

失礼ながら「メボのひーばーちゃん」となったのです。

もう少し私が大きければ話を聞けたのにねえ。
昔の見聞とか、家の歴史とか、御大師さまの話とか。


ところで一般にはメボというと「ものもらい」のことを
言うらしいですね。

方言なのか間違いなのか、私は目のイボのことをメボと
覚えていたのです。

関西では「メイボ」これが田舎で訛ったのでしょうか。

しかし関西ではメイボというと、主に短期的な目の病気を
さすようなのですね。

ネットで見ると「イボ目」というのがありました。

痔がイボになると「イボ痔」ですから
目に出来れば「イボ目」ですか。

なるほど。


それで私の曾祖母は「イボ目の・・・」となるか?

なりませんよね。
やっぱり「めぼのひーばーちゃん」

間違っていようがどうしようが、私の一部になって
しまっているのですから、変えようがありません。


子供の言語体験はかくも絶対的な面があります。
自分と一体化してその人なりのセンスになるのです。

大人がなるべく「正しい」日本語を使っていてほしい
ユエンです。

方言は大切ですよ。正しい日本語です。
大詩人のほとんどは方言で育っています!

よって、授業はコテコテの方言でするべきです。

訛りも十分に矯正されていないままに妙な共通語で
不自由な授業をやっておられるのは痛々しいですねえ。
地方の文化に対する冒涜でもあります。

しかし近年、教師や保護者の日本語は・・
どうなんでしょう。方言云々以前。

NHKのアナウンサーなどでもヒドイですからね。

NHK大阪にSという大学の先生もやっておられる
著名なアナウンサーがおられます。
私より年上ではないかな。

先日耳を疑いました。
「羽生さんが谷川さんをおろして、タイトルを・・」
あのねその「下す」は「くだす」

一瞬、何のことか分かりませんでしたね。
言葉のプロが原稿を読んで、こうです。情けない。

話が散逸してきました。
今日はこのへんで。


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