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逵(つじ)志保のページです

名古屋枇杷島「梵天祭」

2008-06-24 12:06:19 | その他の研究・調査
6月22日、雨の中、名古屋市枇杷島の梵天祭にうかがいました。これは私の日頃の調査・研究とは別のものなのですが、3年がかりで調査に東京からいらしているO先生にお誘いいただきました。
梵天祭は梵天稚児行列といわれ、子どもたちの祭りのようです。盛んな時期はその行列は1500人にもなったということですが、今は本当に静かな祭りとなって、ところどころに梵天(御幣の一種)を持った浴衣姿の子どもをみつけるとついつい声をかけてしまいたくなりました。

調査は人それぞれに手法というものができてくるのでしょうが、長年の調査で作りあげてきたものはそのままその人の生き方につながり、今回、祭りそのものも興味深いものでしたが、O先生の祭りの調査に同行できたことはとても貴重な経験でした。

祭りの後は「南国酒家」というとっても美味しい中華料理とビールをいただきながら、昔の話、今日の祭り、自分の今している調査についての話とあちこちに話を飛ばし、同じ話題ではなせることで、かなりの歳の差も時間も忘れることができました。

「あなたはあるいはストレートに進学せずにきたことが、かえって良い調査ができる素地を作ったのかもしれませんね」(やや創作)…今になってそんな風に言われて、良いかどうかは別にして、確かに人と接する点において、そんな部分はあるかもしれないと思いました。
祭りのあとに地元の方とお酒を飲んでいた時、「なんだかねえ、大学の先生なんていう気持ちじゃなくて、娘が帰ってくるみたいで嬉しいんだよね」と言ってくださる方があったり、「こき使うようにみんながあれやってこれやってって言ってるのを見たとき、失礼なことしてるなあって思ったけれど、祭りが終わったら、ああこの人はここではもうこういう人なんだなって分かりました」そんな風に言われるのは、何よりも嬉しい言葉です。

手元にある学会誌『日本民俗学』253号(2008年2月)では小特集として「民俗学と研究倫理」がくまれています。上記の言葉に良かった良かったと浮かれているのではなく、それでもなお自分の立場がさせている様々なご迷惑も自覚して、調査研究を進めていかなくてはならないことを、O先生の背中が教えてくれました。
コメント (3)
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