ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

「熊野地方に伝わる徐福伝説‐不老長寿の霊薬は今‐」

2007-04-12 20:26:23 | 徐福伝説
和歌山県立串本高等学校商業部による映像作品「熊野地方に伝わる徐福伝説‐不老長寿の薬は今‐」を拝見しました。
この作品は昨年度の國學院大学・高校生新聞社主催による「地域の伝承文化に学ぶ」コンテストの創作作品部門団体の部で入選した作品とのことで、2007年2月16日紀伊民報のネット上の記事で知りました。

現在、日中韓で徐福を題材にしたアニメやテレビ番組、映画などが発表されていますが、学生が作ったということに大変興味がありました。そこで、是非拝見したいと連絡したところ、次のような返信を部顧問のI先生からいただきました。

  突然のメール、驚きと共に嬉しく読ませていただきました。
  初めまして。和歌山県立串本高等学校商業クラブ顧問のIと申します。
  我々商業クラブは、名前にある商業に関わることのみならず、
  地域に関する様々なことを研究してそれを発表する、という活動をしているクラブです。
  昨年度、生徒から近隣地域である新宮市に伝わっている
  徐福伝説について調べてみないかという意見があり、
  昨年度の研究テーマとした次第なのですが、
  どういう形でアプローチしていけばよいのか、
  どうまとめるべきなのか頭を悩ましておりました。
  そんな時、新宮市にある徐福公園の売店で逵先生がお書きになった
  「徐福論~いまを生きる伝説~」を見つけ、読ませていただきました。
  本の中では、徐福伝説が伝承されている地域において、
  それがどのように伝わっているのか、
  生きた姿を追いかけるというスタンスで
  まとめられているところに興味を覚えました。
  生徒が取り組む姿勢としても、
  そういった視点があれば興味を持って調査してもらえるのでは、
  ということで、先生の著作には足元にも及びませんが、
  徐福伝説を取り上げて映像作品としてまとめ上げた次第です。
  制作にあたっては逵先生の本を参考にしながら、
  ナレーションでも引用させていただいた部分もあったかと思います。
  挨拶、連絡もないままであった非礼をお許しください。
  ご覧になると分かるとは思いますが、徐福伝説についての十分な調査もなく、
  内容的にも深みのない稚拙な作品に仕上がっております。
  ただ、生徒にとっては地域に伝わっている伝承文化に
  少しでも触れられる機会にはなったかな、というように思っております。
  (後略)

そしてすぐに作品をお送りいただきました。

10分強のこの作品、顧問のI先生は遠慮がちにおっしゃっていたけれど、
先ずは「徐福の息吹をかんじる場所」として新宮の徐福公園周辺を紹介し、
その後、この地方で徐福が探した不死薬とはこれではなかったかと伝わる
「天台烏薬」という木について話は深く入っていきます。

私は天台烏薬と聞いただけで、ああそうかと思ってしまっっていたけれど、
彼女たちは新宮市農林水産課や和歌山県工業技術センターを訪ね、
新宮市高田地区では現在約17万本もの天台烏薬が育てられていること、
そしてそれらは商品化に役立てられているけれど、
その使い道は薬事法に触れるために葉に限定されていたことを知りました。

私も天台烏薬を家で育てていたんですが、数年で枯らせてしまい、天台烏薬の実は映像で初めて見ました。
徐福公園にはもう何度も行っていますが、売店の「天台烏薬長命湯の素」が画面に映されていて、未購入徐福商品がでていることを知りました。
(そういえば、徐福のお菓子「烏薬糖」を販売している福田屋のご主人がこのブログのコメント欄に温泉の素が売っていましたよと教えてくださったことがありました。これですね!)
そして昨年秋10月にはとうとう薬として「熊野蓬莱健胃錠」が発売されたということも知りました。
(私はかなり健胃ではありますが、なんだかいいではありませんか!)

ところどころI先生がおっしゃっていたように、「いまを生きる伝説」など、私が使う言葉が出てきたりして気恥ずかしくなるところもありましたが、
決して借り物の言葉ではなくて、自分たちで調べてそのことがわかったんだということが画面から喜びとして伝わってきて、そんな風に徐福に迫ってくれたことは嬉しいなあと思いました。

欲を言うなら、もう少し画像が粗くなければよかった!講演の機会にご紹介したい作品ですが、大きな画面には耐えられないかもしれません。
また、日本で徐福の墓があるのはここだけですと紹介していた新宮市の徐福の墓の30キロ北には、三重県熊野市波田須という土地があり、そこにも徐福の墓があります。そちらにも是非出かけて欲しいなあと思います。きっと新宮を見る別の視点ができると思います。

新宮の徐福伝説については、いまのうちに聞き取っておきたい事柄がたくさんあります。祭りの記憶や墓の周辺の記憶、記録されている田植え歌の名残がどこかにないか、そんな欲がたくさん出てきました。
それは今回の作品がしっかり天台烏薬に迫り、私にはそれがとても勉強になったからです。まだまだ教えてもらいたいことがたくさんでてきました。

この作品を苦労して作った商業部のみなさんが、いつかまた徐福のことを思い出してくださる機会があれば嬉しく思います。
いま日中韓で集まる機会には必ず次世代の問題がでてきます。でもこうして徐福を知りたいと思う若者が居ること、大きな声で伝えたいと思いました。

カレーができていました

2007-04-12 09:58:39 | シホのホ(雑記帳)
一昨日から大学の講義が始まりました。
昨日は大学の夜間部の講義があり(今まで講義は昼間部だけだったのですが、今年から夜間部も行くことになりました。…しかし間もなく夜間部がなくなるとのこと、夜間でなくてはいけないっていう人いるのにね。)帰宅はどうしても20時を超えます。

サホにカレーライスを頼んで出かけました。とはいっても火にかける前の段階までで終えておいて、パパ(サトル)が帰宅したら火を入れていいと言っておきました。
玄関を開けるととってもいい香り!私が帰ったとき、サホは台所で奮闘中でした。

それから朝から見ていないメールなどを整理している間にサホの「できたよ!」の声。
何もしないままにテーブルに食事が並ぶ幸せは、まるで旅館のようです。
そしてまたまたお世辞抜きに美味しいのです。時間も手間も隠し味もしっかりかかっているからなのでしょう。
今年は子どもたちの本格台所デビューか!とひそかにもくろむ母でした。

ワタルはどうした?そうそう、昨日はワタルは塾だったのです。ちょっと距離があるのでいつもは車で送迎しているのですが、ワタルの幼なじみのママが一緒に連れて行ってくれました。ありがとう!
支えてくれる仲間がいる!、だからこそやっていけます。