最後まで生き抜いたエースの本田稔少尉の戦記物語である。痛快な話ばかりで、素直に読んでいただきたいが、意外な指摘をひとつだけ挙げる。海軍での体罰の話である。特に海軍の暴力による制裁は甚だしいと言われている。
それについて、本田氏も「海軍精神注入棒」で尻を叩かれて気合をいれられた(P10)のだが「・・・こうした制裁は、士官連中のわかったような説教よりも打てば響くものがあり、リンチのような私的制裁とは全く意味が違うとのことだった。したがって、こうした体罰に対して反感を持つものはいなかったはずで、いたとすればそれは進路を誤った者であろう」とまで断言する。
本田氏も戦後の多くの戦記が、ほとんど軍隊はつらく厳しいところだと実例で批判しているのを知っている。それに対して「・・・戦闘に参加してここぞ精神力という場面に出くわした。根性がなかったら命はいくつあっても足らなかったであろう。その根性こそこの予科練の間にみっちり叩き込まれたのである。」と反論している。
命のやりとりをする軍隊の訓練が厳しいのは当然なのである。私見だが、軍隊の制裁を批判する者の多くが、大卒者ないし学徒兵であるように思われる。今より遥かに進学率の少ない時代の彼らには、無意識にエリート意識があり、制裁に反感を持ったというケースが多いように思われる。もちろん学徒兵にも勇敢な戦いをした者も多くいたことも承知している。
父は旧制の中卒で出征したが、厳しい訓練に耐えられないのは、平素楽をしていたからで、百姓上がりの自分には少しも辛くなかった。今でも若者は一度は軍隊に行って根性を養うべきで、軍隊は金持ちも貧乏人も区別なく公平なところだと、どこかで聞いたようなことを言う癖があった。
もちろん小生も、「注入棒」で骨折して一生まともに歩けない体になって帰省させられた兵隊がいる、という悲惨なエピソードも読んだことがある。西欧列強に囲まれて、日本は苦しい時代を生き抜いてきたのだ。既に戦後育ちの我々には、当時の厳しい世界情勢を実感できないのである。
ひとつ苦情を言わせていただくと、イージーミスがこの手の本にしては多いように思われることである。一例だけ挙げる。昭和17年の8月から9月にかけて、日本の潜水艦が、米空母サラトガとワスプを雷撃し、サラトガは米軍によって海没処分された(P30)とある。沈没したのはワスプであり、サラトガは雷撃されただけで沈没してはいない。このことは、日米海戦史を少しでもかじっていれば常識なので、不可解なミスだと思った次第である。一体、井上氏はこの手の本を書きなぐっていて、編集者のチェックも甘いのだろう。