毎日のできごとの反省

 毎日、見たこと、聞いたこと、考えたこと、好きなことを書きます。
歴史、政治、プラモ、イラストなどです。

再び零戦設計者について

2009-08-30 11:12:45 | 軍事技術

http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~k-serizawa/ 零戦の堀越二郎技師は有名な、共著「零戦」を書いている。そこには有名な米空軍のP-51ムスタング戦闘機との生産工数の比較が記されている。生産工数とは、物を作る時にかかる時間を言う。例えば100人・時と言った時、一人で働けば100時間を必要とし、5人で働けば20時間を必要とする、という事になる。

 同書によればほぼ同時期の零戦は、構造重量950kgに対して工数が10,000人・時、P-51は2110kgと2,700人・時である。構造重量とはエンジンなどを除いた純粋に機体本体の重量で、工数の対象である。生産工数は10,000÷2,700で零戦は3.7倍にもなる。実際には重量の差があるから、その開きはもっと多いが。単純に考えれば零戦はムスタングの3.7倍の価格と言うことになるが、そうではない。ドルのレートで換算するとP-51は零戦の2倍の価格だと言うのだ。

 この事について堀越技師は淡々と述べているだけであるが、軍事上は重大な問題を抱えている。結果的に零戦が安いのは給与水準が米国より遥かに安かったからである。現在の日本が中国で安い製品を作っているのと同じである。しかし戦時の事だから、P-51も零戦も同じ自国内で生産するしかないのだから、互いの国の給与水準の相違には何の意味もなく、工数の差だけが問題になる。

 限られた人的資源でどのくらい少ない人数で武器を製造できるか、という事は重大な事である。確かに零戦の設計時点では、零戦がこれほどの大量生産をしなければならないとは想定されていないから、優秀な機体を作るためには工数がいくらかかっても仕方ないとは言えるであろう。しかし「零戦」が書かれたのは戦後である。

 零戦が1万機以上生産され、戦争の帰趨を制するには大量の武器を必要とし、そのためには生産工数が少ない方が良かったという反省ができる時期であった。当時の日本人は米国の物量に負けたと言っていたからである。つまり零戦より高性能のP-51が零戦のなんと3.7分の1の労力で作られていたというのは大いに反省してしかるべきである。しかも人口は日本は半分で、工場で働く工員ははるかに少なかったのである。

 それなのに堀越技師は平然と、米国は機械作業が多く日本は手作業が多いから、生産数が少ない時は日本の方が安く、多くなると米国が有利になると、淡々と述べているだけである。堀越技師には反省はないのである。さらにP-51はその後価格も工数も大幅に低減していると述べている。これは単に前述の多量生産の効果によるものだけではなく、工数低減のための設計変更の努力がなされた事を意味している。

 ところが零戦はその後も工数がほとんど変わらない、と書いている。つまり生産性向上の努力がなされていない、という事である。これは自社でできる努力だから、さすがの堀越技師も海軍の批判はしていない。批判しないのは工数低減の重要性に気付いていなかったからである。だから「日本の航空を顧みて」という項で日本の航空技術の短所について、無線機などの機能部品が劣っていた事や防弾対策の遅れを指摘しているだけであって生産性が遥かに悪かった事については言及しない。やはり堀越技師は優秀な設計職人であって技術者ではないと断ぜざるを得ない。