副題:大統領に戦争を仕掛けさせた者は誰か
カーチス・B・ドール著・馬野周二訳
奇妙な構成の本である。第一部が外題として、訳者が相当なページを割いて、ドール氏の考えと、それにほぼ同意する馬野氏の考えを書いている。第四部も同様に馬野氏の文章である。従って馬野氏の訳と言いながら、巻末には著者として紹介されている。全般的に中川八洋氏あたりが賛同しそうな、イルミナティなる国際陰謀組織や、国際金融組織などが世界を操っている、というのが大きな筋書きである。また、多くの指摘が具体的な事実関係によって充分に立証されていないように思われる。
この本の二人の著者の指摘は、国際陰謀説が事実であろうとなかろうと、興味深いものがある。なお、ルーズベルトは愛人と一緒にいたとき死んだ、というのは定説であろうが、「ルーズベルトの死-その真相」という項さえ設けられているのに、小生の不注意でなければ、その点については触れられていない。ルーズベルト夫人は国際陰謀団体の手先となって、ルーズベルトを操っていたかのように書かれており、著者が好感を持っていなかったからであろうか。
解題:魔性の二〇世紀
「最近になって我が国の二、三の評論家から全く別の見方が提出されている。それは攻撃の最終立案者であり、命令者であった山本五十六大将が、実はアメリカに操られていたのではないかとするものである。(P21)」として一見「不遜な売文の徒の根も葉もない奇説に見えるが、私は少なくとも検討に値する見方ではないかと考える。」
小生は山本が、結果的に英米を利したことになったとしても、少なくとも「直接」操られた、ということは考えられない。この説はドール氏の説ではない。ドール氏は日本を対米戦に追い込んだの者達の一部には、日本人も含まれている、という事は明言していない。
「ヒトラーは操られた」として、ヒトラーは戦争を開始しようと言う意図はなく、単にダンチヒとその回廊と言う旧ドイツ領の回復を意図しただけで、チェンバレンもその真意を知っていた(P38)。そしてドイツとともに、ポーランドに侵攻したソ連に対して奇妙なことに英仏は不問にしていることだ、というのはその通りである。現在の世界史の共通の常識は、ポーランド分割をした独ソのうち、ドイツだけを第二次大戦の開始者としているのは、確かに不公平である。
氏も言うのだが、ドイツ軍はベルサイユ条約下で、開戦当時軍備は大したことはなかった。戦車の性能も数も不足していたし、海軍に到っては話にもならなかった。確かにヒトラーが英仏と開戦したがる、というのは不可解である。
満洲事変についても、張学良が圧倒的多数の兵士がいたにもかかわらず、日本軍に抵抗させなかったのは蒋介石の命令という説があるが、それを素直に張が聞き入れたはずもなく、この点を究明した者はおらず、「この謎にこそ、東アジアの陰謀を解く鍵があるのだが。(P45)」
つまり、「関東軍の独走は、日本政界の入っている英米の秘密勢力によって抑えられ大したことにならぬ」から抵抗をして兵力を失うな、と指示されていた。ところが満洲事変が成功してしまったのは、関東軍の決意と日本軍の強さを分かっていなかったから、というのである。確かに張学良が本気で反抗したとしても、精強な日本軍は蹴散らしたであろう。ドイツに指導された、後年の蒋介石軍とは違っていたのだろう。
第二部:パールハーバーの謀略
ここからがドール氏の著作である。第二部はヒルダー氏との対談である。ドール氏は日独も米国民も戦争を望んでいなかったのに、「世界金融勢力」がルーズベルトを使って、日独に開戦させた、というのであるが、読む限りでは対日戦と対独戦を切り離して考えている。対独戦参戦のために日本を挑発したとは考えてはいないようである。それどころか米国はドイツのポーランド侵攻から対独戦に入ったかのようである。それは、英独戦が本格化すると、中立法の改正や米駆逐艦が独潜を攻撃したことからも、事実であると言っていい。
事実関係で十分立証されてはいるとは思えないが、ドール氏の見解で最も興味深いのは、日独がともに敗色が濃くなってかなり早期に和平を望んだのに、ルーズベルトとチャーチルがこれを拒絶して、日独を完全に破壊し軍事力を絶滅させるまで戦った、という考えである。
日本がソ連に講和の仲介を依頼していた、という話は愚かなエピソードとしてよく知られている。それどころか日本が講和を目的として「独自にアメリカとの接触を試みていた証拠がいまになって、ますますはっきりしてきました。(P95)」としてアレン・ダレス、ハリー・ホプキンズ、フーバー、グルーなどの証言やアドバイスを紹介している。これらは原爆が投下されるまで、トルーマンが無視したのである。
ルーズベルトがチャーチルに、「私は決して宣戦はしない。私は戦争を作るのだ。」(P71)と言ったのは結構日本でも流布されているが、本書が出典であろうか。またチャーチルが議会で「アメリカは自身が攻撃されなくてさえも、極東の戦争に加わり・・・私がルーズベルト大統領とこれらの問題を語り合った太平洋会談(一九四一年八月一四日)(P72)」でルーズベルトが約束した、という指摘は現在なぜ注目されないのであろうか。
これは米国が対独戦の裏口から参戦する為に日本からの攻撃を望んでいた、という説を真向から否定している。米国が先に日本を攻撃すれば、それが対独戦参戦の理由になるはずはなかろう。それどころか、戦争をしないと約束したはずのルーズベルトは嘘つきだ、と自ら言っているのである。
本書にはある米国の上院議員がこれについて、米国は真珠湾攻撃以前から対日参戦をしようとした、と指摘していると書かれているが、この指摘は文脈から明らかに開戦後のものである。なぜ戦争に反対していたはずの米国民は、チャーチルの演説に注目して、ルーズベルトを非難しなかったのか、と小生は思う。米国のマスコミは間抜けではなかったし、米国民も同様であったはずである。
第三部 操られたルーズベルト
ドール氏は次々とアメリカの悪事を書いている。しかし「わが国民の他の国民に対する博愛精神は疑いようもなく、世界の歴史を見ても並ぶものがない。(P108)」と述べているように、無邪気な愛国者である。
ドール氏によれば、1929年の株の大暴落(大恐慌)でさえ陰謀である。「ヨーロッパやアメリカの有力資本家グループが、一時的な儲けのため、いわば利益を『刈り取る』ために、各地の取引所で株式相場を崩壊させる絶好の時期と考え、それによってハーバート・フーバー大統領を排除する決意をした(P230)」
そして陰謀には大統領夫人まで加担している。ルーズベルトは「どんどん『ロボット』になっていった。だが夫人は始めから終りまで、国際主義者のゲームをあからさまに演じた。(P266)」ウィルソン元大統領ですら国際組織に利用されていて死の直前に、ある軍人に「私は一番不幸な人間だ・・・知らず知らずに自分の国を破壊してしまった」(p267)と無念の気持ちを漏らした。
ドイツとの和平工作は1943年の春に既にイスタンブールで行われていた。(P272)アール中佐はイスタンブールでドイツ諜報部長と会って、アメリカがドイツ軍の降伏を受け入れると示唆するだけで、降伏しドイツ軍は「西洋文明の真の敵(ソ連)」の進撃から西洋を守る、と語った。これにはパーペンドイツ大使も絡んでおり、背後にはヒトラー暗殺を計画した反ナチグループがいたのである。結局はこの会談もヒトラー暗殺も失敗した。
それどころかイスタンブール会談とそれに対する大統領の拒絶の回答を知っていたパットン将軍、フォレスタル国防長官は早死にしたが、それも陰謀の一部であるように書かれている。「・・・マッカーサー将軍は確実に知っていた。(P279)」のだが、殺されなかったのは、マッカーサーが戦争の早期終結を望んでいなかったから、とでも言いたげである。
真珠湾軍港は厳重に守られていて攻撃は困難だった、という説がある。リチャードソン提督は「真珠湾は現在ある兵力だけで防御するのは難しい。三六〇度海に囲まれ、艦隊の補給も難しく、潜水艦の攻撃にも弱いし、陸軍の対空砲火も足りない」(P290)とスターク海軍作戦本部長らに言ったが埒があかないとして、ルーズベルトに「太平洋艦隊にもっと安全で戦略的な態勢をとらせるよう」言ったが無視されて、テーブルを叩いて怒って帰ると、まもなくリチャードソンは解任された。このことも真珠湾の太平洋艦隊への警告を遅らせたのとセットの陰謀になっている。
ドール氏によれば、国連ですら国際陰謀団(ここではイルミナティ)のによる超世界政府への布石だという。(P309)その過程で共産主義者を利用する為に、東欧をソ連にくれてやったというのである。そのために、後にソ連スパイとして告発されたアルジャー・ヒスが国連憲章の起草者の一人になっている。(P309)
第四部 本書に寄せる私の思い
これは馬野氏による総括である。氏はドール氏と同じく、国際陰謀組織である、「統一世界勢力」なるものの存在とその陰謀によって近現代史が動かされている、ということを信じている。前述のように、その真偽はさておき、本書に書かれたことは、陰謀説を別にしても面白い指摘が多い。本書におけるドール氏と馬野氏の違いは、米国における黒人差別の問題を取り上げないか、取り上げているかのように思われる。それはドール氏が米国民を世界一博愛精神に満ちていると信じていることによるのであろう。