倉山氏は気鋭の論者であり、識見は尊敬している。当然のことながら、見解が異なることがたまにはある。本書には「裏道参戦論の嘘」(P192)があるのでこれだけ取上げる。別項で書いたことの繰り返しが多いが容赦願いたい。ルーズベルト大統領は、ヨーロッパ戦線に参戦するために、ドイツの同盟国である日本に最初の一発を撃たせることにした、というのが裏道参戦論である。氏の嘘説の根拠はシンプルである。
第一に、日独伊三国同盟には、独伊が戦争を始めたとき、日本には自動参戦義務がないこと、ヒトラーは同盟の義理を守る人物ではないから、日米戦が始まっても、ドイツが日本とともに米国と戦うということは、結果は別として予測不能であった、という二点であると思われる。一方で、ルーズベルトは、日本が開戦しても当然なほど、真珠湾攻撃以前から、数年にわたり挑発をし続けた政治的狂人だと断じている。
だが、日米戦直前の米国の行動について、この本で倉山氏が取り上げていないことがある。米国はドイツに対する牽制として、グリーンランドなどの保障占領をし、中立法を改正して、国際法の中立違反の、英ソという独との交戦国に大量の武器援助をしたこと、援英輸送の護衛をし、独潜を攻撃した、など国際法上は既に対独参戦していたに等しいが、対米戦を忌避するヒトラーに黙殺されただけである。
氏は米世論が参戦反対のため、ルーズベルトは参戦反対の虚偽の公約で当選した、と素直に言っているが、信じられない。なぜなら、中立法改正は議員の多数の賛成で成立し、多数の議員には多数の支持者たる国民がついている。ルーズベルトの独裁ではない。対独挑発行為は米国マスコミで報道されている。熱心な反戦運動を展開したのは、かのリンドバーグらのマイナーな存在であった。世論調査が圧倒的反戦であったのは、建前に過ぎないか、世論を反映していなかった、と考えられる。最近では米大手マスコミで、トランプ氏がクリント氏に勝つと予測したものはなかったではないか。
米国人の言葉は美しいが、恐ろしい本音が隠れている。「マニュフェスト・デステニー」の美名のもとに、ネイティブアメリカンを殺戮し続けたではないか。戦争反対は美しい。しかしリメンバー・パールハーバーの美辞に、米国民は一瞬にして熱狂したのである。
米国は第一次大戦で軍事力と経済力を飛躍的に伸ばしたのであって、戦場となった欧州に比べ厭戦感情が強いとは考えられないのである。ここに「United States NEWS」という米国週刊誌のコピーがある。トップページには、NEWS OF NATIONAL AFFAIRSを扱う、とあるから軍事専門雑誌ではあるまい。興味ある方は、大阪の国会図書館から取り寄せると良い。昭和16年10月31には、驚くべき記事がある。「日本爆撃ルート」というきな臭いものである。
地図入りで、重慶、香港、シンガポール、フィリピン、グァム、ダッチハーバー、ウラジオストックから、日本本土を爆撃するための所要時間を図示した記事である。日本本土爆撃計画である。この週刊誌には、爆撃機、戦車、大砲などの製造メーカーのコマーシャルであふれ、なんと煙草のキャメルのコマーシャルには、陸軍、海軍、海兵隊、沿岸警備隊の4人の兵士が煙草を持ってにっこりしている。よほど戦時中の日本の新聞の方が、軍事と関係のないコマーシャルが多い。これが厭戦気分のあふれた時期のはずの米国の週刊誌なのである。
米国は、日米開戦前の、昭和16年に300機以上の大編隊で、日本本土を爆撃する計画を大統領が承認し、計画は実行が開始された。計画倒れではない。既に、爆撃機掩護の戦闘機部隊は機材や整備兵とともに派遣され、後にシェンノートのフライングタイガースとして、日本軍機と交戦している(幻の日本爆撃計画)。
幻の日本爆撃計画の著者は、爆撃計画はマスコミに公表されているので、日本政府が計画を知るのに、スパイすら必要としない、と断じている。さらにラニカイという海軍籍のボロ「巡洋艦」を太平洋に航海させて、日本軍に最初の一発を撃たせるべく挑発したが、成功する前に、真珠湾攻撃が始まった。中部読売新聞に、戦後の米艦長のインタビュー記事がある。
以上例示したことから分かるのは、昭和16年時点で、米政府は対独戦も対日戦も参戦を欲していた。これらはほとんどが米マスコミに報じられ、リンドバーグらの熱心な反戦運動は政治的には黙殺されたということから、米国民も内心は賛成をしていた、というしかない。だがこのような説は現代日本では寡聞にしてない。ルーズベルト個人に限れば、昭和12年の時点で日独の隔離演説をしていることから、支那大陸における権益奪取などという国益と言うよりは、個人的感情であろう。正に「政治的狂人」である。
倉山氏の裏道参戦論の嘘、の難点は、前述のように三国同盟の自動参戦義務のないことを厳密に解釈していることである。当時の世界情勢を考慮すれば、同盟国日本と戦争をすれば、米国が対独参戦することは、自然なことであり、条約の文言の厳密な解釈の問題ではない。変幻自在な倉山氏が、条約の文言に固執するのが理解できない。しかも前述のように、散々米国はドイツ潜水艦を攻撃するなどして挑発しているのにも関わらず、ドイツは挑発に乗らなかった。米海軍の軍事的挑発を米国民が知らないはずはない、のである。ガソリンは太平洋にも大西洋にも、散々撒かれていて、日本は火のついたマッチを投じたのである。
真珠湾攻撃が12月8日、その直後ルーズベルトとチャーチルは、電話で喜び合っている。日本の対英米開戦により、米国の対独参戦が確実となったと確信したからである。ドイツが対米宣戦したのは、その後の11日である。条約の文言はどうでもよい、という証左である。米英の政府と国民にとっても、三国同盟の自動参戦条項の有無など、どうでもよいのである。
だから陰謀的に裏道参戦計画をしたとは言えない、にしても対独、対日両戦争を欲していた米政府と国民にとって、対独参戦に苦慮していた時、真珠湾攻撃が起きたのは、全面的参戦にとって好都合だったのである。全面的二正面作戦はタブーとされているが、既に支那事変を数年戦ってきて国力を相当消耗していた対日戦は、すぐに片付く戦争だったと考えたに違いないのである。小室直樹氏は、支那事変によって、数十隻の空母を建造できるだけの国力を消耗していた、と解説した。日本などチョロイ、と米国が考えていても不思議ではない。
氏の説は一件混乱しているように見える箇所がある(P231)。緒戦で日本がフィリピンをとれば、取り返しに来る米海軍を迎え撃ち艦隊決戦を行うのが、永年の日本海軍のドクトリンであり、米海軍の想定も同じである、という。ところが(P215)では、石油が必要ならオランダ領インドネシアと、英領ブルネイを攻めればよいというのだ。英米一体ではないから、オランダが攻められれば、イギリスが出てきても、米国は出てこないだろう。日米が揉めるのは米国が関係のない中国に口を出すからで、ルーズベルトは戦争をしないことで当選したからであるという。
だから日本が植民地のフィリピンではなく、いっそアメリカ本土のハワイあたりを宣戦布告なしに攻撃してくれることぐらいでなければ、参戦できない、という。P215の米海軍のドクトリンと、ルーズベルトの非戦とは、直接はリンクしない。しかし、米墨戦争以来の米国の開戦方法を考慮すれば、日本がフィリピンを攻撃すれば、米国民は雪崩を打って、戦争になだれ込むことが分かる。対日戦も対独戦も、もはや区別はなくなる。
米領どころかメキシコ領にアラモ砦を築き、砦が全滅すると「リメンバーアラモ」とばかり米国は戦争を始め、広大なメキシコ領を奪った。米国はメイン号爆沈の際に、スペインが共同調査を求めたのを拒絶して「リメンバーメイン」(P208)と叫んで米西戦争を始めて、なんと遥か彼方のフィリピンを最初に奪った。メイン号はフィリピンと正反対の海域にいたのである。米国人のブロンソン・レー氏は、「満洲国出現の合理性」で氏自身がメイン号が燃えている際に乗船して、発火する可能性がある、特殊なヒューズが入った箱を発見した。スペインの友人が高額で買いたいと言ったのに断ったのだそうである。レー氏はメイン号爆沈が米国の仕業に違いないと確信しながら、米国のために隠したと言っているのである。
以上の米国の開戦方法をみれば、植民地どころか、他国領に居座ってさえ戦争の口実にすることが分かる。ボロ舟すら開戦の口実にしようとしたのである。軍艦の中は米国領と看做される、などということは些末である。些末なことに拘泥せずに、大局的にものごとを見ることのできる倉山氏にしては不可解である。