毎日のできごとの反省

 毎日、見たこと、聞いたこと、考えたこと、好きなことを書きます。
歴史、政治、プラモ、イラストなどです。

ミッドウェー海戦・運命の5分の嘘

2021-08-27 15:29:14 | 大東亜戦争

書評・ミッドウェー海戦・その時、艦隊はどう動いたか・「運命の5分間」の真実

 左近允尚敏・新人物往来社

 正直なところ、「運命の5分間の真実」という副題に惹かれて買った。しかし著者が元自衛官ではあるが、海軍兵学校の卒業者と知って一瞬後悔した。海兵出身者には旧海軍を擁護5するために嘘までつく人物さえいるからである。これは杞憂だった。大東亜戦史を考える日本人にとって、ミッドウェー海戦は誰にとっても痛恨の一戦である。そこで有名なのが「運命の5分間」である。私が「運命の5分間の嘘」説を初めて目にしたのは、澤地久枝氏によってだったが、その論拠を読み損ねていた。

 ミッドウェー海戦の「運命の5分間」とは何かを復習して見よう。著者は「運命の5分間」説の元となった当事者である草鹿参謀長と淵田「赤城」飛行隊長の証言を紹介しているのでこれを見るのが早道である。二人とも明快に「攻撃を受けたのは戦闘機の1機目が発艦しあと5分あれば攻撃隊は全機発艦する時だった」と言う趣旨の事を述べている。

 つまり「運命の5分間」とは、あと急降下爆撃による被弾がわずか5分後なら、攻撃隊は全機発艦を終えていたから、あれほどの被害はなく、攻撃隊は米空母群を全滅させて南雲艦隊は勝利した、というのである。たった五分の差が天国と地獄の差を生んだ。つまり南雲艦隊は運が悪かっただけであった、というのである。

結論から言うと「運命の5分間」が嘘であるのは、本書のP282~283に単純明快に書かれている。すなわち次のふたつの資料による。

①米国人による日本側の海戦参加者からのヒヤリングでは、攻撃された時点では雷撃機は兵装の再転換は終わっていたが格納庫にあった、と整備員やパイロットなどが証言している。つまり攻撃隊の艦上機はまだ飛行甲板には1機も上がっておらず発艦寸前どころではなかった。

②防衛庁の「戦史叢書」によれば、当時は攻撃準備中で兵装復旧もできていなかった。直前に南雲長官が上空警戒の零戦を発艦させるよう命じ、被弾直前に赤城の1機だけが発艦した。

 若干の相違はあるが、共通しているのは攻撃隊の機体はまだ飛行甲板には上がっておらず、発艦の準備は終わっていなかった、ということである。従って攻撃隊が発艦寸前だったというのは嘘で、せいぜい発艦できたのは3空母のうちのただ1機の上空警戒機であったのである。草鹿も淵田も上空直掩の零戦の発艦を攻撃隊の発艦と誤魔化したのである。だから前述のように小生は、海兵出身者は嘘をつく、と言ったのである。戦史叢書と言うのは戦史研究者なら一般的に知られている一種の定本であり、これが明快に運命の5分間を否定しているのである。

 だがよくよく二人の証言を読めば、嘘だという事はばれる。資料(*)によれば、大戦中の米空母の場合、カタパルト発艦で1分に2機、直接発艦で1分に3機で、60機を発艦するのに単純計算で20分とある。いくら日本機の搭乗員の技量が優れていても各々数十機ある3空母の攻撃隊が一斉に5分で全機発艦できるはずはないのである。よくテレビで放映される日本空母から乗組員に手を振って見送られて、零戦が次々と発艦する実写フイルムがある。素人目にも5分で攻撃隊が全機発艦できようはずがないのは分かる。馬脚は既に現れていたのである。艦上機運用のプロがよくこれだけの見え透いた嘘をついたものである。

もうひとつ、残った飛龍の第一次攻撃隊が発進したのは10時50分から58分の間である。(P194)この時既に3空母の被弾を知り山口多聞少将は拙速で取り敢えず飛行甲板上の24機の攻撃隊を発艦させた。従って被弾した3空母の攻撃隊発艦もこれ以上早いことはあり得ない。しかし米軍機は10時2分に最初の急降下爆撃を開始している。日本の最初の攻撃隊が発進する1時間近く前である。最初の命中弾は10時20分頃であるが、それでも30分以上前である。それどころか、零戦によってバタバタ撃墜されたTBD雷撃機は9時20分に3空母攻撃を開始していた。米機動部隊の攻撃は飛龍攻撃隊発進の1時間半前に既に攻撃を開始していたのである。あらゆる証拠が運命の5分間を否定している。ちなみに飛龍の攻撃隊の発艦は24機で8分と、さきにあげた1分に3機というデータとぴったり一致する。

 私はもうひとつのイフを考えた。著者が言うように、もしも山本長官が南雲艦隊に空母の存在の可能性を知らせ、無事攻撃隊を全機発艦させることができた場合である。珊瑚海海戦の戦訓が示すように、米艦隊の上空直掩機と対空火器の総合的防空能力は相当なものである。しかも空母対空母の戦闘は激しい殴り合いになる。双方応分の被害は出る。しかも艦上機数の比率は日本278機対米234機で空母の数の比のような格段の差があるわけではない。本書でアメリカの戦史家が言明している通り、南雲艦隊も2隻程度の喪失はあったはずである。

しかも防空能力の差から搭乗員の損失は日本側の方が多いはずである。実際には搭乗員の喪失は米艦上機の方が多かったが、これは米海軍の方が攻撃隊の艦上機をはるかに多く出撃させたために直掩の零戦に多数撃墜されたことによる。対空砲火は米艦隊の方がはるかに優れているから双方が等しく攻撃隊を出せば、この比率は逆転する。米機動部隊を撃滅しえたとしても、南雲艦隊も艦艇、機材、搭乗員に甚大な損害を受けたのである。

米空母は被弾しても飛行甲板が使える事が多いのに反して、日本空母は致命的損傷が無くても被弾すると飛行甲板は使えない。帰投した攻撃隊は飛龍に収容しきれずにほとんどが海没する。そこに基地航空隊が襲いかかったら空母の被害は拡大しただろう。前述のように艦上機の兵力で日本艦隊は僅かに優勢なだけであって、基地航空隊も含めたら(278:359機) 兵力は逆転する。南雲艦隊の惨敗はないにしても、この兵力差ではよほどの幸運が無い限り圧勝は考えられないのである。引き分けと言うのが妥当なところであろう。それならば珊瑚海海戦同様にミッドウェー島攻略はできなかった。結局攻撃の目標達成に失敗したであろうから損失の比率にかかわらず日本の敗北である。ミッドウェーの教訓は巷間言われる情報や索敵の軽視以外にも多くある。それにしても大東亜戦争から教訓を得るのに、旧海軍の幹部の虚言癖、とでも言うべき嘘の証言ほど障害になるものはない。

*歴史群像・太平洋戦史シリーズVol.22空母大鳳・信濃P158


IAR80 完成

2021-08-20 14:41:33 | プラモコーナー
尾翼の3色はデカールなのですが、ボロボロに千切れました。それで手塗りです。案外上手くいくものです。



デカールは二択なので派手な四つ葉のクローバーのを選びました。ピトー管は箱絵では細かく分かれているのですがカラー図に合わせて三分割の赤白のストライプです。



IAR80の奇妙なのは外板からむき出しになった補強材です。ともかくもレアな機体を48で仕上げて満足です。





主脚は瞬間なんどで強引につけました。さえないのはエルロンのマスバランスで片側に二個づつついているのはさえません。零戦は各一個。またスマートな外観のくせに尾脚はなんとそり式です。