毎日のできごとの反省

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ワシントン軍縮条約とロンドン軍縮条約

2014-02-11 14:46:32 | 軍事

 両条約に関し、戦後流布されている説はこうである。両条約で日本は希望の対米七割を得ずに、対米六割で抑えられた。しかし、現実には日本の建艦能力に比べ、米国の方が遥かに勝るから、この比率は問題ではなく、対米六割で妥協しようと、それだけの数を充足できない。妥協したのは対米協調の所産であり賢明であった。条約を締結せず、無制限の建艦競争になったら、日本の財政は破綻していたであろう。条約に賛成したいわゆる条約派は国際協調派で、反対した艦隊派は軍国主義者である、と。そしてその神輿に乗って海軍軍縮条約反対を唱えた東郷元帥は、時代錯誤であるというものである。

 これは原則論からして、既に破綻している。同じ主権国家同士が軍縮を話しあう場合、経済規模に合わせて比率を決めると言うことは、主権の大小を認めることであり、国家主権の対等の原則を認めていないことになる。実は日本側は経済規模で決めたつもりでも、米英はそうではない。覇権の権利が米英より日本の方が小さいと考えているのである。いずれにしても、国家主権の対等の原則を認めていないことに変わりはない。

 また、この説は実際の環境や米国の意図を無視した抽象論でもある。軍縮条約を持ちだしたのは米国である。それならば、その意図を考えなければなるまい。検討には二冊の本が参考になる。西尾幹二氏の「GHQ焚書図書開封6」と岡田幹彦氏の「東郷平八郎」である。ワシントン軍縮条約は極東の特に支那の問題を9カ国での討議とセットで行われたのだから、軍縮条約の意図は九カ国条約の内容にある。ワシントン会議で締結された、九カ国条約の眼目は

①支那の独立と主権の保持の尊重

②支那における各国の機会均等と門戸開放

である。

 西尾氏によれば、支那大陸にある程度の権益を保有している日英仏に対して、全く進出の余地がなかった米国が、俺にも分け前をよこせ、と主張したのである。その証拠に米国は「支那解放決議案」として、それまでの各国の条約の特権を廃止した上で、機械均等を認めよ、という提案をしたが、他の国に反対されて成立しなかった。門戸開放や機会均等と言えば聞こえがいいが、実際には支那を守るものではなく、単に米国も分捕りたい、というものである。そもそも多くの国がある国に進出することについて話し合う、ということ自体が、その国の主権を全く尊重していない。

外交の相互主義の原則から言えば、支那も残りの国に機会均等や門戸開放を主張できるはずなのである。それと併せて軍縮条約を結ぶのは、太平洋を越えて海軍力で支那に進出するための邪魔者、すなわち日本を抑え込もうというのがアメリカの意図である。

岡田氏によれば、ロンドン条約で実質的に軍縮したのは日本であり、アメリカは軍拡の結果をもたらした(P233)というのである。大型巡洋艦は、日本は対米6割とされたが、その結果の保有量は現有8隻プラス、ほとんど完成状態にある4隻に等しいから、条約がある限り新規建造はできない。

反対にアメリカに許された保有量は、現有保有量の9倍となる。アメリカにも建造中のものが幾隻かあったが着工したばかりで完成率は低い。小型巡洋艦も同様である。駆逐艦だけが日米とも削減となる。しかし、日本の駆逐艦は第一次大戦後に作られた新鋭艦がほとんどだから、これらの新鋭艦を削減することになる。アメリカは第一次大戦中に作られた旧式艦がほとんどであり、多く見える現有保有量も戦時体制の過大な量である。

だから、これらの不用なボロ船を廃棄して、平時体制に必要な制限枠で新造できるのである。つまり米国は無駄をなくすというおまけまでついている、と言うのであ。これらを閲するに、なおさら平時であることを考えれば、無制限の建艦競争に巻き込まれて日本経済が破綻する、などということは杞憂である。まして条約反対の急先鋒であった東郷は対米6割ではなく、7割を守れ、というのだから、これが実現したところで巡洋艦はわずかな建造量が認められ、駆逐艦は廃棄量が僅かに減る、ということに過ぎず、経済的負担は少ない。恐らく、米国がワシントン条約に続き、ロンドン条約を締結したのは、このままでは日米の補助艦艇兵力の比率が日本に有利になっていってしまうことを考慮したタイミングで行ったものであろう。米国はあくまでも狡猾なのである。

砲雷撃戦主体の当時の海戦に置いては、ほぼ単純に艦艇の数量の差が勝敗を分けるものであったと、誰かの文章を読んだことがある。典型的なものがその時までの最大の海戦である、ジュトランド沖海戦である。呉の海軍兵学校のツアーだったと思うが、元海上自衛官の解説では、砲数等のデータ比較を詳細にするとバルチック艦隊より連合艦隊の方がかなり優勢だったから勝って不思議はない、ということであった。圧倒的に完勝したのは秋山真之の述懐通り天佑だったのではあるが。

米国が軍縮に海軍兵力にしぼったのは、日本海海戦での日本の圧勝への恐怖の他、戦車も航空機も未発達な時代であり、整備に時間がかかる艦艇に軍縮の的を絞ったのであろう。指揮官さえいれば歩兵は戦時には急速動員可能なのである。このように考えて行くと、ワシントン条約やロンドン条約に対する現在の日本で流布している通説は、怪しいものである。


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