8月初旬、『イサム・ノグチ 幻の原爆慰霊碑』と題するNHK制作のドキュメンタリー番組を視聴して大きな感銘を受け、一つの発心に到りました。
NHKアーカイブにはこの番組の解説として、
「20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチ。日本人の父とアメリカ人の母を持つ彼が、生前、最も情熱を傾けた創作の一つが広島の原爆慰霊碑だった。しかしノグチのデザインは建設前に突如却下される。ノグチが原爆を落としたアメリカの国籍だったことが理由とされている。新たに公開されたノグチの肉声や関係者の話などをもとにノグチが“幻の原爆慰霊碑”に込めた思いに迫り、2つの祖国の狭間(はざま)で生きた芸術家の生涯を描く」
とあります。
1950年、広島平和公園全体の設計を担当していた建築家丹下健三は訪ねてきたイサム・ノグチの熱意と才能に動かされて公園の両側にかかる二つの橋と設計を委ね、慰霊碑の設計も依頼しました。1951年、ノグチは心根を傾けて慰霊碑の設計を果たし、模型も作り上げましたが、その翌年1952年の初め、ノグチが米国国籍であることを理由に一方的に慰霊碑建立の契約が破棄されました。しかし、NHK制作番組『イサム・ノグチ 幻の原爆慰霊碑』が詳しく伝えるように、イサム・ノグチはこの原爆慰霊碑の建立(こんりゅう)を希求し続けたまま亡くなりました。彼を最後まで駆り立てたのは、人間が原爆を作りそれを人間に対して使用したという重大な罪の意識とその罪に対する贖罪の想いであったのです。
私の大好きな歌舞伎『勧進帳』の中の見せ場の一つに弁慶の勧進帳読み上げがあります。このあたりの台詞(謡曲)は能『安宅』からそっくり引き継いでいます。イサム・ノグチの反核の志に感動して私が到達した発心の中身をお伝えする目的でこの謡曲をもじらせていただきます。
「惟んみれば、大恩教主の秋の月は、涅槃の雲に隠れ、生死長夜の長き夢、驚かすべき人もなし。ここに中頃、帝おはします、御名をば、聖武皇帝と、名付け奉り、最愛の夫人に別れ、恋慕やみがたく、涕泣眼にあらく、涙玉を貫く、思いを善途に翻して、盧舎那仏を建立す。
我もまた、亡妻への恋慕やみがたく、日々涕泣に明け暮れしが、思いを善途に翻して、ここにイサム・ノグチ原爆慰霊碑建立の勧進を発心するに到れり」
もちろん、老人ホームの一室に独居する私には、東大寺再建勧進の職を荷なった俊乗坊重源(ちょうげん)の役を果たす事は論外です。核兵器の使用をあげつらう政治家の存在する現世の暗黒を憂いて、イサム・ノグチの魂魄は未だこの世に留まっているに違いありません。俊乗坊重源の役は彼に演じてもらいましょう。私にできる事は、まず、出来るだけ多くの人々にNHK制作番組『イサム・ノグチ 幻の原爆慰霊碑』の視聴をお勧めする事です。NHKオンデマンドやU-NEXTやアマゾンのprime video などで容易に観ることができます。BDプレーヤーをお持ちの人で、ご希望でしたら、私が放送から録画したディスクを、スマートレターに封入して無料でお送りします。私のメールアドレス:huzinaga@cup.ocn.ne.jpを使って住所氏名をお知らせ下さい。この番組を制作したのはNHKの立派なスタッフに違いないので、版権侵害を理由に私のささやかな行為を妨害する事はありますまい。
この勧進行為については、今後も継続してブログ記事を書くつもりです。
藤永茂(2022年9月5日)
元気があれば3D映像にしてみたいと思っておりました。
思いついた事を全部やるには時間がまったく足りないと思い知らされる歳になりましたが、記事を拝読して、慰霊碑のモデリングの優先順位をぐっと上げました。
多謝です