褒めまくる映画伝道師のブログ

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映画 7月4日に生まれて(1989) ベトナム戦争とは何だったのか・・・?

2010年01月14日 | 映画(数字、アルファベット)
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 ベトナム戦争をきっかけにアメリカは何を信じたら良いのかわからなくなってしまった
 アメリカ映画にベトナム戦争を扱った名作は多数あるが、そのベトナム戦争に対する想いを、映画として表現している監督はやはり、オリバー・ストーンだろう
 彼がベトナム戦争に従軍した時の経験を活かして監督をしたプラトーン以降、堰を切ったかのようにベトナム戦争を題材にした映画がたくさん作られる
 ハンバーガー・ヒルスタンリー・キューブリック監督フルメタルジャケットそして、ブライアン・デ・パルマ監督カジュアリティーズなど、米軍兵士の戦場における残虐性を描かれた映画が他にもたくさん生まれた
 しかし、一方ベトナム戦争中のアメリカ国内においてはどうだったのかまた、ベトナム戦争に、正義を感じて行ったアメリカ兵士たちはどうなったか
 実はその事をよく表している映画にシルヴェスター・スタローンランボーに見ることが出来るあの映画はアクション映画として評価されている部分があるが、僕には社会派映画に思う
 ベトナム戦争から撤退した事によってランボー(スタローン)はアメリカに帰ってくるが、結局はアメリカ国内において彼らは社会復帰できず、しかも町の保安官から不審者として扱われるそして、ランボー(スタローン)は結局ベトナム戦争と同様にジャングルでの生活を選ぶまさにベトナム戦争に行ったアメリカ兵士達の末は無事に帰ってきても結局はジャングル暮らしに戻されてしまう社会だったのだ
 しかし、負傷したアメリカ兵士がベトナム戦争から帰ってきた場合を描いているのが、今回紹介する7月4日に生まれてになるのだろう
 ベトナム戦争に参加することの見返りは、単なる勲章バッジしかなかったアメリカのすることは全部正義だと信じていた事が、もろくも崩れ去った瞬間を描いたのが7月4日に生まれてだろう
 監督はプラトーンと同じオリバー・ストーンだが、プラトーンでは、あくまでベトナム戦争の戦場の卑劣さを描いたが、今回はベトナム戦争映画と言っても、実は戦場のシーンの時間はそれほどない
 ベトナム戦争前後の時代の変化を見事に描いた名作7月4日に生まれてを紹介しよう
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 アメリカ独立記念の日(7月4日)に生まれたロン(トム・クルーズ)は少年の時に野球や戦争ごっこをしている愛国心溢れる少年だったそして彼はテレビでジョン・F・ケネディが演説しているのを家族で聴いている
 そして母からロン(クルーズ)はロンが将来においてこのような演説をしている姿を見るのが夢だと聞かされる
 やがてロン(クルーズ)は高校生になり友人たちが大学生に行く希望を持つものが多い中、彼は学校に来た海兵隊員(トム・べレンジャー)の話を聞いて、自分もアメリカのために海兵隊に入隊することを決意する
 1967年において、ロン(クルーズ)はベトナム戦争に身を投じていて、軍曹として部隊を指揮する立場の人間になっていた

 ある時ロン(クルーズ)の部隊はベトナム人の村を襲ったが、そこは人民が住んでいる村であり、普通の人を殺したことにロン(クルーズ)はショックを受ける
 しかも、その時にベトコンがロン(クルーズ)の部隊を襲ってきたすっかり混乱してしまったロン(クルーズ)は誤って味方の兵士であるウィルソンを撃ち殺してしまう
 彼は罪の意識に悩まされるが、上官からベトナム人民を殺戮したこと、そして味方のウィルソンを撃ち殺した事を口外しないように注意を受ける
 そして1968年1月においてロン(クルーズ)の部隊はベトコンから急襲を受け、ロン(クルーズ)は脊髄を撃たれ、命は助かるが胸から下は完全にマヒ状態になってしまう
 そんな軍隊の病院でロン(クルーズ)は、現在アメリカではテレビで反戦デモ公民権運動が起こっていることを知る
 1969年にロン(クルーズ)はついに故郷へ帰ってきたしかし、彼の姿は車椅子の状態だった
 彼は高校時代の恋人のドナ(キーラ・セジウィック)に会い、そして彼女の通っている大学に行くとそこでは学生デモが起こっている
 今やアメリカ国内においては反戦デモの嵐またロン(クルーズ)自身もアメリカの正義のためと信じて疑わなかったベトナム戦争に行ったにもかかわらず、ロン(クルーズ)は周りから非難の的になってしまい、自暴自棄になり酒に溺れるようになる

 そんな自暴自棄になった彼は父親の勧めもあり、メキシコへ旅立つ
 そこで彼は自分と同じくベトナム戦争によって負傷して車椅子生活をしているチャーリー(ウィレム・デフォー)と出会う
 メキシコでのロン(クルーズ)の生活も自暴自棄なものであったが、チャーリー(デフォー)のアメリカは自分たちを見捨てたという台詞にロン(クルーズ)とチャーリー(デフォー)は衝突するが、その事はロン(クルーズ)にとって現在も継続中のベトナム戦争が間違っている事に気付く
 そして彼はアメリカに帰ると、ベトナムの戦場で味方なのに殺してしまったウィルソンの両親の住んでいるところに行くそこには両親と彼の妻と産まれたばかりの赤ん坊がいた
 ロン(クルーズ)はウィルソンの死んだ本当の理由をウィルソンの両親に語る彼には自責の念で涙ながらに話すが、逆にウィルソンの両親から慰められる
 
 そして共和党大会においてニクソン大統領が演説しているそこでの演説はベトナム戦争は正義の戦いであるかのような演説であるが、ロン(クルーズ)は車椅子で共和党大会に乗り込む、マスコミに自分の姿をさらけ出す
 そしてロン(クルーズ)は叫ぶ戦争をやめろ、ベトナムのブラザーを殺すな、北爆をやめろ今や反戦デモの先頭に立って抗議するが・・・続きは映画を観てください

 それにしてもアメリカは多くの若者をベトナムに送り込んでたくさんの命を犠牲にしてきたアメリカ人にとって遠く離れたベトナムへ戦争に行くことの重要性は何もない敗戦濃厚にも関わらず、必死でその事を隠し、アメリカ国民の感情を煽りベトナムへ若者を送り続け、多くの犠牲者を出す

 しかし、アメリカはそんなベトナム戦争での経験がまるで活きなかったように前ブッシュ大統領によるイラク戦争を起こしてしまう
 前ブッシュ大統領のイラク侵攻の目的は大量破壊兵器の存在を挙げて正義の戦いを訴えたが、結局大量破壊兵器等は見付からず、フセイン大統領を捕らえて死刑にした事ぐらいしか有益なことはなかった
 
 イラク戦争によって多くのアメリカ人の命は失われ、フセイン大統領の圧政に苦しむ人々を解放するという名目も、実際にはフセインのいなくなったイラクはテロリストの温床地となっていまい、同時多発テロの9.11事件の悪夢を払拭できなかった
 しかもイラクは自爆テロが多数おき、治安が悪化してしまう結果に
 本当に何のためにイラクを攻撃したのかわからない
 実はこの映画はベトナム戦争という今やイラク戦争の影に隠れてしまった感もあるが、このような反戦映画は時代を問わずに色々なことを僕たちに問いかける僕はプラトーンよりも7月4日に生まれての方が僕は好きです

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2 コメント

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はじめまして (アスカパパ)
2010-01-15 15:50:13
コメント&TBありがとうございました。
「7月4日に生まれて」について書かれた内容を読ませて頂きました。この映画に対するディープインパクトさんの熱い思いが伝わってきました。私もイラク戦争と重なってきます。
こちらからもTBさせて頂きます。

競馬は、昔、京都競馬場や阪神競馬場へよく行きました。タニノムーティエ。ダテテンリュウ。トウショウボーイ。タケシバオー。テンポイント。ハイセイコー。セブンオー。コマツオー……。いま思い出した馬の名前を、そのまま順番に書きました。そんな時代のことですから、ずいぶん古い時代です。(笑)。なお、いまは完全にやめていますので、全く知りません。

なお、ブックマークにリンク頂き、ありがとうございます。私もリンクさせて頂きます。
アスカパパさんへ (ディープインパクト)
2010-01-15 22:18:05
 勝手にブックマークにリンクしてすいませんでした。
 確かに馬の名前は聞いたことはあるけれど・・・???というような馬の名前ばかりでした(笑)
 映画の記事を他の人の読んでいると、自分には気付かなかった事が書かれていたりして、非常に勉強になります。
 今後もよろしくお願いします。
 また私のブログをリンクしていただき有難うございます。
 

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