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映画 ミツバチのささやき(1973) 映像詩を感じさせます

2016年08月28日 | 映画(ま行)
 映画というのは名作イコール面白いとは必ずしもならない事が多いのは衆知の事実。俺も20年以上前の学生だった時に、この映画は名作だという評判を聞いてワクワクしながら観たのに、ワケがわからずひたすら退屈だった映画が今回紹介するミツバチのささやき。当時、大した知識も無く、血気盛んな若者だった俺が観て楽しめるタイプの映画ではないのは確かだ。しかし、20代前半の時に観ても楽しめなかった映画も数年後に観返してみると、けっこう良い映画じゃ~ん!なんて思える映画もたくさんある。今やすっかり知識も経験も豊富な四十代も半ばを迎えて本作を再見したら、アラ、ビックリ!流石は名作と呼ばれるだけの奥深さがある。

 これまた映画の法則だが、たいていの人は予備知識無しで映画を観た方が面白いと思っている人が多いと思うが、本作の場合は少々予備知識を持って観た方が少しは感動できる。ちなみに本作はスペイン映画だが、1940年のスペイン内戦の直後が時代背景にして描かれており、公開された1973年はまだフランコ独裁政権だったことを頭の片隅にでも置いて観ると、非常に深読みのしがいがある映画だ。世界史の苦手な日本人の多くは、スペインと聞いてもサッカーが強い国というイメージしかない人が殆んど。しかし『スペイン内戦』『フランコ独裁政権』この2つのキーワードをちょっと勉強すると、つい最近までスペインという国は普通の人々が暮らすには大変だったということが理解できる。

 さて、俺も後で知ったのだが、実は本作のテーマは制作当時のスペイン政権の批判映画。そんなことに気付かせないようなストーリー紹介を簡単に。
 1940年、スペインの小さな村が舞台。ある一家において、父フェルナンド(フェルナンド・フェルナン・ゴメス)は自分の部屋に籠ってミツバチの研究に没頭し、母テレサ(テレサ・ジンペラ)は誰宛てなのかはわからないが手紙を書いている日々を過ごしている。彼らにはまだ幼い姉イザベル(イザベル・テリェリア)と妹(アナ・トレント)の娘2人がいる。
 ある日のこと、この小さな村に移動映画がやってきた。上映される映画は『フランケンシュタイン』、イザベルとアナの姉妹は映画を観るが、そのことは妹のアナに心理面で様々な影響を与えるのだが・・・

 さて、何の予備知識も無く観てしまうと、本作がスペインの独裁政権に対する批判映画だと気付く人はまず居ない。本作はアナを中心に彼女の家族の出来事が淡々と描かれているだけだから。しかし、当時のフランコ独裁政権の最中のスペインで、露骨に当時の政権を批判するような映画は撮れないし、撮れても公開されない。だからかんじんのテーマに気付かない人が殆んどであることは当たり前なのだ。しかしながら、前述した予備知識を持って本作を観ると、非常にメタファーに満ちた作品だということに気付けるだろう(実際は気付けない人が殆んどだが)。
 タイトルの『ミツバチのささやき』が表わす意味は何なのか?、冗談好きの姉イザベルと純粋な妹アナの対比するところの意味は?母テレサの手紙を書く意味?そして上映される『フランケンシュタイン』は何を意味するのか?その他にも色々と暗喩的な表現を用いられているはずだが、このような描き方が映像詩を感じさせる。
 ストーリー的にはドラマチックなことが起きるわけでもないので、途中は非常に退屈。しかし、最後の方でフランケンシュタインの効果が抜群に効いてくる演出はなかなかの感動を味わえる。

 冒頭からアニメチックに始まるシーンはちょっと驚くが、その後は静かな音楽と、少ない台詞、ヨーロッパ映画らしい暗めの渋い画調と全体的に静かな印象を受ける映画。しかし、意外にこの静寂さが、政権批判という内容が込められている作品に感動を与える効果を発揮しているような気も今観れば思ったりした。
 ハリウッドのド派手なアクション映画に飽き飽きしていた人、ヨーロッパ映画の名作を観たいと思っている人、そして何よりスペインという国に対して熱い気持ちを持っている人にはミツバチのささやきを今回はお勧め映画として挙げておこう

ミツバチのささやき HDマスター [DVD]
アナ・トレント、イザベル・テリェリア、フェルナンド・フェルナン・ゴメス
IVC,Ltd.(VC)(D)


 監督は本作が長編第一作であるビクトル・エリセ。今まで長編映画はたったの3作という超寡作ですが、エル・スールもスペイン内戦をテーマにしていてお勧めです。








 
 
 
 
 
 

 

 
 
 

 
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映画 硫黄島からの手紙(2006) 硫黄島の戦いを日本側の視点から描く

2016年08月19日 | 映画(あ行)
ラストサムライにしろ終戦のエンペラーにしろ、たまに日本を描いた映画で良いな~、なんて思っていたら日本人じゃなくて外国人が監督をしていたなんてことがあったりするが、今回紹介する映画硫黄島からの手紙も見た目はまるで日本映画のように思えるが、これまた監督は日本人じゃなくてアメリカ人の名匠クリント・イーストウッドだ。前回アップした父親たちの星条旗(こちらも監督はクリント・イーストウッド))に引き続き、硫黄島ニ部作における硫黄島の戦いを日本側からの視点で描いた戦争ドラマだ。

 硫黄島の戦いといえば大東亜戦争で、日米が最も激しい戦いを繰り広げた戦いであり、栗林中将の知力、指揮力によって、日本軍よりも圧倒的な軍事力を率いる米軍に大打撃を与えた戦いとして今日では知られている。俺はてっきり本作の内容は栗林中将の英雄的かつ超人的な活躍、または逆に栗林中将の悪口を散々に描いているのかと思っていたのだが、流石はクリント・イーストウッドと言うべきか、そんな俺の予想をはるかに覆す奥深い内容。現在のある一部の日本人が戦争、軍隊に対して、絶対的に悪者と決めつけてしまい脳ミソの思考回路がストップしている状態に陥ってしまっているのを時々見かけるが、柔軟な思考を持っているクリント・イーストウッドが凄いのはあらゆる思想の人々に受け容れられる戦争映画を撮り上げってしまったこと。

 前作の父親たちの星条旗でも込められた反戦メッセージは日本軍を描いた本作においても継続されている。とんでもない体罰兵士が登場するし、日本の本国における残された家族に対する日本の憲兵の描き方はかなり辛辣。しかし、一方で日本の兵士に対してかなり好感的な描き方もされていたりする。真っ当な考え方をしている外国人が日本の軍人を描いたら、これぐらいの良心を持った日本の軍人が登場して当たり前だし、戦争の真っ最中といえどもこれぐらいの美談があるのも当然のことだ。

 さて、硫黄島の戦いから61年後。あの戦場で発掘された手紙で明かされる日本人兵士たちの想いは如何なるものだったのか!簡単にストーリーの紹介を。
1944年の6月、大東亜戦争において日本の戦況は悪化する一方。そんな折に、日本本土の最後の防衛地である硫黄島に栗林中将(渡辺謙)が指揮官としてやってくる。彼は到着早々に旧態依然としたやり方を目の当たりにしてビックリ。彼は古参者の兵士達から反発、驚きの目を向けられながらも合理性を重視した防御策をバロン西伊原剛)の力を借りて実行していくのだが、ついにその時がやってくる・・・

 ラストサムライで見せたような最後の鬼気迫るような渡辺謙を、本作の栗林中将に期待するのは的外れ。他の戦争映画やアクション映画で見かけるような、たった一人で多数の敵をやっつけるなんてシーンは本作においては全く見られない。それは他の日本兵も同様。むしろ栗林中将、バロン西の人格者としての一面が描かれている部分が強いので、戦う前から圧倒的に劣勢だった日本兵が、アメリカ兵に一矢を報いるといった展開を期待してはいけない。この辺りの描き方はクリント・イーストウッド監督の前作父親たちの星条旗から一貫している姿勢であり、戦争から英雄を完全に排除して見せた。
 しかし、クリント・イーストウッド監督が凄いのは単に戦争を否定するだけでなく、保守な日本人ですら堂々と言えない一言を本作で言わしていること。『天皇陛下、万歳!』、『靖国で会おう』。この視野の広い描き方のおかげで、観終えた後に余韻が残り、あの戦争は一体何だったのかを考えさせる。
 日本人とアメリカ人の友情を交わすシーンもあり、そんな両国がなぜ戦ったのか?今、なぜ日本は平和を享受できているのか?なぜ、現在アメリカと日本はあれほどの戦いをしたのに同盟国として結ばれているのか?硫黄島から見つかった手紙は、当時の彼らの本土に残している家族だけでなく、今の我々日本人に対して何を遺したのか?他にも色々考えさせられることがあるだろう。
 外国映画に出てくる日本は変な描き方がされていることが多々あるが、本作においてはそんな心配も無用。毎年8月になれば観たくなる映画として今回は硫黄島からの手紙を挙げておこう

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渡辺謙,二宮和也,伊原剛志,加瀬亮,中村獅童
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 監督は前述しているようにクリント・イーストウッド。彼の作品はお勧めが多数。父親たちの星条旗、彼の広い視野は人間の死後の世界まで描いてみせたヒアアフターも今回はあげておこう。




 
 
 
 

 
 

 

 
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映画 父親たちの星条旗(2006) 硫黄島の戦いをアメリカ側から描く

2016年08月12日 | 映画(た行)
 日本では毎年のことながら8月を迎えると、あの戦争のことについて語られることが多くなる。あの戦争とは日本が負けた大東亜戦争のこと。そんな中でも、日米が最も激しい戦いを繰り広げたのが硫黄島の戦い。硫黄島をアメリカに陥落させられてからは、日本の本土はアメリカの爆撃により、すっかり焼け野原となってしまう。
 大東亜戦争にしろ、他にも日本が否応無く巻き込まれた戦争も全て日本人が悪い、なんていうような自虐史観から戦後70年を過ぎても、未だにGHQの呪縛から解き放たれることができない我が国ニッポン!日本映画が戦争映画を描くと、まるで日本軍そのものが悪者のような狭い視野で描かれてしまっている作品が乱発してしまっている日本映画界の現状は嘆かわしい。しかし、戦争といえども立場が変われば大いに見方が変わるのは当然。硫黄島での戦いを日米の双方の視点に立って描いたのが父親たちの星条旗硫黄島からの手紙の硫黄島二部作。今回紹介するのは戦勝国であるアメリカ側からの視点で描いた父親たちの星条旗の方だ。

 
 アメリカ兵達が硫黄島の戦いを制した証に、星条旗を摺鉢山(すりばちやま)の頂上にに突き立てた有名な写真(上記の画像)があるが、あの一枚の中に様々な人間ドラマが凝縮されていた。果たして、あの写真に写っているアメリカ兵達は真の英雄か、それとも虚構にまみれた英雄象に過ぎないのか。

 
 それではあの写真に写っている6人の兵士達のその後の運命を描いたストーリーを出来るだけ簡単に紹介しよう。
 大東亜戦争もいよいよ終りに近づいてきた頃、日本との戦いに次々と犠牲者を出してしまうアメリカの世論は厭戦気分に満ちていた。しかし、ある一枚の写真を切っ掛けにアメリカ国民は一気に戦勝気分が盛り上がる。アメリカ政府は写真に写っていた6人の兵士のうち生き残った3人を帰国させて、すでに尽きかけていた戦費調達のために、戦時国債販売キャンペーンの宣伝マンに仕立て上げてアメリカ全土を駆けずりまわすのだが・・・

 手足は当たり前で、首も吹っ飛ぶシーンを見せつける戦闘シーンは、戦争の悲惨さを強調するのに充分すぎる効果がある。しかも、アメリカ軍は決して兵士を見捨てないという理想が、実は単なる幻想に過ぎないことを驚きを持って我々に見せつける。
 しかし、本当に地獄を見るのは、生き残った3人がアメリカに帰ってから。すっかりアメリカ政府のプロパガンダに利用された3人のその後の人生を考えると、むしろ硫黄島の戦いのためだけに身を捧げた方が良かったのではと思わせる。徹底した戦争の悲惨さを描いた反戦映画ではあるが、日本の反戦映画と決定的に違うのはラストシーン。今のある団体、組織に属する日本人は、あの戦争で命を散らしてしまった先祖や先人たちに対して、感謝をしないどころか、すっかり悪者扱い。しかし、本作のラストシーンを観ると、かつての敵国であるアメリカながらアッパレと拍手の一つでも贈りたくなったのは俺だけだろうか?
 戦争だけでなく何事も、勝った負けたと言うような結果だけで、善悪を決め付けてしまいたくは無いもの。善と悪の境目をはっきりと区別することの難しさを他の作品でも描き続けてきたクリント・イーストウッド監督の柔軟な姿勢は、戦争映画を描かせても好感が持てる。ハリウッド映画から硫黄島の戦いとは何だったのかを教えてもらうのも、我ながら変な気分に陥るが今回は父親たちの星条旗をお勧め映画として挙げておこう

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クリント・イーストウッド,ポール・ハギス,ウィリアムス・ブロイルズ・Jr
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映画 巴里祭(1932) 人情あふれる恋愛コメディの傑作

2016年08月02日 | 映画(は行)
7月14日、フランスのニースにおいてトラックが群衆に突っ込み、80人以上が死亡、200人以上の負傷者を出したテロ事件が発生。フランスにとって7月14日といえばフランス革命記念日であり、建国記念日にあたる大いに祝う日。まさに、この日を狙った卑劣なテロ事件だが、今やテロ事件はヨーロッパ諸国、アメリカなどでは非常に悩ましい問題だ。今回のテロ事件において教訓にしたいのは武力で使う武器ではなく、トラックがテロに使われたこと。よくエセ平和主義者が世界中から武器を無くせば戦争が無くなるなんて、ことを言っているが結局のところ、この世にあるもの全てがなんでも武力及び武器になってしまうこと。もう人間自身そのものが武器であり武力の対象であることを感じさせる。
 近頃、ヨーロッパやアメリカってテロの恐怖に怯えさせられて大変だと思っていたら、我が国日本でも、戦後最大の殺人事件が起きたように、とんでもない事件が発生。日本人も他人に頼るだけでなく自らの生命を守る方法を考える時期がついに来てしまった。

 いきなり物騒な書き出しから始めてしまったが、7月14日と聞いて、観たくなるフランス映画が今回紹介する巴里祭。原題はフランス語でQuatorze Juillet、タイトルを日本語で訳すと『7月14日』。それを巴里祭とは珍しく素敵な邦題が付いている。
 まだ本作を観ていない人には、俺の書き出しから想像してみると政治的主張を叫ぶような映画かと思われた人も居るかもしれないが、実はパリの下町に生きる人々の喜怒哀楽を描いた恋愛映画。チョッと可愛らしい女の子とチョッと熱いハートを持ったブキッチョな青年の恋愛模様は、俺のようにお金が無い男にとっても非常に共感できる男女の恋愛が描かれている。

 戦前の古い映画ではあるが、パリの下町で生きる男女の姿に気骨を感じさせる男女の恋愛を描いたストーリーを簡単に紹介を!
 7月13日、フランス革命記念日(7月14日)の前日において、パリの下町ではどこもかしこも祭りの準備で大忙しで、気持ちも高ぶっている。タクシーの運転手をしているジャン(ジョルジュ・リゴー)は道を挟んで向かいのアパートに住んでいる花売り娘のアンナ(アナベラ)のことを好きでいた。アンナの方もジャンに対してどうやら好意を持っているようだ。
 その日の夜、ジャンとアンナの2人はダンスを楽しむのだが、急などしゃ降りの雨。2人は一緒に雨宿りをしている時にお互いが愛し合っていることに気付く。2人は明日のフランス革命記念日にまたダンスをすることを誓って、それぞれの部屋へ戻るのだが、運命は2人の仲を裂いてしまう・・・

 ストーリー自体は昔のフランス映画であるだけに、コジンマリとしているがなかなか楽しいシーンの連発で笑える。冒頭の方でのジャンとアンナの向かい合わせのアパートの部屋からのお互いの行動は恋愛に発展する前フリとして素敵で笑えるし、酔った老人が拳銃をチラつかせるシーンなんかは大爆笑した。そして、笑えるだけでなく、ホロリとさせるように人情を感じさせるのも良い。
 音楽は素晴らしいし、パリの下町風情が漂うセットも良い。工夫を凝らした脇役の登場の仕方なんかは熟練のテクニックを感じさせる。今の時期に紹介するのも遅くなったような気がするが、個人的には毎年7月14日が来ると観たくなる映画として巴里祭を今回はお勧めしておこう、もちろん7月14日に関係なく何だか素敵な気分になれる映画としてお勧めです

 監督は1930年代のフランス映画黄金期を代表する映画監督の1人であるルネ・クレール。笑わせ、泣かせる作風は個人的には大好きな映画監督の1人。自由を我等に巴里の屋根の下がお勧めです。

 



 







 

 


 
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