シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

チャッピー

2017-02-17 | シネマ た行

ギャングに拉致されたロボット研究者ディオンデヴパテルは、ギャングに脅され廃棄されるはずだった警官ロボットに自分が開発した人工知能を搭載させて起動させる。こうして誕生したチャッピーシャールトコプリーはギャングのカップルをニンジャニンジャとヨーランディヨ=ランディヴィッサーをパパ、ママと慕って成長していく。

予告編を見ていたときはよくあるAI系の話かと思ったんですが、さすがはニールブロムカンプ監督。やっぱり独特の世界観を持っています。今回のロボットはなんとギャングに育てられ、うまく口車に乗せられて窃盗したりしてしまいます。犯罪的なことをしでかすだけではなくて、ギャングっぽい歩き方とか挨拶の仕方とかそういうのを覚えていきがっているチャッピーがやけに可愛かったりします。

チャッピーはまるで反抗期を迎えた子供のように作り手であるディオンが自分のバッテリーが5日しか持たないことを黙っていたと、ディオンに怒ってしまうけど、途中でニンジャはパパなんかじゃなく自分を犯罪に利用していただけだったと知り、最後には結局ディオンを助けてくれました。

ヨーランディはニンジャの恋人で彼女もろくでもない人間なんでしょうけど、チャッピーへの母親的な愛情を見ていると、自然に彼女を応援したくなってしまいました。

このお話って善vs悪ではなくて、それどころが「善」にあたる人が誰も出てこないというところが独特で面白いです。ディオンは会社に逆らって勝手にAIを搭載したロボットを作り、アップデートするためのマスターキーを取っちゃうし、ギャングはギャングだし、ディオンの上司でライバルのヴィンセントヒュージャックマンは自分が開発した戦闘ロボが優秀だということを証明するためになんだってやる。(後ろ髪を伸ばして変な髪型のジャックマン)

結局のところ、善でも悪でもなくチャッピーはただ「生きたい」という本能的な欲求にただまっすぐに突き進んでいきます。自分のバッテリーが切れてしまう前に代わりのボディを探す。または別の生き残る方法を探す。それが結果自分の意識をコンピュータに移すということだったわけだけど、それでギャングの抗争やらヴィンセントの攻撃やらで最終的にディオンもヨーランディもロボットの体を得て3人(3体?)で生きていくことになります。

このラストの脚本のひねりがとてもブロムガンプ監督らしいです。主人公たちがロボットとして生きていくなんて昔の日本の漫画ならありそうな感じがしますが、ハリウッドのメインストリームでやれる人はかなり少ないだろうなぁと思います。そういう死生観に抵抗のある人は拒否反応を起こしそう。

まぁとにかくチャッピーが可愛いのと、ニンジャやヨーランディの武器が黄色やピンクだったりして映像的にも独特で楽しいです。ブロムカンプ監督は「第9区」「エリジウム」、本作とかなり似た雰囲気の作品を撮っていますが、これからは少しここから変化して行かないと苦しいのではないかなーと思います。

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オデッセイ

2017-02-16 | シネマ あ行

公開当時見に行こうかどうか迷っていた作品です。リドリースコット監督は好きなんだけど、彼のここ数作とは相性が良くなかったので、少し敬遠してしまいました。wowowで放映があったので見たのですが、見に行っても良かったなぁと思いました。

火星探索途中に嵐に遭い、ケガをして倒れてしまったマークワトニーマットデイモン、船長のメリッサルイスジェシカチャステインはなんとか助けようとするが、最終的に彼は死んだと判断し、隊員たちは宇宙ステーションに向かう。しかしワトニーは生きていた。他の隊員が去ってしまってから目覚めたワトニーは1人火星に取り残されたことを知る。

ワトニーは植物学者なので、残された食糧を計算し、じゃがいもを種として栽培することにする。不毛の地火星でどのように植物を栽培してサバイヴするか。ワトニーが植物学者というのがうまい設定だ。ワトニーが自分の置かれた状況をただ悲観するのではなく、どこか開き直ったような感じがするのが面白い。マットデイモンのどこか子供っぽい風貌もワトニーのキャラクターにとても合っていた。この作品の魅力は色々あるけど、やっぱりこのワトニーの性格や技量によるところがとても大きいと思うので、これだけの作品を背負えるマットデイモンを選んだことは大正解だと思います。

一方NASAもワトニーが火星で1人生き残っていることを突き止め、なんとか彼を助けようとする。地上の面子もジェフダニエルズキウェテルイジョフォークリステンウィグショーンビーンと結構豪華。「アポロ13」などでもあったけど、現地に存在する同じ道具や設備を用意して、まったく別の物を作り出す方法を考えたりするシーンはやはり見ていて楽しい。

こういう作品はいつも登場人物たちが発している技術的なセリフがなんのことを言っているのかさっぱり分からないくて困るんだけど、それでも宇宙ものの傑作はそれが理由でつまらなくはなったりしない。それこそ技術的なことを知っている人が見れば、そんなわけねーみたいなシーンが沢山あるのかもしれないな。分からないほうがある意味幸せか。

ワトニーとクルーたちの関係性があまり見えないのでちょっと感情移入しにくいのだけど、初めてワトニーが生きていることを知らされ、彼との通信が許されるシーンでもしめっぽいことは言わずユーモアに溢れた皮肉を言えるところがまたニクい。隊長が残していった音楽の趣味とかね。ワタクシはディスコ音楽好きだけど。

先にも書きましたが「アポロ13」と「ゼログラヴィティー」と足して2で割ったような感じかな。「プロメテウス」「悪の法則」「エクソダス」とリドリーと合わない作品が続いていたので、これは面白くてホッとしました。

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ニュートンナイト~自由の旗を掲げた男

2017-02-08 | シネマ な行

南北戦争時代のアメリカ。まだ少年と言えるほどの年齢の甥が徴兵され、目の前で殺されたニュートンナイトマシューマコノヒーは甥の遺体を故郷に届けるべく戦線を離脱。元々金持ちが奴隷制を維持するために奴隷も持たない貧乏人が代理で戦争しているという考えだった彼は、そのまま脱走兵となる。

南軍は軍隊のためと貧乏な農民から農作物や家畜を搾取していく。残された女性と子供たちに銃を持たせ、南軍を追い払ったナイトはお尋ね者となったため、南部の沼に逃げ匿ってもらう。そこでは逃亡した奴隷たちがひっそりと生活をしていた。

そこでナイトは逃亡奴隷たちと、同じく南軍から逃れてきた白人たちを率いて南軍の搾取と戦うことになる。

ナイトは生まれも育ちも南部だが、貧乏な家で奴隷制とは遠いところで育ってきたのだろう。金持ちの白人に搾取される奴隷たちと自分たちに何の違いもないという価値観を持っていた。そして、どこかカリスマ性のある彼は自然とたくさんの人を率いるリーダーとなっていく。こういうカリスマ性のあるリーダーをやらせたら、マシューマコノヒーのカッコいいことカッコいいこと。

南北戦争の陰にこんな人がいたなんてことはもしかしたらアメリカでも知られていなかったことなのかな。彼は南軍から奪取した土地で「Free State of Jones」という名前を掲げて独立宣言までしてみせた。(もちろん、北軍も南軍もそんなものを国とは認めなかっただろうけど)彼の国でのルールは「人はみな人」ということが基本にあった。黒人も白人もみな人。誰も自分が種を蒔いた作物を搾取されてはならない。そんな当たり前のルールがどんなに貴重なものであったか。

南北戦争時代のアメリカの合間合間に時折挟まれる裁判の様子。ナイトの時代から80年以上経ったアメリカ南部。最初はいまいち何のことか分からないのだけど、どうやらナイトと黒人女性レイチェルググ・ンバータ=ローの間に生まれた子の子孫が白人と結婚したかどで裁かれているようだ。いわゆるOne-Drop Ruleというやつで、8分の一黒人が入っている彼は白人の女性と結婚することは法律違反で罪に問われていた。

先祖のナイトが達成したかったことは3世代下の時代になってもまだ達成されていなかった。しかし、ナイトの血を引く彼は裁判に屈せず、結婚を取りやめないと言ったため投獄される。

ナイトの時代では、戦争が終わり奴隷解放宣言がなされたのもつかの間、リンカーン大統領の次のジョンソン大統領になると“年季奉公”と称し実質奴隷制を復活させる。選挙権を与えられた黒人たちもKKKの妨害に遭い、先導する者はリンチで殺されてしまう。

それでもナイトは北部に逃げることはせず故郷の南部に留まり続けた。(それゆえに3世代下の子孫が裁判にかけられるハメになるのだけど、おそらく彼も自分の故郷を離れようとは思わなかったのだろう)

映画としてはちょっと冗長な部分があり、後半少しダレてくるところもある。歴史の勉強としてはとてもいいし、心に残る力強い作品ではあるのだけど、140分の映画にしてしまうよりHBOあたりのミニシリーズにして歴史的な背景なんかもじっくり描いたほうが良かった題材だった気はする。

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未来を花束にして

2017-01-31 | シネマ ま行

1912年のロンドン。女性参政権を求めて闘った女性たちを描く。

洗濯工場で働くモードワッツキャリーマリガンは、同じ工場に勤めるヴァイオレットミラーアンヌ=マリーダフに影響を受け、女性参政権運動に興味を持つ。公聴会でヴァイオレットが証言をするはずだったのだができず、(夫にその件で殴られたのが理由?)代わりに証言することになる。そこで彼女は改めて自分の人生を振り返る。母親も同じ洗濯工場で働き、自分もそこで生まれ子供のころから働きづめ、夫ベンウィショーもそこで働いているが男性は配達中心で外に出られるのに対し、女性は危険な薬品と蒸気とアイロンに囲まれた場所で一日中働いて、男性より就労時間が長いのに賃金は男性より安い。母親も若くしてヤケドを負って死に、薬品で肺もやられるので彼女もそう長生きはできないだろう。おまけに(これは映画の途中で分かることだけど)工場長には(幼い頃?)性的虐待を受けていた(っぽい描写がある)。

こんな人生を当たり前とされ、女性に男性ほどの理論的な思考はできないから政治参加させる必要などないと決めつけられている現状に目を覚ましたモードは次第に女性参政権運動にのめり込んでいく。

女性参政権運動は長らく平和的な運動に終始していたが、ここに来て彼女たちの不満は爆発し、もう平和的な運動では何も変わらないという極限まで来ていた。人を傷つけないという条件下で店の窓ガラスを割ったり、郵便ポストに爆弾を仕掛けたり、運動は暴力的な面を帯びていき、モードもその急進派となり、投獄も経験し、夫には家を追い出され挙句の果てには息子を養子にまで出されてしまう。(一人で息子の面倒も見られない夫に当時の法律は味方して親権は夫のものである)「お母さんの名前はモードワッツ。大きくなったら必ず探して」というモードに泣けた。

息子と離ればなれになってまでモードがこの運動を続けるのは、もちろん自分のためでもあるけど、やはり未来の子どもたちのためであった。「もし、自分たちに娘がいたらどんな人生を歩んでいたと思う?」と夫に聞いた時、「お前と同じ人生だろ」と言われ、モードの決心はますます固くなったんじゃないかと思う。未来の娘たちにもうこんな思いはさせたくない。自分と同じ人生を歩む女性が後から後から出てくるだけだなんてもううんざりだった。だからこそ、昔の自分と同じように工場長から性的虐待を受けているヴァイオレットの長女を工場から救ってやって、運動を支持している議員の妻のアリスホートンロモーラガライのところの女中として雇ってもらえるように計らったのだろう。

運動家たちを追い詰めるアーサースティード警部ブレンダングリーソンは、男尊女卑の冷血漢なのかと思いきや、現在の法律を守るために彼女たちを取り締まっているだけという感じだった。最初は彼も多分けしからん女たちだくらいに思っていたのだと思うのですが、モードたちを尋問したりする中で彼の中の何かが変わっていっていたような気がします。彼が自分の信念を変えて彼女たちを応援するようになったとかそういうのではなかったですが、どこか彼の中で彼女たちを尊敬するような部分が芽生えていたように思います。

モードたちを引っ張る女医のイーディスエリンをヘレナボナムカーターが演じていて、彼女の押さえた、それでいて確固たる意志を持った女性の演技はとても素晴らしかったと思います。彼女たちの運動を率いていたパンクハースト夫人はこの作品には数分しか登場しないのだけど、この運動をする女性たちにとって心の支えとなる指導者としてメリルストリープという存在感のある役者が演じたことにはとても意味があったと思います。メリルくらい存在感のある人が演じたからこそ、たった一度「闘い続けるのよ」と言われただけのモードの心の支えとなったことに説得力があったと思います。本物のパンクハースト夫人もおそらくそれくらいカリスマ的な方だったのでしょう。

女性参政権に限らず、先人たちが闘って(死者を出してでも)得た権利をワタクシたちはまっとうに行使しなければいけません。

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紙の月

2017-01-25 | シネマ か行

ケーブルテレビで見ました。

田辺誠一となんとなくうまくいっていない銀行の契約社員の梅澤梨花宮沢りえ。得意先の家で出会ったその家の孫・平林光太池松荘亮と不倫関係となり、銀行の金を横領して貢ぐようになる。

梨花と夫の微妙な距離感はうまく表現されていたと思う。契約社員になったお祝いに夫婦でお揃いの時計を買ってきたのに、(安っぽいから?)会社にはしていけないという夫、その直後の海外出張でもっと高い時計をプレゼントしてくる夫。なんとなくズレていて、梨花の気持ちを分かろうとしない人なんだなということが分かる。ただ、ちょっとそれだけでは得意先で出会った大学生といきなりホテルに行ってしまう梨花の気持ちについていけない。光太が梨花に興味を示していたことは一目瞭然だったけど、それでいきなりホテル?え?ってなってしまった。

一応設定は平凡なパート主婦的な感じだと思うんだけど、その不倫の始まりエピソードからして「平凡な主婦」枠を急に大きく外れてしまう。それに夫には安っぽいと思われたようだけど、夫婦ペアで買った腕時計だって、2本で銀行の契約社員でそこまで急に使う?っていうような金額だったし、外回りのついでに寄った百貨店で4万円以上の化粧品セットを買ってしまう感覚も「平凡な主婦」って感じじゃない。しかもその時、現金が足りずにお客さんから預かったお金を一時的にそこで支払って、あとからATMで自分の貯金を下ろして返した感覚もズレている。いくらお金には名前は書いていないと言っても、いくら一瞬借りるだけと言っても「平凡な主婦」はそんなことはしないと思う。のちのち明かされるけど、彼女が中学生の時に発展途上国に寄付するために父親の財布から5万円盗んで教師に叱られ、それのどこが悪いのか分からなかったというエピソードも、もうすでに中学生の時から倫理観のおかしな子だったというエピソードになってしまっている。

上に書いたようなエピソードがあるために彼女が横領をし始めても、なんだか驚きがない。あ~やっぱりそういう感覚の人よね。って感じなのだ。

観客が主人公に同情できるような状況だったら、とは思うのだけど、それではまぁよくあるお涙頂戴犯罪ものになってしまうし、これが吉田大八監督の意図だったのかな、とも思ったり。原作を読んでいないのでその辺りはどうか分かりません。

何と言っても素晴らしいのは梨花の不正を見抜く銀行の窓口の社員隅より子を演じた小林聡美だろう。彼女は、若い社員相川恵子大島優子(彼女も良かった)や梨花につらく当たっているように描写されていたけど、彼女の言ってることってしごく当たり前のことだし、業務上間違ったことは何ひとつ言っていない。ただ相川や梨花がきちんと業務上の手順を守ろうとしなかったり、上司の井上近藤芳正(この人のわざとらしい髪型はなんとかならなかったか?1人だけコントのようだった)が不適切に相川や梨花を贔屓していただけだ。そんな彼女が梨花の不正を暴いていく過程が圧巻だ。梨花の不正を発見したときも彼女はやみくもに騒いだりせず、きちんと上司に相談し、梨花自身にも直接いま横領した分をきちんと返せば何とかなると諭したりして、厳しいけど悪い人では決してないところを見せている。

いよいよ梨花の横領が支店長まで明るみに出ようとしていたその時、会議室で隅より子と梨花が2人きりで対峙します。どこまでも枠から外れず堅実な道を行く隅とすべての枠を無視して偽りの自由でさえも満喫できてしまう梨花。この2人の相容れない世界がぶつかりあう瞬間。まるで2人のオーラがぶつかりあうのが見えるかのような素晴らしいシーンでした。

そして、突然イスを放り投げ窓を割り、窓から飛び降りようとする梨花。腕を掴む隅。素早く梨花が振り返り



「一緒に行きますか?」



うわーーーーーっ。すげぇ!!!鳥肌立ったーーーーー。この瞬間の梨花にこのセリフを言わせるってすごい。あなたも私の世界をのぞいてみる?その勇気がある?と挑戦的に投げかける梨花の視線。思わず腕を離してしまう隅。

いやいやいやいや、あんなところであんなこと言われたらそりゃ思わず離すわな。びっくりするもん。「離してよ」とか言われたら絶対離さないけど、あまりにも意表を突いた言葉に立ち尽くしてしまう。

あれはあれで名ゼリフだと思うし、名シーンだと思うんだけど、あの時点で隅が梨花の手元にいくら残っているかを知っていたとしたらもう少し面白い隅の心の内を推察することもできたような気がします。もし梨花が2人で逃げても一生困らない額を手元に持っていたら。そしてそれを隅が知っていたとしたら。それはそれで面白い展開だったかも。

その後梨花が昔寄付で助けた子どもと再会するシーンは結局何が言いたかったんだろう。手段は間違っていても、それでも確実にあの子は梨花のお陰で助かったってことかな?

色々と文句をつけたい部分もあるものの、見ている最中も面白かったし、見てからも一緒に見た人と色々話ができる作品だと思います。

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ザ・コンサルタント

2017-01-24 | シネマ さ行

ポスターだけで面白そうだなと思って行きました。ベンアフレック好きなので。

田舎町の冴えない会計士クリスチャンウルフ(アフレック)。実は彼には裏の顔があった。彼は世界中の犯罪組織の会計士として資金を洗浄したりすることに手を貸していた。そんな彼の元に大企業の財務の不正を調べる仕事の依頼が来る。

その企業で経理をしているデイナカミングスアナケンドリックは帳簿上のおかしいところを発見し、上司に報告する。それをウルフが調べにやってきた。ウルフは大企業の15年の帳簿を一晩ですべて目を通した上、不正がどこにあるかを発見しかけたのだが、その朝その会社のCFOが自殺したという知らせが入り社長のブラックバーンジョンリスゴーはウルフに捜査を打ち切らせる。CFOがしたことは水に流すと言うのだ。

その後、ウルフは命を狙われ、カミングスも命を狙われていることを知って、彼女を救いに行き、彼女と一緒に逃げる。一度始めたことを終わらせずにはいられないウルフはこの事件にカタをつけるべく隠し持っている大量の武器や現金を持って準備にかかる。

高機能自閉症であるウルフの子供時代が時折挿入され、施設に入れて特別な教育を受けさせようとする母親と鍛えれば治ると信じている軍人の父親が離婚し、父親に育てられたこと、健常者だった弟・ブラクストンジョンバーンサルに子どもの頃から助けられてきたことが分かる。

ウルフはコミュニケーションが苦手で、人の言うことを言葉通りに受け取ってしまい、冗談が分からなかったり、修辞疑問の意味が分からなかったり、スキンシップが出来なかったりという部分はある。普段の生活も自分の決めた独自のルールの中で暮らしているが、父親の訓練のおかげか、なんとか人の表情を読み取ったり、ふりでもいいからその場に合ったセリフを言えるようにはしてきているようだ。一方、数字やパズルに対する才能はものすごく秀でていて、大企業の15年分の帳簿の矛盾点を徹夜で探し出すシーンは何をやっているかは分からなくても爽快でさえある。

作品の解説にはやたらと「暗殺者」という言葉が使われているのだけど、彼って暗殺者か?「暗殺者」って殺しの依頼を受けて自分とは縁もゆかりもないターゲットを殺す職業を指すのだと思っていたけどな。ウルフの場合はそういうんじゃなくて、自分に危害を加えようとする人に対しては徹底的に対抗するというだけだ。スナイパー的な実力があるからってそれを暗殺者とは呼ばないと思うんだけどなぁ。彼には驚異の戦闘能力があるのだけど、それも父親の厳しすぎる訓練の中で身につけたものだという過去のエピソードが挿入されている。

ワタクシが気に入ったのは、彼がとにかく効率的に動くところ。それも彼の自閉症的な症状のひとつなのかもしれないけど、無駄な動きは一切しないし、悪人に慈悲をかけることもない。たいがいヒーローものでは黒幕と対峙する時、さっさと殺せばいいものをその前にべらべらべらべら無駄な話をして自分でピンチに陥ったりする。ウルフにはそういうまどろっこしいことが一切なく、この事件の黒幕でさえ、一瞬で「うるさい!」とばかりに脳天を一発撃って終わり。ちょっと笑っちゃうくらいあっけない。そういうところがすごく好き。

見ている間子供時代にずっと登場する弟はどこへ行ったの?と気になって仕方なかったので、あの彼が弟だったときはビックリした。というか監視カメラ越しの再会で、「ああああーーー!この人弟やーーー!」と分かって興奮しました。

それプラス終盤に色んなことが明かされるのだけど、田舎の会計士の裏の顔が犯罪組織のお抱え会計士で、そのさらに裏の顔がその犯罪組織の悪事を密告し、世に暴いてきたのが彼で、その犯罪で得た報酬からかなりの額を子供の時に行った施設に寄付しているという裏の裏の彼の本当の素顔が分かってくる。

そして、さらにさらに彼の唯一信頼できる仕事上のパートナーの正体が明らかになるシーンまでがお見事でした。ずっとウルフに指令を出している彼女が誰かっていうのを意識しながら見てなかったので、最後におおおおーーーとなりました。

続きを作ろうと思えばできるキャラクターだと思いますが、どうでしょう。作るなら良い脚本で作って欲しいです。

オマケ1数字オタクのカミングスと盛り上がって話しているとき「同じ高校だったら良かったのに」と言うカミングスに「その頃はイスラエルにいたよ」とか言ってましたけど、それ以前に君ら15歳くらい歳違うやろ???と突っ込んでしまいました。

オマケ2彼の父親は非情なくらいの訓練を息子たちにほどこしていました。ウルフは現在もショック療法的なことを毎晩続けていたけど、あんな過激な方法で自閉症がマシになるというような描写は誤解を招くんじゃないかなぁ?ワタクシも別に詳しいわけじゃないので分からないですが。

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沈黙~サイレンス

2017-01-23 | シネマ た行

キリシタンが弾圧を受けていた江戸時代。師匠のフェレイラ神父リーアムニースンが弾圧された結果、棄教し、日本名を名乗り日本で暮らしているというウワサを聞いた弟子のロドリゴ神父アンドリューガーフィールドとガルペ神父アダムドライヴァーはその真相を確かめるべく日本へ向かう。マカオでキリシタンだという日本人キチジロー窪塚洋介の案内を受け日本に上陸する。そこには隠れキリシタンたちがひっそりと信仰を守りながら暮らしており、神父の到着を歓迎する。神父たちの存在がバレてしまうと弾圧を受けるため、村のはずれの石炭小屋に昼の間はずっと隠れて、夜の間に村でミサを開いた。

キチジローは、かつて踏絵を迫られキリストの絵を踏んでいた。その時家族は踏むことを拒否し生きたまま焼かれた。キチジローはそのことについてロドリゴに懺悔し、ロドリゴも神は赦してくださると考える。

ついに村に井上筑後守イッセー尾形たちがやって来て、村人たちのうち4人が捕らえられる。ロドリゴは絵を踏みなさいと言い、ガルペはそんなことは赦されないと言う。村人たちは絵を踏むことはできたが、十字架に唾をかけろと言われキチジロー以外の3人は唾をかけることができず処刑台に乗せられ荒波の海へ放置される。ロドリゴの見ている前で、信仰を貫いた村人たちは死んでいき、最後に残ったモキチ塚本晋也も讃美歌を歌いながら4日目に死んでいった。

奉行所の追求から逃れてきたロドリゴだったが、キチジローの裏切りで奉行所に捕らえられてしまう。キチジローはキリストを裏切ったユダのごとくロドリゴを銀で売ってしまうのだ。

他の信者たちと共に捕らえられたロドリゴ。筑後守は狡猾にも殉教者を出すわけにはいかないとロドリゴを丁重に扱いながら、目の前で踏絵をしない信者を無残に殺していく。神を信じここまで苦しみぬいている信者たちを前に神は「沈黙」を通すばかりで、ロドリゴの信仰は大いに揺らぐ。信仰が揺らぎつつも、捕まえられた信者たちには絵を踏みなさいと言ったロドリゴでも自分の棄教となるとそう簡単ではない。

ロドリゴを売ったキチジローは自らキリシタンだと申告し同じ牢に入ってくる。何度でも踏絵をし、神父を裏切り、その都度何度でも懺悔するこの男にロドリゴは軽蔑しか感じられなかった。

そんな時筑後守はロドリゴに棄教したフェレイラを会わせる。自然を信仰するこの国において彼らが信仰するキリスト教は自分たちが布教したものとは形が違うものだと諭される。

夜中に牢にいたロドリゴに聞こえてくるイビキの音。うるさくて仕方がない。止めてくれと言うロドリゴが牢の外に出される。それはイビキなどではなく、耳の後ろを切られ逆さづりにされ時間をたっぷりかけて殺されようとしている信者たちだった。彼らは棄教している。しかし筑後守はロドリゴが棄教するまで彼らを許さないと言う。ついにロドリゴが絵を踏む時が来る。

神は「沈黙」していたのではなく、「苦しんでいた自分と共にあったのだ」ということを知るロドリゴ。彼はその後の人生を棄教した神父としてフェレイラと共に日本で幕府に仕えて暮らすのだった。

信仰を貫いて逝ったモキチを始めとする信者たち、信者を助けようと死んでいったガルペ神父、何度神を裏切っても信仰を続けるキチジロー、信者を助けるために棄教したフェレイラ、踏絵とともにロドリゴの周りで何度も何度もロドリゴの信仰を試す存在が現れる。

たかが絵を踏んでも心の中で神を信じていれば神様は分かってくれるはず。そう思えたらどんなに楽だろうか。キリスト教の神は「愛の神」であると同時に「試す神」でもあると思う。このお話の中では最終的にロドリゴは絵を踏み、棄教しても心の中の信仰は続けたと解釈すれば良いのだろうけど、それが本当に彼が信じてすがる神に許される行為なのかどうかは分からない。

どんな試練を与えられても、どんなに救いがなく神が「沈黙」を通しているように思えても、「神の計画」を人間が推し量ることはキリスト教では許されていない。それでもイエスは自らと共にあったと思えたロドリゴはある意味では心の平安を得ることはできたのかもしれない。

信仰を守り抜くことが人間の強さなのか、目の前の命のために棄教することは弱さだというのか、キリスト教的に正しいとされることと他の価値観で正しいとされることの違い、弱い人間を踏みつぶす権力の恐ろしさ、色々なことを一気に投げかけられ心に重いものをズシーンと抱えさせられる。

アメリカ人が描いたとは思えない日本の風景と、丁寧なストーリーテリング、マーチンスコセッシ監督の技量に改めて感服せずにいられない。

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アイインザスカイ~世界一安全な戦場

2017-01-19 | シネマ あ行

ロンドンでテロ組織掃討作戦の指揮を執るキャサリンパウエル大佐ヘレンミレン。大佐の上司フランクベンソン中将アランリックマンはイギリス政府の人たちに作戦の承認を取る役目をしている。
アメリカ・ネヴァダ州にはドローンの操縦士・スティーブワッツアーロンポールとキャリーガーションフィービーフォックス
アメリカ・ハワイ州には顔認証をするための兵士。
この作戦の現地であるナイロビには現地スタッフジャマファラバーカッドアブディ他数人がいて、鳥や虫の形の超小型ドローンを操縦。

ナイロビのとある家にイギリス軍が追っているテロ組織が集まっていた。その中にはイギリスやアメリカからテロ組織に参加したメンバーもいる。ずっとこの組織を追ってきたパウエル大佐だが、ここまで敵に近づけたのは初めてのことだった。この千載一遇のチャンス、しかも組織は今まさに自爆テロの準備を進め、アメリカからやってきた若者に自爆ベストを着せている。

ドローンの映像を見ながら、アメリカ軍兵士のキャリーガーションは何かを発見する。一人の現地の少女がこの組織が集まっている家のすぐ外でパンを売っているのだ。すぐにパンを全部買い占めて少女を家に帰してしまおうという作戦が取られるが現地の兵士にスタッフが見とがめられてあえなく失敗。テロ組織が自爆テロに向かう時間が刻々と迫る。たった1人の少女を救い、自爆テロを起こすのをみすみす見逃すのか、それとも多少の巻き添えは仕方がないとあきらめるのか。あ~アメリカのテレビシリーズ「NCIS:LA」あたりなら、最後の最後に少女は助けられるんだろうけど、この作品ではそう簡単にはいかない。

はっきり言ってストーリーとしてはテロ組織を爆撃するのに邪魔な一般人少女をどうするか?というそれだけのお話。たったこのワンイシューで、ここまで緊迫感を持って物語を引っ張れるってすごいなぁと感心してしまいました。ロンドンの基地、政府の会議室、ネヴァダ、ハワイ、ナイロビと通信ですべて繋がっていて、そこにいるすべての人がただ一点に集中している。それぞれの思惑や信念、立場などが入り乱れて一秒たりとも画面から目が離せない構造になっている。一緒にいないけど、ヘレンミレン、アランリックマン、アーロンポールなど役者陣の演技合戦とも言える。

そこに持ってきて、この可憐な少女の家庭の環境もさりげなく挿入してきているのが、非常にうまい。それはこの少女に感情移入させて観客の同情を買おうというものではなく、この子の父親が自由な考えを持っていること、少女はその自由な考えに基づいて幸せに暮らしていること、でもそれがこの国の体制に反していることを端的に説明してみせているのが見事。

こんな決断誰だって下したくない。どっちに転んだってベストな結果というものはない。所謂キャッチ22的な状況とも言える。政府の人間は決断をたらい回しにし、軍の人間は爆撃できるように被害予想に手を加える。何が正しいのか誰にも分からない。

結論をばらしてしまいますが、最終的に大けがを追った少女を病院に運んでくれたのは、現地の組織だったわけで、結局は少女は命を落としてしまい、この自由な考えを持った父親も復讐に燃えるあまり、反米、英組織に入ってしまったりしないだろうかと暗澹たる気持ちで映画館を出ることになった。

オマケ亡くなったアランリックマンが大画面に映ったときなんだかドキドキしてしまいました。もっとずっと彼の演技を見ていたかったな。

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筑波海軍航空隊

2017-01-18 | シネマ た行

太平洋戦争時、筑波海軍航空隊に所属した神風特攻隊のドキュメンタリーです。

生き残った方たちへのインタビューを交えながら、当時の隊員の日記や写真など貴重な資料が綴られていきます。

なんかね、何度か書いていると思いますが、このブログを書き始めたころと全然情勢が変わって来てしまっていますね。いまはこういう作品を語るのも、ものすごく不安定な気持ちで書かないといけなくなっている気がします。ブログを始めた10年以上前なら、「もう二度とこういうことを起こしちゃいけない。戦争をしちゃいけない」とその決意を固めながらも、この国のその地盤は固く揺るぎないものであると信じていました。でもいまは違う。権力者が「戦争を繰り返さないために」次々に打ち出してくる政策はどう見ても戦争したくてたまらない狂人のよう。この作品のようなドキュメンタリーでさえ、もしかしたら憧れのまなざしで見る者が増えているのでは?と感じてしまう。

特攻隊員は学徒動員で集められた学生たちの中でもエリート中のエリートでした。間違いなく日本を担う大きな役割を果たしたであろう優秀な学生たちの命をこの国は特攻隊員として奪いました。彼らには選択肢というものは存在しなかった。家の名誉、学校の名誉、村の名誉、様々なものを背負って彼らは死んでいきました。

そして、ここに証言を残している生き残った隊員は、自分が生き残ってしまったことに生涯苦しみながら生きていく。「戦争なんて勝った方も負けた方も誰も得なんかしない」そう言う元特攻隊員の木名瀬信也さんはいま現在のこの国をどんな気持ちで見つめているのだろう。

ワタクシの中で意外だったのは柳井和臣さんが語っていた、特攻隊員になったからにはすでに覚悟が決まっていて、死に対して割り切っていたというものだった。特攻隊員は出発の直前まで死の恐怖におびえていたと思っていた。でも、柳井さん曰く、特攻隊員には選択肢がない。だから悩まない。ということだった。生きるか死ぬかではなく、死ぬしかない。それが特攻隊員だったのだ。人間の心理とはそういうものなのか…

どのように感じるかは人それぞれだと思いますが、こういう作品は見られる機会も少ないというのも残念なところです。

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メイジーの瞳

2017-01-13 | シネマ ま行

お母さんスザンナジュリアンムーアとお父さんビールスティーヴクーガンは離婚することになって6歳の娘メイジーオナタアプリールの親権を争う。お母さんはロックスターだからなのか?裁判所はお父さんに親権を与えるのだけど、結婚していたときからメイジーのベビーシッターをしていたマーゴジョアンナヴァンダーハムに実質的には面倒を見させていた。どうやらお父さんはベビーシッターのマーゴとできていたらしい。ジョアンナヴァンダーハムという役者さんは初めて見ました。とても可愛らしくて他にも見たいと思ったのですが、あまり映画の出演作がありません。イギリスのドラマに出演しているようなのであまり見られる機会がなくて残念。

そんなお父さんへの腹いせかお母さんも歳の若いリンカーンアレキサンダースカルスガルドと結婚した。こっちでもお母さんがツアーに出ている間メイジーの面倒を見ているのはリンカーンだ。アレキサンダースカルスゲルドって顔はお父さん(ステラン)に似ていて男前ってわけじゃないけど、佇まいがとても素敵な役者さんですね。

メイジーはお父さんとお母さんに翻弄されて、2人の間を行ったり来たりさせられる。ただでさえ、ベビーシッターと旦那がデキてしまってイラついているお母さんなのに、メイジーが優しいリンカーンと仲良くなったことで、お母さんは2人の関係にも嫉妬し始めてしまう。メイジーは両親のケンカもお母さんとリンカーンの言い合いも全部見ている。たった6歳だから、すべてを理解していたわけではないんだろうけど、でも全部見ていた。

お母さんもお父さんもねー、悪い人ではない。無責任には違いないけどね。メイジーのことはとても愛している。でも、決定的に子育てに向かない人たちだったのかも。お母さんは口は悪いし、お父さんは仕事優先だし。でも、メイジーにはマーゴとリンカーンがいた。とても優しい2人。メイジーとは血のつながりはないけれど、精神的には実の両親よりずっと深くつながっていくのかもしれない。

メイジーの面倒を見ながら、マーゴとリンカーンが惹かれていくのは当然の成り行きに思えました。いやもう、さっさとくっついちゃいなよ、って思いました。見た目にも美しい2人で、キスシーンも自然で良かったな。まさにメイジーがつないだ縁でした。

マーゴとリンカーンに育ててもらえればメイジーにとっては幸せなんじゃないの?と思ってしまうのですが、そう簡単にいかないのが人間の心理と言いますか。実の両親に愛されてはいるけど、育ててはもらえないって、やっぱり単純に辛いことだろうと思うから。いくら両親ほどの愛を注いでくれるカップルがいたとしてもそれで万事OKという話ではないよね。それでも、やっぱりメイジーにはマーゴとリンカーンがいて良かった。最後のシーンでお母さんがマーゴとリンカーンの2人と一緒にいたがっているメイジーにキレるのかと思ってドキドキしていたら、ちゃんとメイジーの気持ちを尊重して一歩引いたのにはほっとした。まぁ、お母さんもメイジーの面倒を見てくれる人がいて、渡りに船だったのかもしれないけど、面倒を見られないのに愛情という名の鎖で縛ってくるほどひどい親でもなかったので最低限ほっとした。

メイジーを演じるオナタアプリールちゃんがめちゃくちゃ可愛いです。

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