シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

美女と野獣

2017-04-24 | シネマ は行

どこで第一報を知ったのか忘れましたが、エマワトソンがベルを演じると知ってから、もう待ち遠しくて待ち遠しくて。何か月この公開を待っていたことか。というわけで公開初日に行ってきました。

まぁとにかくエマですよ。エマのベルが素晴らしい。顔は美しいけど、ちょっと田舎っぽさも残していて、頭が良くて読書が好きで自由な考えの持ち主。もうエマ以外のベルなんて考えられない。その上、ミュージカルにふさわしくちゃんと歌も上手っていうんですから非の打ちどころがない。エマワトソンはハーマイオニーを演じるために生まれてきて、ベルを演じるために美しく成長したのだと思います。

ベルと野獣ダンスティーブンスを取り巻く脇役たちがまた完璧で。
ロウソク立てのルミエールユアンマクレガー、ミセスポットエマトンプソン、古時計コグスワースイアンマッケラン、ピアノのカデンツァスタンリートゥッチ、ガストンルークエヴァンス、ベルの父ケヴィンクライン。みんな歌が上手くて本当に夢の世界です。そしてチップネイサンマックはやはりとても可愛いし、もちろん犬のフルフルも健在。この犬は原作にも登場するのかなぁ?アニメ版を見たときにアメリカ人てこういうところに絶対犬を登場させるよねって思いました。

“ディズニーアニメの「美女と野獣」の実写版”というただのこの作品の説明が実はこの作品のすべてを表していると言っても過言ではありません。変な表現ですが、本当にアニメの実写版なのです。それだけで説明が事足りてしまうくらい、本当に素晴らしい実写版です。

そして、それプラス、少し上映時間に余裕がある分物語にさらに深みを加えています。王子(野獣)がどうしてこんなイヤな奴になってしまったかという理由が語られたり、ベルの母親の死について語られたり、ベルと野獣の恋心が深まっていく様子もアニメより詳しく語られていて説得力があるし、オリジナルキャストやオリジナルソングも増えてより深く物語を楽しめるようになっています。

ルミエールが歌う「Be Our Guest」のシーンでは本当に現代のテクノロジーの素晴らしさを感じることができます。少し前ならアニメでしか表現できなかったことが、実写版でここまでできてしまうんですよねぇ。もちろん、テクノロジーだけではなくてそのCGに命を吹き込む役者たちの演技が素晴らしいからこそリアルに感じることができるのだと思います。

ベルが黄色のドレスを着て野獣と踊るシーンの再現性が素晴らしくて、いつまでも見ていたいような気になりました。全体的にベルが主役だけど、そこまで出ずっぱりという役周りではないので、もっとエマを出してーーーー!!!という気になってしまいました。もちろん、エマの出番を増やせばそれでいいっていうもんじゃないということは分かっているのですが、本当に永遠にエマがベルを演じる姿を見ていたい気持ちになりました。

アニメ版では正直、野獣が王子様に戻った時「あれ?野獣時代のほうがカッコ良かった?」ってなったんですが、正直今回もちょっとそれありました。でもなんか、それはそれでいいのかな、と。もちろんダンスティーブンスが野獣のメイクをしているからなんでしょうけど、王子様に戻っても野獣っぽく見えてそこが良かったです。最後にベルが「ヒゲを生やさないの?」って聞くところがお茶目で大好きだったなぁ。野獣の時の姿もなかなか好きだったんだなって分かるのが可愛らしかった。

アニメ版で何度も見ているからストーリーは完全に知っているのに、ガストンに真剣に腹が立ったり、召使たちが最期を覚悟して別れを告げあうシーンでうるっときたりと、十分この実写版にはまって見ることが出来ました。それもやはりそれほどに出来が良いという証拠なのだと思います。

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ムーンライト

2017-04-20 | シネマ ま行

珍しく説明調の副題がついていません。アカデミー賞作品賞受賞で十分な知名度を得たからでしょうか。作品賞受賞した上にあの騒動があったので、映画に興味ない人まで作品名が行き渡りましたね。

シャロンという1人の少年を「少年期」「思春期」「青年期」に分けて見せる作品。麻薬中毒の母親ポーラナオミハリスに育児放棄され、小学校でいじめられているシャロンアレックスヒバートはある日地域で麻薬の売買を取り仕切っているフアンマハーシャラアリにいじめっ子から逃げているところを助けられる。その妻テレサジェネールモネイにもよくしてもらい、心を閉ざしていたシャロンは少しずつこの2人に心を開くようになっていく。

高校生になったシャロンアシュトンサンダースは相変わらずいじめられていた。母親に男が来るからと家を追い出されることがあり、テレサの家に世話になっていた。ここで何の説明もないのだけど、シャロンが高校生になるまでにフアンが死んでいることが分かる。麻薬のディーラーをやっていた人だから何かあって早くに死んでいてもおかしくはない。高校でいじめっ子に報復したシャロンは少年院に送られる。

出所して大人になったシャロントレヴァンテローズはアトランタに引っ越し、自らが麻薬の売人となっていた。タフな男になって外見も見違えるようになっている。母親は心入れ替えてリハビリ施設にいて、今は子供の時のシャロンを虐待していたことを悔いている。そんなシャロンのところに幼馴染のケヴィンアンドレホランドから1本の電話がかかる。

小学校の時シャロンは「faggot」といじめられており、その意味をフアンに聞くシーンがある。(ここでのフアンの説明が素晴らしい。フアンは「ホモのことだよ」とか「オカマのことだよ」なんて言わずに「ゲイの人をイヤな気持ちにさせる呼び方だよ。ゲイでも"faggot"なんて言わせちゃいけない」と言う)母親もシャロンのことをナヨナヨしていると言い、観客はそれでシャロンがゲイなのだなということを知る。高校時代には幼馴染で女遊びばかりしているケヴィンジャハールジェロームと肉体関係になるシーンがあり、ケヴィンも実はシャロンのことが好きだったのだと分かるのだけど、ケヴィンはいじめっ子に加担してシャロンを殴ってしまう。マイアミのスラムのタフな黒人社会を生きていくにはゲイであることは絶対に隠さなくてはいけなかっただろうし、高校生のケヴィンがいじめっ子の命令を逃れることはできなかっただろう。シャロンもそれを理解していたから、自分を殴ったケヴィンを責めることはなかった。

同性愛者の黒人青年の話と言えばそうなのだけど、この物語はそれを全面に押し出してはいない。どのアングルから彼の人生を切り取るのかによって物語の印象はかなり変わってくると思うのだけど、、この作品はどのアングルも押し出している感はない。ただそこにいるシャロンという少年の人生があり、それがたまたまスラムの麻薬中毒の母親に虐待された同性愛者の黒人の男の子だったという印象だ。それはなんとなくいわゆるアメリカ映画的ではなく、どこかフランス映画のような雰囲気を湛えていると思う。物語というより詩集を読むような感覚かもしれない。

こういう作品はえてして悲劇的なエンディングを迎えがちだけど、この作品はそうではなかった。シャロンを照らした月明かりは一見冷たそうで実は温かだった。

オマケぱっと見、全然分からなかったのですが、小学生、高校生、青年のシャロンの顔が合わさったポスターがとても美しいです。

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ジャッキー~ファーストレディ 最後の使命

2017-04-18 | シネマ さ行

またしても副題が妙に説明的ですが、「ジャッキー」というのはジャクリーンケネディのことです。

夫であり米国大統領であったジョンF.ケネディが暗殺されてから葬儀に至るまでをジャッキーナタリーポートマンが雑誌の記者ビリークラダップに語る様子を映画化したもの。

ナタリーポートマンがこれでもかというほど特徴のある喋り方をしていたので、あぁご本人はこういう喋り方をしていたんだなぁと思いました。本人がどんな喋り方をしていたのか知らないので似ているのかどうかは分かりませんが、おそらくあんなふうに喋る人だったんでしょう。

ファーストレディとしてものすごく気丈に振る舞う部分と、夫を目の前で射殺された妻としての脆さを見せる部分が非常にうまく描かれていると感じました。ケネディ家のお母さんとか義弟のロバートケネディピーターサースガードとどのような会話がなされたのかをもっと見たかった気もしますが、これはもう誰も知るところではないのかもしれませんね。この“ボビー”を演じたピーターサースガードが致命的に似ていなくて、苦しかったです。ナタリーもジャッキーに似てはいないんだけど、ボビーのほうがなんか見ていてつらかった。ピーターサースガードがうまい人なだけに残念でした。

気丈なジャッキーを象徴するシーンとして、記者が「と、彼女はたばこを吸いながら言った」とメモを取ったところで「私はたばこは吸いません」とまさにたばこを吸いながら言い放つシーンが印象的でした。パブリックフィギュアとしての自分と本当の自分とを切り離して、パブリックフィギュアのほうを完全にセルフプロデュースしていた彼女の姿が映し出されていました。

必ずしも夫婦仲がうまくはいっていなかったケネディ夫妻の夫婦としての再出発的な意味もあったテキサス遊説でまさかの事態が起こった。夫婦として再出発は叶わず、夫はいなくなり、“ファーストレディ”ではなくなり、小さな子供2人を抱えてホワイトハウスから追い出される。極限の精神状態の中で夫を米国大統領として伝説にすべく葬儀の方法を考えたジャッキーはまさしくファーストレディにふさわしい人だったのかもしれません。

映画としては、ナタリーの熱演とはうらはらに演出が単調で眠くなってしまう人もいるんじゃないかなぁ。不協和音のような不気味な音楽が時折流れますが、それすらももしかしたら子守唄になってしまっていたかも?

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LION/ライオン~25年目のただいま

2017-04-13 | シネマ ら行

5歳のサルーサニーパワールはお兄ちゃんのグドゥアビシェークバラトが大好き。どこへ行くにもお兄ちゃんの後をついてお兄ちゃんのお手伝いをしたい。貧しい家庭でお母さんの役に立っているお兄ちゃん。僕だってお兄ちゃんと同じようにお母さんの役に立てるんだ。そう思って引き留めるお兄ちゃんを無理やり説得して夜の仕事に連れて来てもらった。仕事をもらいに行くからここで待ってろと言ってどこかへ消えていったお兄ちゃん。ベンチで待ってろと言われたのに動き出す電車に乗り込んでサルーは眠ってしまう。サルーが乗り込んだ電車は運の悪いことに回送列車。しかも、遠い遠い街まで行ってしまう。サルーが着いた場所ではベンガル語が話されていてヒンドゥー語が通じない。インドの街の人はホームレスの子どもなんて見飽きていて、子どこが独りで歩いているからって「どうしたの?」なんて聞いてくれない。

仕方なく、街のストリートキッズらと一緒に眠るサルーだが、そこにも大人たちがやってきて子どもたちをさらって行った。懸命に逃げるサルー。

とにかく、迷子になったサルーは走る。小さい体で走る走る。その姿が可愛くて健気過ぎてたまらない。

一方サルーを見失ったお兄ちゃんグドゥも懸命にサルーを探すが、サルーは忽然と姿を消してしまっていた。

一度親切そうな女の人に着いて行ったら、変なおじさんがやってきてサルーは売り飛ばされそうになった。(はっきりと言及はありませんが、多分そういうこと)サルーはなんとなく変な気配に気づいてここでも走って走って難を逃れる。その後施設に収容されたサルーはタスマニアの夫婦ジョンデヴィッドウェンハムとスーニコールキッドマンの養子になることが決まり引き取られる。

それから25年。サルーデヴパテルは大学生になっていたが、ふと友人たちに自分はインドで迷子になったままここに来たと漏らすと、いまグーグルアースというものがあるからそれで故郷を探してみては?と言われる。

それ以来サルーは取り憑かれたようにグーグルアースで故郷を探す。恋人のルーシールーニーマーラをほったらかしにしてしまうほどに。

タスマニアで何不自由なく育ってきたサルーの喪失感が辛い。養父母は間違いなく自分を愛してくれているし、自分も彼らを愛している。サルーの翌年に同じく養子としてやって来たマントッシュディヴィアンラドワは少し障害があるようで養父母もサルーも苦労したし、迷惑もかけられたが、それでもサルーはこの家族を愛してきた。感謝もしている。本当の家族を探していることを養父母に知られるのは避けたい。それがゆえに冷たく接してしまったりもした。

それでも、お母さんもお兄ちゃんもきっとずっと自分を探している。鮮明に蘇る近所の帰り道の記憶。「ガネストレイ」という街の名前。でも、そんな街は存在していない。小さい彼の記憶違いか。お母さんの名前も「お母さん」としか分からない。電車の進んだ距離と駅にあった給水塔。それを手掛かりにグーグルアースで探し続けるサルー。

養母スーがどうしてサルーたちを引き取ったのか。その想いが語られる部分から、サルーが故郷を探し当てそこへ向かう後半ずっと涙が止まらなかった。医学的に子どもを持てなかったわけじゃなかった養父母。新しく子どもを産み落とすことで世界が良くなるわけじゃない。それなら貧しい子たちを引き取ろうと。そして、それはスーが子どもの時にすでに受けた啓示だった。まるで運命が引き寄せたかのようなスーとサルーの人生。スーはサルーが生まれ故郷を探していることも当然のように受け入れてくれた。

サルーは判明した生まれ故郷へ旅立つ。待っていたお母さん。お兄ちゃんグドゥは、サルーが迷子になったその日に電車に轢かれて死んでしまったそうだ。きっとサルーを探して。

お母さん、そして幼かった妹との再会。こんな数奇な運命が本当にあるんですね。現代のテクノロジーに感謝。本当のお母さんに出会えても養父母への愛は変わらない。それを伝えるサルーにもまた泣けました。

なぜ題名が「ライオン」なのか。劇中ずっと疑問でした。最後の最後にその疑問が解けてすっきり。たった5歳だったんだもんね。仕方ないよ、サルー。

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モアナと伝説の海

2017-04-11 | シネマ ま行

字幕版がなかなか時間が合わずに諦めかけていたのですが、ちょうど先週合う時間にやっていたので見に行きました。

ちょっと最近のディズニーの中ではいまいちだったかなぁ。

海に選ばれたモアナアウリイクラヴァーリョが半神マウイドウェインジョンソンと共に、命をつかさどる女神テ・フィティに昔マウイが盗んだ「心」を返しに行くというお話。

モアナのおばあちゃんタラレイチェルハウスが半神マウイのお話を聞かせてくれるのだけど、ここんとこからどうもすんなり入ってこなかった。どうしてテ・フィティの「心」をみんなが狙っていたのかもよく分からんし、マウイがそれを盗ったのは、人間が喜んでくれると思ったからと言っていたんだけど、それもなんでそう思ったのかよく分からんかった。これはワタクシの理解力がないだけで作品の中では説明はされていたと思うんですが、なんだかよく分からないままでした。

モアナは海に選ばれたらしいんだけど、この「海」の扱いがちょっとやっかいで。なんだか都合良くモアナを助けてくれたり、あっさり無視したり。「それが海ってやつさ」なんてマウイに言わせてるけど、そこんとこもワタクシは納得できなかったかな。

ココナッツの海賊カカモラは、ユーモラスで良かった。「なんか可愛いんだけど…?」ってモアナに言われて怖い顔を描くところが面白かったですね。

ヘイヘイは意思疎通が出来なさ過ぎて物足りなかった。やっぱりベタでもいいから可愛いブタのプアと一緒に旅に出て欲しかったなー。

お父さんが娘心配のあまり過保護で~ってのもなんかよくあるパターンですね。

モアナのキャラは冒険心があって好きでした。彼女の仕草や喋り方はいかにもアメリカのティーンって感じがして、モアナの育った南の島の人とはちょっと違う気はするけど、それはアメリカのアニメだから仕方ないか。モアナは可愛いですけどね。

「アナと雪の女王」「ズートピア」と来てちょっと期待し過ぎたかもという気持ちがあるのですが、周囲の評判を聞いていると高い評価を受けているようなので、ワタクシがおかしいだけかもしれません。

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サヨナラの代わりに

2017-03-27 | シネマ さ行

裕福な家庭に生まれ育ち弁護士エヴァンジョッシュデュアメルと恵まれた結婚生活を送っていたケイトヒラリースワンクは35歳でALSと診断される。それから彼女の生活は一変。夫はよく面倒を見てはくれていたが、誰もが彼女を病人としてしか見てくれない日々にうんざりしたケイトは介護人として面接に来た奔放で自分勝手な女子大生ベックエミーロッサムを雇うことにする。

まずこの作品のシチュエーションを聞いたとき、奔放な女子大生にエミーロッサムってめっちゃミスキャストちゃうん?と思いました。エミーロッサムに対してとても優等生的なイメージを持っていたからなんですが、そんなワタクシの勝手な想像を彼女は見事に裏切ってくれました。よなよなクラブで飲み潰れ名前も知らない男と一夜限りの関係を持ってしまうような女の子をエミーロッサムがまったく違和感なく演じていました。

夫の前でも女友達の前でもずっと「良い子ちゃん」を演じてきたと感じているケイトはベックの歯に衣着せない物言いや自由な行動にとても惹かれたのでしょう。いい加減なベックを夫エヴァンはイヤがっていたけれど、ベックといるときのケイトはとても楽しそうでした。

ケイトは以前ピアノを弾いていて、ベックは歌手志望だけど、極度のあがり症のため人前で歌えないという設定だったので、2人が音楽を通して仲良くなっていくのかなと想像していたのですが、意外にも直接的に歌を歌ったりしてつながっていくということはありませんでした。もっとさりげなく音楽が2人をつないでいた気がします。

ケイトは、自分のことをちゃんと見てくれていた男の子よりも安定しているエヴァンを選んで結婚してしまった的なことを言っていたのだけど、でも病気になる前2人がシャワーでセックスするシーンから始まっていたのが少し引っかかった。あのシーンを入れてしまうとこの夫婦がとても深く愛し合っているように見えたし、ケイトが自分自身を出せないままエヴァンと暮らしているように感じられなかった。もちろん、ケイトも自分を偽っていたということには病気になって初めて気づいたということだったのかもしれませんが。

エヴァンはエイトの看病に疲れて不倫をしてしまって、それに対してベックがすごく怒ってくれるのだけど、ベック自身は大学の教授と不倫していて、その辺はとても矛盾していた。後半ケイトにそれがバレてケンカになってしまうシーンがあって、そこはちゃんと物語の中でベックの矛盾を突いてくれていたからヨシとしよう。

結局、エヴァンはケイトの最期を辛すぎて見られないと言ってベックだけを家に残して出て行ってしまうのだけど、それに関してはおいおいそれはないだろうと思ってしまった。辛すぎるから見たくないって言って去るとかさ、人は弱いところがあるとは思うけど、そこはやっぱり踏んばらなきゃいけなかったんじゃないのかな。妻を愛してるとか言うならさ。

ケイトもベックも母親とどうしてもうまくいかないという背景があって、その辺りで2人は合うところがあったのかもしれない。他のALSの患者家族と仲良くなるところがあるけど、結局人と人の関係って血のつながりだけじゃない。血は水よりも濃いってこともあるにはあると思うけど、ケイトとベックの場合確実に赤の他人のほうが分かりあえたし支えあえた。そんなベックですら、ケイトが苦しむ声を聞いて死ぬときは1人にして放っておくという約束は守れず、ケイトのベッドルームへ駈け込んでしまう。でもそれまでの2人の関係性を見ているから、きっとケイトも許してくれるはず、いや、ベックが来てくれて嬉しかったはずと思ってしまいます。

よくある難病ものと言ってしまえばそうなのですが、ワタクシは結構好きな作品でした。

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汚れたミルク~あるセールスマンの告発

2017-03-24 | シネマ や行

パキスタンで実際にあった事件を「ノーマンズランド」などのダニスタノヴィッチ監督が映画化した作品。

新婚のアヤンイムランハシュミは妻ザイナブギータンジャリの薦めで多国籍企業に面接に行き中途採用される。大卒が条件でアヤンは家庭の事情で大学を中退していたが、これまでのセールスの手腕を上司ビラルアディルフセインに買われて採用された。

アヤンの仕事は粉ミルクを医者に売って患者にたくさん処方してもらうこと。ボスはアヤンにたんまりと接待費を渡し、自社製品はいくらでも医者や看護師にバラまけたし、医者にはいくらでも好きなスポーツのチケットなどをバラまいて、元々のアヤンの手腕もありアヤンはすぐにトップセールスマンに躍り出る。

数年後、息子もでき、妻は2人目を妊娠中。新居も買って順風満帆。そんな時、転職して初めのころに懇意にしていた医師が修学先のカラチが帰ってきて、アヤンに衝撃的な事実を告げる。

カラチでもここでもアヤンの会社の粉ミルクを汚染された水で溶かして飲んでいる貧民街の子どもたちが次々に死んでいると言うのだ。貧困層は十分な粉ミルクが買えず、薄めて飲ませたりもしていると言う。企業側はそれを知った上でとにかく売って売って売りまくれというわけで、その陰で死んでいく赤ん坊のことなど気にかけてもいない。その事実を知ったアヤンはすぐに会社を辞め、告発することにした。この先、苦難が待ち受けているとは最初はまったく思いもせずに。

大企業と国はグルになっていて、アヤンの告発をひねりつぶそうとする。彼らにとってアヤンのような一市民をひねりつぶすことなどたやすいことだった。

映画の演出として、アヤンの物語を映画化しようとするイギリスの映画会社とアヤンの打ち合わせの中でアヤンの物語が語られる。映画化する側は法律的な問題がひとつでもあっては企業側に指摘され訴えられるということで慎重姿勢だ。アヤンは当然会社の名前も実名を出してもらえると思っていたが、制作会社としては仮名でいきたいと考えている。というくだりでたった一度だけアヤンが「ネスレ」と実名を出し、制作会社側が「いや、仮名でいこう」とその後は「ラスタ社」に変更され一度たりとも「ネスレ」の名前は出てこない。映画的にはこのくだりは秀逸なんですが、とにかく、「ネスレ」です。赤ん坊が死のうが知ったこっちゃないと粉ミルクを売りまくったのは「ネスレ」です。何度も書いておきます。「ネスレ」ってたいがいこういう環境系のドキュメンタリー映画には登場するんだよなー。

まぁ確かにネスレは売っただけで使い方が間違ってるほうが悪いんじゃんと言い逃れできる案件な気もするんですよね。でも、もちろん先進国とは国の事情が違うし、水自体が汚いところがあったりとか、育児に対する情報が得られにくい地域もあったりして、お医者さんが言うんだから間違いないだろうって素直に従ってしまう人も多いのかもしれませんね。そして、それを知りながら売りまくったネスレと企業と癒着して自分が接待してもらえるからっていうだけで赤ん坊の命を粗末にした医者たちが許されていいわけがありませんよね。

この事実を知って速攻で会社を辞めたアヤンもすごいと思ったけど、家族を脅されて子どものことを心配するアヤンに「自分の子どもの命も大切だけど、その他大勢の子どもたちの命も同じように大切だ」とアヤンに闘うように説得する奥さんがすごいと思いました。そう考えられるって素晴らしいことだと思います。

アヤンの物語は1997年の出来事ですが、作中に使われている赤ん坊の映像は2013年にパキスタンで撮影されたものだそうです。この問題はまだまだ現在進行形で続いているということでしょう。

国際映画祭以外で劇場公開されているのは世界中で日本だけだそうです。BITTERS ENDという配給会社が頑張ってくれています。

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SING/シング

2017-03-22 | シネマ さ行

アニメは基本的にディズニーのものしかあまり興味がないのですが、今回誘われて見に行きました。

見に行って良かったー。使われている洋楽が世代的にもジャンル的にもどんぴしゃでもう知らない曲はないってくらいだったのでオーディションのシーンとか楽しすぎでした。

落ち目の劇場支配人バスタームーン(コアラ)マシューマコノヒーが考えついた歌のオーディション。誰でも参加できて賞金1000ドル!…だったはずが、秘書のミス・クローリー(カメレオン)ガースジェニングス(なんとこの映画の監督さん)の印刷ミスでゼロが2つ増えてしまい、なんと賞金100,000ドルってことになっちゃった。そうとは知らずにバスタームーンはオーディションにたくさんの動物たちがやって来て大喜び。

オーディションの末、選ばれたのは25匹の子ブタのお母さんロジータリースウィザースプーン、パンク少女アッシュ(ヤマアラシ)スカーレットヨハンソン、窃盗団のリーダーの息子ジョニー(ゴリラ)タロンエガートン、いんちきネズミのマイクセスマクファーレン、ノリノリブタのグンターニッククロールだった。そして、シャイ過ぎてオーディションで歌うことができなかった象のミーナトリーケリーはスタッフとして雇われることに。

バスタームーンは本当に劇場でのショーが大好きで、個性も希望もばらばらの動物たちをなんとかまとめて演出を頑張っていた。しかし、動物たちはそれぞれに事情を抱えており、バスターも100,000ドルの賞金を出さなければならないと分かりピンチに。なんとかスポンサーになってもらおうと往年の大スターナナヌードルマン(ヒツジ)ジェニファーソーンダースに来てもらって大がかりなショーを見せるが、その最中にマイクがギャンブルでモメたクマたちが乗り込んで来たり、結局みんなにバスターが100,000ドル持っていないとバレたりと大騒動。ナナのために作った巨大な水槽でのイカの照明ショーは美しかったのだが、水槽が崩壊して何もかも大量の水に流されてしまう。

バスターは劇場を諦め、父がやっていた洗車業でやっていくことにするが、崩壊した劇場跡で1人歌うミーナの歌声に励まされ、何もないところからまたみんなと一緒にショーをスタートすることを決意する。

オーディションのシーンが終わると、みんなの練習のシーンとかでちらっと曲が聴けるくらいで、ミュージカルと言うわりに歌のシーンが少なめで残念だなぁなんて思っていたら、最後のショーでたっぷりと1人ずつの歌を聴かせる時間を取ってくれて大満足でした。

108分という短い時間の中で聴きごたえのある歌をたっぷり聴けた上に、それぞれのキャラクターの背景となるお話がすべておざなりになることなく、絶妙な塩梅で配分されていて、素晴らしい出来栄えでした。笑えるシーンもたくさんあるし、じーんと涙が出そうになるシーンも。やっぱり歌のパワーってすごい。

ハリウッドの役者さんたちには歌える人が多くていつも驚かされるんだけど、今回は歌わなかったバスター役のマシューマコノヒーに一番驚かされました。彼が達者な役者だということはもちろん知っているのですが、あのテキサス男がコアラって!しかもめちゃくちゃうまい。バスターって冴えない劇場主で調子のいいことばっかり言ってるようなんだけど、どこか憎めなくてさっぱりしたキャラクターだと思ったら、マシューのキャラが反映されているのかもしれないなぁと思ったり。この人歌もうまいんだ!っていう他のキャストよりも一番意外性があってますます好きになりました。

エンドロールが終わって「早くも続編決定!」と出ると、さらにまたワクワクが続くのかと嬉しい気持ちになりました。

オマケきゃりーぱみゅぱみゅの歌を歌っていた日本のアイドルみたいな子たちに変な日本語でバスターが話すシーンは吹替え版ではどんなふうになっていたんだろ?

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なんちゃって家族

2017-03-17 | シネマ な行

チンケな麻薬の売人のデヴィッドジェイソンサダイキスはボスに渡すはずのブツと金を盗まれてしまい、その埋め合わせにメキシコから大量の麻薬を密輸入するという大きな仕事をさせられることに。どう考えても国境で捕まってしまうと悩んだ彼は、どこにでもいる普通の家族になりきって運べば怪しまれないと思いつく。

そこで、同じアパートに住むストリッパーのローズジェニファーアニストンを母親役に誘い、いつもフレンドリーに接してくる高校生ケニーウィルポーターを長男役、アパートの周りをよくうろついてる不良の女の子ケイシーエマロバーツを長女役に誘う。お金目当てとかただ退屈しのぎとかそれぞれ理由があって参加することになったメンバーが、はちゃめちゃでトラブル続きの旅をすることになる。

このブログで何度か取り上げていますが、ジェイソンサダイキスは日本では無名ですが、アメリカでは有名なコメディアン。ワタクシは結構彼好きなんですが、日本ではほとんど彼の作品は取り上げられることがないですね。ジェニファーアニストンは映画界では大成していないけど、やはり「フレンズ」で培ったコメディセンスは光るものがある。エマロバーツはこの作品のころはまだ有名とまでいってなかったのかな。当然だけど、いまより幼い雰囲気が可愛い。でも不良の役だからかなりきわどいセリフも平気で言っちゃうギャップが良いですね。ひとり真面目な童貞君を演じるウィルポーターは「ナルニア国物語」で主役4人の従兄弟役でしたね。彼がめちゃいい味出してました。

アメリカのコメディにありがちな展開で、かなり下品なシーンやセリフも多いです。ワタクシはこういう系は大好きなので非常に楽しめました。そして、こういう系の話にありがちななんだかんだ言ってみんないい奴なんだよなーっていうパターンが好きです。麻薬を密輸しようっていうのに、いい奴ってなんだよ。そんなのダメだよ、と思う人は全然ダメな作品だと思いますが。

ワタクシはだいたい邦題は好きじゃないという場合が多いですが、この「なんちゃって家族」っていうのは結構好きだな。本当に彼ら「なんちゃって家族」って感じだし。長女役のケイシーが変な男に着いて行っちゃったときのデヴィッドとローズの心配の仕方なんて、本当のパパとママみたいで笑っちゃう。童貞君のケニーにキスの仕方を教えるケイシーとローズはちょっと調子に乗り過ぎちゃって、もちろんあれは“なんちゃって”家族だからできることなんだけど。

犯罪者が主役のコメディですから、物語も不道徳だし、オチも彼らに都合よくできています。それでも笑い飛ばせる方はぜひ。

オマケコメディ映画によくあるように最後にNGシーンが流れるのですが、カーラジオでみんなで音楽を聴くシーンでジェニファーアニストンにだけ内緒で「フレンズ」のテーマソングが突然流れるというドッキリが面白かったです。

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ヤクザと憲法

2017-03-14 | シネマ や行

「ヤクザと憲法」ものすごい題名だ。題材もものすごい。こんなドキュメンタリー発表してるの、やっぱり東海テレビ。

大阪府にある指定暴力団に密着取材をしたドキュメンタリー。

暴力団対策法のきっかけともなったと言われる殺人事件で15年の服役から出所してきた会長を迎える組員たち。誤解を恐れずに言うが、この会長さんがすこぶるカッコいい。見た目が男前で若々しくて実際すぐにでもヤクザ映画の主役を張れそうなほど。このドキュメンタリーを撮らせることに何かしらのメリットを感じて応じたのだとは思うが、その面を考えてもきっと頭も良い人なのだろう。

この会長さんが大阪の西成区から飛田を抜けて新世界の居酒屋へ向かう。新世界というと最近では随分観光地化しているようでよくテレビの取材なんかも入っているが、会長さんが行く居酒屋辺りはおそらくそんな場所じゃないもっと本物の新世界。居酒屋のおばちゃんに撮影スタッフが聞く。「この人がヤクザの会長さんって知ってるんですか?」「知ってるよ」「怖くないですか?」「なんも怖いことなんかあるかいな。よう面倒みてくれるよ。あんた、警察が私らに何してくれる思う?」本物だ。おばちゃんも会長さんも。

会長さんは言う。暴力団対策法や暴力団排除条例で全国のヤクザが銀行口座を作れない、自動車保険に入れない。これわしら人権ないんとちゃうの?ヤクザが人権とは何を言うか。そんなものを守らない自分たち、そんなものを放棄したのがヤクザじゃないのか?という意見もあるだろう。ワタクシも正直どう考えたらいいか分からない。ただ犯罪者相手だからこっちも人権なんか守らなくていいというのは違う気はするんだよね。。。途中でガザ入れに来た警察の姿も映されるが、あれを見ているとどちらがヤクザだか…という感じもした。(まぁそれくらいじゃないと対抗できないのだろうけど)

山口組の顧問弁護士である山之内幸夫さんも登場する。自分も貧しい商売人の家に生まれ、ヤクザの組員たちの境遇に共感するという山之内さん。彼はとても正直に、ヤクザの世界への好奇心を語る。それがあったから彼らの顧問弁護士になったのだと。彼自身、山口組の顧問弁護士であるという立場のせいで、いちゃもんまがいの罪を検察にかぶせられて有罪判決を受け弁護士資格をはく奪されているし、それ以前に家族にも疎遠にされているけれど、それでも元をたどるとやはり自分の好奇心に勝てなかったというわけだろう。

西成区とその傘下にある堺市にあるヤクザの事務所が登場し、現役の本物のヤクザが何人も登場するのだが、なんかやたらと人当りは良くて少し拍子抜けしたりもする。しかし、その一方で「しのぎ」について行けば当然何をやったかは教えてもらえない。そりゃそうだ。一人の組員がお墓をピッカピカに掃除するシーンがあるのだけど、学校時代からこういうこと全部サボりたい人だったからヤクザになったようなもんなのになぁ、ヤクザになったら下っ端が掃除とか隅から隅までピッカピカにするんだから不思議だよね。

部屋住みと呼ばれる一番下っ端の男の子が登場するのだけど、およそヤクザのイメージからはほど遠い学校でいじめられていた青年だったのが印象的だった。戸塚ヨットスクールが昔は不良の集まりだったのがいまはひきこもりの子の受け入れ施設のようになっているのをなぜだか思い出した。普通じゃなくてつまはじきにされてきた彼はどこかでヤクザに共鳴したのだろう。

ワタクシはこの作品に登場する地域がまさにどこか分かる場所の出身なので、ヤクザの事務所の前の道を小学生が普通に通っていく光景もあまり違和感なく見ていたし、登場する組員たちの人当りの良さに少し拍子抜けすると書いたが、やはりこの映像にあるあのめちゃくちゃ重そうな鉄の扉の玄関を見ると、あぁやはりここはヤクザの事務所なんだなと実感させられる。

ヤクザの勝手な主張ばかり宣伝するプロパガンダ映画だと感じる人もいるだろうけど、ワタクシは山之内さんのように好奇心から見て、色々と考えさせらた作品でした。

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